第03話 登場した新キャラは、実は――

 カランカラン、と店内に客が入った知らせを店の人聞き、いつものように接客をし始める。


「いらっしゃいま――って、お前かよ、仁」


 客に対する態度は、如何程なものか、とツッコミを入れたいだろうけど、店の人はどうやら仁の事をため口で呼べる程の仲である。

 黒めのT―シャツに少し油がかった白い鉢巻を頭に巻き、きりっとした鋭い目付き、しかし不思議と接客に対しての顔はやんわりとした適切な態度。


「何だよ、のぞむ。それが客に対する態度か?」

「んだよ、おめぇは、客じゃねぇよ」

「うわ、ひっど!」

「どっちがよ、ここで食べて払った事ないくせによ」

「いや~、毎度毎度お世話です~。今月の小遣いが尽きそうで困っているんだよ」

「尽きそうって、何だよまだ八月五日だぞ!!どう贅沢に使い込んだら、今月からっきしになるんだよ!」


 などと何とも言えぬ会話だろうか。

 そこて、望は、後ろにいるアティラに気づく。


「おい、お前、まさか彼女ができたのか?紹介してくれよ~ん♪俺とお前の仲だろ♪」


 豹変っぷりは上々、敢えて言わせておけば、気持ち悪さ半端ないの域。


「彼女じゃねぇよ、それにいい加減その態度やめろよ……だからお前は、モテねんだよ」

「うるせ、バ~カ。性分なんだよ。美しい女性に出会えば即アタックだろうが!!」


 そんな二人の会話にどう対応すれば迷っているアティラは、自分の中のモヤモヤを晴らさんばかりにちょっと大きめな声で叫ぶ。


「あの、熊さん!この者は、誰ですか?」


 呼び方に多少の語弊がなくもない言い方をするアティラの発言で思わず望は。


「ぷっ!!おい、仁、お前、そいつに熊さんって呼ばしてんのか、あはははは!!」

「好きで呼んでもらって何かないよ!!……アティラ、こいつは、高校の同級生で俺の昔からの友達だ。まあ、所謂、腐れ縁だ」


 アティラは、仁の言葉に反応して、少しばかり暗い顔で俯く。


(昔からの友達……)


 アティラは、グリズリーの事を思い浮かべる。

 楽しく過ごした日々、高祖父に当たるアティラが出会った初めてのグリズリー、育てて貰い、グリズリーの子を共に世話をした暖かい記憶。

 昔とは、何を示すのだろう。

 時の概念に疎いアティラに取っては、仁が語る昔からの友達の意味が淡く不安定と感じてしまう。


「アティラさんどうかしました……俺、何か変な事でも言いましたか?」


 軽率な発言をしてしまったのでは、と焦る仁の手を軽く触れ、アティラは、どうにか暗い気持ちを振るい払おうと他の事を考える。


「いいえ、何でもありません。強いて言えば、そうですね……コウコウ?って、一体何なんでしょうと考えてぐらいです」

「えっ!!アティラさん、高校しらないのですか!?」


(まさか、そんな、ここまで知らないとなると、やっぱり彼女の言っていた事は本当なんじゃ……)


 普通なら冗談として片付けられる問題が、アティラを知ってしまったからこそ、無碍むげにはできない疑問が仁の頭の中を蠢く。


「あははは、面白い子だな……今時高校を知らない人なんていないよ、なあ、仁、お前もそう思うだろう?」

「あ、ああ、そうだね……」

「んだよ、ノリ悪りぃな、おい……まあ、でも、そうか、アティラちゃんというのか、俺はこのラーメン屋の息子の川原望、宜しくな!」

「アティラです、宜しく、川原さん」


 微笑むアティラの姿を見て、ドキッと胸が締め付けられる望。

 視線をアティラから仁に移り、慌しく全身に汗を垂らしながら、仁の服にしがみ付く。


「おおお、おい、仁、反則でしょあれ。何なんだこの可愛らしい生き物は!!」

「落ち着けって、お前の気持ち、わからなくはないが……お前が思っている以上にタフだぞ」


 アティラは、首を傾げ、男二人の内緒話に入り込もうとする。


「あのぉ、何を話しているのですか?」


――が、しかし、男らは素早く距離を取り、彼女を呼び止める。


「あ、アティラさん、少しの間そこで待ってくれますか?」


 愛想笑いを向けながら、瞬時に望と向き合う。


「タフって、まさかお前、もう既に――」

「ああ、そのまさかだけど、彼女の一撃は、破壊力半端ねぇよ……俺、思わず半泣きしそうだったよ」

「そこまでとは、そんなに痛いのか、アティラちゃんの一撃って」

「痛いのなんのって(心の)、あれを喰らえば一撃死確定だよ(恥かしさの)」

「……そん、なに……!!」


《妄想》


「何じろじろ見ているのですか、望さん……そんな人には、こうですよ!」

バンッと右ストレートを左頬に繰り出し、望はその力に押し負け、遥か彼方へ吹き飛ぶ。

「これ以上、私をいやらしい目で見るのでしたら、貴方がゴミクズと回りに言い振りますよ。そうしたら、きっと貴方は、社会的に抹殺されちゃいかもしれませんね~うふふふ」

「そ、そんな……それだけは、止めてください……幾らでもぶっ飛ばされてもいいですから、それだけは……」


 情けない声で懇願する望、だが彼の望みをにじるように悪戯な笑みを浮かべるアティラが言う。


「そんな事を言いますけど、それは、貴方が甚振られたいだけでしょう。ほら~、言いなさい、自分はただ痛がりたい変態野郎だって、ほらほら」

「はひ、俺は、ただ甚振られたいだけの変態野郎です!!」


《妄想終了》


「――確かに、一撃死だな、それは……」

「おい、望、何を想像しているのかは、何となく判るが、全然違うと思うぞ」


 望は、物理的暴力、精神的暴力、暴言など、りとらゆる暴力に強い快楽を貪る、自虐主義の持ち主だ。

 しかし、ずっと、こういう性癖を持っていたのではなく、きっかけとなったのは、付き合っていた彼女に浮気がばれて、酷い仕打ちをされた事。

 それにより、酷く興奮を覚え、今の彼になってしまったのだが、付き合っている仁が何故彼の性癖を知りながらも、まだ隣にいるのは――

 彼と同じ性癖の保持者――ではなく、望は、常時にその変態的思考を活動している訳ではない。

 あるきっかけによって、スイッチがオンになる感覚だと説明した方が理解できよう。

 場を弁え、その性癖を人に知られておらず、常にクール状態。

 性癖は、主に妄想に留まっている事である。


「熊さん、ここにはいい匂いはしますけど、肝心な食料が見当たりません」


 腹を抑えながら、強請ねだるような目で仁に向ける。


「じゃあ、望、いつものラーメン二つ頼むわ」

「金もないのに、相変わらず威張れるね、仁……だけど、アティラちゃんを紹介してくれた礼として、特別に作ってしんぜよう」


 仕込みに取り掛かる望を余所よそに、アティラと仁は、手前の席に座る。


「く、熊さん!この座り心地のいい感触は一体なんですか?」

「クッションだよ、腰に負担を減らすための道具」


 初めてのクッションの感触に感動を覚えるアティラの表情は、新発見を見出した科学者の如く煌びやかに両目をしっかりと開けながらその感触をいつまでも味わう。


「豆腐味噌ラーメン二つお待ち」


 ドンと置かれた二つの器。

 その中から漂う豊満な香りは、食欲を煽り、思わず息をゴクンと呑み込む。


「おう、待ってました……いただきま――」


 先に割り箸を取り、ラーメンを頬張る所をアティラがじーっと見詰めていた。


「食べないのですか?」

「食べます、食べますけど、どのように食べたらいいのか知らなくて、熊さんの食べる姿を観察していました」

「もしかして、ラーメンを食べるの初めてとか?」

「へへへ、情けないですよね、暖かい食べ物自体食べるのが初めてですので……」


 少し顔を赤らめながら照れるアティラだったが、望と仁の両方は、同時に顔を合わせ、同時に同じ言葉をする。


「「えっ!!」」

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