第45話 精霊の山
一行は、精霊の山の頂上付近にあるとされる、マルロの父親、シルバ船長の家へと向かう。
村の裏にこしらえてある、木でできた小さな門から繋がっている精霊の山は、ノースの村よりもさらに濃い白い霧に包まれ、その姿を隠している。
山といっても道はなだらかで、「山登り」と表現するほど歩くのが大変な山といった感じではなかった。実際、この山はそんなに標高の高い山ではなく、道さえ知っていれば年を取った
しかし濃い霧と生い茂った木々のため、
罪人のシルバ船長については機密事項だからか、マルクスは未だ多くを語らなかったが……どうやらシルバ船長の家に案内してくれるという事実を聞いて、皆の表情にこれまでとは違う変化が見られる。
マルロも同様で、山道を歩きながら、目を輝かせて前を行くマルクスの背中を見ていた。
(極秘の話をするために父さんの家に行くって話だけど、話をするだけでわざわざそんな山の頂上まで行くなんてことないよね……? もしかしたら父さんがそこにいて、会わせてくれるのかも……!)
マルロはそんなことを思って、期待に胸をふくらませる。
「マリー。おまえは家で留守番だと言ったじゃないか」
道を行く途中でマルクスは振り返り、マルロと手を繋いで山を歩くマリーに言う。
「だって……まだマルロお兄ちゃんたちと一緒にいたいんだもん」
マリーは口を
「それに、精霊さんのお山に行ったら、しばらくお兄ちゃんとは会えなくなっちゃうかもしれないし」
(……え? なんで、そうなるんだろう……)
マルロはマリーのその言葉が妙に気になった。マルクスは弁明するかのように慌てて口を挟む。
「べ、別に会えなくなるわけじゃない。外から村に来た人々は山に住むようになると、わざわざ山を下りないといけないから、なかなか村のある
「だからマリー、もうちょっとマルロお兄ちゃんと一緒にいるの」
マリーはそう言ってマルロの腕にぎゅっとしがみつく。その様子を見て、マルクスはため息をつく。
「……仕方ないな。だけど、マリーが道を覚えてる範囲……山の途中までだよ」
「うん! わかった!」
マリーは嬉しそうに頷き、マルロと再び手を繋ぐ。
「ちなみに、マリーとマルクスさんは、僕とはどういう親戚の関係になるの?」
マルロが先程から気になっていたこと……マリーやマルクスと自分の関係性を尋ねると、マルクスは少し黙っていたが、やがて口を開く。
「そうだな……精霊の山の中まで来たことだし、君の父さんの話以外なら、ここでしてもいいかな……」
マルクスはそう言った後も何やら少し考えた後、話を続ける。
「君の母さんは……僕の姉さんなんだ。だから、僕は君の叔父にあたる。つまりマリーはマルロくんのいとこってことになるね」
「いとこ……」
マリーはそれを聞くと、どこか複雑な顔をしてマルロを見る。
「じゃあ、僕の母さんは今……どうしてるの? この山で暮らしているの?」
マルロが尋ねると、マルクスは首をゆっくりと横に振る。
「君の母さんは……残念ながら、君が小さい頃に死んでしまって、もういないんだ」
「そう……なんだ……」
マルロは母親ともここで会えるのかもしれないという期待を持っていたため、それを聞いてふっとその表情に陰りを見せる。
「……姉さんの話も、また後でしようね」
マルクスはそう言って、マルロに向けどこか切なげな表情で優しく微笑む。
マリーは黙りこくって話を聞いていたが、唐突に口を開き、マルクスに向け大きな声で言う。
「じゃあ、あたし、大きくなったらマルロお兄ちゃんのお嫁さんになる! そしたら一緒に村で暮らせるでしょ?」
「「ええっ⁉」」
それを聞いたマルロとマルクスが同時に声をあげ……そして周りの皆も驚いたようにマリーを一斉に見る。
「マリー⁉ な、何を言い出すんだい⁉」
マルクスは一人娘のまさかの発言に、ショックを受けた様子でマリーを見ている。その後ろで、唯一どこか冷静な表情でマリーを見ていたシルクはポツリと呟く。
「……あなた、マルロとは親戚なんだから、それは無理よ」
シルクにそう
「……知ってるもん。親戚って聞いてちょっとショックだったもん。銀色の特別きれいなお目目のマルロお兄ちゃんを見て、マリーの王子様が来たのかと思ったのに、親戚だなんて……」
「……そんなことを思っていたのか……」
マルクスはまだショックを受けた表情でマリーを見つめている。しかしふと我に返ると、マリーに厳しく言い聞かせる。
「マリー、そのお嬢ちゃんの言う通りだよ。勝手なこと言うと、父さん許さないぞ!」
「うう……」
マリーは目に涙を浮かべている。マルロがおろおろしてそれを見ていると、マリーはシルクの方を振り返り、大声で言ってのける。
「……お姉ちゃんの意地悪っ! 大っ嫌い!」
名指しであからさまに嫌われてしまい、さすがのシルクもややショックを受けた様子で固まっている。
そんな中、サムがおずおずとマリーに尋ねる。
「ちなみに……お嬢ちゃん、幽霊は平気ですかい?」
「幽霊? 幽霊も大っ嫌い! 怖いもん!」
マリーがそう叫ぶのを聞いて目を丸くしているサムに、マルクスは話が逸れてどこかホッとしたような表情で口を挟む。
「マリー、幽霊をどこか村の近くで見たことがあったようで、それ以来トラウマになっているみたいでね……」
マルクスはそう言いながらサム……そしてアイリーンをちらりと見る。もしかして、マルクスはマルロの父親が幽霊船の船長だと知っているから、二人が船員で死霊なのだと気づいているのかもしれない、とマルロはその様子を見て思う。
「じゃあ、どっちにしろ無理でやんすね……」
サムは小声でそう呟く。
アイリーンはマルクスに意味ありげな目を向けられたことで内心ドキリとしたようだったが、その手を握っているシルクは珍しくアイリーンの心境には気づいていない様子で、マルロの手を握るマリーを見てぽつりとこぼす。
「ずいぶんおませさんだこと。ホント、いけ好かない子」
「あら……どうしたの? 何か、面白くないって顔をしているようだけれど?」
アイリーンがそう言ってシルクに微笑むと(仮面をつけているため顔は見えないが)、シルクは驚いたような顔でアイリーンを見る。
「え、そんな顔してた?」
やがて、村の裏にあった門と似たような見た目の、木でできた小さな門が森の真ん中に現れる。その門には、一つの鈴が付いていた。
マルクスはその前に立つと、マリーの方を振り返り、言う。
「さあ、ここまでだよ。マリーはおうちに帰りなさい。ここまでは前に道を教えたからね、マリーだけでも村に帰れるだろう」
「……嫌っ!」
マリーはそう言ってマルロの体にしがみつく。マルクスは厳しい声でマリーの名を呼ぶ。
「マリーシア」
マリーはびくっとする。愛称でなく本名で呼ばれたところから、どうやら本当に父親が怒っているようだと察したマリーは再びマルロの手を握り、マルロの顔をじっと見つめて言う。
「マリー、帰るね。マルロお兄ちゃん……お山に住んでも、たまに
「うん、わかったよ」
まだ山に住むと決まったわけじゃないんだけどな……と思いつつ、マルロは頷く。
「じゃあ、またね。バイバイ」
マリーは名残惜しそうにそう言うと、来た道を一人戻り始める。
「……マリーにもゆくゆくはこの山の管理を任せるつもりだから、山の中の道を教えているところでね。ここまでは一人でも来られるんだけど、ここからは霧も濃くなって……時の流れも、一段と速くなるからね」
マルクスは誰に向けるでもなくそう呟いた後、皆の方を振り返り、微笑む。
「さあ、もう少し歩こうか」
皆はマルクスに続いて、銀色の鈴の付いた、やや朽ち果てかけている木でできた門をくぐる。
りん……
マルロが門をくぐったところで、門についている銀色の鈴の
「……ここから、空気が変わった気がする」
シルクが第六感を働かせ何か感じ取ったようで、マルロと同じく門を振り返る。シルクの後ろに続くサムやアイリーンも、門を通り過ぎると何か感じ取るものがあったようで、後ろを振り返っている。
どこか空気が変わったことを感じたためか、その後皆はお喋りをすることもなく、黙々と歩いて行く。
そうやって足を進め、同じような、鈴のついた木の門をいくつか
「……あそこだよ」
皆はその声を聞いて顔を上げる。そこには、池のほとりに木の幹でできた、ノースの村の住居と同じような形の家が、ぽつんと
(あそこが父さんの家……。ってことは、あそこの中には、今までみんなと一緒にずっと探していた……僕がずっと会いたかった父さんが、いるかもしれないんだ……!)
マルロは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます