第24話 砂漠の姫君

「じゃあ……どうしてそんな、誰にも知られたくないこのお姫様の存在を、僕に教えたの?」


 マルロが尋ねると、少女はマルロを見、そのまま少しの間黙っていたが――――やがてぽつぽつと話し始める。


「さっきも言ったでしょ。あたし、ここ以外に行く場所がないって……。だからもうこれ以上……ここから逃げる気もないし、そうなったらさっきのスケルトンに殺されるんでしょ。これ以上生きられないなら……最後に、あの霧にこの子を入れて、話をしてみたいと思って……」

 マルロは少女が自分が殺されると思っていそうなのを聞いて、慌てて否定する。

「べ、別に幽霊船のみんなは、君を殺す気はないみたいだよ。むしろ、君……船に乗らないかって、幽霊たちが言っててさ……」

 少女はそれを聞いて眉をひそめる。

「え……あたしが幽霊船に? そんなことして、アンタたちに何の得があるわけ?」


 マルロはそう問われて、自分の将来の嫁候補だと思われている――――なんて恥ずかしいことは言えないので、思わず口ごもる。そしてちらりと砂漠の国の姫の骸骨を見、ハッとする。

「そうだ、そのお姫様と一緒に来なよ! そうすれば、霧のおかげでずっと話をしたりできるよ。うちの幽霊船にも、スケルトンは結構いるんだ。仲間として歓迎してくれるんじゃないかな?」


 マルロはそう言った後――後ろから小さく口笛が聞こえた気がして振り返る。すると、幽霊たちが扉の隙間から様子を窺っているのが見えて、慌てる。


「ちょ、ちょっと待ってて……」


 マルロはシルクにそう言うと、扉の外にいる幽霊の元へ行き、ひそひそと声をかける。

「そんなとこで何やってるの?」

 すると、幽霊がニヤニヤ笑って尋ねる。

「シルバJr.、プロポーズは済んだかい?」

「なっ……」

 マルロはそれを聞いて顔を赤らめる。

「そ、そんなつもりないって言ってるでしょ! 一応、船に来ないかって誘ってはみたけどさ……」

「なんだよ、そう言うってことは、ちょっとは乗り気なんじゃねぇのか?」

 幽霊はニヤリと笑って扉の隙間から指でつんつんとマルロを小突く。

「ま、まだ話は終わってないから! もうちょっと外で待っててよ」


 マルロはそう言って幽霊たちを追い払うと、扉を閉め――――ようとするが、石の扉はかなり重く、完全に閉めるには相当な力が要りそうだったため、仕方なく途中で諦める。

 そして少女のいる方を振り返ったマルロは、思わず目を見開く。


 少女の隣にある棺桶から――――アイリーンが上半身を起こしていた。どうやら先程の幽霊との会話の際に、霧が部屋の中に入ってきていたらしく、アイリーンの周りに紫色の霧が漂っている。


「……ここは……?」


 アイリーンは宝物に囲まれた自らを見て驚いている様子である。その様子を見た少女は、口をぽかんと開け、アイリーンのことをしばらくじっと見つめていたが――――やがて頬を紅潮させて目を輝かせ、アイリーンに話しかける。


「あなた、ここのお城のお姫様で、アイリーンって名前なんでしょう? 覚えてる?」


 アイリーンはまだ驚いた様子で骸骨の奥にある目を見開き、少女を見つめていたが……首をゆっくりと横に振る。

「残念ながら、記憶がありませんわ。生きていた頃のことは何も思い出せなくて……眠っている間に、昔のことは全て忘れてしまったみたい」

「……そう。残念だけど……そうかもね。千年以上もの間、眠り続けていたんだもの」

 少女が残念そうにぽつりと呟くと、アイリーンはにこりと笑顔を見せた(ような感じの表情をした)。

「ただ……ここ最近のことは覚えています。あなたのことはよく知っていますわ。この部屋で……眠っている私の隣に、ずっと一緒にいてくれたでしょう? ここに沢山ある宝物を一つも盗ったりせず、私のことを大切にしてくれていたわね」

 少女はそれを聞くと、ぽかんとした様子でアイリーンを見つめる。

「眠っているといっても、気配は時折感じますのよ。……初めてあなたのお顔が見られてよかった。可愛らしいお嬢さんね。お名前は?」


 アイリーンがそう言うと、少女の目からみるみる涙があふれてくる。そしてがばっとアイリーンに抱きつき、声をあげて泣きだす。アイリーンは優しく少女の頭を骨の指で撫でている。


「あたしは……シルク」


 ひとしきり泣きじゃくった後、ネクロマンサーの少女――シルクがそう言うと、マルロは彼女の名前をこれまで知らなかったことにようやく気が付く。


「シルク……いいお名前ね。あなたにぴったりよ」

「……アイリーンこそ、とっても素敵な名前ね」

 シルクとアイリーンはお互い微笑みあう。アイリーンはふとマルロに目をやる。

「ところで、あなたは……?」


 マルロは骸骨であるものの、気品ある感じのアイリーンに少しかしこまるような思いがし、背筋を伸ばして答える。

「ええと、僕はマルロ。いろいろあって、幽霊船の船長をやってるんだけど……あの、あなたのことを、うちの船員たちに紹介してもいいですか……?」


 マルロは相手がお姫さまだということを考え、なるべく丁寧に話す。アイリーンはマルロを見てくすりと笑う。

「まあ、かわいらしい船長さんだこと。幽霊船……ということは、わたくしと同じようなお仲間がいるのね。是非、紹介していただけないかしら?」

「ありがとう! ええと、こっちです」

 マルロは立ち上がり、扉の前まで行くと、重い扉をなんとか開ける。


 すると扉の前には幽霊船の船員たちが揃っていて、マルロは驚いた。そして皆、アイリーンのことを目を丸くして見ている。


「ええと、彼らが幽霊船の船員たちです」

 マルロが言うと、アイリーンはにこりと笑みを見せる。

「初めまして、アイリーンです」


 幽霊船の船員たちはその澄んだ声で自己紹介をするアイリーンのことを、息を呑むように見つめている。船員たちの様子がいつもと違うようだが、アイリーンの持つ気品ある雰囲気のせいだろうか、とマルロは首をひねる。


「アイリーンはこの城のお姫様だったみたい。あと、あたしがずっと気にかけてた子なの」

 シルクがそう言うと、一同はハッとした様子で我に返り、幽霊たちがまずアイリーンに声をかける。

「初めまして、お姫様」

「姫様ってだけあって、気品ある感じがするねぇ」

「俺たち幽霊にはよくわからんが、なかなかべっぴんさんじゃねぇのか? なあ、スカルはどう思う?」

 幽霊のひとりがそう言って、スカルの方を振り返る。


 それを聞いて、マルロはふといつも騒がしいスカルの声が聞こえないなと気づく。もしかしてまだネクロマンサーのシルクに対して敵視しているのだろうか……と不安に思い、マルロは幽霊の振り返った方――マルロのすぐ後ろのあたりを見ると、穴の開くほどアイリーンのことを見つめているスカルを発見する。


「スカル、どうしたの?」

 マルロがひそひそと尋ねる。スカルはしばらくそれに答えず、アイリーンのことを見つめながら言う。


「シルバJr.…………」


 スカルはそう呟き、ようやくこちらに目を向けると、マルロの肩を掴み、体をかがめてマルロの耳元に囁く。

「ぜ…………絶世の美女じゃねぇか‼ どっからあんな見つけてきたんだよ⁉」

「び……美女?」

 マルロは骸骨の言う美女がどんなものかわからず、ぽかんとしている。


 スカルはマルロの肩に片手を置いたままアイリーンの方に向き直り、咳払いをすると、いつもより少しすました感じの声で言う。


「お嬢さん、俺も同じくスケルトンで……幽霊船のスケルトン部隊の隊長をしてる、スカルっていうんだ。まあ、その……なんだ、もしお嬢さんが船に来てくれるってんなら、そこの少女ともども、歓迎するぜ?」


 マルロは、ネクロマンサーのシルクを船に乗せることを一番渋っていたはずのスカルを、目を丸くして見つめる。


 アイリーンはにこりと微笑むも、少々迷っている様子である。

「まぁ、素敵なご提案をありがとう、スカル。でも、その決断はわたくし一人ではできませんわ。その前に……どうやらわたくしがこの城の姫だという話なので、この城に残っている者の意見を聞かなくてはなりませんね」

「アイリーン、このお城の骸骨は、大広間の方にたくさんいるわ。案内してあげる」

 シルクはそう言って、アイリーンの手を取り部屋を出る。


 その時、アイリーンは後ろの方にいたヘルにふと目がとまったようで、じっと見つめた後、尋ねる。

「あの、あなたもスケルトン……なのかしら?」

「我は……スケルトンではない、死神だ。名を、ヘルという」

 ヘルはいつも通りの低くて渋い声で、それに答える。

「死神のヘル、ね。わかりました。……もしあなたたちの船に乗ることがあれば、またお話しましょう」

 アイリーンはヘルにも同じように笑みを見せるが、その笑みは他の人に見せたものとは違い、どこか気恥ずかしさが混じった笑みのようにマルロは思った。


「ちっ、何だよアイツ……いつにも増して気取りやがって」

 二人が話す様子をスカルが忌々しく思っているのだろうか――――そう言ったスカルの、マルロの肩に置かれた手に少し力が入っているようにマルロは感じた。



 一同が先程マルロが人質にされた大きな部屋に戻ると、城のスケルトンたちが楽しげな様子で口々に談笑していたが、やってきたアイリーンに目がとまると――――スケルトンたちは驚いた様子で目を見開く。


「ひ……姫様っ!」

「お目覚めなのですね……!」

「ご気分はいかがですか?」


 マルロはその様子を見て、やはりアイリーンはこの城の姫だったのか、と思う。アイリーンは、スケルトンたちに頷いて言う。

「大丈夫です。わたくしには記憶がありませんが、どうやら、この城の姫……だったそうですね。ちなみに、あなたたちは……昔の記憶があるのですか?」

 遺跡のスケルトンたちは首を振る。

「残念ながら、我々もあまり覚えておりませぬ。ただ、この城を守らねばならないという命令を仰せつかったことだけは覚えております」

「それに、姫様を一目見て……あなた様をお守りせねばならないということも、たった今、思い出しました」

「そう……ありがとう。これまで城を守ってくれて」


 そう言われたスケルトンたちは少し目を潤ませるも、首を横に振る。

「しかし、我々はただのむくろ……。盗賊や考古学者がやって来て城を荒らしていっても、止められはしませんでした。実際に我らを使って城を守ってくれたのは……そこの少女です」

 遺跡のスケルトンたちはシルクの方に目をやり、にこりと笑う。シルクは驚いた様子でスケルトンたちを見る。

「アンタたち……あたしのこと、恨んでないの? これまで好き勝手にあやつってたのに…」

「確かに、無断で使役されるというのは……面白くないと感じることもあったよ」

「しかし、この城や姫様を守るために我らを使ってくれたことは……今では感謝している」

「実際、少女が来てから、この城には誰も寄り付かなくなったのだからね」


 スケルトンたちの言葉に、シルクは感極まった様子で――何も言えなくなる。その様子を見たアイリーンは微かに笑みを見せた後、遺跡のスケルトンたちに話を切り出す。


わたくしたちは、幽霊船の方々に共に来ないかと誘われているのです。私としては、行ってみたい気持ちもあるのですが……あなた方はどう思いますか。私は……この城の姫ならば、やはりこの城を守るべくここにとどまるべきなのでしょうか」


 遺跡のスケルトンたちは驚いた様子でアイリーンを見る。そして、ぽつりぽつりと意見を述べる。

「姫様……この霧は特別です」

「生きていた頃のように、自分の意思で動いたり話したりすることができるものは、この霧以外には……まずお目にかかれないでしょう」

「せっかくのこの機会、姫様には、是非とも、この霧の中で永遠に生きて欲しいと思います」

「寂しさゆえに、お城に残って欲しい気持ちはありますが……あなた様の幸せのためならば、我らは笑って送り出しますぞ」


「……ありがとう。あなたたちが良いなら……誘いを受けようと思います」

 アイリーンはそう言った後、城を見渡して言う。

「実は、昔……城を出て外の世界を冒険したかった、そんなことを思っていたような……わずかに残った記憶をたった今、思い出しました。それが心残りで、成仏もせずに、死霊となったまま今まで眠っていたのかもしれませんね。とはいえ、それでもあなたたちを置いていくのは心苦しいのですが……」


「えっと、もしよかったらだけど、君たちも……みんなで一緒に来たらいいんじゃないかな?」

 マルロは思わずそう口を挟むが、遺跡のスケルトンたちは首を振る。

「しかし、我らは地縛霊じばくれい……この場所に特別な理由を有して宿っている、この土地からは離れることのできない霊の一種だ」

「我ら兵士はここを守るように命令され、それが叶わずに死んだ者たちであるゆえ……そうなっているのだろうと思う」

「それゆえ、この城から離れることはできない」

「……そっか。アンタたちを使役しても、遺跡の外に連れ出すことができないのが今まで不思議だったけど……地縛霊なら納得ね」

 シルクはそれを聞いて、納得した様子で頷く。

「そうなんだ……。じゃあ、この霧があってもダメなんだね」

 マルロはここから自由に移動できないスケルトンたちのことを思うと、少し悲しい気持ちになる。


「ところで、君は……? 幽霊船に来る気はあるの?」

 マルロはアイリーンの隣にいるシルクを見て、思い出したように尋ねる(その後ろで、幽霊たちが小さく息を呑むのが聞こえる)。


「……アンタたちの船に乗ること、アイリーンにとっていい話みたいだし……アイリーンが行くなら、あたしも行きたい」

 シルクはアイリーンの手を握り、まっすぐにマルロを見つめて言う。

「でも、あたしが行ったら、この遺跡を守る人がいなくなるけど……いいの? アンタたちだけじゃ、守れないでしょ?」

 シルクはそう言ってスケルトンたちの方を振り返る。

「大丈夫だよ、この遺跡に幽霊が出ると噂になっているようで、最近は侵入者がいないようだしね」

「それに、もし荒らされても……姫様はいないゆえ、守るべき大事なものは、ここにはもう何もない……とも言える」

「ここで我らと共に城を守ってくれてありがたかったが、もう十分だ。少女も、行きたいなら行くといい」

「アンタたち……ありがとう」

 シルクは少しだけ目を潤ませて言う。


「じゃあ……君も幽霊船海賊団の一員だね」

 マルロはそう言うと、少女に手を差し出す。

「僕はマルロ。知ってると思うけど……父さんが見つかるまでの間は、幽霊船の船長だよ。これからよろしく」

「あたしは……シルク。いろいろあったけど、……これからよろしく」

 シルクはマルロを人質にとったことに後ろめたさがあるからか、少しだけ躊躇するも、マルロの手を握る。マルロはにっこりと笑顔を見せて言う。


「シルク、アイリーン、歓迎するよ。僕らの幽霊船にようこそ!」


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