第39話 首吊り骸骨

(な、なんであの骸骨……あんなところにぶら下がってるの?)


 マルロはそんなことを思いながら、その木の枝にぶら下がった状態の骸骨スケルトンを眺める。


「よく樹海に発生する白っぽい霧とは違って、珍しい紫色をしているこの霧……この霧の中にいると、久々に動けるわ話せるわ……何より力がみなぎってくるぜ!  一体何なんだこの霧はよぉ。ギャンブルしてる時みてぇにハイな気分だぜぇ!」


 宙ぶらりんのスケルトンが興奮した様子で喋っているのを眺めながら、スカルがマルロに囁く。

「シルバJr.、あれが樹海の俺たちの第一号だ。特に面識はねぇ奴とはいえ……探してた死霊仲間だ。会いたかったぜ、兄弟とでも言いたいところだったが……」

 スカルはマルロから離れスケルトンの方に歩み寄ると、軽蔑するような目でスケルトンを見上げる。

「見たところ首吊り自殺者か? くっだらねぇな」

「じ、自殺……⁉」

 マルロが驚いた様子で言うと、スカルがマルロに向かって頷く。

「ああ。樹海で木からロープでぶら下がって首に輪っかつけてる奴なんざ、間違いなくその線だ。まだまだ生きたかったのに無念の死を遂げて、その心残りから死霊になったような俺たちからすれば、自ら死を選ぶ奴なんて……全くのナンセンスだぜ」

「……あんだと?」

 首を吊ったスケルトンがスカルの言葉に反応する。

「ギャンブルがどうとか言ってたが……おおかた借金取りにでも追われて、首吊るハメになったんだろ」

「ぐっ…………」


 図星だったようで、スケルトンは少しの間押し黙ってしまったが、やがて語気を荒げてスカルにつっかかる。

「……てっめぇ、喧嘩売ってやがんのか⁉」


 つい先程までご機嫌だった首を吊ったスケルトンは、スカルの言葉を聞いてからは憤慨した様子で宙ぶらりんのままこちらを睨みつけていたが――――ふと、後ろにいるアイリーン(今日はいつものドレスではなくウエスの街で買った衣服を着ていて――歩きやすさを考慮したのか、ふんわりした長いパンツを履いている)に目をやると、骸骨の奥の目を大きく見開く。


「おい、後ろのべっぴんさんは誰だぁ⁉ 俺っちに紹介してくれよ!」


 スカルはそれを聞くと、アイリーンをかばうようにサッと左腕(の骨)を広げる。

「おっと、彼女には手ぇ出すなよ?」

 それを聞いたスケルトンは腕組みし、探るようにスカルを見る。

「何でだよ。あ、もしかして……お前の女か? かぁ~っ! こーんな美人捕まえちゃって、羨ましいねぇこの野郎!」

「はぁ⁉ ちっ、違っ……」

 スカルは骸骨の顔なので、顔こそ赤くはならなかったが――それでもその言葉に動揺した様子がマルロには見て取れた。

「そういうんじゃなくてだな……! そう、彼女は高貴なお姫様なんだよ! そうだろ⁉ シルク!」


 突然話を振られたシルクはきょとんとした様子だったが、特に動揺することはなく、こくりと頷く。

「ええ。それにアイリーンはあたしの大事な子だもの、簡単に誰かのものにはさせないわ。……アイリーン、どこの馬の骨かも分からないような奴とは話さなくてもいいわよ?」

 シルクは、あのスケルトンにこちらから挨拶をするべきか、と口を開けたまま迷っている様子のアイリーンを見て言う。


「馬の骨ぇ? なーに言ってんだ、どう見ても人間の骨だろぉ? しっかし何だ、今度はまーた生意気なガキだなぁおい。よく見りゃ人間……それもガキが二人もいるじゃねぇか! てめぇらいってぇ何しにこんな樹海なんてとこまで来やがったんだぁ?」

「ああ、それはだな……俺たち、ノースの村を目指して来たんだ。そうだお前、ノースの村がどこにあるか知ってたら教えてくれよ」

「あー……ノースの村かぁ。残念ながら俺っちにも場所はわからねぇや。だがその代わり……ちょいといい情報があるぜぇ?」


 スケルトンはにやりと笑う。スカルはいぶかしげにスケルトンを見る。

「何だよ、いい情報って」

「……その前に、俺っちをここから降ろしてくれ。そーすりゃ教えてやる」

 スケルトンはそう言うと、自分を吊るしてあるロープを指さす。

「はぁ? 何でだよ。お前が自ら好き好んで、そんな体勢になったんだろーが」

 スカルの言葉に、スケルトンはきまりの悪そうな顔をする。

「そっ……それは生前の話だろぉ? 今でもこの状況でずっと宙ぶらりんなのは、正直辛いぜ。痛さなんかはもう感じねぇとはいえ、首にロープが絡まったままなのもなんだか窮屈だしよぉ」

「…………降ろせば本当に、いい情報とやらを教えてくれんだろうな?」

「ああ、男に二言はねぇよ。約束する」


 スカルはそれを聞くと頷き、森の上の方に向かって大声を出す。

「おい、幽霊ども、いるか?」

「おう。どうした、スカル」

 スカルの声を聞きつけ、木々の間から幽霊が一人現れる。スカルは親指(の骨)で先程のスケルトンを指さす。

「こいつのロープをほどいてやってくれ」

「あいよ、お安い御用だぜ」

 幽霊はそう言うとスケルトンの元にやってくる――が、ロープを首にかけているのを見ると、眉をひそめる。

「あれ、お前もしかしてこれ……首吊り自殺か? 樹海にはそういうやからが多いって話は聞いてたが……ったく、くだらねぇことしやがったもんだぜ!」

 首吊りスケルトンはうんざりしたような顔を見せる。

「それはもう聞いたって。俺っちも好きで自殺した訳じゃねぇよ。色々と深~い事情があってこうなっちまったんだい! ……ったく、ここには同情してくれるような優しい奴は誰もいねぇのか?」

「……なーんか面倒くせぇ奴だな。はいはい、お優しい幽霊さんが今から助けてあげますよっと!」

 幽霊はそう言うと、腰に着けた海賊剣をさやからスラリと抜き取り、枝から垂れ下がったロープをぷつりと切る。


「おいおい待て待て、そのまま切ったら地面に落ち……ってうわああああぁ!」

 元首吊りのスケルトンは真っ逆さまに落ちて、地面でぐしゃりと潰れる。


「だ、大丈夫?」

 マルロが心配になって声をかけると、スカルがマルロの肩に手(の骨)を置く。

「心配ねぇよ。こいつも死霊なんだから、痛さも感じねぇだろ」

 元首吊りスケルトンはスカルの言う通り何事もなかったようで――――ゆっくり起き上がると、涙目でマルロに礼を言う。

「ううっ……心配してくれてありがとよ、ボウズ。なんだか久々に、人の優しさに触れたような気がするぜぇ……」

「ったく……大袈裟な奴だな。それより、助けてやったんだからさっさと情報をよこせ」

 ぶっきらぼうな様子でそう言うスカルを、スケルトンは恨みがましい目で見る。

「助けてやったって主張すんなら、ちったぁ優しく助けて欲しいもんだね!」


 そして元首吊りスケルトンは、首から先程幽霊が切ったロープの残りの輪っかを外すのも忘れたままその場から立ち上がると、もったいぶった様子で口を開く。


「……実はよぉ、この樹海には、『樹海の案内人』ってのがいるんだ」

「『案内人』……だぁ?」

 スカルがいぶかしげにそう言うのを気にせず、スケルトンは話を続ける。

「俺っちはここに来てそんなに経ってねぇ方だが、一度見たことあるぜ。その時は、樹海を彷徨さまよってる男に案内を申し出ていた」

 スケルトンはそこまで言うと、目を見開いて、スカルの方に詰め寄る。

「その正体はなんと……そこにいるガキどもと同じくらいちっこい子どもなんだ! おっどろきだろぉ?」


 興奮した様子の元首吊りスケルトンに、スカルは冷ややかな視線を浴びせる。

「驚きも何も…………正直そんな話、嘘っぱちだろ」

 スケルトンは憤慨した様子で否定する。

「なっ……嘘じゃねぇ…………はず……だよ!」

「じゃあ聞くが、その案内人だとかいうガキは今どこにいるんだよ?」

「俺っちは知らねえよ。樹海を歩き回ってるのを一度見かけただけだし……この樹海のどっかにいるんじゃねぇのか?」

 スカルはそれを聞いて、大きなため息をつく。

「じゃ、そんなの探しようがねぇだろ。そのちっこいガキのことをあてもなく探すなんて、ノースの村を探す以上に難しいじゃねーか」

「あ、そっかぁ。言われてみれば……」

 スケルトンはまぬけな表情でそう呟く。


 スカルは再び盛大にため息をつき、首を吊っていたスケルトンに背を向ける。

「こんな馬鹿は放っておいて、もう行こうぜ?」

「ちょいちょい、待て待て」

 スケルトンがそう言ってスカルの肩(の骨)を掴む。スカルは軽く舌打ちし、苛立った様子で振り返る。

「何だよ、まだ何か用か?」


 スケルトンはスカルを熱い眼差しでしばらく見つめ、ゆっくりと口を開く。

「俺っちも、連れてってくれ」

 スカルは骸骨の顔の奥にある目を大きく見開く。

「はぁ⁉ 何でそーなるんだよ」

「俺もここへは、首吊るためじゃなくて……本当は、ノースの村を目的に来たんだ。外の世界とは一線をかくした村だって聞いて、そこで借金取りから身を隠そうと思ってよぉ。でも、歩いても歩いても、一向に探し出せねぇで…………もう無理だっていうことになって、ここで首吊る羽目になっちまったんだ。ノースの村がどんなところか知らずに……。おそらくそれが心残りで、今も成仏もできずにいる。だからよぉ、一度行ってみてぇんだよぉ!」

「お前の事情なんて知らねぇよ」

 スカルはそう言って泣きついてきたスケルトンを一蹴いっしゅうするが、マルロはその話を聞いてスケルトンが可哀想になり、思わず口を挟む。

「ねぇスカル、別にスケルトン一人くらいなら……一緒に連れてってもいいんじゃないの?」

 マルロがスカルにそう進言すると、スカルは軽くため息をつく。

「……シルバJr.ならそう言うと思ったぜ。ったく……気は進まねぇが、船長命令なら……仕方ねぇな」

「本当か⁉ ボウズ、恩に着るぜ! あんがとよ!」

 スケルトンはマルロの手を取り、ぶんぶんと揺らすように勢いよく握手をする。


「俺っちのことは……そうだな、『ツリー』とでも呼んでくれ。首と俺が首を吊ったツリーをかけたんだ、なかなか上手いネーミングだろ?」

? その『ツリー』って、君の名前なんじゃないの?」

 マルロは不思議そうに首を傾げる。

「ああ、俺っち生前の名前は覚えてなくてなぁ。何しろ思い出したくもない記憶なもんでなガハハ」

「そうなんだ。じゃあ……スカルは自分の名前、覚えてたの?」

 マルロにそう問われたスカルは一瞬はっとした様子を見せるも、軽く頷き答えてくれる。

「ああ……そういやシルバJr.には言ってなかったな。実は俺も生前の名は覚えてなくてな。俺もヘルも、シルバ船長が『せっかくだから死霊らしい名をつけてやろう』って言ってくれて、一緒に船長に貰った名前なんだ。他にも名前のある幽霊船の船員どもは、おそらく大体はシルバ船長が名付け親だぜ。……ま、サムみてぇな例外もいるけどな」

 サムはスカルの言葉を聞いて、こくりと頷く。

「へぇ。あっしはゾンビですから、死んで体が完全に白骨化する前のの状態でシルバ船長に出会ったもんで、わりと生前の記憶が残ってて、名前も覚えてやした。だからあっしの『サミュエル』は本名でやんす」

「そうなんだ……。僕の父さんが、みんなの名前を…………」

 マルロはその話を聞いて、思わず父親に想いを馳せる。


「おいおい、お前らまさか、例の幽霊船から来たのかぁ? 何やら訳ありっぽいようだが……俺っちを無視して訳わかんねぇ話を進めねぇでくれよ。とにかく俺っち、ツリーをよろしくってわけだ」

 そう言ってツリーは皆に握手を求める。皆が握手に応じ、ツリーは最後にスカルの元に来ると、スカルに向かってニヤリと笑みを見せる。

「それに……俺にもできることがあるぜ。俺っちの唯一の強み、それはな……声がでかいことだぁっ!」

 ツリーはそう言うと、大きな声で叫ぶ。

「おい、こいつら今からノースの村に行くんだってよぉ! 行きたい奴は一緒に行こうぜぇ!」

 スカルはそれを聞いて、慌ててツリーの口を塞ごうとする。

「ば、ばっか何言ってんだっ! お前一人だから許したものの、そんなに沢山は連れていけねぇぞ⁉」

「なんでだよ。皆で協力した方が、ノースの村に行くことだって簡単にできんじゃねぇのかぁ?」

「わからねぇ奴だな。ノースの村への行き方を知らねぇ奴ばっか集めても意味ねーだろうが!」


 そうやって二人が揉めていると――――そこへ先程とは別の幽霊が慌てた様子でやってきて、皆に声をかける。

「おい、 俺たちの幽霊船が大変なことになってるぞ……!」

 スカルは幽霊を見上げて尋ねる。

「大変って……一体何があったんだよ?」

「何が起こってるかは俺にもさっぱりわかんねーよ! とにかくだ。まだお前ら樹海に入ってからそんなに進んでねぇようだし、今ならまだ比較的簡単に戻れるはずだ! 俺がたまに空から景色を見て案内するから、お前らだけでも急いで戻ってくれ!」

「……仕方ねぇな。せっかくここまで来ちまったが……一旦戻ろうぜ」

 皆がスカルの言葉に頷き、ツリーも慌てて口を開く。

「じゃ、じゃあ俺っちも付いてくぜ……っ!」


 皆は、何が起こっているのか状況がよく飲み込めないまま――――幽霊に先導されて、急いで来た道を戻る羽目になった。


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