第26話 真夜中のバザール
「うわあ……!」
街外れに船を停めた後、歩いてウエスの街に向かったマルロ、シルク、サム、ミール、アイリーン、そしてムーの一行は、目的地であるウエスの街の
ウエスの街やバザールの姿が見えてきたところで――――マルロは思わず息を呑む。
ウエスの街は別名「砂漠の街」とも言われるように、オアシスの近くにできた街で、砂でできた塀や建物が多かった。しかしその砂の壁は埋め込まれたカラフルなタイルで飾られていて、それらがたくさんの明かりに照らされて輝いていた。
他にも店先には色とりどりのテントや、美しい模様の絨毯が敷かれていることもあって、砂一色の街ではなく、
そして、空中には様々なもの――物が浮いているだけでなく、色のついた煙や、キラキラとした光のような、魔法らしきものも含めて――が飛び交っていた。
「すごいや! 綺麗な街だなぁ! 近くで見るとこんななんだね! なんだかいろいろ宙に浮いてるし……」
ムーの興奮した様子の声が、マルロの隣から聞こえてくる。
「ここが、ウエスの街で一番賑わっている場所、ウエスの街のバザールでやんす。いつ来てもおったまげるくらいの色々な店があるでやんすよ」
サムがマルロの手を引いて言う。夜中でも人が多いのではぐれないように、とサムは親切心で手を繋いでくれたわけだが、それを同年代のシルクに見られるとまた子ども扱いされそうで、マルロは一瞬躊躇した。しかし一方のシルクもアイリーンと手を繋いでいるのでまあいいか、と思い、マルロはサムの手を取ることにした。
「夜なのに人が多いわね。……ずっと遺跡で一人で暮らしてて、急に街なんて出たから……なんだかクラクラする」
そう呟いたシルクは、自らの一番の特徴である美しい銀髪を、頭から首にかけて水色のスカーフを巻いて隠していて、いつも着ている紫色のローブは船に置いていっていた。
一方のマルロも、サウスの街を出て一応追われる身であることから、今回は念のため緑色のターバンをぐるぐると頭に巻いて赤毛を隠し、二人とも砂漠の街の散策にはぴったりの見た目になっていた。
「あ、あそこにお面屋がある。アイリーンの顔を隠す仮面を買いたいわ。先にあそこに入ってもいい?」
マルロはシルクの言葉を聞いて、アイリーンを見る。アイリーンは元々棺桶に入っていた時の
「わかりやした」
サムが頷き、お面屋の方に足を進める。ミールはそれを聞くと足を止め、皆に声をかける。
「じゃ、俺はあっちの食材とか売ってる方にいってくるぜ。店先にいろんな種類のスパイスがたんまり積んであるのが、さっき見えたンだ!」
嬉しそうにそう言うミールは、こげ茶色の丈の長いコートと革製のつばの広い帽子をかぶってブーツを履いており、いつものコックの服装とは真逆のなかなかに渋い恰好をしている。
どうやらその服が、ミールお気に入りの人間に変装する際の衣装のようだが――肩にしょっている買い物用の大きな麻の袋と服装が合っていないようにマルロは感じた。
「ミールはあいかわらずでやんすね。一緒に行っても食材の買い出しに熱中してるといつもはぐれちまうし……ミールなら一人でも大丈夫でやんしょう。ここからは彼とは別行動しやしょう」
サムは去ってゆくミールの背中を見ながらそう言うと、マルロを見て問いかける。
「さてと、では我々はどこから見ていきやしょう。マルロぼっちゃんは、どこに行きたいでやんすか?」
マルロが口を開く前に――――隣にいたアイリーンにお面屋の店主が声をかけたのが見えて、マルロとサムはそちらに注目する。
「素敵なお召し物ですねぇ。何かお探しですか?」
アイリーンはハッとした様子で店主を見る。シルクは眉間にしわを寄せて店主を見て、強めの口調で言う。
「気軽に話しかけないで。このお方は……高貴な生まれなの。それもあって、顔を隠す仮面が欲しいんだけど」
「これは失礼致しました」
店主は慌ててそう言うと、店の中でもひときわ綺麗な、銀色に輝く仮面を見せる。
「では……こちらはいかがでしょうか。当店で一番の品でございます」
シルクは仮面を見る。銀色の面は目の周りや頬の位置等に綺麗な細工が彫られていて、額にはルビーのような綺麗な赤い石が埋まっている。シルクはそれを見て満足気に頷く。
「なかなかいいじゃない。どう? 気に入った?」
「ええ、とっても綺麗ね」
アイリーンは惚れ惚れと仮面を見た後、シルクに微笑む。
「そこに鏡がありますので、試しに合わせてみてはいかがでしょうか」
店主の申し出にシルクは少し戸惑うも、アイリーンのヴェールは外さずに、仮面を当ててみる。アイリーンが頷いたのを確認し、シルクは店主に頷く。
「結構よ。いただくわ」
シルクはそう言うと、サムの方を振り返る。
「サム、お金ちょうだい?」
そう言われたサムは、船を出る前に買い物資金を入れてもらっていた巾着を取り出し、シルクに渡す。
「ちょいと高そうな仮面ですが、大丈夫でやんすかね……」
シルクは巾着の中を覗き、頷く。
「大丈夫、十分足りるわ。結構儲かってるのね、アンタたちの幽霊船」
「まあ……今日も一応、スカル隊長やヘルさんたちが、ひと仕事してくれてるみたいですから……」
サムはヘルと同じく、仕事内容については触れずに、どこか歯切れの悪い感じで言う。
「じゃ、買ってくる。ありがと」
シルクはそう言って必要な分を取ると、サムに巾着袋を返す。
「ちょっとそこで待ってて。あ、あとアイリーンの服がこのドレス一着しかなくて着替えを買いたいから、次は服を売っているところに寄ってもいい?」
サムは巾着袋の中を覗き、その中身がだいぶ減っていたようで目を丸くしていたが――目線をシルクに移すと、特に文句は言わず、代わりに小さく溜息をつく。
「あっしもマルロぼっちゃんの着替えを買いたいからいいでやんすが……残りの資金で買える範囲でお願いしやすね。あとシルクさん、アイリーン嬢のものばかり見てないで、自分の着替えもちゃんと買うんでやんすよ」
サムはあんまりお金を使われては困ると思ったのか、シルクに釘を刺す。シルクはそれを聞いて首をかしげる。
「あたし? あたしは母さんに貰ったいつも着てるローブが気に入ってて……それ以外は別に欲しくないし、お洒落なんてしないから最低限でいいけど。ま、サムがそう言うなら、ローブの中に着るものでも一着くらい買うわ」
マルロはそれを聞いて、自分のお洒落よりもすでに死んでいるアイリーンの衣装の方に熱意を注いでいるシルクの様子が、なんだかおかしな感じだなと思った。
「あの子、新参者なのに図々しいよなー」
マルロの右肩上のあたりに漂っている紫色の霧から声が聞こえる(どうやらムーがそのあたりにいるようだ)。サムがそれを聞いて笑う。
「まあまあ。自分のための物でもねぇようですし、ただただあのお姫様のことが好きなんでしょう。それに聞いた話では、あの子はこれまで買い物なんてできる身の上でなかったようですし……久々のウエスの街のバザールでの買い物でやんすから、楽しませてあげやしょう」
「もう、サムは甘いんだから。そんなこと言ってたら、財布の中身がすっからかんになっちゃうよ?」
ムーの言葉に、シルクがアイリーンに高そうなドレスを買うところを想像すると、本当にそうなりそうだなと思い――――マルロはくすりと笑う。
ミールを除く一行は、衣服を売っている店が並ぶエリアへと移動し、そこでしばらく買い物をする。
今までサムの衣服を借りることの多かったマルロは、自分に合うサイズの寝巻きや普段着の服をいくつか買ってもらった。
一方シルクはいろいろな店を覗いては、アイリーンにいろいろな服を勧め、鏡の前でそれらを合わせることを楽しんでいた。マルロの予想どおり、結局自分の服はそこそこに、アイリーンのものばかり物色しているようだった。
「久々に買い物ができて楽しいわ。これまでウエスの街のバザールでは、死霊を使って、盗人みたいなことをして……必要なものを調達してただけだったから」
シルクはマルロの横に来た時、頬を紅潮させながらそうこぼしていた。マルロは先程のサムがムーに言った言葉を聞いていたこともあって、買い物を楽しむシルクを微笑ましく思った。
「服はこんなもんでやんすかね。じゃあ、次はあっしの買い物に付き合ってくだせぇ」
サムがそう言うので、一行はサムについてゆく。サムはまず船で必要な日用品を買い漁り、日用品を見た後は、船医であったサムの必要とする薬品などを見に行く。
「人間が二人も増えやしたから、これからは薬なんかも必要になりやすしね。今まで船員たちは皆不死身で病気もしなかったんで、用意してなかったんですが」
これからは自分の船医としての役割が持てるからだろうか、サムは必要なものを物色しながら、マルロとシルクに向かって嬉しそうに話している。
薬品の調達が終わると、サムは資金の入った巾着袋の中を覗き込みながら言う。
「あと……少しだけお金が残ってやすね。そうだ、せっかく魔道の街に来たんですし、最後にもう一か所だけ……行ってもいいですかい?」
「うん。どこに行くの?」
サムはマルロの問いに対し、にこりと笑顔を見せる。
「魔法売り場、でやんすよ」
「これが、魔法?」
魔法売り場は、魔道の街であるウエスの街の名物とのことで、他の場所よりも賑わっていた。
マルロは魔法売りの店先に並ぶ、試験管のような形をしたガラス製の小瓶の中に入れられた、何やらキラキラと光っているものを眺めている。
「そうでやんす。魔法使いの魔法をこうしてガラスの瓶だとかに詰めて販売されているんでやんすよ」
「で、何の魔法を買うの?」
「そうでやんすね……姿を消せる魔法、なんてあれば人間のいる街なんかでは便利そうでやんすが、結構高くつきそうですし……。そうだ、姿を消すまでいかなくても、あっしは姿を変えられる魔法があれば欲しいでやんすね。そうすりゃ変装の時楽できますから」
「でも魔法って……買うと無駄に高いわよ? 正直オススメしないわ」
シルクはどうも乗り気でない様子でサムに意見する。
「あたし、簡単な魔法なら使えるから……わざわざ魔法を買うくらいなら、あたしに頼めばいいのに」
「ほ、本当でやんすか⁉」
サムはそれを聞いて目を丸くしてシルクを見る。シルクは得意げに頷く。
「ええ。これでも一応、この街から逃げ出すまではウエス魔道学院に通ってたから。もしサムが変装に使うんだったら……肌の色を変えて見せたりするくらいなら、できるわよ?」
「そんなことができるなんて……! まさに、救世主でやんす!」
サムは感動した様子でシルクを見る。
「救世主って、そんな大袈裟な。だから、もう船に戻りましょ。人混みの中を歩いてたせいで……そろそろ疲れちゃった」
シルクはそう言って背中を向け、興味深そうに魔法の商品を見ているアイリーンの手を取りながら歩いていく。
「あれ? サム、いくつか手に取ってるけど……それ買うの? 魔法は買うと高いんじゃなかったの?」
マルロは、サムがシルクに意見されてもいくつか魔法の入ったガラスの小瓶を持ったままなのを見て、不思議そうに尋ねる。
サムは一瞬ドキリとしたようだったが、マルロに笑いかける。
「変装用の魔法は要らないことがわかりやしたから、買いやせんがね。まあ、シルクさんのいない時なんかに、何かしら必要なことがあるかもしれないでやんすし、少しだけ……。ちょっと向こうで買ってきやすね」
サムはそう言うと、魔法売りの店主のいる方に向かって急ぎ足で歩いてゆく。
シルクが疲れた様子だったのもあり、その後食材売り場でミールと合流すると、一行は幽霊船に戻ることにした。
船に帰ると、ウエスの街に行ったもう一方の班――スカルやヘルや幽霊たちが、すでに帰ってきていた。
甲板に置かれている、宝石や金貨や骨董品等の貴重そうなものがまとめて一緒くたに入った大きな袋を見て、マルロは目を丸くする。
「おう、帰ったか。見ろよ、なかなかの収穫だったぜ。さすがウエスの街は魔道が栄えてるってだけあって、あいかわらず儲かってんな」
スカルがこちらにやってきて、自慢げにマルロに取ってきた物を見せる。
「す、すごいね」
マルロはそう言いつつも、これだけのものを一体どこから手に入れたのか気になったが――――ヘルやサムが言いにくそうだったことを考えると、あえて聞かないでおく。
「なんだ、それならもっとアイリーンに高そうなドレスも買ってあげればよかったわ」
一方のシルクは、これらの
「おうおう、いくらでも買いな。今のお召し物もいいが……彼女が色んなの着てるところを見られると、俺も目の保養になるぜ」
スカルがうっとりした様子で、袋の中を感嘆した様子で見つめているアイリーンを盗み見る。
「ムー、何も問題はなかったか?」
ヘルが、船に戻って透明化を解除し姿を現したムーのところにやってくる。
「あ、お師匠さま! 全然大丈夫でしたよ!」
ムーは腰に手を当てふんぞり返り、自慢気にヘルにそう言ってのける。
「ならよいが……」
ヘルはまだ何か言いたそうだったが、そこでアイリーンの言葉が聞こえてきて皆はそちらに注目する。
「ねえシルク、宝物の袋の中に……これが入っていたのだけれど」
アイリーンは袋の中から何かを取り出すと、シルクに見せる。それは人間の顔ほどの大きさのある、とても大きな水晶玉であった。
「これ……なんだかすごく見覚えがありますの」
シルクはアイリーンの手の中にある水晶玉を見る。
「本当に? 昔アイリーンも……これに似たような水晶を持ってたのかしら。それか、遺跡にあった水晶が盗賊に盗まれて、長い年月経ってウエスの街に移動してたのかもね……」
そう言うと、シルクはスカルの方を見る。
「ねえ、これ、アイリーンにあげてもいい? アイリーンが持ってることで、何か昔のことを思い出すかもしれないし」
スカルは水晶を見、何かを思い出そうとしているかのように
「それは……確か他の骨董品なんかと一緒に、俺らが贔屓にしてるとあるぼったくり商人の館の宝物庫にあったんだが、そんなとこに遺跡の宝が周り回ってきたのかもな。ま、俺たちは全然構わないぜ」
スカルはシルクにそう言うと、アイリーンの方に向き直って言う。
「では……どうぞ。差し上げますよ、お姫様」
スカルはうやうやしい仕草でアイリーンにどうぞ、と手で示す。
「ありがとう、スカル」
アイリーンがにっこりと微笑んでスカルに礼を言う。それを見たスカルは目を見開き、微笑みを見て緊張したのか、途端に表情がカチコチに固まる。
シルクはそんなスカルの様子には一切気づかず、隣で大あくびをする。
「ふあ~ぁ。今日は疲れたし、そろそろ寝ましょ。明日は、ウエス魔道学院に忍び込むって大仕事があるんだから」
「ねぇシルク。それなんだけど……一体あんなところにどうやって侵入するつもりなの?」
マルロは空に浮かんでいる岩を指差して尋ねる。シルクは涼しげな様子で言う。
「アンタたちは空飛べるみたいだから、侵入は簡単よ。で、侵入してからは……魔道学院は、魔法の適正を見るために申請すれば一日体験入学ができるんだけど……それを利用するわ」
「利用するって、どういうこと?」
マルロが尋ねると、シルクはマルロの方に向き直り、言う。
「アンタが一日限り生徒になるのよ」
マルロはそれを聞いて目を大きく見開く。
「え⁉ 学校に行くの⁉ 僕が?」
シルクは驚きの隠せない様子のマルロを見て、不思議そうに首をかしげる。
「嫌? でもあたしは前に通ってたから、変装したとしても、学院の人には顔が知られてるから行けないし。他には人間のアンタしか適任がいないじゃない。まあ、一日だけなら大丈夫でしょ。魔道学院をよく知ってるあたしが隠れてアンタに着いてって、離れたとこからサポートするつもりだし」
マルロは苦手意識のある学校に行くことを聞いて――急に緊張の面持ちになる。
(サウスの街では行かなくて済んだけど、まさかウエスの街に来て学校に行くことになるなんて……)
マルロはそう思って顔を青くするが、ふと考える。
(でも、魔法を見たかった僕としては、魔法を勉強する学校なら……ちょっと気になるかも。それに……父さんの手がかりを掴むためなら、シルクの言う通り……行ってみようかな、ウエス魔道学院へ……)
マルロはついに、ずっと嫌がっていた学校へ行く覚悟を決め――――空に浮かぶ岩の上に建っている、ウエス魔道学院を見上げる。
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