第47話 樹海の案内人

 マルロたちが精霊の山にいるその頃――――マルロたちの他にも、北の樹海を訪れている人物がいた。


 その男は、樹海を歩くには相応ふさわしくない黒いスーツを着ていて、黒い大きなかばんを持ち、黒髪の長い前髪を斜めに流してピシリと真っ直ぐに固め、紅色のネクタイをカッチリと締めた、細くて長いキツネのような目をした男……クリムゾンであった。


 そして、その隣を歩いている少年は――――――


「ほう、あなたが噂の『樹海の案内人』ですか」

 クリムゾンが隣を歩く少年に言うと、少年は得意げに頷く。

「うん! だから道案内は任せてよ」

「それは助かります。ちょうど樹海の案内人の話を耳にして、探しているところでしたから。しかし……」

 クリムゾンは少年を上から下までじろりと眺める。

「ずいぶん小さな案内人ですね。それに、案内人という割には……先程は少し足を止めて、何やら迷っておられたようですが」

 少年はそれを聞いてバツの悪そうな顔をする。

「そ、それは……今まで樹海の中にあったはずの、首を吊った状態の骸骨が木にぶら下がってたのが、突然なくなってたんだ。だから一瞬戸惑ったんだけど、よく見たらその場所にロープの切れ端があったし……」

 クリムゾンはそれを聞いて目を少し開く。真紅しんくの小さな瞳がちらりと見える。

「ほう、死体が消えた……とは。地面には落ちていなかったのですか?」

「うん、ロープの切れ端だけ残して、跡形もなく消えちゃったんだよ!」

 そう訴える少年に、クリムゾンは、嘘だと笑い飛ばすようなこともなく、少年の言葉について深く考える素振りを見せる。

「ふむ。ロープの切れ端があったにも関わらず、下には落ちていないとなれば……もしかしたら、その死体は死霊となって、今頃はそこいらを動き回っている……なんてことがあるのかもしれませんね」

 少年はそれを聞いてさっと顔を青ざめる。

「あ、ありえないよ! 死体が動き回るなんて……。そんな怖いこと言って驚かさないでよ!」

 クリムゾンはそれを聞いて少年を見据える。

「おや。もしかして、死霊はお嫌いですか?」

「う、うん……。僕、樹海に住んでるから死体とかは結構見慣れてるけど、幽霊ってなると……そりゃ、ちょっとは怖いかな」

「しかし、この樹海では幽霊がよく出ると聞いていますが。案内人のあなたにとって、幽霊は見慣れているはずなのでは?」

「ま、まあ……たまに見るけどね。でもそれはぼうっと光ってる人魂みたいなやつだよ」

「では、本当に、死体や骸骨などが動いている現場は見たことがないのですか?」

「……あっ」

 少年はそれを聞いて、何か思い出したように顔を上げる。

「……そういえば、つい最近見たかもしれない。その……骸骨みたいな顔した人が、動いてるの……」

「……ほう」

 クリムゾンはそれを聞いて、ぴくりと眉を動かす。

「でも服を着てたし、人間っぽい人たちも一緒にいたみたいだから気のせいかもしれないって思って。人間なら樹海の道案内をしてあげなくちゃとも思ったんだけど……もし本当に骸骨だったら怖いから、声かけなかったんだ。なんだか大勢で陽気に歩いてたから困ってる感じでもなかったし」

「……奴ら……か?」

 クリムゾンはそう小さく呟くと、再び少年との会話に戻る。

「しかし実際、首を吊った骸骨がその場から動いたのだとすれば、その君の見た動く骸骨も死霊……だという可能性がありますね」

「でも骸骨が動いてるのを見たのはそれが初めてだよ。おかしいよね。最近はなんだか、樹海に変な事ばっかり起きてるみたいなんだ」

「……では、それ以外に最近何か変わったこと、というのは?」

 そう尋ねられた少年は、何かを思いついた様子で顔を上げる。

「そうだ、変なことで一番驚いたのが……でっかい船が樹海の上を飛んでたのを見たことかなぁ。船が空飛ぶなんてありえないし、見えたのは一瞬ですぐ木に隠れて見えなくなったから、それも気のせいだったのかなぁって思ってたんだけど」

「船……やはり奴らか。まさか、空からノースの村へ行ける方法が……?」

 クリムゾンはそれを聞いて、何かについて確信を持った様子で呟く。


 一方の少年はしばらくの間首を傾げて空を見ていたが、やがてクリムゾンの方を見て笑いかける。

「死体がなくなったのも船が空飛んでるのも不思議だけど、まあ、そんないつもと違うことがあったとしても……僕は樹海にある木の一本一本を見分けられるからね。ちょっとくらい変なことが起こっても道案内については問題ないんだ。だから心配しないでよ」

 クリムゾンはその言葉を聞いて頷く。

「それは頼もしい。では、引き続き案内をお願いするとしますかね。あとどれくらいで着きそうですか?」

 少年は辺りを見渡すと、あごに手を当てて思案する。

「目的地はノースの村だったよね……まだ結構かかりそうかなぁ。あ、そうだ。ノースの村まで行くにはちょっと遠いし、一つだけやり残してた用事もあるから……途中で僕の家に寄ってもいい? ノースの村まではまだ距離があるし、そこで何かご馳走するからさ」

「樹海の中の家……ですか。それは興味深いですね。構いませんよ」

 クリムゾンがそう言って頷くのを見て、少年はにっこりと笑い、前に出る。

「ありがとう。じゃあ、こっちだよ」



 二人はそのままうっそうとした樹海を歩き続け、やがて少年の家に辿り着く。


 そこは巨木に空いた大きなうろで…そこにできた洞窟のような空間で、少年は暮らしているようであった。

「これが、君の家……ですか」

「うん、まあそんな感じ。僕はこの樹海の中にこんな感じの場所をいくつか持ってて……だから家っていうよりは秘密基地って言えばいいのかな」

「……なるほど」

 家をしげしげと眺めるクリムゾンに、少年は手招きする。

「まあ、入ってよ。案外居心地いいんだから。背の高いおじさんにはちょっと狭いかもしれないけどね」

 そう言われ、クリムゾンは少年の秘密基地の中を覗き見る。そこには、小さいサイズの丸い木のちゃぶ台に、暖かそうな布団やふわふわのクッション……そしてやかんや鍋、お玉のような調理器具の他、木箱の中には芋などの日持ちのしそうな野菜がこれでもか、というほど山積みになっているその脇には缶詰も積まれていて……様々な物が揃っており、少年の言うように、意外と充実した暮らしぶりがうかがえた。

 そして、その家には先客がいるようで……頭から毛布にくるまって、座りながら寝ている男……と思われる人の姿があった。


「……このかたは……」

 クリムゾンは何やら思うところがある様子で、男を凝視している。少年は苦笑いする。

「あっ、ごめんよ。入ってって言っちゃったけど、先客がいたのすっかり忘れてた。ぐっすり眠って全然起きないもんだから、ちょっとここに置いてって、先におじさんの案内に向かってたんだよ」

「……なるほど……」

 クリムゾンがその男から目を離さずにじっと見続けていると、少年は男の体をゆさゆさと揺さぶり起こそうとする。

「おーい、いい加減起きなよ」

「うー……なんだぁ……?」

 男が毛布の中から顔だけを出すと、不快そうな様子で眉間にしわを寄せて目を少し開き、こちらを覗き込んでいるクリムゾンの顔を見る。

 男の顔を見たクリムゾンは目を見開き……刹那せつなあかい瞳をギラリと光らせる。


 それから、いつものように目を細めて笑みを見せると、男に声をかける。

「おやおや……こんなところで出会えるとは。ずいぶん探したんですよ」

 少年は驚いた様子でクリムゾンを見る。

「あれ。この人、おじさんの知り合いなの?」

「ええ。彼を探すのが私の目的の一つでしてね。ノースの村まで探しに行くつもりでしたが、ここで会えたのは運が良かったです。少年のおかげですね」

 その男は毛布にくるまった体制を変えぬまま、顔だけを少しクリムゾンの方に向けると……相手が誰なのか理解したようで、ゆっくりと口を開く。

「……探したってことは……金の用意はあるんだろうな?」

 クリムゾンはそれを聞いてにやりと笑う。

「ええ、たんまり用意しましたよ。ですから、今度こそ、あなたの力をお貸し頂きたい」

 そう言うと、クリムゾンは持っていた四角い大きな黒いかばんをカチャリと開けて、その中から布の袋を取り出し、男の前に置く。どすんと重い音とともに、チャリンと沢山の硬貨のようなものがぶつかり合う音がする。

「とりあえず、これは前払いです。成功したあかつきには、前に提示した額の三倍もの報酬をはずみますよ」

「…………」

 男は毛布から出てこないまま手だけを出し、その袋をひったくると、くるまっている毛布の中に入れる。


 袋の中身を確認しているのだろうか、毛布の中から硬貨らしき音が少し聞こえた後……やがて男は毛布から顔を少し出してクリムゾンに向き直ると、口を開く。


「…………引き受けた」


 クリムゾンはその返事を聞いて……紅の瞳を光らせ、にんまりと笑う。


「取引成立ですね。では、よろしくお願いいたします」





***********************

<補足など>

今回の話で登場する「樹海の案内人」の少年については、これまでツリーがちょこっと話題に出していましたが、

この少年については、「北の樹海」編が始まる前に書いた短編『樹海の子』の方で、より詳しく描いています。

もしご興味がありましたら『樹海の子』の方も覗いていただけると、より楽しめるかなと思います。


『樹海の子』

https://kakuyomu.jp/works/16817330650374962586


そしてノースの村編および北大陸編は、あと一話くらいで終わる予定です。

ここまで三大陸を巡り、残るはあと一つ……長かった旅もようやく終盤の佳境に入るので、ぜひ最後まで物語にお付き合いいただけますと幸いです。



お読みいただきありがとうございました!



ほのなえ



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