第28話 銀色の魔力
「着いたわ。ここが私のクラスよ」
壁と同じく綺麗なモザイクタイルでできた長い廊下をしばらく進み、ステンドグラスの小さな丸い窓がついている赤茶色の木の扉の前に来ると、タチアナ先生がそう言って立ち止まる。
「ふふ、緊張しているかもしれないけれど……皆きっと歓迎してくれるから、心配しないでね」
タチアナ先生はそう言って、マルロを含めた体験入学の三人に微笑んでみせた後、金色のドアノブに手をかけ、扉を開く。
先生が扉を開けると、白っぽい色の綺麗な石でできた五つの丸いテーブルに、それぞれ生徒たちが円形に座っているのが見えた。生徒たちはマルロと同じような年代で、比較的同年代の子どもたちが同じクラスに集められているようだった。
タチアナ先生は教壇に立ち、生徒たちに向かって体験入学の三人を紹介する。
「今日は、体験入学の子が三人来てくれました。今後一緒に学ぶことがあるかもしれないし、皆、いつもみたいに仲良くしてあげてね」
タチアナ先生はその後、体験入学の三人に向けて指示を出す。
「じゃあ、あなたたちの席は……とりあえず前の三つの机に別れて、それぞれひとりずつ座ってもらおうかしら。同じ机の皆はいろいろと優しく教えてあげて頂戴」
そう言われて体験入学の三人は分かれて座る。マルロは、タチアナ先生のいる教卓の真ん前にある机に行き、一つだけ空いている席に座る。すると、隣の席の男の子が早速声をかけてくれる。
「やあ。僕はシオン。今日はいろいろわからないことがあったら遠慮せずに聞いてよ」
シルバーブロンドに近い艶やかな金髪に、青紫色の瞳をしているそのシオンと名乗る男の子は、マルロに向かって爽やかに笑いかける。
「あ、ありがとう」
マルロは緊張した面持ちでシオンにお礼を言う。
「さすがシオン、クラス長なだけあっていつも面倒見がいいわね。彼ならいろいろ教えてくれるからどんどん頼ってね」
タチアナ先生はシオンとマルロの二人に微笑みながら言う。
(クラス長……リーダータイプの子かな? 誰にでも世話を焼いてくれる感じの……なんだか、
マルロはそう考えた後――――ラルフがすでに死んでいることをふと思い出し、少し表情が暗くなる。
「ねえ君、どうしたの? 大丈夫?」
マルロの表情が暗くなったのに気づいたのか、シオンはそう言ってマルロの顔を覗き込む。マルロはハッとして首を横に振る。
「あ、ううん……何でもないよ」
「そう? 不安なことがあったら何でも僕に言ってよ」
「うん、ありがとう」
マルロはシオンが言葉をかけてくれるのをありがたいと思いつつも、リーダータイプの子はどこか存在が眩しく――友達になれそうだと素直に思うよりは、なぜだかラルフの時のようにどこか遠慮してしまう思いがした。
「この子、優しいぶってるけど……なんか、優等生みたいな感じで気に食わないなぁ」
マルロはムーがそう囁くのを聞いて、ムーは生前一体どんな子だったのだろう、今の言い方ではおそらく優等生ではなかったんだろうなと想像すると――――思わず笑みがこぼれた。
「では、これから魔法の適性検査を行うわね。とはいっても堅苦しいものではなくって、あなた達がどれくらいの魔力を持っているか、どんな系統の魔法のオーラの持ち主なのかを見てみるだけだから安心して頂戴」
タチアナ先生はそう言うと、人の顔の大きさよりもひと回り大きなガラス玉を教卓の上に置く。よく見ると、その中には水か何か――無色透明の液体が入っているようで、動かした拍子に中身が揺らめいていた。
「これは人の持っている魔力を可視化する魔道具なの。これを集中して見つめることで、どのような魔力を持っているか見られるんだけど、そうね…………じゃあシオン、体験入学の子たちにやって見せてくれる?」
「わかりました、先生」
シオンはそう言うと立ち上がり、教卓の上にある玉の前に進み出ると、それをじっと見つめる。
すると、青紫色のオーラが、水の中に絵の具を垂らした時のようにしだいに広がり――――ガラス玉内部に大きく広がった。
「これによって、彼の魔力量と……青や紫系統のオーラだということがわかるの。じゃあ……あなたも、今のと同じようにやってみて」
マルロと一緒に体験入学に来た一人が指し示される。その子は席を立ってガラス玉の前に立ち、シオンと同じようにじっと見つめる。
再び絵の具を垂らしたようなオーラが現れて――その子は緑っぽい色のオーラのようだったが、シオンの時のように綺麗な広がりは見せず、オーラは真ん中の方にちょろっと広がっただけだった。
「あの、これだと……魔力の量少ないんですか?」
体験入学の生徒は不安そうにそう言ってタチアナ先生を見る。先生は首を横に振り、優しく微笑む。
「そんなことないわよ。たとえ少しだけでもオーラが見られれば魔法適正があって、魔法が使えるわ。それに、魔力量は磨いていけば伸びるから……今の段階ではシオンの時みたいに、オーラが大きく広がらなくても大丈夫よ」
「そうだよ。特にシオンの魔法の成績はうちのクラスでもピカイチで、魔力量だってすごいもんな」
「そりゃあ、いきなりシオンと比べられちゃ可哀想だよな」
先生の言葉に数人の生徒が反応する。それを聞いたシオンは――――普段通りの顔を維持しようとしつつも、得意げな表情が隠せない様子である。
「静かに。お喋りは後でね」
タチアナ先生は生徒たちをたしなめた後、先ほどの体験入学の子に向かって言う。
「じゃあ、早速試しに魔法を使ってみましょう。今見たように、どんな魔力を持っているのかということが自分で認識できれば、すぐにでも簡単な魔法であれば使えるようになるのよ。緑色なら……そうね、じゃあこの鉢植えの葉を揺らしてみせてくれないかしら」
タチアナ先生は、教卓に置いてあった小さな鉢植えの中にある植物を示す。
「やり方は……そうね、葉を揺らそうと思いながら集中して、じっと見つめてみて」
体験入学の生徒はそう言われて、鉢植えの植物をじっと見つめる。すると、小さな一筋の風が吹いて、葉がゆらゆらと揺れた。
「できたわね、おめでとう」
タチアナ先生がその生徒を褒める。体験入学の子は初めて魔法が使えたことで、嬉しそうに顔を輝かせている。
「じゃあ、次はあなたね。こちらにいらっしゃい」
先生は次にマルロを指し示す。マルロは緊張した面持ちで立ち上がる。その様子を見たシオンが笑って言う。
「大丈夫大丈夫、もっとリラックスしなよ。その方がきっと上手くいくからさ」
「う、うん」
マルロはシオンに頷き、先ほどの子と交代して大きなガラス玉の前に立つ。
「集中して、じっと見つめてみて」
タチアナ先生にそう言われたマルロは、ガラス玉をじっと見つめる。
すると、一滴の絵の具を垂らした波紋が広がったかと思うと――――それがたちまちのうちに広がり、その色は――ギラリと輝いた銀色をしていて、薄い色でもなく、しっかりとした濃度のままガラス玉全体をあっという間に埋め尽くした。
無色透明だったはずのガラス玉は、銀色の玉のようになり――――すっかり変色してしまっている。
それを見た生徒たちが一斉にざわめく。
「なんだありゃ! あんなの見たことねーぞ!」
「あの色って、銀色……? そんなオーラの色、今まであったっけ……」
「オーラってだいたい虹の七色の間の色で、他は白と黒くらいしかないはずだよね……?」
「それに、あの広がり方……異常というか、ちょっとおかしくない?」
マルロは周りの皆のざわめきようと、先ほどの二人の生徒とは違う異様な広がり方を見せた自分のオーラに驚く。
(何だろう、これ……何かおかしなことが起こってる……のかな……?)
「……おまえ、親が魔法使いだったりするのか?」
シオンが静かな声でマルロに問いかける。先ほどまで見せていた優し気な笑みは消え――どこか冷たい視線で探るようにマルロを見ている。マルロはシオンの表情と口調の変わりように内心驚く。
「親に習ったんだろ、魔法。前にも一人だけ見たことあるよ、俺より魔力量を持った子……。その子は母親が魔女だったから、おまえもそんな感じなんだろ? そのくせ初心者みたいなフリしてさ……感じ悪いぞ?」
「ぼ、僕…………」
マルロはそう言われて父親の痕跡魔法のことを思い出し、父親が魔法を使うのは事実なのだろうとは思ったが――――実際のところはほとんど何も知らないし、罪人の父親のことを堂々と言うのも
それ以上何も言おうとしない様子のマルロを見たシオンは、鼻をならす。
「こんなすげぇオーラ持ってるってことは、おまえ、ものすごい魔法が使えるんだろ? 今すぐやってみせろよ」
「え、でも僕……魔法なんて使ったこともないし、自分が何ができるかも知らなくて…………」
マルロはそう言うが、シオンにぴしゃりと遮られる。
「そういうのもういいから。さっさとやれよ」
「……シオン? 一体どうしたの? そんなこと言うなんて、あなたらしくもないわね……」
タチアナ先生はそう言ってシオンをたしなめるが、先生自身も――ガラス玉に映されたマルロのオーラを目の当たりにして、たじろいでいるようだった。
「そうね……銀色…………じゃあ……」
タチアナ先生はそう呟くと、覚悟を決めたようにマルロを見る。
「あなたはこの鉢植えの植物に、花を咲かせてみせてくれないかしら。やり方は、先程と同じように……花を咲かせようと思いながら、集中して見つめるだけで大丈夫よ」
タチアナ先生はそう言いながら、数歩後ろに下がる。そんな先生の様子を見たマルロは、魔力量の多さから何かすごいことをしでかしてしまう可能性があるのかもしれないと悟り、ゴクリと唾を飲み込む。
そして覚悟を決めると、花を咲かせるように念じながら、集中して植物を凝視する。
そうしてしばらく植物を見つめていたものの、一向に何かが起こる気配もなく、マルロはすっかり拍子抜けする。
(あ、あれ……? なんで何も起こらないんだろう。ガラス玉を見た感じだと、僕……持ってる魔力の量は多いはずなのに。何かやり方が間違ってるのかな……?)
「なんだよ、何も起こらないじゃないか。やる気あんのか?」
シオンはバカにしたようにマルロにそう言ってのける。マルロは困ったようにタチアナ先生を見る。先生の表情は――――気のせいだろうか、心なしかほっとした様子に見えた。
「そうね……。多くの魔力を持っていても、それを魔法の力に変えて放出する……そういったことが、もしかしたら苦手なのかもしれないわね」
「なんだよ。魔力量が少ないなら、修行したり道具使ったりでいくらでも補充できるけど、そもそも放出することができないなら……君は結局魔法の才能ないんじゃないか」
シオンは勝ち誇ったようにそう言ってのける。
(この子、ラルフと似てるかと思ったけど……やっぱり違う。ラルフは本が苦手で勉強はあんまりできないみたいだったけど、本が好きな僕のこと素直にすごいなって言ってくれてたし……こんな嫌な感じじゃなかった)
マルロはどこか沈んだ気持ちでシオンを見て、そんなことを思う。
「……嫌なヤツ。マルロ、気にしなくていいよ。あいつマルロに、負け惜しみ言ってるだけだから」
近くからムーの囁く声が聞こえてくる。マルロは黙ったままこくりと頷く。
タチアナ先生はそんなマルロの様子を注意深く見ていたが――やがてゆっくりと口を開く。
「……あなたの魔力に関しては、ちょっと特殊で…………私の知識では対応しかねるかもしれないわ。ちょっと……今から一緒に来てもらってもいいかしら」
タチアナ先生はそう言うと、マルロの肩に手を当て、教室を出るように促す。マルロはそれを聞いて驚き、教室にいる生徒たちも驚いた様子で一斉に先生を見る。
その中の一人、シオンが先生に言う。
「えっ、今からですか? じゃあ、授業は……」
「用事が長引きそうなら……他の先生に続きをお願いするわ。皆は……少しの間、教室で待ってて頂戴」
タチアナ先生はそう言うと――――戸惑った様子の生徒たちを残したまま、マルロを連れて教室から出て行く。
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