第41話 新緑の航路
一面に広がる樹海の木々がザザーッと波打つように風で揺れ、そのすぐ上を幽霊船が進んでゆく。
その光景は、先程「樹海の上を船で航海して」と発したマルロの言葉の通りに――まるで新緑に染まった海上を航海しているかのようであった。
「うわぁっ! すごいや! まるで森の上を航海してるみたい……!」
マルロが思ったことを口にすると、バンダナを頭に巻いた幽霊船の幽霊たちがスーッと隣にやってきて頷く。
「確かに、木の葉っぱに船の底が軽く触れてる程度のこの高さだと、船が空を飛んでる……ってよりかは、樹海を船で渡ってる、って感じがするな」
「樹海の木々もいい感じに波打ってるしねぇ」
「前に来た時は、シルバ船長と樹海の中を
「結局、ノースの村に入ったのはシルバ船長だけだったしな」
「今回は集まってきた樹海の幽霊の数と、そこから得た情報のおかげでノースの村の場所が早々にわかったから取れた方法とはいえ、こーんなやり方があるなんて考えもしなかったぜ」
幽霊たちがわいわいと話しながら、船の下に広がる樹海を眺めているその横で、スカルが呟く。
「この景色……シルバ船長にも見て欲しかったな。きっと喜ぶぜ」
その隣でヘルがぽつりと言う。
「……ノースの村から戻る際には、見せられる可能性もあるやもしれぬ」
「……確かにそうだな」
そんな二人の会話を横から聞いて、マルロはハッと気づかされる思いがする。
(……そうだ。ノースの村から帰る時には、この船に父さんが乗ってるかもしれないんだ……!)
マルロを含めた樹海探索班については、幽霊の呼びかけにより船に戻ってこれたものの――――スケルトン部隊の一部は空を行く幽霊船に気が付かず、未だに樹海内を探索していた。
そのため幽霊たちに樹海の中を探してもらい、別行動していたスケルトン部隊を船で回収しながらの航海というかたちになった。
そうして樹海を探索していたスケルトンたちも全員船に戻り、ようやく船員たちが揃った頃……景色を見るのにも飽きた様子のツリーがあくびをしながら、甲板の上のマルロや船員たちの集まっているところにやってくる。
「ふあ〜あ。まだ山は見えねぇのか? この景色もあんま変わり映えしねぇし見慣れちまって、そろそろ暇になってきたぜぇ」
スカルは横目でツリーを見る。ツリーの首元には、まだ首吊りに使っていたロープが首輪のような形で残っていた。
「そーいやお前、その首のロープ……いい加減取らねーのかよ」
そう言われたツリーはにやりと笑い、首のロープに指(の骨)を引っ掛ける。
「ああ、これな。すぐに取るつもりだったんだが、なんだか首に馴染んじまってなぁ。それに、これがないと他のスケルトンとの区別がつきにくいし、俺っちのチャームポイントとして残しとこうかとおもってよぉ」
「……そーかよ。ま、勝手にしろや」
呆れたように天を仰ぐスカルに、ツリーはふと思いついたように尋ねる。
「そうだ、おめぇらあの有名な幽霊船の海賊団なんだろ? てことは……ノースの村には略奪にでも行くのか?」
「ちょっ……」
サムがツリーの言葉を聞いて、「略奪」という言葉は子どものマルロたちにはなるべく聞かせたくないようで、突然慌てた様子になる。一方、その横にいるスカルは慌てる様子もなく淡々と答える。
「略奪が目的じゃねーよ。あんな
スカルはそう言ってマルロの頭をぽんと叩く。
「人探し……か。だが、もし人里離れたノースの村に住んでるようなら、樹海の外の世界にはいたくない事情があるんじゃねぇの? 正直、そっとしてあげた方がいいんじゃねーか?」
お気楽な様子でそう言うツリーに、スカルは思わず声を荒げる。
「……てめぇ……船長が俺たちを放って、樹海に好んで隠れ住んでるって言うのか⁉ 何も知らねぇクセに適当なこと言うなよ! それはぜってぇに無い!」
ツリーはそれを聞いてビクッとした様子で、慌てて謝る。
「おおっと、そんなに怒らねぇでくれよ。すまんすまん」
「……やっぱり、ノースの村が外界と時の流れが違うせいで、なかなか船長が戻ってこないんじゃないかしら」
横で話を聞いていたシルクがぽつりと言うと、スカルがそれに反応する。
「そーいやそんな話だったな。少々胡散臭いが。時の流れが違う……あれ? 外の世界が流れが速いんだっけか? それともノースの村の方がか?」
「ノースの村の方が、速い」
隣にいたヘルが、即座に答える。
「……ノースの村の中にいると、外ではあまり時が経たぬという話であっただろう。ということは……おそらくそういうことだ」
「へえ。お前、よく覚えてんな」
スカルが少し感心したように言う。
「でもその話が本当かもわかんねぇですし……もし、逆にノースの村の方が時間の流れが遅いなんてことだったら、あっしらが行かない限りはシルバ船長に会えねぇってことに……」
「……いや……おそらく、逆だということはない」
サムの言葉に対しヘルはそう言った後、ちらりとマルロを見る。確か前にもノースの村の時の流れが違う話をした際にヘルがこちらを見ていたのを思い出し、マルロはその視線には何か意味があるのだろうかと疑問に思う。
「……やけに確信があるようだな? まあいい」
スカルもヘルに何か思うところがあったようだが、特には突っ込まずに、皆に向かって言う。
「ま、どっちにしろ一刻も早く船長を迎えに行かねぇと、時間の流れの違いからややこしいことになりそうってことだな」
「ああ。なるべく早くノースの村を見つけ出さねばな」
そんな会話をしつつ皆が前方を見つめていると、スカルが何かに気づいたように体を乗り出す。
「……ん? おい、あそこ。白いもやのようなものが広がって見えるが……あの辺りなんじゃねぇか?」
「え? 本当かよ?」
スカルの言葉を聞いて、皆は船首の方に集まり揃って目を凝らす。
そのまましばらく航海し、徐々に船が近づくにつれ――――やがて霧で覆われた場所が、はっきりと前方に見えてくる。
「本当でやんすね。霧やら雲やらで覆われてて姿はよく見えねぇですが……あの中にきっと、例の山があるんでしょうね」
「よし。あそこまで近づいて、船を山の
ヘルがそう言うと、ツリーが元気よく頷く。
「合点承知だ。おーし、俺っちが皆に伝えてくるぜぇ!」
ツリーが向こうに行ったのを見届けた後、ヘルが皆の方を振り向く。
「そろそろノースの村が近いようだから言っておくが……今回の目的は、船長の捜索のみだ。それゆえ村に入る人員については、村の人間に怪しまれぬよう最低限の方が良い。人間のシルバJr.とシルク、姿の消せる幽霊はともかく……死霊だとわかりやすい者はなるべく少ない方がいいだろう」
スカルはそれを聞いて、ツリーの後ろ姿を親指の骨で指さす。
「そうなると、あいつ……ツリーはどうする? ノースの村まで連れていくって約束しちまったんが……。正直あいつのアイデアでここまで来れたもんだから、今更断れねぇし……どうすっかな」
「……まあ、奴については、ノースの村に辿り着いたことに満足すれば……ずっとそこに留まることはなかろう。共に行っても構わぬだろう」
マルロはヘルの言葉を聞いて、なぜそう言いきれるのだろうと首を傾げるが、一方のスカルは納得した様子で頷く。
「確かに……そうかもな。ま、奴とは目的地が一緒なだけで、到着すればそこから先は別行動になるかもしんねぇしな」
ヘルは頷き、再び話を続ける。
「ちなみに、我は樹海の外でも言ったように、今回は念のため船に残るつもりだ。それゆえムーを代わりに行かせる」
「じゃ、そうなると……他には誰が適任かな。やっぱ変装のしやすいサムあたりか?」
「ああ。サムは一番人間に姿が似ているゆえ、適任者だろう」
シルクはそれを聞いてサムの方を振り返る。
「そうだ。サム、前にウエスの街でも言ったけど……変装するなら、肌の色はあたしが魔法でなんとかしてあげるわよ?」
「おお、ありがたいでやんす! 是非お願いしやす。そうなりゃ骨が見えてる部分を包帯で隠すくらいで、なんとか人間に見えそうでやんすね」
サムが声を弾ませて言う。
「……それから、アイリーンは行くべきだろう」
ぽつりと呟くヘルの言葉にシルクとスカルが勢いよく振り返り、揃ってヘルを見る。
「え、アイリーンも……⁉」
「な、なんでだよ⁉ 何か理由でもあんのか?」
ヘルは二人を見てゆっくりと頷く。
「彼女は、水晶玉に映し出された映像でノースの村の様子を見たと言うが、その映像は他の者は見られぬゆえ……映像を見た本人がノースの村へ行って、何を見たのか、実際にその目で確かめるべきだろう。それがわからぬままだと、その水晶から得られる情報をどう考えればよいのか……推測ができぬからな」
「…………」
当のアイリーンは驚いた様子で、目を大きく見開いたままヘルを見つめている。ヘルはそんなアイリーンの姿を眺めて言う。
「ふむ。変装についても、骨が見えぬように服を着用し、顔に仮面を付ければなんとかなるだろう」
スカルも口を開けたままぽかんとした様子で話を聞いていたが、その言葉を聞いて我に返り、即座に意見する。
「だが、ノースの村は……前に行った、訳アリな連中が集まる監獄の町や、人の多いウエスの街とはまるっきり違う場所だろ。仮面を付けていれば怪しまれたりする可能性もあるんじゃねぇのか?」
「それには何か理由をつけて……醜い傷があってそれを隠すためつけている、とでも言えば……女性の言葉ならば、無理に外せと強要されることはなかろう」
「は? こんなに美人なのに醜いだって⁉」
思わずそうこぼしたスカルに、一同はきょとんとした様子になり少しの沈黙が広がる。スカルは自分の発した言葉の意味にようやく気が付いた様子で、慌てて口を開く。
「……あ。い、今のはその……」
「まあ」
アイリーンはぽつりと呟き、驚いた様子でスカルを見ていたが、やがてにこりと微笑みを見せる。
「……ありがとう、スカル」
アイリーンに礼を言われてまごまごしている様子のスカルを見て、ヘルは大きくため息をつく。
「アイリーンが醜い……などとは言っておらぬ。そう嘘をついて誤魔化すという話だろう。その言い草が気に入らぬのならば、高貴な者だから、というような理由でもよい」
「そ、そうだったな……。でもよぉ、万が一人間じゃねぇってバレたらその時はどうすんだ。危険だろうが!」
スカルはなんとか調子を取り戻し、再びヘルに食って掛かる。
「もし俺だったら……正体がバレたらバレたでその時は人間をやり込めたりもできるだろうが、彼女は戦えねぇし、それに……人間だと思ってたら骸骨だったと見破られるような場面に、遭遇させるわけにはいかねぇだろ……!」
「……スカル、アイリーンが傷つくことがないように考えてくれてるのね。優しいとこあるじゃない」
シルクが見直した様子で、少し目を見開いてスカルを見る。スカルはその言葉を聞くと、ぶっきらぼうな様子で皆から目をそらす。
「確かに、あたしも心配だけど……あたしが一緒に付いてって、そんなことは絶対に起こらないようにするから問題ないわ」
シルクはそう言ってアイリーンの骨の手を握る。アイリーンはシルクに微笑んだ後、スカルを真っ直ぐに見る。
「……ええ。スカル、心配してくれてありがとう。でも、
「……そういうんなら……姫の仰せのままに」
スカルはぼそぼそと呟くように了承する。そしてその後、恨めしそうにヘルをちらりと見る。
「俺も付いて行きたいのはやまやまだが、どうせお前は……俺は村ん中には入らない方がいいって言うんだろうな?」
ヘルは当然だと言わんばかりに頷く。
「……ああ。今の様子を見ていれば……お前はちょっとしたことで村の人間に手出しし兼ねないだろう」
スカルはそれを聞いて何か言いたそうな顔をするが、気にせずヘルは話を続ける。
「それに、スケルトンは変装時にはどうしても仮面をつけねばならぬからな。不自然だと疑われぬように、これ以上は行かぬ方が良い。……確かにお前が行かぬとなると戦闘力に欠ける部分はあるが、ノースの村に武器を持った者はおそらく少ないと思われるゆえ、戦闘になる危険性は少ないだろう。万が一何かあれば、その時はサムや幽霊……それから人間相手であればムーに対処を任せよう」
それを聞いてサムと幽霊が頷く。
「ええ。あっしも相手の動きを止めることに関しては、多少はできやすから」
「ああ。荷物ん中に海賊剣を持ってってくれれば、俺たちも戦えるしな!」
「ぼ、僕だって、ちゃんと死神の役目を果たします……っ!」
ムーはヘルに向かってそう言いながら、鎌の持ち手を両手でぎゅっと握りしめる。
「……では、この話は終わりだ」
ヘルはスカルがこれ以上何も不満を言わぬうちにと、さっさと話を終わらせる。
話が終わったところで、皆はそれぞれ散らばるようにその場から去ってゆく。そんな中ヘルが後ろに来て、マルロを呼び止める。
「そうだ、シルバJr.には、ノースの村に行く前に……一つ言っておくことがある」
マルロは振り返り、不思議そうにヘルを見る。
「何? ヘル」
ヘルは何から話そうか少しばかり迷っている様子であったが――――周りに誰もいないことを確認すると、やや声を落として言う。
「他の皆はどうやら忘れておるゆえ、我から話しておくが……シルバ船長が皆の前にシルバJr.を連れてきたのは、船長がノースの村から船に帰った時だった」
「……え…………?」
その事実を聞いてもどういうことなのかすぐには呑み込めず、マルロはヘルの顔を見上げる。
ヘルはマルロの顔をじっと見つめ、口を開く。
「それゆえ……シルバJr.のルーツはおそらく、ノースの村にある。船長が見つかるか否かに関わらず、それを自分の目で確かめに行ってこい」
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