第04話 一口目までの苦労
「「ええ~~~~~!!」」
同時に驚くあまり、アティラも身体をピクンと浮き、二人の反応に動揺をし始める。
「えっ、じゃあ普段、何を食べてたの、アティラちゃん」
望に同調して、仁も頷きながら同じ問いをしようとしていた。
「私が普段食べている物ですか?」
遠い過去を振り返るように頭を天井に仰ぎながら、両目を閉じて、深く考える。
今まで食べてきた物。
そして、想像する。
思い浮かぶ数々の木の実と川魚の種類をグリズリーと共に拾ったり狩ったりの日々。
「赤くて甘い赤い木の実のセキレンゲの実と、ちょっぴり苦いけど太陽に干すと甘ずっぱい香りを放つ黄色い木の実のレメントン、後は何種類かの魚ですね……あまり魚は好かなかったので種類の名前はよく知りません」
聞いた事のない果物の名前、けれど今は、二人の思考が留まっているのは、アティラが説明した全部が一つの答えを導いてくれる。
「「お前、木の実と魚しか食べた事ないの?!」」
新種の果物は、二の次だと言わんばかりの二人の態度。
店には、まだ客もいるのにお構いなしの大声連発に客達は気分を害する思いに駆られていた。
静かに食べたいのに――、と。
「そ、そんなに珍しいものですか?私には、こんな食料は、初めてですのでよく判りません」
けれど、勿論、この世界でそんな生き方をしていたのは、原始人や古い部族のみ。
食べ物に工夫を加えない分、火を使い始めた原始人や部族の方が遥かに進歩していると言えよう。
この世で、食べ物を工夫しない存在がいるのなら、それは――
(――動物しか、いないんだけど?!)
食べ物に悦はいらない。
口に運びその栄養を得るのみ。
それならば、工夫する必要性すらなく、ただ食べ物の栄養を摂取できればそれだけで充分であろう。
一体、何故人は、食べ物に工夫をし始めただろうか?
その疑問が抱いたのも、このラーメンとやらを見た
しかし、とアティラは、そのラーメンに釘付けのように目が離せない。
ラーメンが放つ何ともいえない香り、ブクブクと聞こえる汁の音がアティラの食欲を煽る。
一体この器の中には、どんな未知の味があるのだろうか?
アティラは、手を近づけ、ラーメンのスープに麺がある位置に指を入れ、掴もうとするが、予想外の熱さで素早く手を退く。
火傷という痛みも初めてだ。
「熊さん、この食料攻撃してきます。指が痛いです」
アティラの食べる様を見ながら二人は、思わず吹いてしまった。
「アティラちゃん、俺、ここに働いてもう三年にもなるけど、ラーメンを素手で食べようとした人初めて見たよ」
ふははは、と笑いを堪え切れずアティラの天然過ぎる動作に参ってしまう。
「望、わ、笑い過ぎだって、アティラさんもラーメン初めてっていているから仕方ないだろう?」
自分も笑っている癖にと望に突っ込まれ、仁は、自分が持っている割り箸を持ち直し、アティラが見えるように、箸をスープの中に入れる。
そのまま麺を掴み取り、一気に麺を口に運ぶ。
ずずずーッて、ラーメンを啜る音を立てながら美味しそうに味わう。
「こうして食べます。ほら、箸の一本を中指に固定して、人差し指と親指でもう一本の箸を動かして掴みます」
少し困りながら、けどその単純な作業も楽しく感じているのか、にこにこと笑いながら一生懸命繰り返す。
ポトンと麺がスープに零れ落ち、辺りに撒き散らす。
持ち始めてからスープとの距離もまだ数センチに満たない事から被害は、テーブル内に押し留まっている。
「俺、ラーメンに一口目に十分以上掛かっている人見た事ないよ」
「そう言うなって、アティラさんも頑張っているんだから」
「へいへい――っと、そうもいかねぇ」
「あっ!!」
望が突然アティラの皿を持ち出し、それまでにラーメンに集中していたアティラは悲しい表情でラーメンを持っていかれる姿を見ていた。
「時間切れーー」
「おい、望、何やっているんだ」
仁は、バン、とテーブルを叩き、望の理不尽な行動に不満をぶつける。
「知りませんでした……まさか、この世界では、食事をする時には、時間制限があるなんて――次からは頑張ります……」
アティラは、アティラとして、切なそうな声でこの世界のルールを受け止めようとしていた。
「ほれ見ろ、アティラさんが悲しんじゃっているじゃない」
「バーカ、このラーメンを見ろ」
両手が塞がっており、望は、目先だけで仁をラーメンに誘導する。
「このラーメンがどうしたというんだ?」
別に、変になっている訳でも、何かが落ちたという訳でもなく、というより何もないと思うそのラーメンに一体何が起きたのかを仁は、少し強張った表情で望に問う。
「判らねぇのか、このラーメンもう十分以上も経っているんだぜ」
望の言葉に
「アティラちゃん、ラーメンが冷めてしまったので、もう一度温め直しておきますよ」
「ふむ、温め直す必要がある食料なのか?もしや、冷める毒が発生するのか!?それなら食べても、身体が体温のお陰でラーメンを温め続けられるからその可能性が高い……ぬぬぬ」
やや口調がずれ始めた様子のアティラ、その彼女の妄想を聞いていた仁は、心配してとんとんと彼女の方を叩く。
「大丈夫ですか、アティラさん?」
「はい、何でしょう、熊さん?」
「い、いや、大丈夫ならいいんだ」
(元に戻った!!つか口調直るの早や!!)
もう一度ラーメンが食卓に置かれ、アティラは、ラーメンとの正面対決に発展。
アティラは、今度こそ食べてやるぞの炎のオーラを出しながら箸を構える。
(いや、何でアティラVSラーメンになっている訳?)
仁は、そんな彼女を見ながら、誰かにインプットされたイメージにツッコミを入れる。
「では、参ります!!」
意気の良い掛け声でアティラは、頬から滴る汗とラーメンを真剣に見詰め合う。
ドックンドックン、と心臓の音が大きくなっているのは、仁とその隣にいる望。
「何で、人がラーメンを食べる姿を見るだけなのにこんなに緊張しなきゃいけないんだ!」
「その気持ちは、わかるが耐えろ、アティラちゃんが動くぞ」
ドシャ、と箸がスープに入り、そのまま持ち上げる。
箸の先端に絡まっているのは、濃厚なスープがへばり付いている麺。
そして、そのままの勢いでアティラは、麺を口へと運ぶ。
仁の食べ方を
もぐもぐと麺とそれに絡まっていたスープの味を噛み締めながらじっくりとその未知の味を堪能する。
「――ッッ!!!」
目を見開き、涙腺に水分が集い、やがて水滴となって頬を伝って滴る。
「アティラさん、どうかしましたか?まさか、さっき、望が変な物でも入れて不味かったのか?」
「おい!」
「いいえ、ちょっと感動しました……とても、美味しいです。私、こんな食料を食べた事がありません」
こんな幸せそうに微笑むアティラを見て、仁と望は、両方本当の本気で彼女に見惚れてしまう程顔を赤く染めてしまった。
初めて味わう、食感、何ともいえないほんのりとした涙の味、心地良い程のまろやかなスープの風味。
いつまでも味わいたいと思わせる美味しさをアティラは、涙を流しながら食べ続けた。
(いつか、グリズリーや皆にも一緒に食べてみたいな~)
思い浮かべるのは、アティラと動物達が草原のど真ん中で一緒にこのラーメンを食べる光景だった。
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