第02話 やっぱり、彼女の考えが解からない!!

 現在、『川原豆腐』というラーメン店にいた。

 何故、豆腐の名前のラーメン店なのか、とツッコミたい所だろうけど、理由はいくつかある。

 ――が、しかし今は、こっち。


「ここは、どんな場所なんですか、大きい人?」


 看板に目線を向けながら、アティラは大きい人の袖を引っ張る。


「はぁ~、さっき、名前を教えましたよね、アティラさん」


 深いため息をしながら半分諦めのついた目には光が失いつつあった。


 ■■■■


 時をさかのぼる事三十分。

 スズメの涙程度しか残らなかった財布を気にしていた男は、着替え終わった少女を見た瞬間に財布の事は、記憶の底に仕舞い込んだ。

 目を光らせるように少女を魅入ってしまっていた。

 綺麗な若苗色のワンピースに整った髪を結んでいたが……あっさりとその髪を後頭部に位置していた結ぶ目を取り外してしまった。


「折角、注意していたのに……何で取り外すんですか!」


 確かにその髪の取り方を教えたのは自分だでど、と思いながら、早速取るの、とツッコミたくもなったが、一単、心に仕舞い込み、取るべき行動を第一に考え彼女に尋ねた。


「そういえば、名前を聞いておりませんでしたね?」


 ナンパするのが苦手か、さり気なく、変化球を付けながら少女に名前を訊いた。

 しかし、当然ながら少女は。


「んん、この着物の下にある布も少しい窮屈です。そこの人、外し方を教えてください」


 ガン無視の上に着たばっかりの服まで脱ごうとし始める。


「ななな、何をしているのですか!?駄目ですよ外しちゃ……」


 慌しい様子で、男は正しく、今、心の疲れを溜め込んでいる最中である。


「何処の異世界人ですか?」

「ここよりも、ずーっと静かで、緑が溢れる世界からですよ」


 さらりと、何となく呟いてみた質問に応える少女。


「はへ?」


 冗談で言ったつもりの一言をマジマジと答えられ頭の上に【?】が表示される。


「ははは、ご冗談を。さっき無視してくれたお詫びですか?冗談を冗談で返して場を和ませようと……」

「いいえ、私は本気です!」


 彼女が始めて見せる真剣な顔。

 これを嘘、冗談と呼べるだろうか?

 黙り込んでしまった重苦しい空気。


(あれ?この空気を作ったのって、俺?)


 そんな沈黙を得て少し時間が過ぎると。


 ぐぅ~~~


 何処かに空腹している人の腹の音が……

 言うまでもなく、少女からだった。

 少女は、腹部を押さえながら、男に目を向け言った。


「お腹が空きました」

「言うと思った」


 少女は、にこにこと笑い、男は呆れ顔で何度目かのため息を吐いた。


「近くに知り合いの店があります。そこでご飯を食べましょう……ただし、条件があります――」

「わかりました!!」

「まだ何も言ってません!どんだけ腹空かしているのやら……こほん、改めて条件を言わせて貰います」

「はい」


 短く頷き、少女は真剣に男の目を逸らす事なく向ける。


(ヤバイ、真剣に見られるのってこんなに恥ずかしいものなのか?こっちから目を逸らしてしまいそう……)


 どうにか目を逸らす事なく、咳払いで自分を落ち着かせてから言葉を発した。


「名前を……教えてください!」

「な、名前ですか?」


 しばらくの間沈黙の時が流れる。

 となりにいた店員さんも、事情は説明して納得してくれたとはいえ、今の発言で若干引いているようにも見えなくもない。

 そして、沈黙が続き、男の心の中はカオス状に……


(恥かしいぃぃ……啖呵切って、真面目な空気まで作って、条件が『名前を教えてください(息荒め)』だぁぁ!!どこの変態台詞だそれぇぇ!!……あ~あ、死にたい。納得してくれた店員さんも引いてるし、この子も、ずっと黙り込んでいるし……もうやめて!!これ以上は、俺は耐えられない!!)


《妄想》


「あの、私、助けて頂いた事は感謝しています。けど、こんな変態だったとは、思いませんでした。ごめんなさい……さようなら――なら――なら」


 遠くへ、逃げ去る少女。

名前も知らぬまま、終わってしまった……


《妄想終了》


「あの、すいません……あのぉ」

「はっ!」


 自分の妄想で止めを刺したが、少女の呼びかけのお陰で正気に戻る。


「すいません、ちょっと三途の川を渡ろうとしていました……ですから、今なんと仰いましたでしょうか?」

「ですから、アティラ。私の名前は、アティラです」


 店内だから風も吹いていない筈なのに、長い髪が靡く姿が思い浮かぶ。

 とても、不思議な響きを持つ名前。

 異世界から来たという話ももしかしたらと思えてくる。


「アティラ、アティラ」


 口にすればする程、その不思議な感覚に誘い込まれる。

 少女、アティラは、屈み込み、俯いている男の顔を覗き込む。


「今度は、貴方の番ですよ」


 この感覚をいつまでも浸っていたい気持ちを押さえ込み、男は、きりっと背筋を正し、緊張気味た声をしながら名乗る。


「お、俺の名前は、く、熊野くまのじんです」

「熊!」


 アティラは、その言葉に反応を示す。


「熊がどうかしましたか?」


 妙な所に反応すると考えながら、男、もとい、熊野仁は、目を閉じ、よし!と掛け声を掛け、改めて、アティラに向かい合う。


「じゃあ、アティラさん、行きましょうか」

「はい!」


 明るい返事をして、アティラは、仁の後ろに付いて行った。


 ■■■■


 ――と、まあ、話の流れで現在、『川原豆腐』という名のラーメン屋にいるのだが、早速アティラに名前を忘れられてしまった仁は、涙を流しながら途方に暮れていた。


「すいません。冗談ですよ、熊さん」

「せめて、人間って解かるように呼んでくれ~」


 涙は止まる事はなかった。


「ふふ、面白い人ですね、熊さんは」


 静かな微笑みながらアティラは、疑問に抱いていた事を仁に尋ねた。


「ここには、食料となる物はあるのですか?」


 自然の中でしか食べた事のないアティラにとっては、ここの建物の中に如何なる食料が落ちているのであろうと勝手に想像する。

 川のような水の流れが見当たらないから魚はない。木や草の匂いも勿論なく、だが木の実が落ちている可能性はあると考えた。

 その一方で、仁は、アティラが訊いてくれた質問に違和感を感じながら慎重に言葉を選びながら問い返す。


「アティラさんは、もしかして、飯屋めしや知らないのですか?」


 飯屋と今時言われるか怪しいが、彼女を思っての言葉を選び抜いた選択だった。


「馬鹿にしないで下さい」

(おう、良かった。飯屋の知識は脈ありか)

「ご飯の事ぐらい知っています」


 期待とは、逆方向に、とまではいかないが、仁とは同じ線路に乗らず、曲がってしまうのはどうしてだ、と思いたくなるような発言。


「う、うん……方向としては間違っていないが……まあ、中に入ったらきっと解かりますよ」


 店のドアが開いた瞬間に内から放たれた豊満な香り、食欲をより立たせるのに充分だった。

 アティラもその香りに誘われ唾液が口から零れそうになる。


「熊さん、熊さん。何ですかこの匂いは!!」


 目線を店に、両手を仁の腕にしがみ付き、この匂いの正体を探りに掛かる。


「ご飯の匂いですよ。さあ、店に入りましょう」


 言われるがままにアティラと仁は店の中へと姿を消した。


(何で『豆腐なのにラーメン』って突っ込まないんだ!やっぱり、あれか……本当に異世界から来たからなのか?!)

 表向きは、笑顔のまま、仁の内側は、相変わらずパニックであった。

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