魔の海域入り口付近

第52話 戦いの火蓋

「あーあ、僕って駄目だなぁ。あの時ゴーストバスターの魂をちゃんと刈れたら、お師匠さまに一人前だって認めてもらえるチャンスだったのに」


 ゴーストバスターの襲撃から数日後の夕暮れ時、マルロと一緒に甲板で海を眺めていたムーがぽつりとこぼす。


 マルロはムーを慰めるように言う。

「でもムー、北大陸ではヘルの代わりを任せてもらってたじゃない。きっと、頼りにされてる部分もあるんじゃないかな」

 ムーはそれを聞いて、パッと顔を明るくする。

「そ、そっかぁ! 僕、もう認められてたんだね!」


「……勘違いするな。おぬしはまだまだ半人前だ」


 後ろから聞こえてきたその声にムーは振り返り、大声をあげる。

「うわっ! お師匠さま!」

「うわ、とは何だ。また修行をサボっていたのか?」

 そう言ってじろりとムーを見るヘルの言葉に、ムーは心底憤慨する。

「し、修行はもうサボりませんっ!」

「そうは言うものの、今も何やら油を売っておったようだが……まあよい」

 そう言うヘルの前に、ムーは勢いよく進み出る。

「そ、それより、僕がまだ半人前って……。じゃああの時、北大陸の時はどうして僕をお師匠さまの代わりに……?」

 その問いに、ヘルは淡々と答える。

「あの時は、我が船を離れるわけにはいかなかったゆえ……そしてノースの村に、脅威はないと踏んでいたからな。それゆえ送り出したまでのこと」

「じゃあ、僕まだ認められてなかったんだね……」

 ムーはしょんぼりした様子でそうマルロに耳打ちする。


 ヘルはそんな様子をじっと見ていたが、くるりと背を向け、言う。

「死神の、魂を刈る能力は……一朝一夕で身につけられるものではない。技術を磨き、我を認めさせよ。期待しておるぞ、ムー」

 その言葉を聞いたムーは、骸骨の顔の奥にある目を見開き、背筋をしゃんと伸ばして、大鎌の持ち手をぎゅっと握る。

「! は、はいっ!」

 ムーはヘルにそう言った後、興奮気味にマルロの方を振り返る。

「僕、まだまだ頼りにはされてないけど……期待はされてるんだって! 頑張らなきゃ」

「よかったね、ムー」

 マルロは微笑み、それから小声で付け加える。

「でもヘルはああ言ってても、きっとヘルの手が離せない時は頼られるようになったんだよ。僕だって船長やってるのは父さんの代わりに過ぎないし、みんながいないと何もできなくて……。だからいつか立派な船長や死神になれるまで、お互い頑張ろう」

 マルロの言葉を聞いたムーは、ぱあっと笑みを見せる。

「そっかぁ、マルロも見習い船長だったんだね。うんっ! 同じ見習い同士、一緒に頑張ろうね!」


「ずいぶんわちゃわちゃしてるようだが……いいのかねぇ、そんな呑気な様子で」


 甲板で暇を持て余している様子のゴーストバスターが、マルロとムー、そしてヘルの今しがたの会話を聞いていたようで、水を差すように口を挟む。

 その場を去ろうとしていたヘルがそれを耳にして立ち止まり、ゴーストバスターを一瞥いちべつする。

「おぬし……何か知っておるのか?」

「いんや、俺は何も?」

 ゴーストバスターはヘルから目をすいっと逸らしながら言う。ヘルはいぶかしげにゴーストバスターをじろりと見ている。

「お兄さん、カナヅチなのに甲板にいるんだね。変なの」

 マルロがそう言うと、ゴーストバスターはマルロに目をやり、眉をぴくりと動かす。

「どういう意味だよ」

「だって、海が嫌いなら、船の中にいればいいのにと思って。お兄さんの部屋も、用意してもらったんでしょ?」

 マルロの言葉に、ゴーストバスターは鼻を鳴らす。

「別に海を見る分には大丈夫なんだよ。むしろ海の様子がわかって安心するからな。船が沈むって時は、船室の中の方が安全ってワケでもないだろ。海の様子がわからねぇ状況で、波で揺れてる船内にいる方が怖いもんだぜ?」

「ふーん、そういうものなんだ」

 苦手なものについてもなんだか偉そうに言うなあと思いつつ、マルロは答える。



「おい、魔の海域が見えてきたぜ」


 船首の方からスカルの呼ぶ声がする。それを聞いて、船員たちが船首の方へと向かう。


 マルロも皆と一緒に目を凝らして前方をよく見ると、何やら暗雲が渦巻いているような、分厚い雲の壁が、遠く前方に現れる。


「うわぁ……あいかわらずの、おどろおどろしい感じだねぇ」

「まるで、俺らを拒絶するかのような雲の壁だな」

「ま、このまま考えなしにあそこに突っ込めば、間違いなくお陀仏だぶつってとこだろうな」

「確か、このまま北と南の海域の境界を真っ直ぐに進めば、どこかに入口があったはずなのだが……」


 マルロは皆の会話を聞いて――――以前こっそり聞いた、真夜中の食堂での会話を思い出し、口を開く。

「ねえ、みんなは……その、魔の海域に行ったことがあるの?」


 その言葉に、皆が顔を見合わせる。スカルがこちらを振り返り、それに答えてくれる。

「ああ……シルバJr.には言ってなかったか。俺たちは、そこで死んだんだよ」

「えっ……⁉」

 マルロは、初めて知った事実に驚く。

「そんでもって死んだ後、その場所でシルバ船長に出会って、この霧によって生命いのちを与えられた」

 幽霊たちも頷き、口々に喋りだす。

「あの中は、それはそれは恐ろしい海でな……」

「天候は常に大荒れ」

「波は化け物みてぇに、容赦なく襲い掛かってきやがる」

「実際に、化け物みてぇな奴らもうようよいやがるし」

「うちの海坊主どもなんて、あれに比べりゃかわいいもんだぜ」

「……そんなに、大変なところなんだ…………」

 マルロは皆の言葉を聞いて、顔を青くする。


 そんなマルロの肩を誰かがぽんと叩く。顔を上げると、スカルがこちらを見てニヤッと笑っているのが見えた。

「だが……その先に船長がいるなら、行くしかねぇ。だろ?」

「……うん…………!」

 スカルの言葉に、マルロは力強く頷く。

「じゃ、飛んで火に入るなんとやらといった感じで、あのやばい場所に突入するとしますかね」

「いざ、魔の海域へ……」


「おい、ちょっと待て」

 皆が魔の海域行きについて意気込んでいるところで、船の後方にいた、単眼鏡を覗き込んでいる幽霊が口を挟む。

「その前に、後方から…………何か来てるぜ」

 それを聞いて、皆は船の後方に集まり、揃って目を凝らす。

「な…………なんだありゃ⁉」


 水平線から、いくつもの船が――――――大規模な船団が、姿を見せる。


「うわっ! なんであんなにいっぱい船が……」

「……あの時とおんなじだ。どうやら、が来たようだぜ」

 スカルがぽつりと呟く。マルロは顔を青くし、スカルを見上げて尋ねる。

「あ、あれ……一体何なの?」

「俺の様の御一行だよ」

 ゴーストバスターがぼそりと答える。それを聞いたヘルは、ゴーストバスターを横目で見て言う。

「……やはり、知っておったのではないか」

「あー……ま、用事が済み次第追いかけるとか言ってたっけなって、今思い出したんだよ」

 ゴーストバスターは頭を掻きながらそう言うと、後ろの船団を見て、力なく笑う。

「うへぇ。俺の依頼人さんは、やることなすこと手が込んでるぜ。これ、俺の出る幕なかったんじゃ……いや、用事とやらが終わるまでの時間稼ぎに使われたのかもな」


「とりあえず、先に魔の海域に入っちまおう! 人間なら流石にあの海域まで追ってくることはねぇだろ。ここであんなの相手にしてらんねぇぞ!」

 スカルがそう言うと、単眼鏡を覗いていた幽霊が首を横に振る。

「……だが、どうもそうはさせてくれねぇみたいだぜ。あれ見ろよ。早速のお出ましだ」


 帆船がまず一艘いっそう、こちらに向かって近づいてくる。その速さはスーッと風に乗るように、ものすごい速さで進んでいる。



「ずいぶん速い船だが、やっこさん得意の魔法の力か?」

「えぇ? でもシルクの話じゃ、帆船に魔法を使って進ませるには、ものすごい威力の魔法が必要なんじゃなかったか?」

「だが向こうは俺たちとは違って、魔法の専門家集団だからな……」

「奴の部下にも、魔法の使い手が多いんだよな」

「だが、一艘いっそうだけか? なら、大砲で撃ち落としちまえば……いや、海坊主に任せるべきか……」

 スカルがそう呟くと、単眼鏡を覗いている幽霊が声をあげる。

「ちょっと待て。……妙だな、あの船、人が乗ってねぇぞ?」

「じゃ、やっぱり魔法で進んでるのか?」

「だが、無人の船をこっちに寄越して、何をする気なんだ――――」


 そう言い終わらない間に、その帆船から火の手があがり――――船が突如発火する。

 船は轟々と燃え上がりながらも、スピードは落とさず、まっすぐにこちらへ向かってくる。


「うわぁ! あの船、ひとりでに燃えやがった!」

「さっき誰かが、飛んで火に入るとか言ってやがったが……まさかこっちに『火』があったとはな」

「炎の魔法っていやぁ……奴の十八番おはこか」

「まさか、あれをうちの船に押し付ける気だな!」

「まずいぞ、あの野郎の魔法の炎が、うちの船に燃え移ったら……」

「海坊主ども、頼む! あの船を沈めてくれ!」


 幽霊の言葉に海坊主たちがこくりと頷き、その船の元へと向かう。


 海坊主たちはまず、波しぶきを起こして火を消そうとするが、その炎は海水をかけても簡単には消えないようだった。

 そんな魔法の炎の燃え盛る船に手を焼きつつも、海坊主たちは数体がかりで、なんとか船を沈めることに成功する。


「良かった、これでなんとか……」

「うわっ、また来たぜ!」

「今度は連続で寄越して来やがった!」

 ほっとしたのも束の間、向こうから、炎燃え盛る船が続々と押し寄せてくるのが見える。


「とりあえずさっきみてぇに、海坊主たちに船を沈めさせるんだ!」

「だがそれだと、海坊主どもの力で船を進ませることができねぇぞ」

「追いつかれるのも時間の問題だぜ」

「でもそうしねぇと、うちの船が燃えちまうだろーが。あの魔法の炎は、なかなか消えなくて厄介だぜ?」

「じゃ、大砲も使って撃ち落とすか。大砲部隊、準備しろ!」



 そうしてしばらくの間、ドオンドオンと船を撃ち落とそうとする大砲の音が何度も鳴り響く。大砲の他にも、海坊主たちの力を駆使して、やってくる船を次々と沈没させることに成功する。


 しかし海坊主たちが総出で次々やってくる船に対処しているその間、船を魔の海域に向けて進ませることはできず――――なかなか消えない厄介な魔法の炎が燃え盛る船に悪戦苦闘している間に、向こうから一番立派で大きな、黒色の船体をした大型帆船がゆっくりと迫ってくる。


「やべぇ、来やがった……。の船だ」

「だが……これはチャンスだ。あの大型帆船を、海坊主ども全員で狙え! あそこに元凶がいる! 奴の船を海に引きずり込めば、形勢逆転も……」

 スカルがそう言うと、幽霊たちが揃って進み出る。

「俺たちもやっこさんがどこにいるか、偵察してくるぜ。あれがうちの船に近づいて大砲を撃たれたり、うちの船に向けて炎の魔法を使われる前になんとかしねぇと」

「ああ。それに海坊主どもに向けて攻撃されても厄介だから、俺たちがあの船に乗ってる人間どもを妨害してやるぜ」

「おう、任せた。幽霊ども、頼んだぜ!」

 スカルの言葉に頷くと、海坊主たちが一斉に大きな船へと向かうその後ろを追うように、多くの幽霊たちが飛んで行く。



 そんな中、騒ぎに乗じて小ぶりな帆船が一艘いっそう、ひっそりと幽霊船の近くにやってくる。


 発火しそびれたのか、火の手があがっていないその小さな船のことを、船員たちは警戒せずに、対処を後回しにしていたのだが――――――――


「……今回は、逃がしませんよ」


 たった一人、船に乗っていた男はそう呟くと――――手に持った銀色のライターを一回、カチリと鳴らす。


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