ウエスの街

第25話 ウエスの街へ

 ネクロマンサーの少女、シルクと砂漠の国の姫だったスケルトン、アイリーンを加えた幽霊船は、砂竜のサリューの力でウエスの街に向けて船を進める。


 シルクとアイリーンの二人を船員として迎えることになったので、今度は生命いのちの壺について全てを話すことに決めたマルロは、自分の時にスカルがしてくれたのと同じように――――二人を船に乗せて一番始めに、生命いのちの壺の場所に案内することにした。


 生命いのちの壺の前に案内されたシルクは、興味深そうに壺から無限に溢れ出る霧を凝視している。

「そのシルバ船長って人……多少なりとも死霊術をかじってる可能性があるわ」

 シルクが生命いのちの壺から視線を外さないままぽつりと言う。

「死霊を操ったりはしてなくても、死霊に命を吹き込むような霧が作り出せるんだもの。死霊術を応用して作っているんだと思う……少なくとも、全く無関係の術だとは考えられない」

 シルクはようやく壺から目を離し、マルロを見る。

「もしその船長が死霊術をウエスの街で学んだことがあるのなら……その師として考えられる人物に心当たりがある。あたしの母さんの師匠なんだけど……あたしも昔、会ったことがあるの」

「え、僕の父さんと君のお母さんの師匠が、同じ人なの?」

 シルクはこくりと頷く。

「死霊術を学んでる人なんてそうそういないから、誰かから学んだのだとしたら間違いなくその人からだと思う。でも……今はもう禁忌になった魔術だから、その人もまた、処刑されたのかもしれないけど……。でもあの人なら……もしかしたら、今まで上手く隠し通していて、まだウエスの街に住んでいる可能性も……あると思う」

「わかった。じゃあ、その人がこの霧のこととか、父さんの居場所とか何か知ってるかもしれないし……ウエスの街に行ったらその人のこと探してみよう」


 マルロはそう言った後、生命いのちの壺を見る。

「スカルが言ってたけど、この霧は幽霊船の生命いのちとも言える大事なものなんだ。この船に何かあっても、この壺だけは守らなきゃいけないんだって。だから、君も……協力してくれる?」

 シルクはこくりと頷く。

「わかった。あたしもこの霧のこともっと詳しく知りたいし……そのためには、他のやつらに奪われるわけにはいかないから。それに、アイリーンが霧の中で生きられるようにするためにも、守るのに協力するって約束する」

 シルクはそう言ってアイリーンに笑顔を見せる。そしてまたマルロの方に向き直り、言葉を選びながら言う。

「あと……この霧がだめになったり、使えない状況になったりした時には……あたしが死霊術を使えるってことも、覚えといて。霧がない場合はたぶん、あやつれると思うから。とは言っても、アンタはあんまりここの船員のこと操られたくないんだろうけど……万が一の時に」

「うん……わかったよ。大丈夫、君が……シルクが船員たちと仲良くなったら、幽霊船のみんなも、あやつられることだって許してくれると思うよ」

「……だといいんだけど」

 シルクはそう言った後、マルロにも少しだけ笑みを見せた。



 サリューの話だと、砂漠を一人で越えていない限りウエスの街にシルバ船長がいる可能性は低いとのことだったが――――ウエスの街にいるという、マルロの父親の師と思われる人物についての情報をシルクが教えてくれたこともあり、一行は予定どおり、ウエスの街に行くことになった。


「じゃあ……ウエスの街に向けて、出航ーー!」

 マルロはいつものように皆に促され、元気よく出航の音頭をとった。



 そうして出航の音頭をとったものの、遺跡とウエスの街は割と近くにあり、じきにウエスの街の灯りが見えてくる。


 一行はウエスの街の中心部から少し離れたところに辿りつくと、街の外れに船を停め、霧を濃くして幽霊船を隠す。

 サリューは砂の中に潜り、霧の中でもなるべく人目に付かないように隠れることになった。


 マルロは船からは少し離れたウエスの街の様子を眺める。夜の街の様子はまだ活気がある様子で、遠目に見ても煌びやかで色とりどりに光り輝いている様子が見えたが――――それよりも前にまず目についたのが、街の上に浮いている大きな岩と、その上に建っている、色とりどりの屋根を持つドーム型の建物と塔だった。

 そのカラフルな建物は夜でも下方からライトアップされていて、夜空に浮かび上がるように怪しげに輝いている。


「すごい、あの大きな岩……街の真上に浮いてるよ。落ちてこないのかな」

「魔法で浮いてるから大丈夫。あの浮いている岩の上には、ウエス魔道学院があるの。遺跡に逃げてくる前は、あそこへ毎日……通ってたわ」

 マルロの問いに対してシルクはそう言うが、どうも昔を懐かしむ感じではなく、苦々しい顔でそれを見ている。マルロはその表情を見て、シルクも自分と同じく学校が嫌いだったのかな、と考える。


「ねえマルロ。僕とも喋ってよ」

 ムーが珍しく甲板に出てきていて、ふよふよと浮かびながら向こうの方からこちらにやってくる。

「その子が来てから、最近……全然構ってくれないんだもの」

 どうやらシルクと話してばかりのマルロに不満がある様子で、そう言いながら腕組みをしてふくれっ面(のような顔)をしている。


 シルクは自分に向けられたムーの嫉妬心については一切気にならない様子で、目を丸くしてムーを見ると―――― 一言呟く。


「何この子、可愛すぎんだけど」


 シルクは目をキラキラ輝かせると、突然、ムーをぎゅっと抱きしめる。


「わ! 何すんだ!」


 ムーが慌てて離れようとするが、シルクはムーを力いっぱい抱きしめたまま頬ずりする。

「ちっちゃな死神なんて初めて見た! ホント可愛い。あ、あたしはシルク。これからよろしくね」

 シルクは稀に見る満面の笑みを見せながら、ムーに自己紹介する。

「離せよ! 僕はぬいぐるみじゃないぞ!」

 一方のムーは、貴重なシルクのとびっきりの笑顔を見せられても気持ちは動かないようで――――ぬいぐるみのように自分を抱きしめようとするシルクを、ものすごく嫌がってジタバタもがいている。


「ムー、ごめんね。最近死神修行で忙しいみたいだったから、あんまり話せてなかったよね」

 マルロはシルクとムーの小競り合いには特に干渉せず、隣でそれをなんとなく眺めながら、ムーに声をかける。


 ムーは最後の手段、とばかりに透明化した時に使えるすり抜けの力を使って(幽霊たちも持っている能力で、これによって壁をすり抜けたりできるらしい)なんとかシルクの腕の中からするりと抜け出し、マルロの方に逃げてくると透明化を解除して姿を現す。


「やっと抜け出せた……。うん、最近ちょっと頑張ってたんだ。監獄の町も、さっきの遺跡でも僕は居残り組だったけど……僕も、ウエスの街には絶対に行きたいと思って。前この街に来た時は船で留守番だったし、まだ僕は行ったことないんだ。今回は、お師匠さま認めてくれるかなぁ」


「…………あ」


 マルロはムーの後ろにヘルがいて、今の会話を聞いていた様子だったのを見て、思わず声を漏らす。


 ムーはマルロを不思議そうに見た後、マルロの視線の先を見ると、目を大きく見開く。

「うわっ! お師匠さま!」

「うわ、とは何だ。何か後ろめたいことでもあるのか?」

 ヘルはムーをじろりと見てそう言うと、軽く溜息をつく。

「目を離した隙に修行を抜け出して、どこに行ったのかと思えば……こんなところで油を売っておったか」

 ムーは恐る恐るヘルを見て言う。

「ご、ごめんなさい……。あの……今の話、聞いてましたよね……?」

「聞こえておる。おぬし……ウエスの街に行きたいのだな?」

 ムーはこくりと頷くも、修行を抜け出してきたことに言及されたこともあり、その望みは叶いそうにないと思っているようで、うつむいている。


「ねえ、ムーって今までずーっと船の中に居残りだったし、そろそろ……外に一緒に行ってもいいんじゃないの?」

 マルロは師匠と弟子の関係に簡単に口を挟んではいけないと思いつつも、ムーが可哀想になり、こちらも恐る恐るヘルに声をかける。


 ヘルはじろりとマルロを見る。何か言いたげな様子ではあったが、ふうむ、と低い声で呟き、あごに手をやり何か考えた後、ようやく口を開く。


「ふむ……そのことも含めてだが、ウエスの街での作戦について、シルバJr.にも話しておかねばなるまい」

 ヘルはそう言って、船室の方をあごで指す。

「先程向こうで皆と話していたのだが、ウエスの街に行く者たちは二手に分ける。もちろん、船を守るために残ってもらう者もおるがな」


 ムーは居残る船員の話を聞くとドキリとしてヘルを見るが、ヘルは気にせずマルロとシルクに向けて話を続ける。


「おぬしらは、サムやミールの買い物に同行しろ。ウエスの街は、この夜の時間帯でもまだ活気づいておるゆえ、街の散策を楽しむといい。あと、あの姫君……アイリーンも、共に行きたいそうだ」

「そうね、アイリーンには今の街がどうなってるか見せたいわ。あたしが一緒に行って案内する!ウエスの街はよく知ってるし」

 シルクはパッと顔を輝かせる。ヘルはシルクに向かって頷いた後、マルロを見る。

「サム、ミール、アイリーンは人間の変装をし、小壺を持参してもらう。監獄の時と同じようにな。あと……おぬしも、ウエスの街ではお尋ね者のようだから、多少は変装して行くといい」

 ヘルはシルクの方に視線を移して言う。

「そうね、そうする」

 シルクはヘルの言葉に頷く。


「じゃあ……もう一手の方は、何をするの?」

 マルロは首を少しかしげてヘルに尋ねる。

「それは…………海賊の仕事、と言えば、わかるな?」

 ヘルは少し言葉を濁す。

「そちらはスカルのスケルトン部隊や幽霊らを中心に行い、我もそちらに同行する。そちらの隊は霧を撒いて行くゆえ、小壺は買い物班が持っていくといい。ちなみにウエスの街は魔法の街で、色々と術が日常的に飛び交っておるゆえ……多少霧が人間どもに見えても、特に不審には思われぬから安心しろ」

「うん……わかった」

 マルロは、『海賊の仕事』の内容には触れてほしくないような感じを見受けたので、特に突っ込まずにそれだけ答える。


「あ、あのう……お師匠さま、じゃあ、僕は…………」


 ムーはおずおずとヘルの顔を見上げる。ヘルはムーのことを見下ろし、ぽつりと言う。

「ムー、おぬしは……そうだな、買い物班の方になら、行ってもよい。ただし、人間どもには姿を見られぬよう透明化すること、それと……決して鎌を振り回さないことが、条件だ」

 ムーはそれを聞いて、ぱっと顔を輝かせる。

「わかりました! やった! ありがとう、お師匠さま!」

 ヘルは喜びに満ち溢れた様子のムーを見た後、マルロに視線を移して言う。

「シルバJr.、ムーのこと、よろしく頼む」

「うん」

 マルロはムーも一緒に行けることを聞いて、嬉しそうに頷く。

「よかったわね、小さな死神ちゃん」

 シルクはそう言ってムーを抱きしめる。

「わ、離せ! それに……死神ちゃんなんて呼ぶなよ! 僕にはちゃんと、『ムー』って名前があるんだから!」

「じゃ、死神のムーちゃん?」

「『ちゃん』って付けるな! 僕、男なんだから!」

 ムーがそう言いながら、シルクの腕から何とか脱出する。


 シルクは残念そうな顔をした後、ヘルの方に向き直って言う。 

「そういえば、この子……マルロの父親の師匠のことだけど、その行方を調べるのは明日の方がいいわ。この時間、もう魔道学院はやってないから。その人、たぶん……まだいるとすれば、あそこにいるの」

「なるほど、承知した。では、シルバJr.はサムらと共に買い物が済んだら、早々に船に戻り、明日に備えて眠っておけ」

「わ、わかった」

 マルロは探している人が岩の上にある魔道学院にいるということを今知ったので驚きつつも、こくりと頷く。


(あの、空に浮いている大岩の上にある、ウエスの魔道学院……。あんなところに僕ら、簡単に入り込めるのかなぁ…………)


 マルロはそう思いながらも、これから憧れていた魔道の盛んな街、ウエスの街に行けることを思うとわくわくし――――頬を紅潮させる。


 そして同時に、その瞳がキラッと銀色シルバーに輝いた。


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