第42話 泉のほとりの少女

「さてと、どうやらこの辺りが山のふもとで間違いなさそうだな」


 雲と白い霧に覆われ、隠された山を見つけ出して山のふもとに辿り着いた一行は、樹海の木々をバキバキとへし折りながらもなんとか船を停める。


「じゃ、ここからノースの村に向かうとするか」

 そう言ったスカルの言葉に、幽霊たちが賛同する。

「だな。さっき空飛んでる時に、あっちの方向にうっすら煙が見えたって言ったろ? もしそれがノースの村のものだとすれば、おそらくそう離れた場所じゃないはずだ」

「ま、その煙が村のものじゃなくて、しばらく探しても見つかりそうになかったら、船に一旦戻ろうぜ」

 幽霊たちの言葉に、スカルが頷く。

「そうだな。幽霊船のマストが樹海の木々の上に突き出ていてそれが目印になるから、幽霊どもが空から見てくれれば船までは簡単に戻れるはずだ」


(僕のルーツがノースの村に……それってどういうことなんだろう)


 皆がノースの村までの行き方について話し合う横で、マルロは先程ヘルに言われた言葉について考えている。

(僕は小さい頃にノースの村にいたのかな? 僕は……そこで生まれたってこと?)

 マルロはそこであることに気づき、ハッとする。

(それなら、もしかして……父さんだけじゃなくて、今どうしているのかわからない僕の母さんも、ノースの村にいたりするのかな……)

 マルロは先程幽霊が指さした方――ノースの村らしきものがあると言われた方向を見る。

(ここで考えててもしょうがない。とりあえず、行けば何もかもわかるんだ。早く行こう、ノースの村へ……!)



 そうしてノースの村の位置に大体の当たりをつけられたので、ノースの村へ行く一行いっこうは、出発の準備に取りかかる。

 幽霊船から溢れ出る霧は今は辺りに広がっているものの、船から離れてその範囲から出てしまう場合のために、アイリーンとサムは小壺を身につける。そしてついて行く幽霊たちのためにも小壺をいくつか、そして彼らの武器である海賊剣も何本か持参することになった。


「俺もスケルトン何人か連れて、この霧から出ない範囲までは途中まで一緒に行くよ。村に入るまでに獣に襲われる可能性だってあるし……まだ何があるかわからねぇからな」

 スカルがそう言ってマルロたちの元にやってくると、それを聞いたヘルが疑いの目でスカルをじろりと見る。スカルはその視線に気づいて鼻を鳴らす。

「安心しろ、村ん中には入らねぇからよ。だが……何かあった時のために、俺たちは村の外で死体のフリでもして、待機することにする。だからシルバJr.……万が一何かあったら、連れてる幽霊を使って俺に教えてくれや」

「うん、わかった」

「……好きにしろ」

 ヘルもそれについては認めたのを確認すると、スカルはにやっと笑い、それから周囲を見渡す。

「じゃ、とっとと行こうぜ。準備はまだか?」

「うーんと、まだサムとアイリーンが……」

 マルロがそう言って開いている船室の扉を見る。


「待たせたでやんす」


 その時、ちょうど変装を終えたサムが船室から出てくる。サムの肌の色が緑色から肌色に変わっているのを見て、一同は目を見開く。

「わ、すごいね。本当に人間みたいだよ!」

 マルロがそう言うと、サムは照れたように頭を掻く。

「まあ、それでも顔に包帯巻いてる部分は多いし目玉もちょっと飛び出てるんで、多少人相悪いですがね。それでも今までよりはごまかせそうでやんす」

「ちょっと。それあたしがやったんだから、褒めるべきはあたしでしょ?」

 そう言って頬を膨らませるシルクが、アイリーンと一緒に船室から出てくる。アイリーンはいつもの服装とそれほど変わらなかったが、仮面をつけて首元にスカーフを巻いたり、丈の長い服を着たりして、骨が見える部分を上手く隠している。

「うん。こんな魔法使えるなんて、すごいね、シルク」

 マルロがそう素直に褒めると、シルクは目を丸くした後、ぷいっとそっぽを向く。マルロはその様子を見て、褒めてって言ったのはそっちじゃないかと思い、口を尖らせる。



 そうしてマルロとシルク、姿を消せるムーと幽霊たちの他、変装したサムとアイリーン、それからツリーと途中まで行くスカルやスケルトン数名を伴い、幽霊船からノースの村に向けて出発する。


 ツリー以外にもノースの村に行きたい者は多いらしく、ノースの村に興味のある樹海の幽霊たちは、わらわらと一行の後ろから付いて行く。


「幽霊どもは姿消せるとはいえ……こんなに多くの幽霊引き連れて、村ん中入って大丈夫か?」

 スカルは後ろの幽霊たちを見て苦笑する。

「まあ、彼らが船運んでくれなければここまで来るのは大変だったでしょうし……来たいようならいいんじゃねぇでやんすか?」

「うん、僕もそう思うよ」

 サムとマルロがそう言うのを聞いて、スカルはため息をつく。

「ったく……いいよな、姿を消せる連中は。正直、俺も村ん中に入りたかったぜ」

「そういえば、僕たち、何の目的で村に来たってことにするの? 素直に人探しって言っていいの?」

 マルロがふと思いついて尋ねると、スカルが顎に手(の骨)を当て考える素振りを見せる。

「うーん、シルバ船長は罪人だから正直には言わねぇほうがいいか? ま、理由あって外の世界に嫌気がさしたやから……ってとこにするか」

 それを聞いてシルクがこくりと頷く。

「そうね。このメンバーなら……一家で夜逃げした家族、ってとこでいいんじゃない?」

「か、家族?」

 スカルはそれを聞いて目をぱちくりとさせる。

「うん。あたしとマルロが子どもの役で、アイリーンは……お母さん? で、お父さんは……」

「わーっ! わかった! もうそれでいい!」

 スカルが慌ててシルクの言葉を遮るように言う。

「とにかくだ、まあ……上手くやってくれ。で、何か困ったことがありゃ、その時は俺を呼んでくれればいい」

「でも、スカルを呼んだら武器持って村に攻め込んで来るんでしょ? それじゃあ簡単には呼べないわ」

 シルクはそう言って眉をひそめる。そしてその後、ふと思いついたようにマルロの方を振り返ると、その顔をじっと見つめる。

「……な、何?」

 長い時間見つめられてマルロがどぎまぎしていると、シルクがぽそりと呟く。

「……アンタとあたし……ってのも無理あるかしら。全く似てないもの」

「…………」

 マルロは、シルクがどちらを年上に想定して「きょうだい」と言ったのだろうと気になりつつも、あえて何も聞かないことにした。


「! ……静かに。ちょっと待つでやんす。あそこに、人間が……」


 サムが指さした方を見ると、小さな泉があり、その泉のほとりに人がいた。目を凝らしてよく見ると、どうやらそれは、子どものようであった。


「人間のガキだな。こんなところにガキが一人でいるってことは……村が近いのか? ってことは、ノースの村に住んでる子どもかもしれないぜ。あの子にノースの村がどこにあるか、聞いたらどうだ。俺たちは隠れてるからよ」

「おーし、じゃあ早速俺っちが聞いて……ぐえっ」

 そう言って泉に近寄ろうとするツリーを、スカルはツリーの首についたままのロープを掴んで引き止める。

「てめぇはなるべく人間とは絡まずに大人しくしてろ。一番変装が下手くそだからな。骸骨の顔もむき出しじゃねぇか。俺の持ってる仮面を貸してやるからこれくらいは付けとけ」

 スカルはそう言ってツリーの顔に自分の変装用の仮面を押し付けた後、サムの方を振り返る。

「サム、頼めるか? 相手は子どもだからな、怖がられないように……そうだな、同じ子どものシルバJr.やシルクも連れてった方がいい」

「了解でやんす。一緒に来てくれやすか?」

「うん、行こう」

 マルロとシルクは頷き、サムとともに泉で水を汲んでいる子の元に近づく。アイリーンとツリーは少し離れたところにたたずむ。そしてスカルとスケルトン部隊は茂みに隠れながら、その様子を見守る。


 泉に近づいて行くと、その子どもはマルロよりも頭ひとつ分くらい小さな子どもで――そして綺麗な珊瑚色コーラルに近い赤毛のおさげに白いワンピースを着ていて、どうやら女の子だということが判明する。


「ずいぶんちっちゃな子で……しかも女の子でやんす。人間の変装してるとはいえ、少々人相の悪いあっしが声をかけちまったら、逃げてしまわねぇでしょうか?」

 サムが不安そうに小声で呟く。

「じゃあ……まずは、僕が声をかけてみるよ」

 マルロはそう言うと、驚かさないようにゆっくりと女の子に近づく。

「ねぇ、君……」


 女の子が振り向く。くりっとした大きなその瞳は翡翠ひすいのような綺麗な色をしている。そして珍しい客人を見たからだろうか、マルロを見てキラキラと目を輝かせていた。


「ノースの村って、どこにあるかわかるかな?」

 マルロがそう尋ねると、女の子は頬を紅潮させ、こくんと頷く。

「うん! すぐそこだよ。あたし、案内する!」

「いいの? ありがとう」


 マルロは自ら案内を買って出る女の子に驚く。そしてその子が早速どこかに向かって歩き出すのを眺めつつ――――ふと前に聞いた会話を思い出して、後ろにいるツリーに確認する。

「ねぇツリー。ツリーの言ってた案内人の子どもって、もしかしてあの子のこと?」

 ツリーは思い出すようにあごに手の骨を当てた後、首を横に振る。

「……いんや。そんなおさげの女の子じゃなかったはずだぜぇ?」

「そうなんだ。じゃあ……村の子かな?」


 マルロは前を行く女の子の方に駆け寄り、尋ねてみる。

「ねえ、君、ノースの村の子?」

「うん。あたし、マリーっていうの!」

「マリーっていうんだ。僕はマルロ。よろしくね」

「うん!」

 その女の子――小さなマリーは元気よく頷いた後、マルロの目を覗き込んで言う。

「お兄ちゃん、銀色のお目目なんだ。初めて見た。キラキラしてて綺麗!」

「そう? ありがとう」

 マルロが照れていると、シルクも隣にやってきて、珍しく笑みを浮かべながら女の子に声をかける。

「あたしはシルク。よろしくね、おチビちゃん」

 マリーは驚いたように目を見開いてシルクをじっと見つめた後、さっとマルロの後ろに隠れ、マルロが着ているシャツの端をぎゅっと掴む。

「ど、どうしたの?」

「あの人、髪の毛が銀色なの……? なんか、怖い」

「…………え?」

 シルクは思ってもみなかったことを言われたようで、きょとんとした顔をしている。

「ね、早く行こ!」

 マリーはそう言ってマルロの手をぎゅっと握り、シルクから逃げるように早足で歩き出す。


「……なによ。せっかくあたしも面倒見てあげようと思ったのに……。それに銀色の瞳は良くて、銀髪はダメなわけ……? この髪、今までは綺麗だって周りに言われてきたのに……」


 シルクが後ろで何やらぶつぶつと呟くのを聞きながら、マルロは小さなマリーに手を引かれ、慌ててそれについて行く。


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