ノースの村

第43話 望み叶いし時

「ここだよ! あたしの村!」

 小さな川にかけられた木の橋を渡ったところで、マリーが声を弾ませる。


 マルロは自分よりも背の低い少女に手を引かれ、転ばないようにと必死で下を向いて歩いていたが、その言葉を聞いて顔を上げる。


「うわぁ……!」


 全体にうっすらと白くのかかったノースの村は、うっそうとした樹木の茂る樹海の中の、少しだけ開けた場所にあった。

 村は一面ふわふわとした綺麗な緑色の、苔むした地面に覆われ、その上には青白く光る小さなきのこがあちこちに生えている。空中には無数の蛍が飛び交い、辺りに小さな丸い光を振り撒いている。

 それらの光のせいか、ノースの村は太陽の光がほとんど届かない樹海の中にも関わらず、早朝くらいの薄明るさを伴っていた。

 そして村の中心には水浅く小さな川が流れ、透き通るように綺麗な透明で、様々な光を反射してきらきらと輝いている。


 そんなノースの村には、まるで大木の中に家が取り込まれたような、木の幹に窓と屋根と煙突を取り付けたような見た目の――大木の中身をくり抜いて造られたのだろうかと思われる家が、ぽつぽつと建っていた。

 その小人か妖精でも住んでいそうな、不思議な見た目の家々の窓からは温かい光が漏れ、家の周りの木の枝からは、ほおづきの実の中に明かりを入れて灯したランプがあちらこちらにぶら下がっていて、オレンジ色の温かな光を灯している。


 それらの光もまた、村の風景の一部となって美しく灯り――――霧に包まれた薄暗い森の中に様々な光が織りなす、幻想的な風景がそこには広がっていた。


「うわぁ~! 綺麗だなぁ!」

 ムーが思わず小声で呟くのがマルロの耳に届き、マルロも思わずそれに答えて頷く。

「うん、すごく綺麗な場所だね……!」

「えへへ、そうかな?」

 マリーがマルロの言葉に反応し、笑顔を見せる。

「ちょっとここで待ってて。パパに知らせてくる! 誰かが村に来たら教えてって言われてるの!」

 マリーはそう言うと、皆を置いて向こうに駆け出して行く。



「……すげぇ」

 ツリーは思わず顔から仮面を外すと、ふらふらとした足取りで、誰よりも先に、ノースの村に足を踏み入れる。


「お、おい、お前、その仮面……。それに、下手に動き回ると、船から出る霧の範囲から外れちまうぞ」

「ええ。村の中に入るなら、そろそろ小壺を用意しとかねぇと……」

 後ろの茂みにいるスカルや隣にいるサムが止めようとするが、ツリーは聞こえていない様子で、足を進める。


 その骸骨の顔からは、一筋の涙が流れ落ちている。


「すげぇよ……! こんな綺麗きれぇな場所があったんだなぁ……。俺っち、今まで薄汚れた町しか見たことなくて、ずっとドブネズミみてぇに地面を這いつくばって生きてきたから……こんな綺麗きれぇなもんが見れるなんて……」

 ツリーは村を見回り、ノースの村の美しさに感涙する。


 それからはたと立ち止まると、後ろを振り返り――――村の入り口にたたずんでいる皆に向けて、満足気な笑顔を見せる。


「ありがとよ、ここまで連れてきてくれて……。この景色を見られただけで……俺ぁ満足だよぉ……」

 そう言ったツリーの胸から、ぽわっと白くて丸い光のようなものが出てくる。


(あ、あれって……見たことある。確か、よくヘルが手にしてた……)


 マルロがそんなことを思っている間に、その光はツリーの体から完全に外に出て――――その瞬間、ツリーの骨の体が、カランカランと乾いた音をたてて地面に崩れ落ちる。


「え、ツリー! どうしちゃったの……!」


 ひとり慌てた様子のマルロを除き、皆は静かに黙ったまま、その白くて丸い光が天に向かって、真っ直ぐに昇ってゆくのを見守っている。


「……成仏したんだよ。あいつ、ノースの村に行きたがってたからな……。ずっと行きたかった場所にようやく来られて、満足したんだな」

 スカルが人間がいないのを見計らって後ろの茂みから出てくると、皆と共に白い光を見つめながら呟く。

「そんな、でも……これから村に入って、もっと色々見て回れるって時に……」

「……他にはないってくらい綺麗な光景だからな、一目見ただけで満足しちまったんだろう。……死霊にとって、この世に未練がなくなって、あの世へ行けるのは幸せなことなんだ。シルバJr.も、お別れしてやろうぜ」

 マルロはそう言われて、白くて丸い光……ツリーの魂が天に昇ってゆくのを見守る。

「ツリー、こちらこそ……ありがとう。僕らがここまで来れたのは、君のおかげだよ……。また、いつかどこかで会おうね……」



 やがて白い光が見えなくなると、スカルは苔むした地面に落ちているツリーののこしていったものを見つめ、その中から先程ツリーの顔に押し付けた自分の仮面を拾い、服の中になおす。

 それからツリーののこした骨と身につけていた服、それからツリーの首に巻かれていたロープも拾い集め、全てを持っていた布袋に詰めると、サムに手渡す。


「俺は村には入れねぇから……サム、こいつをこの村のどこかいい場所に埋めてやってくれねぇか。あいつ……来て早々成仏しちまうほどに、ノースの村が気に入ったみてぇだからな」

「承知したでやんす。必ずや、いい場所を見つけやす」

 サムはそう言うと、袋を受け取り、感慨深げにじっと見つめる。


「ツリー、いなくなっちゃったんだね……」

 マルロはサムの持つ袋を見つめ、そう言って涙ぐむ。そんなマルロを見てスカルがなだめるように言う。

「いなくなったといっても死んだ訳じゃ……いや、既に死んでた訳なんだが。さっきも言ったが、成仏ってのは……無理やり除霊された訳でない限りは、死霊本人にとって幸せなことなんだぜ」

「でも……っ。もし幽霊船のみんなが成仏して、誰もいなくなっちゃったら、僕……どうしたらいいの?」

 マルロはそう言ってぽろぽろと涙をこぼす。

「だーいじょうぶだよ。シルバJr.ひとり置いてったりしねぇから。シルバ船長に会わせるまでは、必ず一緒にいてやる」

 スカルがそう言うと、サムや幽霊たちも揃って頷く。

「それに、シルバ船長に会えたら会えたで、また船長やシルバJr.と一緒に冒険が出来るんだから、成仏なんかしてられねぇしな!」

「あっしも、マルロぼっちゃんが大人になるまで面倒みるつもりですし、まだまだ成仏なんかしてられねぇでやんすよ」

「……みんな、約束だよ?」

 マルロはそう言って涙をぬぐう。


「おまたせっ!」


 マルロが泣いている間にマリーがいつの間にか戻ってきていて、後ろからマルロを驚かすように、わっと抱き着く。それからマルロの顔を見ると、驚いたように目を大きく見開く。

「どうしたの? お兄ちゃん。もしかして、泣いてるの……?」

 マルロは慌てて涙をぬぐう。

「な、なんでもないよ。ちょっと……その、この村があんまり綺麗だったから、景色に感動してただけ」

「そうなの?」

 マリーはマルロの顔を心配そうに覗き込む。

「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 マルロはそう言ってマリーに微笑む。

「ならいいんだけど……」

 マリーはそう言うと、マルロの右手を握る。

「じゃあ、あたしんに来て! みんなのこと、家族に紹介するから!」


 マリーにそう言われ、マルロはツリーの消えていった空をちらりと見上げた後――――再び手を引かれて歩き出す。その後ろをシルク、それから自分用に小壺の霧をそれぞれ用意したサム、アイリーン、ムー、幽霊たちが続く。


(シルバJr.……頑張ってこいよ)


 スカルたちスケルトン部隊は、皆の様子を茂みの影から見守ると――――やがて村の外へと戻っていった。


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