第23話 少女の願い

 マルロは少女を追って、遺跡のさらに奥へと向かう。


 手に持った蝋燭ろうそくの灯りを頼りに真っ暗な遺跡の中を進んでいくと、向こうの方にほんのりとした別の灯りが見えてくる。


(あれ? あそこにいるのかな? もっと逃げないと、じきに霧が追いついてくるのに……。そもそも、外に逃げないと逃げ場がなくなるのに……なんであの子、遺跡の奥に向かって逃げたんだろう)


 マルロは不思議に思いながらも、灯りの元へと歩みを進める。すると、複雑な模様が彫られている小さな扉が少しだけ開いていて、中が明るい様子が見えた。


 扉の隙間から中を覗き込むと――――その部屋の真ん中には大きな棺桶のような形をしている箱が置いてあり、それにもたれかかって少女が座っているのが見えた。少女の後ろ姿を見ると、肩を震わせている様子で――時々、すすり泣くような声も聞こえてくる。


 マルロが重い扉を押すと、石の扉だったのでゴリゴリゴリ……というこすれた音がする。それを聞いた少女はハッとした様子で振り返り、マルロを見る。その目に涙が光っているような気がしたマルロは思わず尋ねる。


「な、泣いてるの……?」

「……泣いてなんかないわよ」

 少女はそう言いつつも、こっそりと涙をぬぐうような動作をする。


「まだこの遺跡の中にいたんだ。ねぇ君、なんでこっちに逃げたの? 街の方に逃げればいいのに。ここにずっといたら、霧が追いついてきて……じきにここまできちゃうよ?」

 マルロの言葉を聞いて、少女はぽつりと言う。

「あいつらが来たらここの扉は封印する。ここの開け方、今はあたししか知らないし。この部屋は……あたしの父さんが、この遺跡の暗号を解いて見つけた部屋だから」


 少女は自慢げに――それでいて懐かしむようにそう言った後、少しうつむく。

「それに、あたしの居場所は……この遺跡しかないから。ここ以外に、行く場所はないの」

「ど、どういうこと? 君の家は? この遺跡のそばにあるって言ってたんじゃ……」

「……あれは嘘。本当は家なんてない。両親がいなくなってから、ずっと一人でこの遺跡に住み着いてる」

「ええ⁉ 一人でここに?」


 マルロはそれを聞いて驚く。人里離れ、砂漠の真ん中にたたずむぼろぼろに朽ちた古代の遺跡――――こんなところに一人っきりで住んでいるのだろうか、と考えると、マルロはその暮らしが想像できないように思った。


 そして、少女に両親がいないことについても――自分と似たような境遇だと感じた。

(この子……親がいないんだ。そういえば、父親が考古学者って言ってたけど、もう死んでしまったってことなのかな……)


「不便だけど、平気。生きるのに必要なものは、街のそばの砂漠に落ちてる死霊をあやつったりして……街から時々拝借してるから」

 少女はぽつりとそう言った後、顔を上げ、マルロの方に体を向ける。

「それより、あの霧……一体何なの? アンタ、霧から離れるように言ってたけど……霧の外は安全ってこと? どうして?」

 少女はそう言ってマルロをじろりと見る。そしてマルロがぎくりとした様子なのを見ると、再び口を開く。

「もしかして、死霊たちは、あの霧の外には出られないの? 幽霊船の中にも常に霧が立ち込めてたし……」


 マルロはそれを聞いて図星だったためドキリとするが――――もうここまで知られている以上、生命の壺については隠すとしても、霧についてはある程度のことは話しておくことを決意し、軽く溜息をつく。


「……君の言うとおりだよ。うちの船員たちは……船に漂ってる霧の中にいることで動くんだ。だから、ネクロマンサーみたいな感じで誰かがあやつってるんじゃない。ハイロさんがネクロマンサーって言ったのは、霧のことをなるべく隠そうと思ったから言った……僕らが考えた嘘なんだ」


 少女はそれを聞いてしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言う。

「アンタが死霊のことを操ったりしてないって言ってたのは……本当だったのね。でも、じゃああの霧はどうやって……」

「僕にもわかんないけど……僕の父さんが、あの霧を作り出したみたいなんだ」

「そう……。じゃあアンタの父親の、行方不明の船長がネクロマンサー……? 確かに死霊を操るだけでなく、命を与える術は……高度な死霊術として一応存在するわ。でも、それも離れたところからはできないはずだし……。何かまた、別の術を使っているのかしら……」


 少女がそう言って考え込んでいるのを見て――――マルロはふと、船員たちに少女を連れ戻すよう言われていたこと、そして同時に彼女を慰めるように言われたことも思い出す。

 マルロはなんて言えばいいんだろう、と少し考えた後、コホンと咳払いを一つし、口を開く。

「あのさ、君が僕を人質にとってまで死霊術にこだわるの……わからなくもないよ? 親がもういないって言ってたし、お父さんかお母さんと、もう一度話をしたいんだよね。僕も、両親と話をしたことがなくて、顔も知らない母さんとか、行方不明の父さんと、一度話をしたいってずっと思ってるから……」

 少女はそれを聞いて顔を上げ、きょとんとした顔でマルロを見る。

「……別に違うけど? 確かに親はもういないけど……遺体は残ってないから、死霊術は使えないし」

「……え?」

(なんだ、てっきりそういうことなのかと……)

 マルロは予想が外れて拍子抜けする。


「遺体がなくても死者の霊魂を呼び出す術もあるけどね。『口寄せ』って言って、死者の霊を呼び寄せて自分に憑依させる術は……母さんの得意分野だった。あたしはそっちには向いてなくて、死体を操る方が得意みたいだけど」

「君のお母さん……? もしかして、君、お母さんから死霊術を学んだの?」

 少女はこくりと頷き、話を続ける。

「母さんもネクロマンサーだったから。遺跡で死霊を操る練習をしてた時に、考古学者の父さんと出会ったみたい。それからは家族でウエスの街に住んで……死体を操ったりするのは人目もあるし、母さん街ではしてなかったけど。でもさっき言った口寄せだとかは結構街の人の役に立つみたいで、霊能力者として街の人からも重宝されてたんだけど……」

 そこで少女の顔に陰りが見える。

「街の外の人の意向って話みたいだけど、突然……死霊術が黒魔術だとか言われて、禁忌の対象になった。禁忌を犯した、死体を操るおぞましい術を使う奴だって言われて母さんは捕えられて、処刑された。それをかばった父さんまで、ネクロマンサーと一緒になった危険人物だって言われて……二人とも……」


 少女は俯き、言葉を途切らせる。そうしてしばらくした後再び顔を上げ、遺跡の部屋を見渡し、話を続ける。

「あたしは父さんに、この遺跡に逃げるよう言われた。誰かが追いかけてきたら、遺跡の骸骨をあやつって退しりぞけるようにって。まさか遺跡に逃げたなんて思われなかったみたいで、結局ウエスの街から追っ手は来なかったけど……今まで、この遺跡にやって来た考古学者や盗賊なんかは、そうやって退けて生きてきた」

「そう……だったんだ」

 マルロは想像していたよりも壮絶な少女の生き様に、終始圧倒された様子で話を聞いていたが――――ふとあることを思い出して疑問に感じ、それを口に出してみる。


「でも……家族じゃないなら、一体誰と話がしたいの? 前に……すでに死んでるけど一度話をしたい人がいる、って言ってたよね?」

 少女は頷き、口を開く。

「あたしが話をしたい人は……ここにいる」


 少女は自分の隣にある、複雑な模様が彫られている棺桶に手をかけ、それを開ける。その中を見たマルロは息を呑む。


 棺桶の中には、大人の骸骨が入っていて――――その骸骨は桃色の薄く透けた綺麗なヴェールを頭にまとい、同じような色の、足元まであるドレスのような長い衣服も身に着けていた。そして棺桶内にはルビーやダイヤモンド、サファイアなどの宝石がついた装飾品が入っている他、胸元には、見事な大きさのエメラルドのブローチがついている。

 そのようにきらびやかな宝物に囲まれ、手を胸の下の位置で組み、綺麗な状態で保管されているその骸骨は――――まるで、棺の中で安らかに眠っているようであった。


「この子は……たぶん、アイリーンっていうの」

 少女はそう言ってブローチの後ろに書かれてある文字を見せる。マルロにはその文字は読めなかったが――古代文字か何かを少女の父親が解読したのだろうかと考える。

「父さんとあたしで見つけたの。この部屋には仕掛けがあって、簡単には入れなくて……今まで誰にも発見されていなかったけど、おそらく……古代の砂漠の国の、お姫さまなんだと思う」

 少女はアイリーンの頬をそっと撫でる。

「父さんはこの部屋の発見を論文にまとめて、世界に知らせる予定だったけど……その前に死んでしまった。だからあたしは、この部屋とこの子のことは誰にも知られたくないし、盗賊なんかに荒らされるのも嫌で、この子を守ることを生きがいに、これまで……この遺跡で生きてきた。この子だけは大事にしてて……あたし、一度もあやつったりなんかしなかったわ」

 少女はアイリーンを愛おし気に眺めた後、マルロの方を真っ直ぐに見る。


「あたしは……願いが叶うなら、死ぬまでに一度だけ、この子と話がしてみたかったの」


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