第27話 ウエス魔道学院

 次の日の朝、マルロは学院に詳しいシルクの他に、姿の消せる幽霊とヘルも連れ、ウエス魔道学院へと向かう。


 ヘルと幽霊は透明化している状態で――ヘルは小壺をローブの中に隠して持参し、幽霊たちは小壺から出た状態で、各自小壺の霧で移動していた。

 シルクは昨日と同じようにスカーフで髪を隠して変装をしていたが、一方のマルロは今日は魔道学院に行くということで、他の子どもたちから違和感のないようにと不自然に見えるターバンは身につけず、赤髪を見せたいつも通りの格好で行くことになった。


 魔道学院のある空に浮いている大岩の真下に着くと、生徒と思われる子どもや若者たちが、各々岩の上にある学院目がけて、一直線に空を飛んで登校する光景にマルロは驚いた。


「生徒たちって、みんな空飛べるの?」

 マルロは登校する生徒たちの様子を見上げながらシルクに尋ねる。シルクは首を横に振る。

「空を飛ぶ魔術なんて、簡単には使えないわ。皆があんな風に空を飛べる理由は、学院の生徒がつけるバッジがちょっとした魔道具になってて……学院まで生徒を誘導する機能がついてるから、それで皆飛んで行けるの。だから、自由自在に空を飛べるものではないんだけど」

「そうなんだ。じゃあ……シルクもあそこに通ってたなら、同じバッジを持ってたりするの?」

「……まあね。退学になる前に街から逃げ出したから、一応今も持ってるけど……。まさか、もう一度使う日がくるなんて思わなかった」

 シルクはそう言ってふところから銀色に光るバッジを取り出し、感慨深げにそれを眺める。


「体験入学の生徒は、岩の下で体験入学の申請をした時にバッジを貰うんだけど、申請するには身分証明が必要だったり保護者が来ないとダメだったり、いろいろ手続きがややこしいから……アンタはバッジなしで幽霊たちに捕まって飛んで、岩の上の学院に忍び込むといいわ。学院に着きさえすれば、細かいことまで聞かれたりはしないと思うから」

 シルクはマルロにそう言った後、紫色の霧が漂っている方に視線を移し、次は姿を消している幽霊やヘルに向けて言う。

「で、その時の飛び方なんだけど、真っ直ぐ上に行く感じで……一応、あたしの飛んでる感じに似せてみてくれる? そうしたら、周りから怪しまれないと思うから」

「ああ……心得た。我がやってみよう」

 そう言った透明化したヘルの手(の骨)が、自分の肩に置かれるのをマルロは感じた。


「じゃ、行くわよ」

 シルクはそう言って、バッジを胸元につけると、ピン、と指で強くはじく。すると、シルクの体が魔道学院目がけて一直線に飛び上がる。


「では、我らもこう」

 ヘルは姿を消したままそう言って、マルロを抱えたままシルクと同じように飛び上がる。


 マルロは不自然に見えないように努めながらも、ちらりと周りの様子をうかがう。

 ヘルが上手くシルクの飛び方を真似てくれているからだろうか、特に誰からも怪しまれてはいないようだったので、マルロは内心ホッとする。



 やがてシルクに次いで大岩の上にたどり着いたマルロは、ウエス魔道学院の建物を間近で見て、思わず息を呑む。


 それはウエスの街に多くみられた砂でできた建物とは違い、鮮やかなエメラルドグリーンを基調とした、全面モザイク風のタイル張りの、大層美しい建物だった。

 建物は下部は繋がっているものの、上に行くにつれて数々の塔に別れていて――――塔ごとに赤、緑、黄、青、白、金、黒といった、色とりどりのドーム型の屋根がついている。


(すごい……! カラフルで綺麗で……。ウエスの街も色とりどりで綺麗だったけど、それ以上に豪華な感じだなぁ)


 一方のシルクはここにかよっていたからだろうか、特に感動もしていない様子で、自分の魔道学院のバッジをマルロの服に付けた後、早速マルロに指示を出す。


「聞いて。ここからやることなんだけど……『タチアナ先生』っていう、眼鏡をかけた女の先生を探して、そのクラスにいれてもらうのよ。そこで授業を受けさえすれば、アンタが何者なのかとか……全部わかってくれると思うから。きっと、助けになってくれると……思うんだけど……」

 シルクはそう言ったものの、最後の方は少し自信がなさげな様子であった。マルロはその様子を感じとりながらも、こくりと頷く。

「眼鏡をかけた女の人だね、わかった。……ところで、シルクは姿消せないのに僕についてきて大丈夫だったの? ここの人たちに、顔が知られてるんでしょ?」

 マルロがそう尋ねるのに対し、シルクが答える。

「あたしは隠れながら、アンタの様子見てるから大丈夫。一応変装もしてるから、顔を覗きこまれない限りは簡単にはバレないでしょ。それに、ヘルも傍にいるから、いざという時にはなんとかしてくれるって言ってたし」

(ヘル……また大鎌でなんとかするつもりなのかな。でも……ここは監獄とは違って、魔法を使える人ばかりが集まってるのに……大丈夫なのかな)

 マルロはそれを聞いて、少し不安に思う。


「そろそろ行って。あっちに体験入学の子たちが集まってるみたいだから。タチアナ先生も、ちょうどあそこにいるわ」

 シルクはそう言って小さな人だかりができている方を指さす。マルロはたくさんの子どもたちがいるのを見て、ごくりと唾を飲み込む。


(そうだ。シルクやヘルの心配ばっかりしてたけど、僕だって……これから人のたくさんいるところに……学校に、行かなきゃならないんだった)


 マルロは思わず足がすくむ。しかし、後ろにいる同年代のシルク、そして船員のヘルや幽霊たちがマルロのことを見ていると思うと――――ここで泣き言を言うわけにはいかないと思い、ようやく覚悟を決める。


「じゃあ、行ってくるよ」

 マルロはそう言ってシルクと、幽霊たちのいる紫色の霧が漂っている辺りを見る。


「おう、頑張ってこいよ!」

「俺たちゃ、霧をまとってるから近くには行けないが……ちょっと離れたとこから見守ってるからな」

「だから心配しないで、やれることやってこい!」

「頼りにしてるぜ? 俺たちの船長!」


 霧の方向から幽霊たちの声が聞こえてくるのを聞くと、マルロは頷き、皆に背を向けて――――人だかりができている方に向かって駆け出していく。



 マルロはまず、先程シルクが言っていた、眼鏡をかけて、赤茶色の髪を頭の後ろでお団子にしてまとめている女性――タチアナ先生の元へ行く。


「あ、あのう、体験入学に来たんですけど……」


 マルロが声をかけると、タチアナ先生はこちらを振り返り、綺麗な緑色の瞳でマルロを見る。他の先生と同様にきびきびと体験入学の生徒たちを引率しており、先生としての仕事を立派に全うしている様子だが、その顔を見ると、まだ若い印象を受けた。


「あなたもそうなのね。案内するわ、こちらにいらっしゃい」

 タチアナ先生はそう言ってマルロを案内する。マルロはタチアナ先生の様子を見て首をひねる。

(あれ? この人が、僕が何者かわかってくれるって話だった気がするけど……僕のことを知ってる感じじゃないよね。外見だけじゃわからないのかな?)


 タチアナ先生はマルロを体験入学の生徒たちのいる場所へ連れて行く。そして生徒たちを見渡した後、皆に向かって言う。


「では、この中の数名は私のクラスに案内します。そうね…………」


 マルロはタチアナ先生が誰を連れていこうか思案している様子を見て、シルクにタチアナ先生のクラスに入れてもらえ、と言われていたことを思い出し、慌てて手を上げる。


「あの、僕……行きたいです」


 マルロがそう言うと、周りの生徒や先生の視線を一斉に感じる。その様子を見て、マルロは突然自分のしでかしたことが恐ろしくなる。

(よく考えてみると、急に一人だけこんなこと言うの、変だよね。うう、恥ずかしい……みんなに笑われてそうだな……)

 近くからクスクス笑う声が聞こえた気がして、マルロは顔を赤くしながらそんなことを考える。


 一方のタチアナ先生は目を丸くしてマルロを見ていたが、特に怒るわけでもなく、マルロに対してにっこりと笑顔を見せる。


「あら? ずいぶんやる気ね、感心感心。いいわ、あなたと……じゃあそこのあなたと、あなた。今言った三名は、私のクラスへ行きましょう。他の皆は、他の先生方の指示に従って頂戴」


 マルロはタチアナ先生の言葉を聞いて、少し救われる思いがした。そしてシルクの言う通りタチアナ先生のクラスに行くことができて、ひとまずほっとする。


「マルロ、頑張ったね」

「ありがとう」


 マルロは聞こえてきた声に対して反射的にそう答えるも、その声には聞き覚えがあり――――また声の主がここにいるはずのないことに気が付くと、驚きのあまり目を見開き、きょろきょろと辺りを見渡す。


「どういたしまして……あら、そんなに辺りを見渡してどうかしたの? 何か落とし物?」

 マルロの礼の言葉に対してはタチアナ先生が反応するが、マルロが自分の方を全く見ず、必死で辺りを見渡している様子を見て不思議そうにしている。

 それに対しマルロはドキリとし、慌てて答える。

「えっと……その、何でもありません……」

「そう? じゃ、案内するから私に付いてきてね。こっちよ」


 タチアナ先生と、自分と同じく体験入学に来た二名の後ろを歩きながら、マルロは自分の右上に紫色の霧が漂っているのをようやく見つけ、霧に向かってひそひそ声で言う。


「ムー、どうしてこんなところにいるの?」

「えっ…………何言ってるの? ムーじゃないよ? 僕は幽霊だよ?」

 マルロはそれを聞いてため息をつく。

「ごまかしても無駄だよ、声と喋り方でわかるから。……その様子だと、ヘルはこのこと、知らないんだね?」

「…………うん。今日は船で修業してろって言われてたんだけど…………魔道学院に行くマルロが気になって……。お師匠さま達にはバレないように、離れたところからこっそり付いてきたんだ」

「気になるって……どうして?」

「だって、マルロ、同年代の子が怖くて友達がいなかったって言ってたから、学校なんかに行くの心配じゃない。周りの子にいじめられたら僕が助けないと。……それに、もし友達ができても、僕以上に仲良くされるのは困るし……」

「で、でもさ、そんな勝手に……。それに、この霧が誰かに見られたらマズイんじゃ……」


 マルロはムーに対し反論しようとするが、マルロの前を行く子がマルロのことをいぶかしげに見ている様子に気づいてはっと口をつぐむ。

 どうやら透明化しているムーと話す自分は、周りの人からはあらぬ方に向けて独りで喋っているように見えているようだということに気がついたマルロは、仕方なく、それ以上ムーに反論するのをやめる。


「大丈夫! 僕がついてるから、安心しなよ」

 ムーはマルロが反論できないのをいいことに、嬉しそうな声でそう囁きながら、ぽんぽんとマルロの肩を叩く。


 マルロは色々と心配事が増えたことに軽くため息をつくも、ムーが隣にいてくれることで、先程までの心細さを感じなくなっている自分に気がつく。


(ムーには困ったものだけど、なんだか……一人の時より気持ちが軽いや。やっぱり僕には、幽霊船のみんなが必要なのかなぁ)


 マルロはそんなことを考えながら、壁や床が外壁と同じく美麗なモザイク風のタイルでいろどられた、ウエス魔道学院の校舎内へと足を踏み入れる。


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