第38話 樹海探索

「じゃ、ここから霧を撒くとするか」


 船から降りたところでスカルがそう言うのを聞いて、マルロは目を丸くする。


「え、ノースの村って樹海の中のどこにあるかわからないんでしょ? 樹海全体に霧を撒くつもり?」

「……なんか砂漠の時にもしたような会話だが……まぁ、今回はあながち間違いではないかもな。船を守る奴ら以外は総動員して、ノースの村が見つかるまでは樹海中を探索するつもりだからな」

 スカルはニヤリと笑ってマルロにそう言うと、続々と集まってきた船員たちに呼びかける。

「じゃ、今回は誰が行く?」


 スカルの問いかけに、まずヘルが口を開く。

「今回は…………我は船に残ろう」

「え、ヘルが? どうして?」

 いつもは船を出ることの多いヘルのその発言にマルロは驚き――ヘルを見上げて尋ねる。

「ゴーストバスター……奴のことが気がかりだ。ここに船を置いておくと、再び侵入を許してしまうやもしれぬ。奴と唯一大鎌で渡り合うことのできる我は、船を守るために残るべきであろう」

「だがシルバJr.の話によると、俺たちがノースの村を目的としていることも、そいつに知られてるって話じゃなかったか? ノースの村の探索班の方は大丈夫なのかよ」

 スカルの言葉を聞いて、ヘルはスカルの方に向き直る。

「人間離れした能力の持ち主とはいえ……奴も一応、人間だ。樹海の中に一度入れば、そう簡単にはノースの村に行くことはできぬだろうし、この広い樹海の中で遭遇する可能性も低かろう。それよりは、船で待ち伏せされる方が厄介だ。我らの生命線である『生命いのちの壺』も守らねばならぬしな」

 ヘルはそう言った後、後ろでそわそわした様子で話を聞いていたムーをちらりと見る。

「人間と対峙する際に魂を刈れる存在として、念の為……ムーをシルバJr.の元に同行させるつもりだ」

「……えっ?」

 そう言われてムーはきょとんとしている。ヘルはムーの方を振り返り、言葉をかける。

「今回は……非常事態であれば、鎌を使ってよい。だが、人のからだを切り裂かぬよう十分に気をつけろ。……何かあった際は、皆を頼んだぞ」

 ヘルの言葉を聞いて、ムーはぽかんとした様子でしばらくの間ヘルを見つめていたが――――やがて勢いよくコクコクと頷く。

「わ……わかりました、お師匠さま! 頑張りますっ!」


 マルロもヘルの言葉に驚きを隠せなかったが――――ムーが少しは認められたということなのかなと考え、良かったね、と微笑みながらムーを見ていた。



 そんなこんなで話し合いがされた結果――――ヘルの他には料理長のミール、そして幽霊とスケルトン部隊の中の一部は船に残り、その他の皆は樹海探索に赴くことになった。


 人間のシルクはマルロと同じく樹海行きを心配されたが――――シルクは話を聞いても樹海を一切恐れることなく、樹海行きを止めようとするサムの言葉に首を横に振る。

「樹海にも死霊がたくさんいるって聞いてて、気になってたから……樹海、ずっと行ってみたかったの」

 シルクはそう言って樹海行きに乗り気のようであった。


 むしろシルクは自分よりも、アイリーンを危険な樹海に行かせるのを渋り、船に残るべきだと始めは主張していた。

 しかし当のアイリーンは西大陸の砂漠の地しか知らないからか、木々が沢山ある樹海を初めて見て目を輝かせていたので――シルクはとうとう折れて、アイリーンも共に連れて行くことになった。



 そうして樹海探索に選ばれた一行は、ヘルたち船に残る面々と別れ、ついに樹海に足を踏み入れる。


 うっそうと木々が生い茂り、陽の光すら通さないため真昼でも薄暗い樹海の中を、一行は霧が広がる速度に合わせて歩いてゆく。

 辺りからは不気味な鳥や獣の鳴き声が聞こえてくる。しかし皆で賑やかに話しながら歩いているからか、マルロを含め誰も、それを気に止めてはいないようだった。


「この霧がノースの村へ案内してくれりゃあ手っ取り早いんだが、そうもいかねぇんだよな」

 霧が広がるのを待つために皆が一旦立ち止まったところで、霧が樹海の奥に広がる様子を眺めながら、スカルがぽつりと呟く。

「だが……霧はようにできてるから、俺たちのの元には自然に行きつくだろうし、ま、なんとかなるだろ」

 マルロは初めて聞く霧の新事実に驚き、スカルを見る。

「そうなんだ。この霧って……普通に風で広がってるのかと思ってた」

「ま、霧は霧だから風向きも多少は関係あるんだろうが……その本質は死霊に向かってる霧ってこった。そのおかげで、甲板に霧を出せば、ひつぎの中に待機してる見張りのスケルトン達がいち早く起き上がれるようになってたり……砂漠でも、霧の移動する方向から、砂竜の爺さんの居場所がわかったんだぜ」


 マルロはそれを聞いて――そういえば砂漠の遺跡でも、スケルトンたちが沢山いる遺跡の奥へと自然に霧が広がっていたし、アイリーンのいた小部屋では、霧が真っ先にアイリーンの周りにまとわりついていたことを思い出す。


「じゃ、霧の進む方に歩いていけば、この樹海にいる死霊に会えるのね」

 隣で興味深そうに話を聞いていたシルクが、どこか嬉しそうに言う。

「ああ、そのはずだ。それでとりあえず樹海にいる死霊どもに、ノースの村がどこにあるか尋ねるつもりだ。シルバ船長と一緒に行った時も、そうやってノースの村にたどり着いたからな。とはいえ……ここにいる死霊の中でも、ノースの村の場所を知ってる奴なんて限られてるだろうからな、あちこちで聞き込みしねぇと」


 スカルは再び足を進め、歩きながら会話を再開する。

「そんなわけで、全員がまとまって行動してもなかなか見つからねぇだろうから、スケルトン部隊は既に何組かに分けて、手分けして探させている。幽霊たちには……樹海の上の空から見て、ノースの村らしきものがあったら教えてくれと伝えてある。まあ、ノースの村も森ん中にあるから、上から見たところで簡単には見つからねぇだろうが」

「じゃあ、僕らは別々に探さなくてもいいの?」

 マルロの言葉を聞いて、スカルは近くにいる面々――マルロとシルク、アイリーン、サム、ムーをぐるりと見渡した後、口を開く。

「ここにいる面子メンツは戦闘要員が少ねぇからな。戦闘が得意な俺から離れない程度に……固まって行動する方が無難だろ。人間のシルバJr.とシルクはもちろん……アイリーンも死霊の野郎どもにちょっかいかけられねぇように、俺たちと一緒に行動した方がいい」

 スカルはそう言った後、サムを見る。

「サムは……既に死んでるし別に一人でも問題ねぇだろうが、シルバJr.達のことが心配みてぇだからな」

「そうでやんすね。スカル隊長に任せておけば……マルロぼっちゃんやシルクさんを置いて、一人先に突っ走って行ってしまうかもしれねぇですから」

 腕組みしてそうこぼすサムに、スカルは渋い顔をする。

「んなことしねぇって。それに、俺たちは船から出る霧で繋がってるから、霧の中にさえいれば、多少はぐれたところで問題ないはずだ」

 スカルはそう言った後、マルロとシルクに向き直る。

「だからシルバJr.とシルクも俺たち同様、この霧の範囲外には勝手に行かないようにしてくれよ?」

「うん、わかった」

 シルクは黙ったままだったが、一方のマルロは素直に頷く。


「…………おーい」


 太い木の根元に足を取られて歩きづらいため、一同が下を向いて慎重に歩いていると、どこか近くから声が聞こえてくる。スカルがまず立ち止まり、いぶかしげに周りを見る。


「ん? 誰の声だ? もう何か見つかったってのか?」


 皆が足を止めてきょろきょろと辺りを見渡していると、また声が聞こえてくる。


「こっちだよこっち」

「こっちってどっちだよ!」


 スカルが苛立たし気にそう怒鳴り返すと、また声がする。


「上だよ、上!」


 それを聞いて、皆が一斉に上を向く。


 マルロはようやく声の主を見つけ――――思わず目を見開く。


 そこには、木の枝からロープで首を吊るされた骸骨――スケルトンがいて、そのような状態とは裏腹に、こちらに向けてにこやかに手を振っていた。


「骸骨にゾンビに人間に……なんだか奇妙な御一行様だな。それに……この霧は、一体何なんだ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る