第29話 拘束

「あなたが持っている魔力を魔法の力に変えて放出できない理由として、一つ考えられるところがあるんだけど……」


 タチアナ先生はマルロと並んで廊下を歩きながら、マルロに話しかける。


「子どもの頃……幼少期に、何か自分の殻に閉じこもってしまっていたりだとか、そういった経験がある人に多いそうよ。どう? 心当たり……あるかしら」


 そう言われたマルロは、幼少期の――サウスの街での暮らしを思い出す。

 確かにあの頃は毎日家に閉じこもっていただけでなく、叔父の一家に対していろいろと遠慮して望みを言えなかったりだとか――――幽霊船にいる今に比べると、自分自身をほとんど出していない感じがした。


「はい……思い当たるところが、ある……と思います」

 マルロが自分の過去を思い返しながらそう答えると、タチアナ先生はすっと目を伏せる。

「そう……よね。あの親だものね……。きっと、これまで大変な思いをしてきたのでしょうね……」

「あ、……って……?」


 マルロは驚いた様子でタチアナ先生を見る。先生はどこか悲しげな表情でマルロを見つめている。


「……あなたの持つ、あの銀色の魔力…………それと同じ色の魔力の持ち主を、私……よく知っているの。その魔力の持ち主は、『銀の瞳』の異名を持つ幽霊船海賊団の船長、ビスコ=ダ=シルバ……。たぶん、あなたのお父さん……なんでしょう?」


 マルロはさらに目を見開いてタチアナ先生を見る。先生はマルロの顔を――その瞳を覗き込む。


「気づかなかったけれど、確かによくよく見ると、あなたもあいつと同じような銀色の瞳をしているわ……。それに、その髪色も…………間違いない」

 タチアナ先生はそう言った後、マルロから目をそらし――――ぽそりと呟く。

「まさか、子どもがいたなんてね……。あんな風に好き勝手に生きるのなら、生涯独り身であるべきよ……」


 タチアナ先生がそう呟き、何か手を払うような動作をした――――と思った瞬間、マルロは突然自分の体に何かが巻き付く感覚がした。


 自分の体を見ると、緑色に光る線状のもの――ところどころに葉のような形のものがついている植物のツルのようなものが何重にも巻き付いていて、その光るツルは、タチアナ先生の手から伸びていた。


「本当はこんなことをしたくはないのだけれど…………あなたの魔力の色は、すでに生徒たちに見られてしまった。前々から、あの色の……『銀の瞳』と同じ銀色のオーラの持ち主が現れた時は捕らえておくようにって、学院長に……さらにその上の人に……言われているの」


 タチアナ先生は――今している行動は本意ではないからだろうか、どこか苦し気な表情でマルロを見ている。その瞳の奥には、緑色に輝く鋭い光が見られる。


(先生の目の奥が光ってる……。遺跡の時のシルクと同じ…………てことは、この巻き付いているものはきっと、タチアナ先生が魔法を使ってるんだ……)

 マルロは光のツルに拘束されながらも、どこか冷静にそんなことを考える。


「私だけが見ていたのなら、なんとかこの事実を隠すことも考えたのだけれど、生徒の皆も見た以上…………もう見逃すことはできないわ。……大丈夫よ、あなたは銀色のオーラを持っているだけで、実際に魔法は使えないみたいだし…………そこを私がきちんと説明すれば、命だけは見逃してもらえるはずよ…………」

 タチアナ先生は悲し気な笑みを見せ、マルロに優しく諭すように言う。


 その時、光のツルが成長し――――あちらこちらにいくつもの蕾がつくと同時に、赤色にほんのりと光る花を咲かせる。

 それらが一斉に開花した途端、花の甘い香りがマルロの鼻をくすぐり――その香りのせいだろうか、次第に眠気を催すのをマルロはぼんやりとした意識の中で感じた。


「待って!」


 後ろから声が聞こえてきて、その声にハッとしてマルロは失われかけていた意識を取り戻す。

 声のした方を見ると、水色のスカーフをかぶった女の子――シルクが、廊下の真ん中に立っていた。


「ヘル、この人は話せばわかるから……! 鎌はまだ使わないで!」


 マルロはそれを聞いて、辺りを見渡す。すると、タチアナ先生のすぐ後ろに、いつの間にか、紫色の霧が広がっているのが見えた。


「ムー、おぬしも……鎌を下ろせ」


 マルロはそう言ったヘルの声を聞いてハッとして、ムーのいる紫色の霧を探す。


「はい…………お師匠さま」


 ムーのかすかに震える声がすぐ横から聞こえてくる。マルロは、自分のことを守るために、小さなムーも慣れない手つきで鎌を構えてくれていたのだろうということを悟り――――思わず胸が詰まる。


「船にあるはずの小壺が一つ少なかったゆえ、まさかとは思うたが……。まあよい。その件は後回しだ」

 ヘルはそう呟くと、次はタチアナ先生に向けて脅すように言う。

「それより……女、この子に巻き付いているものを今すぐ外せ。さもなくば……お前の命はない」


 タチアナ先生は、後ろに気配を感じたのか、先程から青い顔をしていたが――それを聞いて軽くため息をつく。


「……わかったわ。私には、一体何が起こっているのかわからないけれど……後ろから、物凄い殺気は感じているから」


 タチアナ先生はそう言うと、マルロの体に巻き付いている緑色に光るツルを、魔法でしゅるんと巻き取るように回収する。

 それを確認すると、先生の後ろから霧がこちらに流れてきて――――ヘルのものと思われる骨の手が、自分の肩をがっちりと支えるのをマルロは感じた。


 タチアナ先生は、辺りから聞こえてくる姿の見えない声に戸惑っている様子であったが――――廊下に立っているシルクが水色のスカーフを頭から取ったのを見ると、目を大きく見開く。


「シルク⁉ あなた……生きていたの⁉ それに、なぜこんなところに…………」


 シルクは無言でタチアナ先生を見つめている。タチアナ先生もそんなシルクをじっと見つめていたが――――やがて口を開く。


「あなたがいるということは…………私には見えないけれど、どうやら周りにいるのは死霊……なのね? 話をしていたようだけれど、まさかあなたがあやつっているの? あなたの力はそこまで…………?」


 タチアナ先生は驚いた目でシルクを見ていたが――――軽く頭を横に振ると、シルクの方に詰め寄る。


「そんなことより……! 今この街で、死霊術を使うってことが危険だってこと、あなたはちゃんと分かっているの⁉ そのせいで、あなたのお母さんだって…………」

「これは……あたしの力じゃないわ。あたしが今、死霊術を使ってるわけじゃない。あたしの目が光ってないのがその証拠」

 シルクはタチアナ先生の言葉を遮り、静かな声でぽつりと言う。それを聞いた先生は戸惑っている様子で辺りを見渡す。

「だったら……一体、何が起こって…………」


「そんなことはいいの。……この話は今は関係ないから置いておいて……本題に入りましょ、先生」

 シルクは静かにそう言うと、マルロの方を手で指し示す。

学院長の元にこの子を連れていくつもりだったんでしょうけど……行き先を変えてもらうわ、先生。……大師匠さまのところに、あたしたちを連れてって」

 タチアナ先生はそれを聞いてハッとし、顔を青くする。

「シルク! あの人のことを大師匠なんて呼んだら…………!」

 シルクはそれを聞いて眉を少し上げる。

「そう言うってことは、大師匠さま、まだ生きていて……この学院のどこかにいるのね」


 タチアナ先生は唇を噛みしめていたが――諦めたように息を吐くと、静かに言う。


「……詳しい話は後で。ここでは危険だわ。…………付いてきて頂戴」


 タチアナ先生はそう言って、先に廊下を歩いてゆく。シルクは水色のスカーフを頭に巻きなおすと、マルロの傍まで歩いてきて、マルロの顔を真っ直ぐに見て言う。


「体験入学の授業を受けるのが、一番手っ取り早くアンタの魔力を知れると思って受けさせたんだけど…………こんなことになるなんてね。アンタを危険な目に合わせて悪かったわ。でも……たぶんもう大丈夫。行きましょ」


 シルクはそう言って、マルロにすっと手を差し伸べる。マルロはそんなシルクの珍しい行動に少し驚きつつも――シルクの手を取り、前を行くタチアナ先生の後ろについて、姿を消しているヘルたちとともに廊下を歩いてゆく。


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