第40話 樹海への船出

「な、何なんだよこれは……!」


 樹海の外に停めてあった幽霊船の周りに、おびただしい数の幽霊たちがわらわらと集まってきていた。その幽霊たちによって、幽霊船は埋め尽くされようとする勢いである。

「一体全体なんでこんなことになってんだよ……」

 あまりの光景に唖然とした表情で呟くスカルに対し、ツリーは頭の後ろに両手をやり呑気な様子で言う。

「そりゃあ、あんな霧があっちゃあ、普段はただの骨で動けない俺ら骸骨とは違って、この霧が無くても普段から空に浮かんで自由に移動できる魂……幽霊のやつらなんかは自然と寄ってくんじゃねーの?」

「確かにこの霧は死霊どもに力を与えるけどよ…。しっかしこれは予想してなかったぜ。シルバ船長と来た時はこんなだったか……? 一旦戻らなかったから気づかなかっただけか?」

 スカルが何やらぶつぶつ呟いていると、向こうの方からヘルが幽霊たちの間からするりと抜けてやってきて、皆に声をかける。

「……戻ったか」

 スカルはヘルの姿を確認するや否や詰め寄る。

「おい、ヘル! 何がどうなって……」

「……この状況は驚くだろうが、何かをされた訳でもなし、大したことはない……気にするな」

 ヘルは幽霊船に群がる幽霊たちをちらりと見やった後、再びこちらに向き直る。

「それよりも、朗報だ。せっかくの機だからと、集まってきた幽霊たちにノースの村の場所について尋ねたところ……一人だけ知っている者がいた」

「ほっ本当かよ!?」

 スカルは興奮した様子でヘルの方に身を乗り出す。ヘルは頷き、話を続ける。

「どうやらノースの村は、ここから北に進んだ遥か向こうに常に霧の広がる場所があり、そこには霧に隠れている山があるそうなのだが……そのふもとの付近にあるそうだ。記憶を頼りに答えてくれたゆえ、詳しい場所はわからぬようだが……闇雲に探すよりは、ここから北にある山を目指すと早いだろう」

「そんな遠くにあるんでやんすか? そんな場所まで樹海の中を進むとなると、気が遠くなりそうでやんすね……」

 サムが額に手を当てうつむきながら呟く。

「なら、その山までは空から移動した方が早いか? とはいっても、幽霊たちに一人一人運んでもらうくらいしか方法がねぇが……」

「そうだな……。ならば、ノースの村まで行く者を少数選び……その者たちにはいつものように小壺を持たせ、任せるしかあるまい」


「ちょいちょい、俺っちも連れてってくれるって約束は忘れてねぇだろうな?」

 ツリーが思わず口を挟むと、ヘルがツリーを一瞥いちべつした後、スカルに尋ねる。

「こやつは何者だ? なにやら首にロープがついているようだが、もしや……」

 スカルが大きくため息をつく。

「察しの通り、樹海で首吊りしたやからの一人で……『ツリー』ってスケルトンだよ。どういう訳か一緒にノースの村に連れていく羽目になっちまった」

 スカルはそう言うと、ツリーの方に向き直る。

「だが、さっきとは状況が変わって、今はお前のことまで連れていく余裕は正直ねぇと思うぞ?」

 ツリーはそれを聞いて思わず声をあげる。

「そりゃねぇよ! せっかく場所がわかったってのによぉ! 何とかならねーのか?」

「じゃあ、お前が何か代わりにノースの村に行くもっといい方法でも考えるんだな」

 スカルにそう言われ、ツリーは仕方なく諦めるかと思いきや……待ってましたとばかりにニヤリと笑う。

「それなんだけどよぉ……俺っち、一つ思いついたかもしれないぜ? さっき空飛んで行くとか言ってたけどよ、こんだけ数がいれば……空飛ぶ幽霊さんたち全員で持ち上げてさ、船だって浮かせられるんじゃねぇか?」

 スカルは心底呆れた様子でツリーを見る。

「はあ? 馬鹿言うなよ。さっきから思ってたが……てめーは何か口に出す前に、一旦自分の頭で考えろよな」

「……でも、本当にできたら面白いよね。船が海から浮いて……空を飛ぶなんて」

 マルロがその光景を思い浮かべ、思わず頬を紅潮させながら言うと、ツリーが乗り気になる。

「だろ? さっすがボウズ、わかってんなぁ!」

 ツリーはそう言ってマルロの頭を勢いよくわしゃわしゃっと撫でた後、スカルの方に身を乗り出す。

「なあなあ、試してみようぜぇ! 船ごと移動出来りゃその例の山まではひとっ飛びで行けるしよぉ。このご機嫌な霧の中にいりゃあ、なんだってできる気がするからな! それは俺だけじゃねぇ、他の死霊も同じはずだぜ? だとすると……有り得るだろ?」

 ツリーはそう言うや否や、自慢の大きな声で幽霊たちに呼びかける。

「おーい皆の衆、聞いてくれぇ! この霧の中に居たい奴や、ここからノースの村まで行ってみたい奴は、俺たちに協力してくれねぇか? ちっとばかり重労働を頼むことになりそうなんだが」


「おいおい、あの野郎、本当にやる気かよ……」

 スカルが呟くと、隣にいるヘルが言う。

「まぁ、試してみるのも悪くなかろう。突拍子もないやり方だが、できるものならその方法も悪くはない。ここにずっと船を置いておくというのも……色々と危険があるゆえな」

「うん。僕も、空飛ぶ幽霊船って見てみたいな!」

 マルロはそう言って目を輝かせる。

「でも本当に船を持ち上げるんなら、ワインだとか、重そうな荷物は多少ここに置いていくべきかもしれませんねぇ。あんまり重いと、船を運ぶ幽霊の皆さんが途中で疲れそうですし……」

 サムが意外にも、ツリーの出した案について最も具体的に考える。

「いやそうしたところで大して変わらぬだろうし、荷物を置いていくのはやめた方がよい。我らの追っ手に手がかりを残してしまうやもしれぬからな」

 そうして計画を練る男たちを見て、シルクは隣にいるアイリーンに思わず呟く。

「船を浮かせるって……みんな、本気なの? なんだかすごいことになってきたわね……」



 皆が船に乗り、甲板に出たところでツリーが自慢の大声で「幽霊たちによる幽霊船浮遊化計画」を説明すると、集まってきた樹海の幽霊たちは面白そうだ、やってみようと賛同してくれた。

 そして海坊主たちが幽霊船から離れたところで、船の周りを幽霊たちがぐるりと囲むように配置に付く。

「俺っちが掛け声をするから……幽霊さんたちよぉ、せーので持ち上げるぜ? ……せーのぉ!」

 ツリーが自慢の大声で号令をかける。そのタイミングで幽霊たちが船を持ち上げる。


 船はゆっくりと持ちあがり、徐々に海上から離れ、浮遊する幽霊たちに持ち上げられて徐々に高度を上げてゆく。その下で海坊主たちは、目をぱちくりとして船を見つめていた。

「マジかよ……本当に浮き上がりやがった」

 船の上からその様子を見て思わず呟くスカルに対し、幽霊船に元からいた幽霊たち(バンダナをして海賊剣を腰につけているため、樹海から集まってきた幽霊とは見分けがつくようになっている)は揃って自慢げな笑みを見せる。

「俺たち幽霊の力を見くびってもらっちゃ困るぜ? これまでだって、荷物運びだって軽々とこなしてたろ?」

「だからこんなに数がいるなら、船を持ち運ぶことだって朝飯前って訳だ」

「まあ、さすがに生前はそんな力はなかったし、全部『生命いのちの壺』の霧のおかげなんだろうけどな」

「俺たち元海賊の幽霊とは違ってひ弱な奴らかと思いきや、樹海の幽霊どもも霧のおかげでパワーアップしてるのか、なかなかやるじゃねーか!」

(この霧には、そんなにすごい力があるんだ……)

 マルロは幽霊の話を聞き、そして今まさに幽霊たちの力によって持ちあがっている幽霊船を見て、改めて父親の作り出した霧の力に驚く。


「すごいぞ! 本当に船が浮いたぜ! 思った以上の成果だ!」

 向こうから興奮気味のツリーがやってきて、マルロたちに得意げな笑みを見せる。

「な、さっき言ったろ? 『皆で協力した方がノースの村に行くことだって簡単にできるんじゃねぇのか』ってよぉ」

「ああ……。お前の奇抜なアイデアには正直脱帽だよ」

 スカルはそう言って降参だというように手を両手に上げる。そして幽霊船の高度を確認すると、皆に言う。

「さてと、幽霊たちはやる気満々のようだが、ここから山まで行かにゃならんからな、あんまりここで力を使い果たされても困る。高度は今くらい…樹海の木々の上くらいまで上がれば十分だ。このまま北にあるって山に向かおうぜ」

「おーしわかった。声の大きい俺が指示役を務めてやんよ! おーい、皆の衆! 高度はこのまま、北に向けて発進だぁ!」

 ツリーはスカルの言葉を聞くと向こうへ行き、幽霊たちにその旨を伝える。


「なーんか無関係のあいつにすっかり仕切られちまってるが……シルバJr.、樹海という名のに出ることになった訳だし、俺たちの方も、出航の合図でもしとくか?」

 スカルがそう言って、にやりと笑いながらマルロの方を振り返る。マルロは頷き、幽霊船の船員たちを見渡す。

「じゃあ……樹海の上を船でして、ノースの村を目指そう! ノースの村に向けて、出航ーー!」

「おおーーーっ!」


 マルロの掛け声に、今回は幽霊船の船員たちだけでなく……船を支える樹海の幽霊たちも、それに答えてくれた。


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