第44話 親族
「あっ! パパー!」
マリーがそう言いながら大きく手を振る。それを聞いてマルロが前を見ると……村の中でも一番立派な、大きく太い木の幹に窓と屋根と煙突を取り付けたような家の前に、マリーと似たような色の赤毛の男が立っているのが見えた。
そしてその後ろには樹海の緑が広がっていて――――その光景を見たアイリーンは、思わず息を呑む。
「ああっ……! この光景は……!」
一方、マリーの父親と思われるその男は、前にいるマリーににこりと笑みを見せたあと、後ろの一同を見る。
そして、マルロに目をやると――――。
「…………!」
男は突然何かに気づいた様子で、目を大きく見開き非常に驚いたような表情で……マルロを穴の開くほど見つめている。
「パパ、この人たちなんだけど……あれ、どうしたの? 知ってる人だった?」
マリーも父親が驚いている様子に気が付いたようで、キョトンとした顔で自分の父親の顔を見上げる。
「……いや…………何でもないよ」
男はそう言ってマリーの頭を撫でた後、皆に向けて微笑む。
「ノースの村へ、ようこそいらっしゃいました。私は
小さなマリーも、ずっと握っていたマルロの手を離すと、ぺこりとお辞儀をしながら自己紹介をする。
「マリーシアです。名前呼ぶ時は、短く『マリー』って呼んでね!」
「では、とりあえず私の家で、ここに来た経緯など……お話を聞かせてください。さあ、どうぞ」
マルクスと名乗る男はそう言って、皆を自分の家の中に促す。
家の中の光景に、マルロは思わず息を呑む。
「うわぁ……!」
木をくり抜いた感じの円柱形の家の中は、天井も壁も床も、木の質感をしていた。家の中は横には広くない分、縦方向に空間が広がっていて、部屋の中央にある木製の螺旋階段で上の階に行けるようになっている。
一同が招かれた一階のリビングには、大きなほおづきの実の中に明かりを入れたランプが灯り、部屋は全体的に暖かい色味をしていた。
そして机、椅子などの家具も全て木でできているが、リビングの部屋の雰囲気は、特に普通の民家と大きな違いはなかった。
(……家の中はこんな風になってるんだ。壁とか全部木でできてるけど、なんていうか、意外と普通の家みたい!)
室内では、紫の霧が目について怪しまれることのないように、姿を消した幽霊とムーについては目につきにくいテーブルの下で話を聞くことになり……一方姿の見えるその他のメンバーは、マルクスに促されて椅子に座る。
マルクスは温かいお茶を淹れて皆に配る。マルロが木製のカップに口をつけ飲んでみると、紅茶に近いがどこかクセのある、独特の味がするお茶だった。
そうして一息ついたところで、マルクスが話を切り出す。
「今、
マルロはそれを聞いて、追っ手のことを思い出す。
(確か、夜逃げしたって話にするんだったよね。それに、実際ゴーストバスターが僕らを追ってきてるし、追われてるとも言えるのかな……)
「……はい、あの、僕たち……追われてます」
マルロは考えあぐねた挙句、そう答える。
「……やっぱりそうか……」
マルクスは、マルロの目をじっと見つめてぽつりと呟いた後……皆に向けてにこりと笑みを見せる。
「そのような方々に、この村からは身を隠すための住居を提供しております。ですので、いくらでも滞在していただいて構いませんよ」
それを聞いた皆は思わず顔を見合わせる。確かにここに来た目的は「夜逃げ」で話を合わせることに決めたのだが、本来の目的は人探しで、長い間滞在する気はなかったからだ。
サムがおずおずと尋ねる。
「あの、この村の中には……そんなに家がたくさんあったように見えなかったんでやんすが。村に来た人全員に、家を提供していて大丈夫なんですかい?」
「はい。確かに、山の
(……どうしよう。父さんを探す間、山に住まわせてもらう方がいいのかな)
マルロは一瞬そんなことを考えるが、次のマルクスの言葉を聞いてはっとする。
「ただし、一点注意してもらいたいのは……精霊の山は、太古の昔から精霊の力が働くとされる不思議な場所でして、その山に滞在する間は、外の世界と時間の流れが大きく変わる場合があります。樹海の外に戻る予定があったり、誰か外に会いたい人がいる場合はおすすめしていないのですが……」
「…………」
皆はそれを聞いて顔を見合わせる。シルクが静かに口を開く。
「……あの。ノースの村は時の流れが違うって聞いていたのだけれど……それは、その精霊の山のことなんですか? それから、外界とはどれくらいの時の差があるんですか?」
シルクの問いに、マルクスが頷き答える。
「確かに、今あなた方のいるこの村についても……山を覆う霧に覆われている影響からか、外とは時の流れが違います。ただし、それは微々たるもので、精霊の山の中ほどの違いはないのです。精霊の山の時の流れは、山の頂上に近づくにつれて、外界との違いが顕著になっていきます。ただ、時の流れは精霊たちの気まぐれのせいか、常に大きく変化していて……どれくらい違うのかはその時々で異なり、残念ながら正確にお答えすることは叶いませんね……」
マルクスはそう言った後、ふと尋ねる。
「ちなみに、家を用意するにあたってお聞きしたいのですが、その、あなたがたの関係性は……?」
「ええと……家族です」
その質問にはシルクが答える。
「そうですか……家族……。そうは見えないが……」
マルクスはどこか納得していない様子で、ブツブツと呟いている。やはり急ごしらえの家族設定では不十分で、見抜かれたのかもしれない、とマルロは焦る。
その隣にいるサムが思わず口を出す。
「なぜ、そう思ったんでやんすか?」
「…………」
マルクスは無言のままマルロをじっと見る。その視線を見て、今度はアイリーンが問い詰める。
「もしかして、あなたは……この子について、何か知っていらっしゃるの?
「アイリーン……?」
珍しく感情的な様子で話すアイリーンを、シルクは驚いたように見つめる。アイリーンは、シルクやマルロたちにだけ聞こえるように囁く。
「水晶の中に映っていたの……おそらくこの人だわ。だから、この人……きっと何か、マルロのお父さまと関係があるの」
マルロはそれを聞いてハッとし、マルクスを見つめる。
「…………」
マルクスも黙ってマルロを見ていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「……その前に、一つだけ。君の名前を聞いてもいいかな……?」
「え、えっと、マルロ……です」
マルロは名乗った後で、そういえば自分は一応追われている身で、馬鹿正直に名前を言ってはいけなかったかな……ということも一瞬思い浮かんだ。しかし言ってしまったものは仕方がないと考え、注意深くマルクスの反応を窺う。
マルクスは息を呑むような反応をかすかに見せた後、再び黙りこみ……何やら言うか言うまいか迷っているようだったが、大きく息を吐き、ついに観念したように口を開く。
「……そうだ。実は、私は……マルロくん、赤ん坊の頃の君を知っている」
「!!」
皆は驚きの表情でマルクスを見る。
「ただ、その件について話す前に……君たちも何か隠しているようだから、本当のことを全て話してもらおうか。まず、君たちは、家族ではないね?」
「ええ……。その、嘘ついてごめんなさい」
シルクがまず謝る。それを聞いて、マルロもこの村に来た本当の目的を伝えることにする。
「あの、僕、本当の家族とは一緒じゃなくて……実は、僕の父さんを探しに、ここへ来たんです」
「父親……! ……そうか……」
マルクスはマルロの言葉にぴくりと反応した後、
「……先ほど顔が似ていると言われたが……確かに、その通りかもしれないね」
マルクスはかすかに、ふっと笑った後……話を続ける。
「これを話す以上、この場で君の父さんの名前は出さないと約束して欲しいんだが……そうだな、実は、君と私は……親戚にあたるんだ」
「親戚……! そうなんだ……」
マルロはそれを聞いて、自分の親戚だった、サウスの街の叔父の一家を思い出す。そして彼らは今はおそらくいなくなってしまったことを考えると、自分にまだ、別の親戚がいたことにどこか感慨深い思いがする。
「ええっ! じゃあ……マリーとマルロお兄ちゃんも、親戚なの?」
小さなマリーが驚いたように父親を見る。
「……そうだね。そういうことになるね」
マルクスはそう言ってマリーの頭を優しく撫でる。マリーは今度はマルロの方を見つめ……喜ぶのかと思いきや、どこかショックを受けたような、複雑な表情をしている。
「ただ、今ここで詳しい話をすることは……できない。この村の中で話をすると、どこからか話が漏れる可能性もあるからね……。今から私が案内する場所に来てもらって、詳しい話はそこでしよう。君の父さんについては、特に秘密にするべき内容だから……わかってくれるね?」
そのマルクスの言葉を聞いて、マルロは父親が罪人であること、そして罪人の親族は罪を負うことになることを思い出し……マルクスがこれだけ慎重になるのも理解できると思ったので、素直にこくりと頷く。
そしてその後、行き先について尋ねる。
「じゃあ、今からどこに行くの……?」
マルクスはその問いに――――マルロの顔を真っ直ぐに見つめ、答える。
「……精霊の山の頂上に近い場所に、君の父さんの家がある。そこへ案内しよう」
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