北の樹海

第37話 北大陸

 ゴーストバスターの男が下船した後――――。マルロたちを乗せた幽霊船は北大陸には上陸せず、再びノースの村を目指して北の海域を進んでいた。


 船員の皆が起きてきた夕暮れ時に、先程の男の「仕事内容」について皆から話を聞いたマルロは、顔を青くする。

 その内容とは、退で――――つまりあの男、ゴーストバスターとは、除霊を専門とする者のようだった。


「シルバJr.、もし何かあったら俺たちに言えよって、俺……海賊どもが攻めてきた日に言ったじゃねぇか」

 スカルがマルロに対してぽつりとこぼす。マルロは申し訳なさそうにうつむく。

「ごめんなさい……。あの人幽霊が苦手って言ってたから、まさかその、ゴーストバスターだなんて思わなくて……。僕のせいで幽霊が、一人いなくなっちゃって……」

 マルロがすまなそうに言うのを聞いて、ヘルが苦々しげに呟く。

「あ奴……幽霊が苦手、と偽るとはな。誰よりも死霊に強い癖をして…………」


 マルロはヘルの言葉を聞いて、ふと思い出したことがあり、話を続ける。

「それに……たぶん、前に来た海賊たちのことも騙してたんだと思う。海賊たち、誰かを連れてきてたみたいで、幽霊船に攻め込む時にその人を当てにしてるみたいだった。でも船に来た時に、その人がいないって探して、焦ってて……なんか裏切られた感じだったみたい。あの人、海賊にって言ってたけど……もしかしたら、それも嘘なのかもしれない」

 スカルはそれを聞いて大きくため息をつく。

「……なるほどな。海賊どもを利用して、協力するふりをしてこの船まで案内させ……この幽霊船の居所を探し当てたって訳か。なかなかずる賢い奴だな」

「まあ、奴が侵入した際にシルバJr.が我らを呼んだところで、その時に奴と一戦交えているとなると……おそらくただでは済まなかっただろう。ひとまず、今回は戦わずに済んだのなら良しとするしかあるまい」


 ヘルがそう言うのを聞いて、これまでマルロにとっては無敵のように思っていた、死神の能力を持つヘルがそんな風に言うなんて――それだけあのゴーストバスターの男が、幽霊船の皆にとって驚異であるのだろうかと驚く(マルロにはとてもそんな強者のようには見えなかったのだが)。


「それに、北大陸が見えた時点でさっさと奴を船から下ろしたのは、英断だったと思う。そうすることで、奴から少しは距離を取る事ができるからな。助かったぞ、シルバJr.」

 ヘルはマルロの肩に手(の骨)を置いて言う。皆に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったマルロは、その言葉を聞いて少し救われる思いがする。


 ヘルは、今度は皆に向けて言う。

「ここからの行き先についてだが、ゴーストバスターが北大陸にいることが分かった以上、我らは一刻も早く北大陸から離れるべきやもしれぬが……」

 いつになく慎重な様子のヘルに、スカルが呆れたように言う。

「はぁ? 何逃げ腰になってんだよ、おめぇは。北大陸に船長の手掛かりがあるって話なのに、そこを避けては通れねぇだろーが。そんなことまでしなくても、人間一人くらいなんとかなんだろ?」

 ヘルはスカルをじろりと見て、苛立った様子で言う。

「お前は、あ奴の力を知らぬからそんなことが言えるのだ。実際、幽霊が一人いなくなったのだぞ。おそらく奴が、大鎌で魂を刈り取り……成仏させたのだと思われる」

「そういえば、あの黒い色の大きな鎌……一体何なの? ヘルの持ってる鎌に形は似てるけど……」

 マルロは男の持つ鎌についてのヘルの言葉を聞いて、思わず口を挟む。ヘルはマルロの方を振り返り、それに答える。

「詳しいことは我にもわからぬが、あの者の……ゴーストバスターの持つ武器だ。我の死神の鎌が人間の魂を刈り取るのに対し、奴の漆黒の刃を持つ大鎌は……我ら力を持つのだ」

「俺たち死霊にとっての死神……って訳かよ。確かに厄介だな」

 スカルが唸りながらそう言うの聞いて、マルロはハッとする。

(‼ 死霊たちにとっては死神のような存在……それが、ゴーストバスターなのか……)

 ヘルの持つ圧倒的な死神の力をこれまで見せられていたマルロは――死神が相手だと厄介だというスカルの言葉は、本当にその通りだなと思った。


「とはいえ……確かにノースの村はシルバ船長を探すためには避けては通れぬ以上、行くしかないだろうな。ゴーストバスターから距離を取れている今のうちに、さっさと船長の捜索を済ませることとしよう」

 ヘルもノースの村が避けては通れないことについてはスカルに同意し、結局行き先はこのまま、ノースの村へと向かうことに決まった。




 しばらく航海を続けた後、やがて北大陸に広がる樹海が見えてくる。マルロはどこまでも続く樹海の広がりように驚く。


(すごい……大地が全部森で覆われてる……! 北大陸には広大な森林があるって話は本で知っていたけど……こんなにも広いんだなぁ)


「樹海が見えてきたな。よし、ここいらで船を停めようぜ」

 スカルがそう言うのを聞いて、海坊主たちが一斉にこちらを見てこくりと頷く。


 一行は樹海のすぐ近くの海岸に到着すると、そこにひとまず船を停める。その様子を見たマルロは、近くにいたスカルに尋ねる。


「ねえスカル、ノースの村はあの森の中のどのあたりにあるの?」

 スカルはそう問われて、少し困ったように頭を掻く。

「うーん、ノースの村が樹海の中のどこにあるかは正直わからんからな。とりあえず船を下りて、樹海に入ってから探すしかねぇな」

 マルロはそれを聞いて目を見開く。

「え…………あの広い森の中を探すの?」

「ああ。今回もなかなかかもな」

 スカルはそう言ってため息をつく。マルロは首を傾げ、スカルに尋ねる。

「確か……みんなは前にノースの村の近くまで行ったことがあるんじゃなかったっけ? それでも場所がわからないの?」

「ああ……樹海の中はな、木々がうっそうと生い茂ってるだけで、目印なんかも何もねぇ。景色はどこも一緒に見えるわ、薄暗くて視界も悪いわで……とにかく迷うんだ。一度迷えばそのまま彷徨さまよい歩き続けて……終いには樹海から出られずに、野垂れ死ぬって話もあるくらいだからな」

 マルロはそれを聞いて眉をひそめる。

「え…………そんなところに入って大丈夫なの?」

「ま、俺たちは不死身だからな。野垂れ死ぬ心配はねぇし、なんとかなるだろ」

 スカルが軽い口調でそう言ってのけるのを聞いて、後ろで会話を聞いていたサムがぼそりと呟く。

「……マルロぼっちゃんとシルクさんは、あっしらと違って生きてるってこと……忘れねぇでくだせぇよ?」

 スカルがすかさずサムの方を振り返り言う。

「あいかわらずの心配性なゾンビだぜ。わーってるって! 今回は砂漠の時みてぇに、準備なしで行くような真似はしねぇからよ」

「でも、人間であるマルロぼっちゃんとシルクさんにとっては樹海の中は危険でやんすから、正直、この船に残ってもらった方がいいような気もしやすが……」

 マルロを心配そうに見るサムの言葉を聞いて、マルロは咄嗟とっさに口を開く。

「ううん、僕も行くよ」

「いや、でもねぇ……」

 サムはまだ何か言いたそうな様子だが、スカルが口を挟む。

「シルクは船室に入ってるようだから後で本人に聞かにゃわからんが、シルバJr.はそう言ってるようだし、連れてこうぜ」

「ぼっちゃんがいいなら、それでいいでやんすが……。そうだ、道に迷った時のために食糧なんかも必要ですし、磁気の乱れで樹海はコンパスが使えないって噂も聞きやすが……一応持っていきやしょう。ちょいと荷物を準備してきやすから待っててくだせぇね」

 サムはマルロにそう言うと、急ぎ足で船室に入ってゆく。


 サムが準備に行ったのを見届けた後、不安げに樹海を眺めているマルロにスカルが言う。

「樹海に入るのが怖いか? 確かにサムの言うことも一理あって、人間には危険がないとは言いきれねぇからな……。もし不安なら、シルバJr.は船に残ってもいいんだぜ?」


 マルロはそれを聞いて、しばらく樹海をそのまま見つめた後、ゆっくりと首を横に振る。

「ううん…………僕、行くよ。ノースの村には、父さんがいるかもしれないんだし」

 マルロはそう言った後、スカルに少し笑みを見せる。

「それに……こないだ行った砂漠だけじゃなくて、森の中も……ずっと探検してみたかったから」

「…………そうか」

 スカルはそう呟いた後、ニヤリと笑い、マルロに耳うちする。

「だーいじょうぶだよ。あの樹海の中には……俺たちのがいるからな」

「な、仲間?」

「ま、今回は別に知り合いって訳じゃねぇが……俺たちと同じって意味じゃあってとこだな」

 スカルはそう言って意味深な笑みを見せる。


(どういうことなんだろう。砂漠の時のサリューみたいに、樹海の中にも誰か、仲間がいるのかな……?)


 首を傾げるマルロを見て、スカルはマルロの頭をぽんと叩く。


「ま、細かいことは後々わかるさ。とりあえず、一足先に船から下りちまおうぜ? シルバJr.」

 スカルはそう言うと、マルロの肩を掴み、船の外へと促す。


 マルロはスカルとともに船からりて、樹海に覆われた大陸――――北大陸へと、ついに足を踏み入れる。


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