第33話 騒ぎの後 Ⅱ
マルロたちがウエス魔道学院を無事脱出し、ウエスの街を
ウエス魔道学院内の、金色の屋根を持つ塔の最上階にある、学院長室の応接スペースに一人の男が座っている。黒髪の長い前髪を斜めに流してピシリと真っ直ぐに固め、黒いスーツに紅色のネクタイをカッチリと締めた、細くて長いキツネのような目をした男――クリムゾンである。
クリムゾンの傍らにはこの部屋の
そして、クリムゾンと机を挟んで向かい側のソファには――――赤茶色の髪を後ろでお団子にしてまとめている、眼鏡をかけた緑色の瞳の女性――タチアナと、シルバーブロンドに近い金髪に、青紫色の瞳をした少年――シオンが座っている。
クリムゾンはタチアナの話す内容を聞き終えると、細身の体を乗り出すような体制で、タチアナに問いかける。
「……以上で全てですか?」
「はい、私の話せることは……それが全てです」
タチアナは緊張した面持ちでクリムゾンを見据え、そう答える。クリムゾンは今度はタチアナの隣に座っているシオンの方に目をやる。
「君が目撃した内容とも合っていますか? シオンくん」
シオンはちょうど自分のために出されたジュースを飲んでいるところだったが、グラスを机に置くと、はきはきと答える。
「はい。先生が、あの……銀のオーラを持つ赤毛の子に対して、魔法を使って拘束しているのを見ました。だから……先生は本当に、学院長のところにその子を連れてくるつもりだったんだと思います」
シオンはそう言った後、ふと思い出したように付け加える。
「それに、先生の後ろに……何かがいるのが一瞬だけ見えました。人間のような形をした影みたいな……。先生がそれに脅されてるみたいに見えました」
「……ふむ。君は青紫色のオーラを持つという話でしたね? 紫系統のオーラの持ち主は、第六感が優れていて……見えないものに対して強いとも言われますから。おそらく……幽霊船の乗組員の、幽霊か何かの姿を垣間見ることができたのでしょう」
クリムゾンは、タチアナの方に向き直る。
「そうですか。ならば、信用しましょう……。タチアナ先生、あなたは一応、私たちに敵対するつもりはないのだと」
「……ご理解いただき感謝いたしますわ」
タチアナは少しほっとしたような表情を見せる。クリムゾンはタチアナに向けて目を細め――笑顔のようなものを見せる。
「疑いをかけてしまい申し訳ない。あなたが聡明な女性だというのは承知していますが、あなたの祖母の前学長が…………色々と疑いのある人物なものでね」
クリムゾンはそう言った後、シオンの方を見る。
「シオンくん、ありがとう。君のおかげで先生の無実が証明できましたよ。君には前回、ネクロマンサーの娘の存在についても情報提供いただきましたし……今回もまた、有用な目撃情報をいただき感謝します」
シオンは目を丸くしてクリムゾンを見る。クリムゾンはシオンに笑みを見せる。
「廊下の一件だけでなく、隠れていた二人の行き先を見定めて待ち伏せてくれたのもお手柄でしたよ。とはいえ、そのせいで君を危ない目に合わせてしまったのは申し訳ないですが……ああ、そういえばもう体調は問題ないですか? 発見された時、意識を失っていたと聞きましたが」
「はい、もう大丈夫です。あの時……何が起きたのか、僕……正直よくわからないんですけど」
クリムゾンはシオンに頷いてみせた後、口を開く。
「やれやれ、子ども相手に手荒な真似をするものです。姿を消せるという話からも、やはり幽霊船の
「幽霊船…………あの二人、そこの一員だったんですね」
シオンはそう呟いた後、
「ごめんなさい。僕、結局あの二人が逃げ出すの……止めることができなくて」
シオンがしゅんとした様子でそう言うと、クリムゾンは首をゆっくりと横に振る。
「君は誰に命じられたわけでもないのに、十分な働きをしてくれましたよ。先生が心配になって廊下まで行って様子を見てくれたり、この学院からいなくなったはずのネクロマンサーの娘の存在が気になって追いかけてくれた。そのおかげで、我々に貴重な情報がもたらされたのです。君の行動力には賞賛するものがあります。自信を持ちなさい」
そう言われたシオンは、ぽかんとした様子でクリムゾンを見る。その様子を見た学院長が笑って言う。
「そうだよ、シオン。あの四大陸の代表者が集う『四大陸会議』の議長がそうおっしゃられているのです、誇りなさい。クリムゾン閣下、この子は元々優秀な生徒でしてな。クラス長も毎回のようにやっているんですよ」
クリムゾンはそれを聞いて目を細める。
「それはすごい。クラス長ですか……懐かしい。私も、君と同じようにクラス長を毎回のように務めていた子どもでしたよ。最終的には、この学院を首席で卒業しました」
「首席⁉ 本当ですか? すごいや!」
シオンはそれを聞くと、目を輝かせてクリムゾンを見る。
「ええ。優秀かつ行動力も併せ持つ君なら、きっとそうなれますよ。生まれつきのリーダータイプとして有望ですから、将来は学院長を目指すもよし……。もしくは、是非とも私の部下になってほしいものですね。ちょうど、魔法の得意な部下が欲しいと思っていましたから」
クリムゾンにそう褒められて、シオンは嬉しさのあまり頬を紅潮させる。
「ありがとうございます! あの、僕……もしあなたの部下になったら、幽霊船のやつらを一緒にやっつけたいです!」
クリムゾンは眉を少し上げ、笑みを見せる。
「これは頼もしい。今後の活躍に期待していますよ。とはいえ君が大人になるまでには、幽霊船の件についてはカタをつけるつもりではありますがね」
タチアナはシオンが次第にクリムゾンのことを崇拝する様子を複雑な様子で見ていたが――――会話が途切れたところで、口を開く。
「四大陸会議の議長……それって、そんなに偉いものなのかしら。この世界の重要事項を決める『四大陸会議』を公平に行うために、各大陸の代表者を仲裁する役割を担う……そんな存在だったはずですよね」
タチアナの言葉を聞いた学院長がぎょっとした様子で、慌てて口を開く。
「タチアナくん、いきなり何を言いだすのだね! このお方の前で……」
学院長の言葉を手で制し、クリムゾンはタチアナににっこりと微笑んで言う。
「あなたには、私が議長の座を利用して……私腹を肥やしているようにでも見えますかな?」
「そうではないけれど……自分の目的のために、四大陸議長という役職を使っているように見えるわ」
タチアナは、クリムゾンをじっと見据えて言う。
「例えば、『銀の瞳』…………彼への敵対心、とかね」
クリムゾンはそれを聞いて細目を少し開き――――
「あなたは……妙に幽霊船のことにこだわるけれど、『銀の瞳』のことを意識しすぎだと思えてならないわ。彼はただ、幽霊船を手に入れて、自由気ままに航海してるだけなんじゃないかって……私はそう思うのですが」
タチアナがそう言うと、クリムゾンは再び目を細め――にやりと笑みを浮かべる。
「ほう。それはそれは……『銀の瞳』についてよく知っているかのような口ぶりですな」
そう言われたタチアナは、一瞬ぎくりとした表情を見せる。
「い、いえ。私は別にそんな…………」
クリムゾンは動揺した様子のタチアナを見てにんまりと笑う。
「否定しなくても結構。昔…………私が生徒だった頃に、見たことがありますよ。『銀の瞳』の後ろについてこの学院を歩き回っている女の子の姿をね……。あれは、あなたなのでしょう?」
「…………!」
タチアナの顔がさっと青ざめる。
「姿を見ただけなので、どういった関係なのかは私の知るところではないですが……そうですな、あの様子を見ると…………さしずめあなたの初恋の相手だったりするのでは?」
タチアナは今度はパッと顔を赤くする。
「まあ! 違いますわ! たとえ幼い頃の話だとしても、あんないい加減な男のことを好きになったりするものですか……っ!」
「そうでしたか? これは失礼。
クリムゾンはそう言うと、嫌な感じのする笑みを見せる。
「しかし……あなたの発言は、彼を蔑んでいるように見せて、私の意識を『銀の瞳』から逸らそうとするというか……どこか彼のことを
「そ、そんなことは……」
タチアナが否定しようとすると、クリムゾンは右手でそれを制する。
「無理に否定せずとも構いませんよ。昔、隣を歩くくらいの仲であったのなら……彼が重罪人になった今とて、彼が全世界から狙われている事実に多少、思うところなどもあることでしょう」
「…………」
無言のタチアナを
「どういった経緯で彼と知り合ったのか、是非とも聞きたいところですが…………今は隣に生徒さんもいますし、それはまた後の機会にでもお聞かせ願いたいものですな」
「……ええ…………」
タチアナはその話をするのは気が進まない様子ながらも、そう答える。
「では、話は以上です。授業を中断させてこちらまで足を運んでいただき申し訳ありませんでした。もう戻っていただいて結構ですよ」
クリムゾンは立ち上がり、二人に向かって言う。
「わかりました。……シオン、行きましょう」
タチアナはシオンを促し、一緒に立ち上がると、学院長室の扉の前まで行く。シオンは二人を見送るクリムゾンに対しぺこりとお辞儀をする。
「クリムゾンさん、失礼します」
「はい。また会える日を楽しみにしていますよ」
クリムゾンはそう言ってシオンに微笑む。シオンはキラキラとした目でクリムゾンを見つめている。
「では、私たちはこれで…………」
そう言って立ち去ろうとするタチアナの腕をクリムゾンはパッと掴み、「ああ、そうそう」と何かを思い出したように言う。驚いた様子のタチアナに対し、クリムゾンは耳元で囁く。
「あなたには期待していますよ。この学院の優秀な教師としてだけでなく……ルシアナ殿と我らを繋ぐ仲裁役としてもね。…………また、会えますかな?」
「シオン、先に教室に戻っていて」
タチアナはシオンに向けてそう言い、シオンが階段を降りていくのを見届けた後、クリムゾンに向き直って言う。
「ええ、議長殿がお望みとあらば…………」
クリムゾンはタチアナの腕から手を離し、壁に手を付いて言う。
「そうだ、今度……一緒に食事でもいかがです? そこで、先程話していた『銀の瞳』との関係についても詳しくお聞かせ願いたい」
タチアナはそれを聞いてドキリとした様子で――探るようにクリムゾンを見る。
「それは……命令、でしょうか」
「とんでもない。レディーに食事を強制するなど、紳士のすることではありませんよ」
クリムゾンはそう言ってにっこりとタチアナを見る。タチアナは緊張した様子ながらも口を開く。
「……でしたら、ご遠慮しておきますわ。……確かにあなたは紳士のようだけれど、一緒にいるとどこか緊張してしまって……ゆっくり食事など楽しめそうにないですから」
「……お望みでしたら、愛用しているライターは置いていきますがね。これが緊張の元になるのでしょうから」
クリムゾンはそう言って肩をすくめる。
「残念ですが、ならば話はまたの機会に。では、タチアナ嬢……ご機嫌よう」
クリムゾンはタチアナを見送った後、学院長室の扉を閉めると、学院長の方に向き直る。
「やれやれ。四大陸会議の議長の座について、そんな風に見られていたとは。あなたも、私がその座を利用して……自分の目的を果たしているとお考えかな?」
「いいえ、滅相もない! 私は……あなたのおかげで魔道学院の学院長となり、西大陸の代表にもなっているのですから」
「そうですか」
クリムゾンはそう言って遠い目をする。
「四大陸会議の議長……確かに彼女の言うとおり、各大陸の代表者を仲裁する役割を担う存在でしたが、私が議長になる前……これまでの会議では、各大陸で意見が割れて
「そうなのですか?」
学院長は初めて聞く説だったようで、驚いた様子で話を聞いている。クリムゾンは頷き、話を続ける。
「東の地には……この三大陸よりも遥かに優れたあらゆるものがあると聞きます。何でも東の地には金のオーラを持つ魔法使いがいて、彼がイースの都を作った歴史があるとか。そんな東の地に行った者が、世界を制するかもしれない……。そう考えて多くの者が東の地を目指しましたが、魔の海域を通る際に全滅するためか、あるいは東の地の暮らしが良すぎるためか……誰ひとりとして、帰ってきたものはいませんがね」
クリムゾンはそう言って、学院長室の壁にかかっている海図の前まで行き――――魔の海域の位置を指さす。
「今は魔の海域で隔てられていますが、こちらに比べて優れた力を持つと言ってもいい東の地の人々がいつ気が変わってこちらの三大陸を制圧しにかかるかわからない今、せめて……てんでバラバラだった魔の海域から西にある三大陸を一つにまとめ、誰かが率いてゆく必要がある。それが、今の私の役目なのです」
クリムゾンはまっすぐに学院長を見据える。
「ですから、ルシアナ殿に変わって副学長だったあなたを学院長にして……西の代表者として手を組んだ。南も同じように……三つあった有名なギルドのうち、一つのギルド親方と手を組み……他のギルドを排斥する手伝いをして彼に恩を売ることで、彼――南の代表者も、今では私の味方となってくれています。なかなか苦労しましたが……排斥した一つのギルドの親方は、実は悪名高き大罪人の親族だという秘密がありましたからね、なんとか思い通りに事を運ぶことができました」
「なるほど。近頃サウスの街で作られるあらゆるものが高騰していると聞いておりましたが……その一つのギルドが利益を独占し、人々に対して独占販売ができている状況となっているためですか」
学院長が眉をひそめてそう言うと、クリムゾンは何が言いたい、と問いたげな様子でじろりと学院長を見る。
学院長は、クリムゾンのしたことに対して文句を言ってしまったように聞こえたようだと察して、慌てて話題を変える。
「では、あとは北の代表者……というわけですか?」
「まあ、あそこは辺境ですから……ゆっくり考えるつもりですよ」
クリムゾンは落ち着いた様子でそう言った後――――急に鋭い目つきを見せ、学院長を見据える。
「そういえば、学院長殿……。この学院の黒の塔におられるルシアナ殿を、怒らせたと耳にしましたが」
学院長がぎくりとした様子でクリムゾンを見る。
「す、すみません……。ただ……彼女は証拠がないとはいえ、死霊術の件や『銀の瞳』の師の疑い、そして今回子ども二人を我々の手から逃がしたこと……いずれもほとんど『黒』だと思うのですが、泳がせたままで良いのですか?」
「……彼女は例外です。底知れぬ力を持っていますからね。向こうが大人しくしている以上、無理に敵対するつもりはありませんよ」
「しかしそれでは……例えば、死霊術をまた誰かに教える可能性があるかもしれませんが……」
「……もうそのような真似はしないでしょう。おそらく、愛弟子を自分のせいで亡くしたのですから。それに、彼女がこの学院の塔にいる以上、あなた方がいくらでも監視できるでしょう?」
クリムゾンはそう言った後、ぽつりと呟く。
「それに、彼女は高齢…………じきに寿命がくることでしょう」
学院長はそれを聞いて力なく笑う。
「あの老婆のことだ、わかりませんよ? 永遠の命……不死の魔術……もしかしたら、そんなものを隠し持っているかもしれませんぞ?」
クリムゾンはそれを聞くと、開眼し――――
「そんなものがあるならば……ルシアナ殿のご老体を痛い目に合わせてでも……是非ともその力を我がものにしたいですな。不死の力があれば、幽霊船の奴らに対抗できるだけでなく、魔の海域を恐れず……東の地へ乗り込むことも可能になりますから」
クリムゾンは学院長と話を終えた後、部屋を出て学院長室の扉を閉める。すると、部屋の外で待機していた一人の部下が声をかける。
「閣下、彼の件でご報告が……。幽霊が出ると噂の遺跡……彼がその遺跡に来るかもしれないとのお話でしたが、この付近にも見かけた者はいない様子でした」
「そうですか。彼は仕事で死霊が出る場所を訪ねる可能性があるはずですが……仕事の高額さゆえに、庶民が気軽に依頼できぬのかもしれませんね」
クリムゾンは少し考える素振りを見せた後、口を開く。
「……では、北の森はどうでしょう。あそこの樹海にも、中で迷って出てこられずに死んでしまった亡者どもの噂を聞く。北大陸の代表者を懐柔するついでに赴いても良いかもしれませんね……」
クリムゾンはそう言うと、部下の方に向き直る。
「しかし……その前に、私もこれから砂漠の遺跡に向かいます」
「え、でも今報告したとおり、あそこに彼は……」
「あそこに死霊がいて……そこいらに死体が転がっているのであれば、なるべく抹消しておきたい。幽霊船の船員の供給場所になるかもしれませんから。例の彼も来なかったとなると、あそこはもう……我らにとって用済みでしょう」
「しかし、あそこは……二千年前の国の面影を残す、貴重な城跡だと聞いておりますが…………」
クリムゾンはそれを聞いて鼻で笑う。
「すでに考古学者連中も、とっくに調べ尽くしていることでしょう。これ以上過去の事など調べて何になる。それよりは未来の脅威を排除せねばなりません。……もう、誰にも文句は言わせませんよ」
クリムゾンは呆気にとられた様子で話を聞いている部下に対し、事もなげにそう言った後、細目を開く。
「……何か爆発物を用意しておきなさい。点火は……私がやります。それなりに大きな遺跡ですから、完全に燃やすにはそれなりの火力――魔法の炎の力が必要でしょうから」
クリムゾンはそう言って、
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