第50話 天敵

「うわっ、もう近くまで来てるぞ」

「あの小船、なんであんなに速いんだよ?」


 海坊主たちの力で海上を進んでいる幽霊船の速度を大きく上回る速さで、ゴーストバスターの乗っている小船はこちらにどんどん近づいてくる。

「おそらく、何らかの魔法の力を使っているのよ。帆に向けて風を起こす魔法……とかね」

 シルクが相手の船を見ながら呟くと、幽霊の一人がうんざりしたような声をあげる。

「ええ~あいつ、もしかして魔法も使えるのか?」

「……あ奴自身の能力ではないかもしれぬが」

 そう呟くヘルの言葉に、サムも頷く。

「魔法ってのは買うこともできやすし、誰かに魔法をもらい受けて、小瓶なんかで持ち運ぶこともできやすからねぇ」

 マルロはそれを聞いて、魔法が中に入っているキラキラとした小瓶がずらりと並んでいた、ウエスの街の魔法売り場を思い出す。

(そっか、人の魔法を使う……そんな方法もあるんだっけ)

「じゃあさ、シルクも魔法でこっちの船の速度を上げてよ」

 マルロがシルクの方を振り返りそう言うと、シルクはしかめっ面をしてみせる。

「簡単に言わないで。たとえ魔法を使っても、同じ魔法の強さなら小さくて軽い相手の船の方が速く進むでしょ。うちみたいな大きい帆船に使うにはものすごい威力の魔法が必要だし、風の魔法で速くしようとしても、あまり効果がないのよ。あたしの魔法でできるならとっくにやってるわ。第一、うちの幽霊船の帆はぼろぼろに破れてて使い物にならないじゃないの」

「た、確かにそうだよね……」

 マルロが慌ててそう言うと、シルクがぼそりと付け加える。

「……それに、風の魔法は……あたしの魔法属性の得意分野とはほぼ対極にある種類の魔法だから、正直あまり得意じゃないの」

 それを聞いたマルロは、ウエス魔道学院の教室での出来事を思い出す。あの時魔法で小さな風を起こし、鉢植えの葉を揺らしてみせた体験入学の生徒がいたが、その子の持つ魔力の色は……確か緑色だった。そこから考えると、自身の魔力の持つ色で何らかの属性が決まっており、そこから得意分野が決まるのだろうか、とマルロは考える。

 それなら自分の魔力ならどうなんだろうと考えたマルロは、僕が試しにやってみようか……と言おうとしたが、魔道学院で自分が魔法を全く使えなかったことを思い出し、口をつぐむ。


「じゃ、俺たちなりの方法でやろうや。そもそも、ただ逃げるってのは俺たちの性に合わねぇと思ってたんだよ」

 得意げにそう言うスカルに対し、ヘルが静かに尋ねる。

「……何をする気だ」

 スカルはニヤリと笑う。

「あいつの船を大砲で攻撃するんだよ。そーすりゃここに辿り着く前に、あいつはお陀仏だ」

「でも、あの小船の速さじゃ、今から大砲を準備してる間にゴーストバスターが先にここに来るかもしれないよ?」

 マルロが不安気な様子で言うと、幽霊の一人が何か思いついたようで、パチンと指を鳴らす。

「じゃあさ、海坊主どもをけしかけてあいつの船を沈めたらどうだ? いつも追っ手がやって来た時はそうしてきたろ?」

 その提案に、皆は乗り気な様子を見せる。

「お、それいいかもな」

「海坊主は幽霊じゃねぇし、ゴーストバスターの野郎に魂抜かれる心配もねぇからな」

 幽霊たちの声に耳を傾けたスカルは頷く。

「なるほどな。じゃ、そうするか。よーし。そういうわけだから海坊主ども、頼んだぜ!」

 スカルが海を覗き込んで海坊主たちに号令をかける。海坊主たちはこちらを見上げてこくりと頷き、ゴーストバスターの船めがけて一斉に押し寄せていく。


 先頭の海坊主がゴーストバスターの船に辿り着くと、小船が傾き、海に引きずりこまれてゆく。その様子を見ながら、スカルはニヤリと笑う。

「へっ。こうして大抵の追っ手はかわして来れたからな。今回も楽勝……」

 そう言いかけた途中でスカルは骸骨の奥にある目を大きく見開く。ゴーストバスターは船からひょいと飛び降りたかと思うと、後ろに続いている海坊主たちの頭の上を身軽な動きで次々と渡ってゆき、こちらの船に向かってきていたのだった。

「うわっ! なんだよあいつ!」

「海坊主の上に乗って足場にするなんて、ぶったまげた野郎だぜ」

「おい、大砲の用意はまだか?」

「だが、あいつなかなかすばしっこく動き回ってるし、大砲で狙って当てるのは難しいかもしれねぇぞ……」


 頭の上に乗られた海坊主たちはなんとかゴーストバスターを振り落とそうとするも、上手いこと海坊主たちの頭を足場にして次々と移動するゴーストバスターの動きに、なすすべもない様子でおろおろとしている。


 やがてゴーストバスターは最後に乗った海坊主の頭の上から大きく跳躍すると、幽霊船のへりに掴まり、そこから甲板に上がってくる。


「やあやあ、お出迎えご苦労さん。お陰で早くここまで来られたぜ」

 船のへりから顔を出し、ニヤリと笑ってそう言ってのけるゴーストバスターに、幽霊船の船員たちは悔しそうに歯ぎしりをする。

「ちっ。先に大砲で小船を撃っときゃ良かったか?」

「あいつ、なんであんなに身軽なんだよ」

「人間とはいえ、あ奴も死神の一種だ。それゆえ人間離れした能力を持っていても、何らおかしくは無い」

(死神の……一種?)

 マルロはヘルの言葉を聞いて首を傾げる。

「ふーん、だから妙に身軽なのか。もしかして、ヘルみてぇに空も飛べたりすんのか?」

「あ奴は幽霊の身ではないゆえ、流石にその可能性は低いとは思うが……」


 そんな会話をしながらも、船員たちはじりじりとゴーストバスターを取り囲む。

 その中心でゴーストバスターは不敵な笑みを浮かべると、大鎌の持ち手に手をかけながら言う。

「さーて、まずはどいつの魂をいただこうかな」


「皆は……下がっていろ」

 ヘルがそう言って皆の前に出ると、死神の大鎌を構え、ゴーストバスターの向かいに立つ。

「おいヘル、俺たちもやるぜ。皆で一斉に飛びかかれば、そのうちの誰かはあいつに一発お見舞いしてやれんだろ」

 後ろから声をかけるスカルに対し、ヘルは首を横に振る。

「その方法では……おそらく幾人かは魂を刈られ、犠牲が出る。そのやり方を試すのなら、我がやられてからにしろ」

「なんでだよ。確かにお前は人間の魂を刈れるし、唯一あの野郎と戦ってて、相手の能力について誰より詳しいから適任なんだろうけどよ……。せっかく数で上回ってんのにタイマン張らなくてもいいだろ」

「……魔の海域を越えることを考えれば、ここで船員の数を減らすわけにはゆかぬ。犠牲は最小限にとどめるべきだ」


 その会話を後ろで聞いていたシルクが二人の前に進み出て、口を挟む。

「それじゃ、幽霊じゃないから魂取られる心配のないあたしが、魔法で遠くから援護するのはどう? あたしの一番得意な死霊術はゴーストバスター相手には使えないんだろうけど、それ以外の魔法なら何とか……」

 ヘルは即座に首を横に振る。

「駄目だ。シルクが攻撃に参加すれば、シルクも標的になり、その身に危険が及ぶやもしれぬ。奴は死霊退治を専門としているとはいえ、死霊以外には一切攻撃せぬとはいいきれぬからな」

「でも……」

「……アイリーンも、おぬしが傷つけられるようなことがあれば、悲しむだろう」

「…………」

 シルクは後ろで心配そうにこちらを見つめているアイリーンをちらりと見、口をつぐむ。ヘルはアイリーンにもちらりと目を向け、背中越しに声をかける。

「アイリーン、ここは危ないゆえ、船室に入っていろ。シルクはアイリーンのことを守ってくれ。よいな?」

 その言葉にシルクはこくりと頷き、アイリーンを船室へと促す。

「わかった。あたしは船室の前にいて、中にいるアイリーンを守るわ。行きましょ、アイリーン」

「ええ。……ヘル、健闘を祈ります。どうか無事で……」

 アイリーンは心配そうな様子でヘルを見つめた後、言われたとおり船室に入っていく。


 そんなやりとりを暇そうな様子で眺めていたゴーストバスターは、一発大きなあくびをした後、気だるげな声で船員たちに話しかける。

「ずいぶん長いこと話し合ってるようだが……俺ぁどっちでもいいぜ? 一斉にまとめて相手しても、そこの死神さんとタイマン勝負でも。これだけ多くの死霊を相手にする機会も久々なもんで、楽しみではあるが……思えばで戦うって経験の方が貴重かもしんねぇしな」

「……では、後者で決まりだな。まずは我が相手だ」

 ヘルはそう言って、これ以上誰にも有無を言わさぬ様子でサッと前に進み出る。スカルは口を開き、再度引き止めようとする素振りを見せたが、何も言わずやがて静かに口を閉じた。


「前にここに侵入した際は、戦う気がないってことで見逃してくれたんだったよな。だが生憎あいにく、あれから正式に依頼を受けたものでね。ま、これが俺の仕事だからな、悪く思うなよ」

 大鎌を構えながらニヤリと笑うゴーストバスターに、ヘルは静かに問う。

「……誰に頼まれた」

「ああ、雇い主は前と同じだよ。どうもお前らの船にご執心らしいな。魔の海域に入る前に必ず食い止めろ、との命を受けている」

「……船を進めていた魔法も、そ奴から譲り受けたものか」

「ま、そんなとこかな」

 ゴーストバスターはそう言うと、大鎌を体の前で構える。

「んじゃ、ま、始めるか。だからって手加減はしねぇぜ」


 ゴーストバスターは甲板を強く蹴ると同時に、一直線にヘルの方に向かってくる。まるで風のようなその素早い動きにマルロは驚き、息を呑む。

 ヘルは空を飛んでサッと空中に逃れる。それを見たゴーストバスターは再び甲板を強く蹴り、ヘルめがけて真上に飛び上がりながら、ヒュッと大きな鎌を軽々と振るう。

 ヘルは今度は攻撃を避けずに大鎌でそれを受け止める。ガキンという大きな音がして、二つの大鎌がぶつかり……三日月形の白銀と漆黒の二つの刃がぎりぎりとせめぎ合う。

 せめぎ合った後、ゴーストバスターは一旦甲板まで降りて後ろに退くも、息つく間もなく今度はマストを駆け上がり、マストを足場に利用して空中にいるヘルに向かって何度も攻撃を繰り返す。


 皆がその様子を固唾かたずを飲んで見上げている中、高所からキン、キン、と大鎌の擦れ合う金属音が何度も響いている。


「俺が言うのもなんだが……ずいぶん好戦的な野郎だな。ま、幽霊のヘルよりも人間の方が疲れが先に来るだろうから、相手から攻められるのは都合がいいはずだ。……とはいえあいつは死神に近い能力も持ってるって話だから、疲れる体なのかどうかは俺にはわからんが」

 ヘルとゴーストバスターの戦う様子を見上げながらそうこぼすスカルの隣で、マルロは二人の戦いの迫力と凄まじい速度に圧倒されつつも……監獄でのヘルが人間相手に大鎌をふるっていた様子を思い出して、ふと尋ねる。

「ねえスカル。ヘルはどうして透明にならないの……? 人間が相手なら、いつもみたいに透明になればこっそり攻撃できるのに」

 スカルは上空で繰り広げられる戦いから目をそらさぬまま、それに答える。

「……相手がゴーストバスターだからな。透明化しても意味ねぇんだよ。あいつは霊感が誰よりも強くて、透明になった幽霊の姿もはっきり見ることができるんだ。幽霊を除霊する仕事をするには、幽霊が見えなきゃ話になんねぇだろ?」

「じゃあ、ヘルはこっそり魂を刈れないし、周りの幽霊たちが姿を消してこっそり攻撃しようとしても、すぐに見破られちゃうんだね……」

「そういうこった。ったく……俺たち死霊にとっちゃつくづく厄介な野郎だぜ」

 それを聞いたマルロはふと思い出す。

(そういえば、サタンが天敵がどうとか言ってたけど……やっぱりゴーストバスターは死霊たちにとって死神みたいな存在で、僕らにとっての一番の天敵ってことになるのかな……)

「それに、ずいぶん身軽な野郎だな。空中にいるヘルに対してあれだけやれるとは……これはなかなか苦戦するぞ」

 それを聞いて、マルロは再び二人の戦いに目を移す。


 ゴーストバスターは死霊のヘルとは違い空を飛べるわけではないようだが、それでも垂直に立っているマストを駆けあがったり、軽々とした様子で空中で一瞬ふわりと浮いたりと、重力を無視したような動きを時折見せる。風のように素早い動きや空中を舞うような動作のおかげで、空を自由に飛べるヘルとも対等に戦えているようだ。


(ヘルは空を飛べるから逃げることは簡単にできるんだろうけど、僕らのために戦ってくれてるんだよね。僕に何かできることはないのかな……)

 マルロはどこかに今の状況を解決する糸口はないかと、以前幽霊船でゴーストバスターと一緒にいた頃のことを思い出そうとする。

(あの時、どんな話をしてたっけ。確か、甲板にあの人が立ってて、それから……)


「「「危ない!」」」

 周りから声がして、マルロはハッと顔を上げる。


 はるか上空から、ゴーストバスターとヘルが落ちてくるのが見えた。ヘルが下側で、大鎌で抵抗しつつもゴーストバスターに抑えつけられているような体勢であった。

 二人はそのまま甲板に落ちる。めりめりっと甲板の板が割れて穴が開き、共に下の階に落ちたようだが、二人は即座に外に出てくる。


「ヘル……! 大丈夫?」

 マルロが思わず声をかけると、ヘルがこちらを見る。ヘルの瞳は銀色にギラリと光っていた。そのいつもよりも一段と恐ろし気な表情に、マルロはびくっとする。

「……問題ない」

 ヘルはそう呟くと、今度はヘルの方からゴーストバスターに向かってゆく。今度は上空ではなく甲板上で、大鎌で競り合う戦いが繰り広げられる。


「「いけ、ヘル! やっちまえ!」」

 二人の周りを船員たちが取り囲み、声援が増して騒がしくなる。マルロはその様子を見ながら、あることに気が付く。

(あれ、そういえば、ムーは一体どこに……)


「……⁉」

 ヘルが突如、ゴーストバスターのすぐ上――――空中の一点を見つめ、その目を大きく見開く。

「どこ見てる!」

 その一瞬の隙を見逃さず、ゴーストバスターは大鎌をヘルの胸のあたり目がけてふり下ろす。

「悪いな、死神さん。あんたの魂はこの俺がいただくぜ!」

「…………!」

「ヘル……っ‼」

 マルロが叫ぶと同時に、隣にいるスカルが舌打ちし、腰に差している海賊剣を二本同時にスラリと抜く。そしてその瞳を銀色にギラリと光らせ、ヘルの元へと一目散に駆け出す。


 その時――――ゴーストバスターの背中から突然血が吹き出て、ポタポタッとその血が甲板の上にしたたり落ちる。

「……⁉」

 スカルはそれを見て、ぴたりと足を止める。


「ぐっ……!」

 ゴーストバスターは顔を歪め、大鎌を構えた体勢のままうつ伏せに倒れる。その背中のマントには、刃物で切り裂かれたような傷が一つ、ついていた。


「えっ……何が起こって……」

 マルロは何が何だかわからず、顔を青くしていると、ヘルがゴーストバスターの少し後ろの方に向かって声をかける。


「……おぬしは手を出すな、と言っておいたはずだが」

「……ごめんなさい」


 その声が聞こえたと同時に、ゴーストバスターのすぐ近くからムーがすうっと姿を現す。


 その手に持つ大鎌の赤く染まった刃先からは、丸い血のしずくがぽたりぽたりと落ち、その骸骨の奥の瞳はヘルと同じように、銀色に光っていて――――。

 そしてその骸骨の顔には、鮮やかな赤い血の飛沫しぶきが、べっとりとついていた。


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