第35話 海賊の襲来

 サタンがマルロの部屋にやってきたその翌日――――幽霊船の皆が船内に入って寝静まっているお昼前のこと。


 マルロはいつものように甲板に出て見張りをしつつ、久々に青い海を一人で眺めていた(ちなみにシルクはアイリーンとなるべく一緒にいたいからか生活がやや夜型で、お昼頃まで寝ていることが多く、朝から起きているのはマルロだけだった)。


 そして、昨日のサタンの言葉についてぼんやりと考える。


(天敵って……一体何のことだろう)


 昨日はサタンに向けて言い返してみせたものの――――去り際にサタンの残した言葉が気がかりで、マルロの心はざわついていた。


(西大陸の時も……海坊主たちが追手の船を沈めてくれたって話みたいだったけど、僕らを追ってる人間が近くにいたりするのかな……?)


 そう思うと不安になり、マルロはきょろきょろと辺りを見渡す。すると、ちょうど後ろの方に別の船がやってきているのが見えて、マルロは思わず目を見開く。

(大きな帆船だ……! あれって、もしかして追っ手だったりするのかな……)


 マルロは今すぐ皆を呼ぶべきかと慌てるも、勘違いから皆を起こしてしまうのも悪い気がして、もう少しその正体を確かめようと船の後方に移動する。

 そして身を乗り出し、見張り用に借りている小さめの単眼鏡を取り出して、その船をよく見てみる。


「!」


 マルロは単眼鏡を覗いて思わず息を呑む。その船の帆には――――大きな髑髏どくろが描かれていた。


(あれってもしかして、僕らと同じ……海賊船じゃないか⁉)

 マルロは驚きのあまり目を見開く。

(もしかして、サタンの言ってた天敵って、海賊のこと……? でも、僕らも海賊なんだけど……。海賊の天敵は海賊ってこと……?)


 マルロは首をひねりながらも急いで船室の扉を開き、入り口の近くにいる幽霊(宙に浮きながらうとうと居眠りしている)に声をかける。


「ねえ、起きて! 海賊がこっちに向かって来てるんだ!」


 そう言われた幽霊はそのタイミングで鼻ちょうちんをパンと割り、はっとして目を覚ます。

「なんだ⁉ 敵襲か⁉」


 幽霊は外に出て、霧の範囲から出ない程度に飛んで行くと、船を確認してからマルロの元へ戻ってくる。


「本当だな。こっちに攻めてくるかはわからんが、用心するにこしたことはない。よし、皆を呼んでくるぜ。シルバJr.は危ねぇから船室に隠れてな!」


 マルロはそう言われて頷き、船内に一歩入るが――――そこでふと、自分が船長だということを思い出す。

 そして船長として、せめて皆が来るまではこの船室へ続く扉は守らねば、と思うと――――きびすを返し、船室の扉を大きく開けて霧を甲板に出しながらも、自分は外に出て扉の前に立つ。


 そうして辺りに漂う霧の間から、だんだんと近づいてくる海賊船をじっと見据えていると、やがてその海賊船は幽霊船の隣に並んで停まる。停まったところでいくつか木の板がこちらの船に向かって敷かれ、そこから海賊の男たちが甲板に乗り込んでくる。


「よーし、霧が出ていて見えづらいが……どうやら甲板に奴らの姿はなさそうだぜ」

「本当だな、だーれもいねぇや。幽霊ども、昼間は出てこないって噂は本当だったんだな」

「これなら俺らだけで十分か? せっかく連れてきたんだがの出番はないかもな。よし、今のうちに乗り込もうぜ」


 海賊たちは口々にそんなことを話しながら船室の方に近づいてくる。近くまでくると、ようやく海賊たちはマルロがいることに気が付いたらしく、足を止める。


「……あ? 何だぁ? このガキは」

「なんで幽霊船なんかにガキがいんだよ」

「ボウズ、こんなとこで何してんだ?」


 マルロは屈強な海賊たちに囲まれ、思わず唾をごくりと飲み込む。


(さっきの幽霊はまだ帰ってこない……。みんなを起こすのに時間がかかってるのかもしれない。甲板に置いてある棺の中にいるスケルトンたちもまだ出てこないし……ここで、僕がもうちょっと時間を稼がないと)


 マルロはそう決意して顔を上げ、口を開く。


「おじさんたちこそ、こんなところに何しにきたの?」


 そう問われて、マルロの前にいた海賊がニヤリと笑う。

「見てわからねぇか? この船を襲いに来たんだよ」

「ここのヤツらが、ウエスの街の商人屋敷のお宝を根こそぎ持っていきやがったみてぇだからな」

「俺たちがぶん取る予定のお宝だったんだ、取り返さねぇと気が済まねぇぜ」


(この海賊たちの目的は、スカルたちがこの前手に入れたお宝……みたいだ)


 マルロはそう考えた後、少し大げさに目を見開いて言う。

「おじさんたち、知らないの? この船……幽霊船だよ? 幽霊が出るっていうのに怖くないの?」

「知ってるさ。だが、幽霊どもは真っ昼間は出てこないもんだろ? それに、出た場合の対策もちゃあんとしてあるぜ?」

 海賊はそう言うと、後ろを振り返って大声で尋ねる。

「おい、例のはまだ来ねぇのか?」

「ああ、もうすぐ行くって言ってたぜ」

 後ろの海賊がそれに答える。前にいた海賊が舌打ちする。

「ったく、何ぐずぐずしてんだ……さっさと突入してぇのによ」


 マルロは突入という言葉を聞いて、船室の扉の前で海賊たちに先に行かせないようにしようと腕を広げる。それを見た海賊たちが眉をひそめる。


「何してんだ? このガキ」

「邪魔だ邪魔だ、さっさとそこどけよ」

「もしかしてこいつ、ここの船の人間……? てことは、船長の子どもか何かか?」

「ならボウズ、船長はどこだ?」


 マルロは再び唾を飲み込み、答える。

「僕がここの船長だよ」


 海賊たちは呆れたように眉を上げる。

「はぁ……? 何言ってんだ、このガキ」

「嘘つけ、ただのちっこいガキじゃねぇか」

「おい、船長呼んで来いよ。ここって確か……一人だけ人間の船長がいるって話だろ?」

 マルロは信じてもらえなくてもめげずに繰り返す。

「うん。だから僕が船長なんだよ!」

「なーに言ってんだ。これ以上つまんねぇ嘘つくようならブン殴るぞ」


 海賊たちの中でも一番屈強な男がマルロの前で拳を握り、振りかざす。殴られる、と思ったマルロは思わず目をぎゅっとつむる。


 すると、後ろからがしっと骨の手に肩を掴まれるのを感じるとともに、耳元で小さく囁く声がする。


「待たせたな、シルバJr.。ここからは俺が相手してやる」


 その声の主――スカルはそう囁くと、海賊たちの方に向かって言う。

「俺たちの船長に何してんだよ」


 スカルはマルロに向かって拳を振りかざしている海賊に対し、思いっきり蹴りを入れる。骨の足の蹴りにも関わらず、その一番屈強な体格の海賊が勢いよく後ろにすっ飛んでいくのを見て、周りの海賊たち――――そしてマルロも目を丸くする。


「ちなみに俺様はだ。何か用か? 人間ども」


 スカルはいつもの二本角のついたかぶとをかぶった戦士ので立ちではなく、今はマルロが初めてスカルと出会った時のように、シルバ船長の海賊帽を頭にひっかけ、海賊コートを羽織っている。

 スカルは両脇に挿してある海賊剣に手をかけ、ニヤリと笑う。その目が銀色にギラッと輝く。


 突然海賊の格好をした骸骨が登場し、不気味に目を光らせる様子を見て、海賊たちは一斉に顔を青くする。


「嘘だ、こんな子どもが船長だなんて……。それに、なんで昼間っから幽霊が動いてんだ?」

「ああ、確かに棺桶の中で気持ちよく眠ってたら起こされて不愉快だったが……ここの死霊どもは昼間は動けねぇっていう貧弱な奴らとは違うのさ。海賊相手にひと暴れできると聞いちゃあ、真っ昼間とはいえ目も覚めるってもんよ! さあて、どいつが相手だ?」

 スカルは目を爛々らんらんと輝かせて海賊たちを眺める。


 海賊たちはお互い顔を見合わせる。


「ど、どうする……?」

「まだこいつだけだし、皆でやっちまいますか?」

「慌てるな、こいつら不死身って話だろ。闇雲に戦ってもらちが明かねぇぞ」

「金で雇った例のがじきに来るはずだ……。それまでは何とか俺たちで持ちこたえて……」


 するとその時、ギギギ……という木の軋むような不気味な音が、あちこちから聞こえてくる。

 海賊たちが辺りを見渡すと、そこいらに置いてあった棺が開き――――そこら中から兵士の格好をした骸骨――スケルトン部隊が現れる。マルロとスカルの後ろにある開いたままの船室の扉からも、多数のスケルトンが弓なりの形の海賊剣を持ってぞろぞろとやってくる。


 棺から出てきたスケルトン部隊を目にした海賊たちは、血相を変える。一方のスカルは、スケルトンたちを見てニヤリと笑う。


「やーっと起きやがったか。おい、野郎ども! 久々にお客さんが来たぜ! 存分にもてなしてやれ!」


 スカルが号令をかけると、スケルトンの戦士たちは海賊剣を振りかざして雄叫びをあげながら、一斉に海賊たちに向かってゆく。

 死してなお襲い掛かってくる不気味な骸骨たちに、海賊たちはすっかりおびえ――――その多くは異形の者が一斉に襲いかかってくるのに恐れをなし、自分たちの船へと一目散に逃げ戻ってゆく。


 船室へと繋がる扉の前でマルロがその様子を眺めていると、マルロにとっては大きすぎる船長の海賊帽を被らされ、急に視界が見えなくなる。


「帽子とコートは預けとくぜ、シルバJr.。大事なシルバ船長のコートを、海賊どもの血で汚す訳にはいかねぇからな」

 スカルはそう言いながらマルロの肩に海賊コートをかけると、自分はいつもの二本角のついたかぶとをかぶる。

「さーて、俺もひと暴れしてくっかな!」


 スカルはそう言うとマルロから離れ、戦いに馳せ参じる。そしてスケルトン部隊とともに海賊たちを追いかけ回し、やがて先頭に躍り出ると、スカルが向こうの海賊船内に一番乗りに侵入する。


「面白いことになってるじゃねぇか。俺たちも行こうぜ!」


 後からやってきた幽霊たちもニヤニヤ笑いながらそう言って、海賊剣を掲げてぴゅーっと向こうの船まで飛んで行く。


 一人残されたマルロが向こうの船で繰り広げられる戦闘の様子を見つめていると、サムが血相を変えて船室からやってくる。


「ぼっちゃん! 大丈夫でやんしたか⁉ まさか、海賊が乗り込んで来るなんて……」

「うん、スカルたちが来てくれたから、大丈夫だよ」

 マルロは頷き、サムに笑顔を見せる。

「良かったでやんす……。マルロぼっちゃんに何かあったら、あっしは……船長に顔向けできねぇでやんす」

 サムはそう言いながら目に浮かべた涙をそっと拭き取る。

「にしても……ちょっとやりすぎじゃあねぇですかね? 人間相手に……」

 サムは向こうの船に目をやると、やりたい放題のスカルを眺め、眉をひそめている。


「あ奴も久々に暴れ回りたいのだろう。相手が海賊で、向こうからやってきたのなら奴らの自業自得だ。無理に止める必要もなかろう」


 サムと共にやって来たヘルが、珍しく今回はスカルが戦うことに肯定的な様子を見せ――どこか楽し気な様子で、暴れ回っているスカルを眺めて言う。

「やれやれ……真っ昼間から元気なことだ。われが出ていく必要もなさそうだな。今日のところはあ奴に任せるとするか」


「騒がしいけど……何なの? 海賊が来たって本当?」


 シルクが眠そうな様子で目をこすりながら船室から外に出てくる。マルロは目を丸くしてシルクを見る。

「シルク、こんなとこに出てきたら危ないよ?」

「それを言うならアンタも危ないじゃない」

 シルクにそう突っ込まれ、確かに子どもだけど、一応僕は船長なんだけどな……とマルロは心の中で密かに思う。


 シルクはそんな海賊の格好をしているマルロをしげしげと見ていたが、ぷっと吹きだす。

「ぷっ。なにその格好、ブカブカじゃない」

 シルクに笑われてマルロは少し顔を赤くするが、サイズが合っていないことについてぼそぼそと言い訳をする。

「ああ、これ父さんが船に残してったものだから……」

「でもまあ、それ着てる方が多少は船長らしく見えるかもね。様になってるわ」


 そう言われて、マルロはシルクに何かを褒められたことなんてこれまでなかったので、思わず目を丸くしてシルクを見る。


 その時、向こうから海賊たちの叫び声が聞こえてくる。

はどうした! なぜ来ない!」

「どこにもいねぇぞ! 怖気づいてどっかに隠れてんじゃねぇのか⁉」

「ちくしょう、話が違ぇじゃねぇか!」

「やっぱりだったのか?」


 マルロは聞こえてきた向こうの海賊たちの会話について疑問に思う。


(どうしたんだろう、何か手違いがあったのかな? 堂々と乗り込んできた割には、怖がって逃げ回ってるみたいだし…)



 そうこうしている間にも、戦いは激しさを増してゆく。スカルは本領発揮とばかりに、向こうの船で二本の海賊剣を振り回しては暴れ回っている。

 そんなスカルの今まで見たこともないくらい生き生きとした様子を見て、マルロはスカルがいつも戦いを望んでいたことを思い出す。そしてヘルの言うように、スカルが暴れ回ることのできる機会があってある意味良かったのかもしれないと思い、少し微笑む。


 しかし戦いは次第に、容赦なく海賊たちの血しぶきが舞う展開へと発展する。それを見たサムが慌てて、マルロやシルクにそれを見せないようにと二人の前に立つ。


「ああっと……そろそろ中に入りやしょう。子どもがあんなもの見るべきじゃあねぇですからね」

「でも、僕……一応船長だし、みんなが戦うところも見守るべきなんじゃ……」

「あたしも、別に平気よ? むしろ、ここの死霊たちが戦うところ見たいし」

 シルクはそう言ってまじまじと死霊たちが戦う様子を観察する。

「いや、でもねぇ……」


 そう言うサムの後ろから、澄んだ声が聞こえてくる。


「海賊が襲って来たんですって? 大丈夫なのですか?」


 後ろの船室からアイリーンが出てきて、外の様子を見ようと首(の骨)を伸ばす。


 シルクは慌ててアイリーンの元に駆け寄り、船室の方に押し戻すようにアイリーンの腕(の骨)を引っ張る。


「アイリーン、見ちゃダメ……じゃなくて、ここは危ないかもしれないから船室に戻って!」

「あら、私はもう死んでいるから大丈夫なのに。それなら生きているシルクの方が危ないわ。一緒に戻りましょう」

「そ、そうするわ。だから早く行きましょ」


 シルクはアイリーンに血生臭い戦いを見せたくないからか、今度は素直に言う事を聞き、アイリーンと一緒に船室へと戻る。


「ほら、ぼっちゃんも。向こうは大丈夫そうですから」


 サムにそう言われて、マルロは向こうの船を見る。スカルたちが向こうの船の船室の中にまで攻め入っていくのが見える。

 皆が船内に入って見えなくなってしまったので、もう戦いを見守る必要もなくなったと思ったマルロは頷き、サムに促されて船室に入る。



 やがて戦いが終わったのか、スカルたちスケルトン部隊や幽霊部隊ががやがやと帰ってきて、食堂で待機していたマルロたちの元にやってくる。その手には、多くの戦利品が抱えられていた。


「海賊の奴ら、船で慌てて帰っていったぜ。もう大丈夫だ」

 幽霊が宝箱を抱えながらそう言ってにんまりと笑う。

「見ろよ、奴らも結構お宝を持ってたみたいだから、ついでに全部貰っといてやったぜ」

 スカルがそう言って大きな袋を床に置く。中から宝石がちらりと見える。

「食料なんかも結構あったから、これでしばらくの間は困りそうにないな。ミールの奴、きっと喜ぶぜ」

 幽霊がそう言って抱えていた木箱をどすんと食堂の床に置く。


「え、これ……向こうの船から盗んできたの?」

 マルロが目を見開いてそう尋ねると、幽霊がウインクしてみせる。

「だーいじょうぶだって。今回は向こうから仕掛けてきたんだからな、悪いなんて思う必要はねぇよ」

「船と命に関しては奪わなかったんだ、俺たち随分優しい海賊だろ?」

「ま、誰かさんが暴れ回ってたもんだから、負傷者は結構いたけどな」

 幽霊はそう言うと、大きなあくびをする。

「ふあ~あ。しっかしまだ寝足りないな……」

「ひと暴れしたし、もうひと眠りするか」

「シルバJr.、また見張り頼んでもいいか?」

「うん、わかった」


 マルロが頷き、甲板に戻ろうとすると、スカルが後ろから声をかける。


「ああシルバJr.、さっきは奴らが来たこと知らせてくれて助かったぜ。ありがとな。また奴らが戻ってきたりだとか、もし何かあったら俺たちに言えよ?」

「うん!」


 マルロはスカルに礼を言われて嬉しそうに頷き、甲板へと繋がる階段を元気よく、一段飛ばしで上がっていく。



 再び甲板に出たマルロは、今度は霧を閉じ込めるために船室の扉を閉める。そして辺りを見渡し――――――ある異変に気が付いて目を見開く。


 甲板の真ん中には―――灰色のマントを着て、肩に長い木の棒に括り付けた荷物を持ち、長い黒髪を頭の高い位置で結んだ、一人の男が立っていた。


「……お、バレちまったか? だが、見つかったのが死霊じゃなかったってのは……不幸中の幸いだな」


 男はそう呟くと、マルロに向けてニヤリと笑みを見せる。


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