第48話 墓参り

【自らの死を経て望みを叶えし友人『ツリー』、安らかにここに眠る】


 地面に置かれた小さな石碑――ツリーの墓には、そんな文字が刻まれていた。


「僕らのことをノースの村まで導いてくれた恩人なんだけど……憧れていたノースの村に着いた途端、満足したみたいで、その場で成仏しちゃったんだ。だから……」

 マルロはノースの村に向かって下山する道中、マルクスに、ツリーの墓をノースの村のどこかに作りたいという事情を話した。

 その言葉にマルクスは「構わないよ」と快諾し、ツリーの墓を、ノースの村の墓地の一角いっかくに作ってもらえることになったのだった。


(ツリー、僕たちはもう行くよ。ここで綺麗なノースの村の景色を見ながらゆっくり眠って……もし生まれ変わったら、また僕らと一緒に旅ができるといいね)

 そう心の中でツリーに声をかけたマルロは、皆とともにツリーの墓に手を合わせ終えると、マルクスに礼を言う。

「ありがとう、マルクスさん。お墓まで作ってくれて……ツリーのために文字も刻んでくれて。おじさんも、痕跡魔法みたいなの使えるんだね」

「ああ、魔道学院は行っていないけどね……君の父さんがここにいた頃に、この魔法だけは教わって、なんとか習得したんだ。君の父さんみたいに強力な魔法ではないかもしれないから、永久に文字を残せるかはわからないけど。でも僕も一応精霊を先祖に持つ一族だから、おそらく持っている魔力は普通の人間よりは高いはずだよ」

 マルクスはそう言って笑みを見せる。

「それに、森の精霊の血を濃く受け継ぐ君の母さんは、君の父さんと同じくらいか、もしかしたらそれ以上に魔力が高いんだと思う。とはいえ姉さんは魔道学院に行っていないから、それを確かめるすべはないけどね……」

 マルロはそれを聞いて、ウエス魔道学院での教室での一件――大きなガラス玉に映る自分の魔力をその目で見た時のことを思い出す。

(だから僕の魔力量も……他の子より多かったのかな。高い魔力を持つ父さんと母さんの血を引いているから……)

 マルロはその事実から、ふと、あることを身に染みて感じる。

(ってことは僕、本当に父さんと母さんの子どもなんだ……)

 ウエス魔道学院では騒動の元となった自身の魔力だったが……その話を聞いたマルロは、自分が持つ魔力の特徴こそが、二人の子どもである証のような気がして……そう思うとなんだか嬉しくなった。


「そうだ。マルロ君も、君の父さん直伝の魔法を覚えたいかい? 僕でも多少は教えられると思うけど」

 そう提案するマルクスの言葉に、マルロは一瞬目を輝かせるも……少し思案した後、首を横に振る。

「ううん……いいや。僕、『痕跡魔法』は、父さんから直接習おうと思って」

 マルクスは、マルロの発言の奥にひそむ「父親を絶対に見つける」という強い意思を感じ、驚いた様子で目を見開きつつも、やがてにっこりと微笑む。

「そうだね。それが一番いいと思うよ」

 マルクスはそう言った後、思いついたように再び口を開く。

「そうだ。もう一人……君に会わせたい人が、ここの墓地にいるんだ」

「え、墓地の中に……?」

 マルロはそれを聞いて首を傾げるも、何か心当たりを見つけた様子で突然、ハッとした様子で顔を上げる。

「……! それって、もしかして……」

 マルクスはマルロの顔を見て、ゆっくりと頷く。

「ああ、君の母さんのところだよ」



【森の精霊の祝福を受け、家族に愛されし母『マリア』、安らかにここに眠る】


 マルロの母親……マリアの墓には、その文字が刻まれていた。


 マルロは感慨深い思いで母親の墓をしばらく見つめていたが、ゆっくりと墓の前へ行き、しゃがんで静かに手を合わせる。そして墓を見上げると、母親に向けて声をかける。

「母さん……ただいま。僕、この村に……あの父さんと母さんと一緒に暮らした家に、帰って来たよ」

 そう呟くと、いろいろな思いが溢れ、マルロは母の墓前からなかなか動けずにいる。そんなマルロの様子をサムやシルク、アイリーンは後ろからそっと見つめていた。


「マルロくん」

 その間マルクスは一人、一旦自分の家に戻ったようだったが、またすぐここに戻ってくると、墓前にしゃがみこんでいるマルロに呼びかけ、あるものを手渡す。

「これを君に。君の母さんが生前、肌身離さずつけていた……君の母さんの瞳の色をした、石のペンダントだよ。君が持っておくといい」

 マルロは渡されたものをじっと見つめる。紐にツルツルに磨かれた翡翠ひすいのような色の石がついていて……その色は、マルクスやマリーの瞳に近い色をしていた。

「これが母さんの形見……ありがとう……」

 マルクスはにこりと笑みを見せると、何か思い出したように、ポケットの中をまさぐる。

「あ、そうだ。これも一緒に持ってきたんだ。君が両親と一緒に写った写真だよ」

 マルロはマルクスの持ってきた写真を見る。マルロは父親同様、母親の顔も覚えてはいなかったが……赤ん坊のマルロを腕に抱えて二人が並んでいるその写真を見ると、その光景が見慣れているような……どこか懐かしい感じがした。

「……この女の人が、母さんなんだね……」

 マルロはそう呟くと、マルクスに笑いかける。

「ありがとう、僕、母さんの顔を覚えてなかったし……幽霊船には父さんと一緒に写った写真しかなかったから、貰えて良かった。そうだ、これをその写真の代わりに、父さんの部屋の書斎机に飾ろうかな」

「ああ、そうするといいよ」

 マルクスはそう言って優しく微笑む。そしてマルロと一緒に写真を見ながら、ぽつぽつと話し始める。

「君の母さんは、生前……家族以外の人間が苦手なようで、家に閉じこもりがちでね。一方で、樹海の森や精霊の山に赴いて……精霊の血を濃く受け継ぐ姉さんにしか聞こえない森の木々の声に耳を傾けたり、姉さんにしか見えない山の精霊たちと対話することを好む、そんな人だった」

 マルクスはそう言った後、苦笑いをする。

「君の母さんは精霊の血の影響から、森の木々の声が聞こえるし木々の一本一本見分けがつくから、樹海でも精霊の山でも道に迷うことはないんだけどね……。それでも普段はほとんど家にいるのに突然誰にも行き先を告げずに、一人でふらっと家を出て行くもんだから……僕らは毎回心配させられたものだよ。だから君の父さんにさらわれたって聞いた時は本当に肝を冷やしたなぁ」

 そんな母親の様子について聞いたマルロはドキリとする。マルロ自身も、外の人間が苦手で家に閉じこもっていた……サウスの街で過ごした幼い頃の日々を思い出したからだ。

 それと同時に、母親と同じく人間に対する苦手意識があり、今でも死霊たちとの会話の方が好きな自分自身についても思い当たる。

(僕……母さんと一緒だ。母さんに、似てる部分があったんだ……)


「そして時間の影響を受けない森の精霊の体質も少し受け継いでいて、ずっと若い娘の頃の姿をとどめたままのような……この村の中でも、どこか浮世離れしたというか……そんな女性だったよ」

 マルクスは姉であるマリアの墓をじっと見つめながら、姉の生きていた頃を振り返るように話を続ける。

「樹海や精霊の山……森の木々や精霊たちに囲まれた空間では姉さんも幸せだったのかもしれないけど、村にいる時の姉さんはどこか無気力で、幸せそうには見えなかった。でも、君の父さんに連れ去られて……そこからは少し明るくなって、笑顔も見せるようになったんだ」

「そうだったんだ……」

 マルロは再び自分のことを母親の生前の様子と重ね合わせる。

(僕も……サウスの街にいる時は消極的で本当の自分が出せなかったけど、幽霊船に来てからは、毎日楽しく暮らしてる。母さんにとって、僕にとっての幽霊船のような存在が、父さんだったのかな……)


「マルロくんと君の父さん……愛する家族が出来て、姉さんは幸せな時間を過ごしてから、最期の時を迎えることができたんだ」

 マルクスはそう言うと、姉の墓から目を離してマルロの方に向き直り、口を開く。

「だから……僕からお礼を言わせておくれ。ありがとう、マルロくん。姉さんの元に生まれてきてくれて」

「…………っ」

 マルロはそれを聞いて涙ぐむ。

(罪人の子で、家からも出られなくて、僕は何のために生まれてきたんだろうって、サウスの街で考えたこともあったっけ……。それに、精霊の山で話を聞いて、僕が悪魔に狙われる存在になるのに生まれてしまったことを知って……僕のせいで体の弱い母さんにも心配かけたのかもしれない、そのせいで母さんは死んでしまったのかもしれないって……ちょっと思ってた)

 マルロは涙をぬぐい、先程もらった写真の中で、こちらに向かって微笑む両親の姿を見つめる。

(でも、僕、生まれてきて良かったんだね……父さん、母さん……)


 それからマルロはマルクスに泣いている姿を見せる前にと、くるりと母親の墓に向き直り、自分の母親に向けて話しかける。

「……母さん。僕、そろそろ行かなきゃ。父さんを探しに……。父さんが見つかるように、母さんも一緒に願ってくれると嬉しいな」

 マルロはすっくと立ち上がり、最後に母親に決意を伝える。

「いってきます、母さん。僕、また絶対、父さんと一緒に暮らすから!」



 そうしてツリーとマリア、二人の墓を訪れた一行が墓地から出たところで、近くにいたマリーが皆の姿を見つけてぱあっと顔を輝かせ、マルロめがけてまっすぐに駆け寄ってくる。

「あっ! お兄ちゃん! お山に行ったんじゃなかったの? あ、やっぱりマリーと一緒にこの村に住むことにしたの?」

「あ、えっと……」

 喜ぶマリーに対し、何と言えばいいのだろうとマルロが口ごもっていると、勢いよくマルロに向かってくるマリーを制するようにマルクスが間に割って入り、口を挟む。

「その前に……マリー、おじいちゃんはまだ家に帰ってないのかい?」

 マリーはこくりと頷く。

「うん……さっき一回家に帰ってきたんだけど。なんか、嫌な気配がする、招かれざる客が村に近づいているから山に一旦姿を隠すとか言って……また裏のお山に登って行ったよ」

「そうか。……行き違ったかな。父さんにとっては孫にあたる、姉さんの息子のマルロくんをひと目見せたかったんだけど」

 マルクスは困ったようにマルロに笑いかけた後、ふいに深刻そうな表情を見せて呟く。

「招かれざる客……か。父さんの勘は、馬鹿にできないからな……」

「じゃあさ、おじいちゃんが帰ってくるまで、マルロお兄ちゃんはマリーの家でゆっくりしてきなよ!」

 にっこりと笑いながらそう言ってマルロの手を握るマリーの言葉に、マルロはゆっくりと首を横に振る。

「……マリー、僕、もう行かなきゃならないんだ」

「え……?」

 マリーは目を丸くしてマルロを見上げる。

「ここの樹海を出て、また旅に出なきゃならないんだ」

「え、なんで! お兄ちゃん、精霊さんのお山に住むんじゃないの?」

 マリーは思わず大きな声をあげる。マルロは再び首を横に振る。

「僕……この村には、僕の父さんがいないか探しに来たんだ。でも、ここには……いなかった。だから僕、また父さんを探しに行かなきゃ……」

 マリーはそれを聞くと両手でマルロの手をぎゅっと握り、その腕を勢いよくぶんぶんと振る。

「やだやだ! 行かないで! もうちょっとここにいてよ!」

「ごめんね、マリー……」

 マルロが謝っても嫌だ嫌だと駄々をこね続けるマリーに、マルクスが諭すように声をかける。

「……マリー。マルロお兄ちゃんは、長い間、家族と離れ離れなんだよ。だから家族に会いたくて、ずっと旅をしているんだ。だから、マリーがいくらマルロお兄ちゃんのことが大好きなんだとしても、わがままを言っちゃいけないよ」

「…………」


 マリーは目に涙をいっぱいに溜めたまましばらくの間黙っていたが、やがてぽつりと呟く。

「……そうだったんだ」

 マリーは、自分の前でしゃがんで目線を合わせているマルロの髪にそっと触れたかと思うと……ゆっくりと、優しくその頭を撫でる。

「ずっと家族と離れ離れなんて……。お父さんとお母さん、それからおじいちゃん……ずっと家族と一緒にいるマリーは、長い間家族に会えないなんて考えられないのに……。……辛かったんだね。マルロお兄ちゃん。早くお父さんに会えるといいね……」

「……マリー」

 マルロは年下の小さなマリーが自分を慰めてくれるその言葉に、思わず涙ぐみそうになる。

「でも! お父さんのこと見つけたら、お父さんと一緒に絶対またマリーに会いにきてね。その時にはマリー、うんと綺麗になってお兄ちゃんをびっくりさせるんだから!」

 マルロはマリーの言葉を聞いて、ふと、自分が悪魔に狙われているため、ここに戻ってくることは困難なのかもしれない……という事実が頭の隅に浮かんだ。

(でも……もし父さんに会えたら……父さんと一緒なら力を合わせて、きっと、これからはどこにでも行ける。ここにもいつか戻ってこられるんじゃないかな……!)

 マルロはそう考えると、ハッキリと頷く。

「うん、必ず行くよ! だからマリー、それまで待っててね」

「うん! 約束だよ!」

 マリーはそう言って、満面の笑みをマルロに見せた。



 そうしてマルロら幽霊船の面々は、マリーやマルクスに別れを告げ、ノースの村の入り口に戻ってくる。


 村の外ではスカルとスケルトン部隊が死体のふりをして横たわっていたが、皆が戻ってきたことに気が付くと、まずスカルが体を起こし、マルロに声をかける。

「……上手くいったか?」

「……うん。ツリーのお墓も作ってもらったよ」

 マルロがそう言って頷くと、スカルも軽く頷き、礼を言う。

「……ありがとな。これでアイツも浮かばれるだろうよ」

 そう言ってマルロの肩に手(の骨)を置くスカルに対し、マルロは父親の行方ゆくえについても報告する。

「父さんには……この村では会えなかったよ。でも父さんの居場所……次の目的地については……たぶん、わかったと思う」

 スカルはマルロをじっと見つめ、ゆっくりと頷く。

「そっか。船長いなかったか……。ま、アテができたんなら上出来だ。んじゃ、歩きながらゆっくり話を聞かせてもらおうか」


 スカルはそう言ってマルロの肩に手を置いたまま、ノースの村から離れ……一行は皆の待つ、幽霊船に向かって歩き出す。



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