北大陸編
北の海域
第34話 北の地へ
ウエス魔道学院を脱出し、ウエスの街の外れに停めてある幽霊船に戻ってきたマルロたちは、砂竜のサリューに船を運んでもらい、海坊主たちの待つ、ここからずっと南の西大陸に上陸した地点を目指す。
そのまま数日間、砂の海の上を航海し――――ようやく本物の海が見えてきたところで、船員たちから歓声が上がる。
「やーっと海が見えてきたな! しばらく陸の上にいたもんだから……久々に航海できるぜ!」
スカルが少しはしゃいだ様子で言う。その隣でマルロも、青い海の上を久々に航海できるのだと思うと、嬉しそうにうんうんと頷く。
しかし、西大陸に上陸した海岸線に到着すると、思わずマルロは絶句する。
海には多数の木片などが浮いていて――――明らかにそこで何事かが起こった様子が見受けられた。
すると、幽霊船が戻ってきたことに気が付いた海坊主たちが揃って海から顔を出す。その海坊主らに向けてスカルが声をかける。
「おう、戻ったぜ。なんだ、船の破片か何かがそこら中に浮いてるが……俺たちを追ってきた奴らでも来たのか?」
海坊主らはうんうんと頷いた後、海の底を指さす。それを見たスカルがマルロの方を振り返り言う。
「こいつらは口がきけないからな、正直何があったのかはよくわからんが……どうやら俺たちがいない間、仕事をしてくれたみてぇだな。おそらく、俺たちの後を追ってやってきた人間どもの船をここで沈めてくれたようだぜ」
「そ、そうなんだ……」
ここにいる海坊主たちが誰かの船を沈めたという事実に、マルロは顔を青くする。しかし海坊主たちがいなければ、もしかしたら自分たちの乗る幽霊船が敵に追いつかれてしまったかもしれないと思うと、それを免れた事実の方が重要だという思いもして――――マルロは気を取り直し、海坊主たちに
「……ありがとう、みんな。僕らがいない間、この場所を守ってくれて」
海坊主たちはそれを聞いて一斉に目を丸くした後、嬉しそうにコクコクと頷いた。
「だが、この地点を避けて我らを追った船もあるやもしれぬ。西大陸からは早々に立ち去り、一刻も早く次の目的地へ向かうべきであろう」
ヘルが海のあちらこちらに浮いている破片を眺めながら、ぽつりと言う。
「それなんだけど……大師匠さまが、北大陸の森の中にあるノースの村の話をしていたわ」
シルクはルシアナとの会話を思い返しながら、その場にいなかったスカルたちに向けて話をする。
「森林の中にあるノースの村は……外とは時の流れる速さが違うっていう昔の言い伝えがあるんですって。その中にいる間は、外界では時がほとんど経たないから、それで船長がノースの村の中にいるから見つからないのかもしれないって……」
「はあ? 時の流れが違うって……そんな嘘みてぇな話、簡単に信じられるかよ。俺たち、あそこの近くまで行ったことがあるが、周辺に特に変わった様子はなかったぜ? その時確か、船長だけはノースの村に立ち寄ったはずだが……特に何にも言ってなかったし。そんな古い言い伝えなんて嘘っぱちだろ」
「……いや、そうとも言いきれぬ」
「時の流れが違うと聞いて、確かに……思い当たる
ヘルはそう言ってマルロをじっと見る。マルロはなぜヘルが自分のことを見ているのか――――そしてその視線に意味があるような気がして、不思議に思う。
「北の森……。森林の中の村……。そして、マルロのお父様の行き先……」
後ろにいたアイリーンがそう呟き、はっとした様子で持っていた水晶玉を見る。
「何、どうかしたの? アイリーン」
シルクがアイリーンの様子に目ざとく気が付いて、すぐさま声をかける。アイリーンは言うか言うまいか迷っているようであったが、決心したように口を開く。
「皆さんが次の行き先について話をしていた横で、この先どこに行くのがいいのかしら、と
「ええ⁉ その水晶玉に、映像か何かが見えるの?」
マルロが驚いた様子でアイリーンを見ると、アイリーンはマルロに頷く。
「近くにいたスカルにそれを言っても何も見えなかったようですし、
「……水晶玉を使ったような、そういう占いがあるって……あたし、聞いたことある気がする。もしかして、アイリーン……生きている頃に占いを
シルクがそう言うと、アイリーンは頷き、手の中にある水晶玉に目をやる。
「……そうかもしれないわね。残念ながら、これを持っていても昔のことは何も思い出せないのだけれど……」
「……ノースの村の時の流れの件、そして占いについて。どちらも
ヘルがアイリーンの隣に来てそう言うと、アイリーンが水晶玉から目を離して顔を上げ、少し嬉しそうな様子でヘルに頷く。
その様子を見たスカルは軽く舌打ちするも、そこからサッと目をそらし、マルロの方を振り返ってやけに大声で言う。
「じゃ、次の行き先はノースの村ってことでいいな? よーし、では船長! 行き先が決まったことだし、出航の音頭をとってくれや」
マルロはスカルの言葉に頷きかけたが、それに待ったをかける大きな声が頭上から聞こえてくる。
「ちょーっと待った。おぬしら、ワシのことを忘れてはおらぬか? ワシがつながった状態で、一体どうやって出航するというのじゃ」
サリューがそう言って首を幽霊船のマストの方にやる。幽霊船のマストとサリューの骨には、多数のロープが繋がったままであった。
「ああ……悪い。完全に忘れてたわ」
スカルがそう言って頭を掻く。
「じゃ、今からロープを取り外すか。船の方はこっち……スケルトン部隊でやるから、幽霊どもは砂竜の爺さんに付いてる方を取り外してくれ。お前らは空飛べるから、そっちをやってくれりゃ手っ取り早いからな」
「おう、任せな! じゃ、早速取り掛かろうぜ!」
そう言って幽霊たちが揃ってサリューの方に飛んで行く。
「マルロや、こっちへおいで」
頭上からサリューの呼ぶ声がする。マルロはそれを聞いてはっとし、そこでようやく、サリューとこの場でお別れをしないといけないことに気付いて――――サリューの顔の骨の方に駆け寄る。
サリューは顔(の骨)を、マルロのいる地面にできるだけ近づける。
「心配しなくとも、ビスコはきっと生きておるよ。じきに見つかるじゃろう。もしワシのところに来たら、しばらく留まるよう言って……それが駄目なら行き先を聞いておいてやるから、もしどこにもいなかったら、またここに戻ってくるんじゃよ」
「うん、ありがとう! あと、船を運んでくれたことも……。砂漠の砂の上を船で走れるなんて、楽しかったよ!」
「そう言ってくれると、やりがいがあるのう」
サリューはそう言って嬉しそうに声をあげる。そしてふと、マルロの後ろから自分のことを興味深そうに眺めているシルクに目をやり、声をかける。
「そこのお嬢ちゃんもこっちへおいで。お嬢ちゃん、死霊術なんて珍しいものを勉強しているんだって? 皆から聞いたよ」
シルクは戸惑いつつもサリューに近づき、マルロの隣に並ぶと、サリューを見上げて言う。
「そうなの。実はあたし……この幽霊船に来る前に、砂漠で何度もあなたのことを死霊術で動かそうとしたんだけど……何回やっても起き上がらなかったわ。シルバ船長の霧に比べれば、あたしの力もまだまだってことね」
サリューはそれを聞いてニヤリと笑う。
「ああ、お嬢ちゃんの力はちゃんと働いておったぞ。眠りながらも、誰かに起こされておるという意識は感じておった。そのまま身を任せていれば、もしかすると起き上がっておったかもしれんな。まだそんな歳でこんな巨体のワシを動かすなんざ、いやはや大したものじゃ」
サリューの言葉を聞いて、シルクはぽかんとしている。
「え、でも……じゃあ何で…………」
サリューはシルクの方に顔を近づける。
「じゃが、お嬢ちゃんがワシを動かしたいという、その動機がどうも興味本位な感じがしてな……。知らない子どもの相手をするのも面倒じゃし、わざわざ快適な砂の寝床を
「……そうだったの」
シルクはそれを聞いて
「これから上手く死霊を
サリューの言葉に、シルクは再び顔を上げ――――しばらくした後、頷く。
「……そうね、そうする。その…………助言、ありがと」
マルロはサリューの言葉を素直に受け入れるシルクを驚いた目で見る。以前のハイロの忠告については不快感を
サリューに取り付けていたロープを全て外し終えると、幽霊船は久々に海に入り、今度こそ出航の準備を整える。
サリューに最後にお礼とお別れの言葉をかけた後、マルロは再びスカルに促されて、出航の音頭をとる。
「じゃあ、次はノースの村に行って、今度こそ父さんを探そう! 北大陸に向けて、出航ーー!」
そうして幽霊船は北大陸を目指し、北の海へと船を進める。
そのまま数日航海し、幽霊船が西の海域から北の海域に入った日の夜のこと。
マルロが風呂からあがって船長室に戻り、扉を開いて灯りをつけると――――先客がいて驚いた。
その客は、浅黒い肌をして、頭に羊のような角を付けた、悪魔のような姿形の少年――サタンで、今回も、マルロが部屋に戻るとベッドに足を組んで座っていた。
サタンはマルロを見ると、ニヤリと笑って言う。
「よっ、人殺し。元気してたか?」
マルロは人殺し、という物騒なその言葉に一瞬顔を強ばらせ、自分が叔父一家を死なせてしまったことを再び思い出すが――――ハイロが言っていたように、それは自分だけのせいじゃないんだと自らに言い聞かせ、素知らぬふりをする。
「人殺し? 一体何のこと?」
サタンは片眉を釣り上げる。
「何だぁ? 知らねぇフリなんかしやがって。まあいい」
サタンはそう言ってベッドから降りると、マルロに近づく。そして、何故か急に顔を思いっきりしかめる。
「……何だ? これは……。前来た時は、こんなのなかったぞ。お前、誰かにまじないでもかけられたか?」
「……まじない? そんなの、かけられた覚えはないけど……」
マルロはそう言って首をかしげる。
「……ちと厄介というか、不快だが……ま、俺様くらいの悪魔なら大丈夫だろ」
サタンは何やら考えながらそう呟いた後、顔をあげ、話題を変える。
「それはそうと、お前ら、こないだ監獄行ってたんだってな。ってことは、お前の父親が既に脱獄したことも知ってるよな?」
「…………うん」
マルロは、なぜサタンが監獄での出来事を知っているのだろうかと、考えながら警戒を強め――――その場に突っ立ったまま、慎重にサタンと会話するため、なるべく言葉少なく対応する。
「とっくに脱獄してたってのに、お前の父親がまだ船に戻ってこねぇ理由……そろそろわかってきたんじゃねぇのか?」
マルロはその言葉に反応し、サタンを見る。
「もしかして、君……何か知ってるの?」
それを聞いて、サタンは首をゆっくりと横に振る。
「あいつの考えてることなんかわかんねぇし、知りたくもねぇよ。だがな、お前の父親は……どうやらお前のことはそんなに大事でもないみたいだぜ? 監獄で、拷問中にお前のことで脅されても、幽霊船の秘密を守る方を優先して……一切口を割らなかったみてぇだからな」
「…………」
「お前は幽霊船のヤツらにいろいろ吹き込まれて、父親に何やら幻想を抱いてんだろうが……あいつはお前が思ってるような立派なヤツじゃねぇよ。自由になったのにここに戻ってこないってことは、お前のことなんか忘れてるか、大事じゃないんだろ。できちまったから仕方なく育ててただけで、心の中では要らない子だと思ってたのかもしれないぜ」
「…………」
マルロは黙ってサタンの話を聞いている。サタンはマルロの反応を伺うも、大した反応が見られないため、さらに話を続ける。
「船にも戻ってこないってんなら、もしかしたら……監獄で痛い目にあったからもう海賊なんか
マルロはサタンの話す内容について考え、確かに自分は父親について、まだまだ知らないことが多いと気付くが――――同時にサタンの言葉にも幾つかの矛盾があることに気付いて、口を開く。
「……君、適当に言ってるね。百歩譲って父さんが……僕のことが大事じゃないとしても、この幽霊船のことは一番に考えてるはずだよ。だって、今君が言ったじゃないか。監獄では父さん……幽霊船の秘密を守るために、拷問に耐え続けてたんだよね?」
「……何だと?」
サタンはマルロが言い返してくることは想定していなかったようで、目を丸くしてマルロを見ている。
「それに、父さんはずっと海賊になりたかったって、ウエスの街で父さんのことをよく知っている人から聞いたよ? だから、監獄で痛い目にあったからといって、海賊をやめたりはしないと思う。それに、監獄の壁に父さんの銀色の痕跡魔法があって……『俺たちは、不死身の幽霊船海賊団だ』って書かれてた……。だから、きっと父さんは、幽霊船海賊団を簡単にやめたりなんかしない……!」
「………………」
サタンは何か言い返そうと口を開くも、何も言うことが思いつかない様子で――――口を半分開けたままマルロの話を聞いている。
「それに、僕のことだって……。僕が大事じゃないなら、父さんは船から落ちた僕のことを、海に飛び込んで……自分の身を危険にさらしてまで、探したりしないはずだよ」
サタンは、口をあんぐり開けながらマルロを見ている。
(なんだ? こいつ……。前会った時よりも、なんかこう……精神的に強くなってるというか……)
マルロは少し大袈裟にため息をついた後、ニヤッと笑ってサタンを見る。
「今日は、でたらめばかり言うんだね。こないだは君が、僕にとって本当にショックな知らせを持ってきたから、動揺しちゃったけど……今日のは真実ってわけでもなさそうだからかな、そうでもないや」
「ぐっ…………」
サタンは何も言い返せず、ギリギリと歯ぎしりをしながら、悔しそうな表情でマルロを睨みつける。
(くそっ……なんなんだよこの親子! なんでこいつらの前じゃ、俺の思い通りに事が運ばねぇんだ……っ!)
そんなことを考えるサタンに、マルロはにっこりと笑みを見せる。
「あれ、もう話は終わりかな? 今度来た時には、もっと面白い話を聞かせてくれると嬉しいな」
「ああ……覚えとけよ」
サタンはそう言ってマルロに背を向け、いつものように姿を消して去ろうとして指を鳴らしかけるが――――「ああ、そうそう」と何か言い残したことを思い出したようで、くるりとマルロの方を振り返る。
「いい知らせを持ってきたんだった。すっかり忘れてたぜ。ま、悪魔の俺様にとってのいい知らせだから、お前にとってはその逆……てことはわかるよな?」
以前にも聞いたサタンのその言葉に、マルロは思わず身構える。サタンはその様子を見て少し気を持ち直したようで、ニヤリと笑う。
「すぐ近くに、お前らの天敵がいるぜ? せいぜい気をつけな」
「天敵……?」
マルロが目を見開いてそう言うと、サタンは何も言わず、嫌な感じのする笑みを浮かべてマルロを
「じゃ、また邪魔するぜ」
サタンはそう言うと、いつものごとくパチンと指を鳴らし、その場から姿をくらました。
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