第22話 死霊対決
「君、ネクロマンサーだったんだね……」
マルロは、自分を確保しているスケルトンをちらりと見てそう呟く。
「……そうよ。子どもだから、そんな訳ないとでも思った?」
少女が紫色に瞳を光らせながら言う。その瞳は、周りのスケルトンたちの目の光と同じ色をしている。
「でも、じゃあ何でうちの船員たちのことは……
「……できなかったの。だから、すでに誰かに
少女は目を光らせたまま、マルロを見る。
「あのネクロマンサーに、幽霊船の死霊をどうやって
マルロは少女のその執念深さに驚く。次いで、ハイロが少女に言っていたこと――「見ていて非常に危なっかしい」という言葉をふと思い出す。
幽霊船の船員たちの実力に信用があるからだろうか。マルロは捕えられている自分よりも――――なぜだか少女の方が心配な気持ちになる。
「でも、後ろには幽霊船の船員たちが来てるし…………」
少女はそれを聞いて鼻を鳴らす。
「こっちの方が数は多いわ。この遺跡の中には、大量の人骨が残ってるから。それに……すでにアンタを手中に確保してるから、向こうはあたしに手出しできないはず。こっちの心配なんてしてもらわなくても、結構よ」
それを聞いたマルロは、不死身の死霊同士で、終わりなき戦いでも繰り広げる気なのだろうかと驚き――――一体これからどうなってしまうのだろうと考え、ごくりと唾を飲み込む。
「おーい! シルバJr.、どこにいるんだ? こんな暗いとこに子ども二人でさっさと行っちまうなんて、危ねぇぞ?」
向こうからスカルが呼び掛けている声が聞こえてきて、マルロはハッとする。
「噂をすれば……来たようね」
少女はぽつりと呟くと、マルロを確保しているスケルトンを
やがてスカルを先頭に、船員たちが角を曲がってマルロたちのいる部屋にやってくる。
船員一同は、少女の持つ蝋燭の灯りに照らされ、スケルトンに高く掲げられたマルロを見て、ハッとする。
「マルロぼっちゃん‼」
サムが顔を青くして叫ぶ。スカルは驚いた様子でスケルトンらに掲げられたマルロを見る。
「な…………シルバJr.⁉ どうなってんだ⁉」
「アンタたちの船長は捕えたわ。返して欲しければ、こちらの要求に応えて」
少女の先程談笑していた時とは違う、冷たい物言いを聞いて、船員たちは目を丸くするが――――次第にその表情は、怒りの色へと変わってゆく。
「なーにふざけたこと言ってやがんだ。痛い目に合いたくなけりゃ、大人しくシルバJr.を返しやがれ!」
スカルが少女に向けて吐き捨てるように言う。
「さては……騙しおったな。街から離れた遺跡なんぞを目的地に指定するとは、なにやら怪しいとは思うておったが……」
ヘルだけは表情を変えずに、ぽつりと言う。
「
「
スカルはマルロにしか目がいっておらず、
「さては…………てめぇ、ネクロマンサーか‼」
そう言ったスカルの目はギラリと光り――マルロがこれまでに見たことのないくらい、怒りの形相に満ちていた。
それを見た少女は恐れおののき、ビクリとした様子だったが――――次の瞬間、周りのスケルトンたちに号令をかける。
「アンタたち、やっちゃいなさい‼」
紫色の光る目をしたスケルトンたちが、船員たちに向かって一斉に向かってゆく。先頭にいるスカルがその場で海賊剣を二本同時に鞘から抜き取り、その刃を胸の前で交差させる。
その時、スカルの目が再びギラリと銀色に光ったように、マルロは感じた。
(スカルの様子が……いつもと違う。戦闘体制に入ったみたいだ…………)
マルロははらはらした様子で成り行きを見守る。やがて紫色の目のスケルトンたちが、スカルが剣を構えている――紫色の霧が広がった場所へ足を踏み入れる。
その時――――――スケルトンたちが一斉に足を止め、ここはどこ、といった様子で辺りをきょろきょろと見渡し、私は誰、といった様子で自分の体を見――――皆が一斉に、目を丸くしている。
その目は――――もう紫色には光っておらず、白い色をしていた。
「な、なんだ? 来ねぇのか?」
スカルはぽかんとした様子で剣を構えるのをやめる。スカルの目も、白く光るいつもの目の色に戻っていた。
「おそらく…………霧の範囲に、足を踏み入れたからだろう」
ヘルがぽつりと言う。
「でもこいつらはただの骨じゃなくて……さっきまではネクロマンサーに
「…………周りを見てみろ。我にもよくわからぬが、
ヘルがそう言うので、スカルは辺りを見渡し、状況を確認する。
「なんだ、これは……。力が湧いてくる‼」
「我らは…………もしや、復活したのか?」
「
「信じられん。話すことができるなんて、一体、何千年ぶりのことだろうか……」
霧の中にいるスケルトンたちは、幽霊船の皆に比べると丁寧な口調ではあったが――幽霊船の船員たちのように、口々に喋り始める。
少女は呆気に取られた様子でそれを見ていたが――――焦った様子で命令する。
「な、何してるの! 早くあいつらを攻撃して!」
霧の中にいる遺跡のスケルトンたちは、冷ややかな目で一斉に少女を見る。
「今だけは、命令しても無駄だよ、お嬢さん。我らは自由になったようだ」
「向こうのやつらが誰だか知らないが、お嬢さんが連れてきたのだろう?」
「この城の侵入者という訳でなければ、我らが攻撃する必要性は感じぬ」
「今まで我らのことを好き勝手に動かしていたようだけれど、今だけはそういうわけにもいかないようだな」
「とはいえ……向こうの味方になったわけではない。お嬢さんのことは攻撃したりはしないから、安心しなさい」
少女は命令が通じない様子のスケルトンたちを見て、顔を青くしている。
「よくわからんが…………どうやらてめぇの
スカルがじっと少女を見据え、霧が広がるのに合わせてゆっくりと近づいてくる。その両手には、海賊剣がまだ握られている。
「な…………何する気?」
少女はじりじりと近づいてくるスカルに対し、数歩後ろに下がる。
「ネクロマンサーなんて、俺らからすりゃロクなもんじゃねぇからな……。これ以上生きていられても厄介だ…………」
(……まずい。この子、殺されるんじゃ…………)
マルロは恨みのこもった目で少女を睨んでいるスカルを見ると、そんな可能性を感じ――――
「僕のことはここに置いて、この霧から離れるんだ! そうすれば、君は助かるから!」
少女とスカルが同時に、目を大きく見開いてマルロを見る。
「ど、どういうこと?」
「な、何言ってんだ? シルバJr.」
「いいから、早く!」
マルロがそう言うと、少女は術を解いたのだろうか、ぱっといつもの顔に戻るとすぐさま駆け出し、遺跡の奥に向かって逃げ出す。
それと同時にマルロを捕えていたスケルトンも術から解放され、マルロのことを放した。
「…………なーにあの子の肩持ってんだよ、シルバJr.」
霧とともに、スカルがマルロの元にやって来る。スカルは苦々しい顔をして、マルロを見下ろしていた。
マルロがバツの悪そうな顔をして、何を言おうか考えていると――――スカルは大きく溜息をついた後、マルロの耳元にそっと囁く。
「………………愛か? 愛なのか?」
「……え?」
マルロはぽかんとした顔でスカルを見上げる。
「……同じくらいの歳みてぇだし、なかなか見れる顔をしてるからな……。好きになっちまうのもわかる。だが、よりによってネクロマンサーとはな…………」
「な、何言ってるのスカル! そんなんじゃないよ」
マルロは突拍子もないことを言いだしたスカルに対し、顔を真っ赤にしながら慌てて否定する。
「いや、でも…………正直、アリなんじゃねぇか?」
近くで話を聞いていた幽霊がやってきて、海賊剣を
「何がアリなんだよ」
スカルが
「だって、俺たち死霊が苦手じゃねぇ女の子なんて、ネクロマンサーくらいしかいねぇだろ? ってことはだ……。将来、シルバJr.の嫁さんとして、一緒に船に乗ってくれる女の子なんて、ネクロマンサーを除けば皆無だぜ?」
「確かに……シルバ船長の時だって、嫁さんは一緒に船に乗らなかったもんな」
「シルバJr.は、突然船長が『俺の息子だ』って言ってどっかから持ってきたんだし……嫁さんの顔すらも俺たちは知らねぇや」
「詳しい事情は知らねぇが……不気味な幽霊船なんかには乗れないって、嫁さんに断られた可能性もあるよなぁ」
「だとしたら、俺らのせいで船長は……愛する
「ああ、なんてかわいそうな我らの船長……」
そんな幽霊たちの話を聞いていたヘルが、後ろからやって来て――――ニヤリと笑い、スカルを見る。
「なるほど……言われてみれば、確かに貴重な人材だな。シルバJr.に子がおらぬと、この幽霊船はいずれまた船長を失ってしまうのだから……そこのところは、非常に重要な問題だ。それをお前は……あの子を無駄に怖がらせて、みすみす逃がしてしまったのではないか?」
「んだよ、確かにそうかもしれねぇが…………てめぇらまさか、ネクロマンサーを船に乗せる気か⁉」
「ちょ、ちょっと待ってよ……僕はそんなつもりなんて」
盛大に勘違いが先行している展開に、マルロは頭がくらくらとしてしまう。
そんなマルロの体をサムが後ろから受け止める。マルロはほっとしてサムを見る。
「サム、何とか言ってよ。みんなが勝手に……」
マルロはサムの顔を見てぎょっとする。サムが涙を流していたからだ。
「マルロぼっちゃんにいい人ができたなんて……あっしはもう……感激でやんす……」
マルロが呆気に取られた顔でサムを見ていると、幽霊にがしっと肩を掴まれる。
「なーにぐずぐずしてんだ、シルバJr.。早くあの子を連れ戻してきな!」
「え、でも…………」
マルロは先程からずっと、ぽかんと口を開けたまま船員たちを見ている。
「大丈夫、俺たちもう攻撃なんかしねぇから、安心して連れてこい」
「スカルがまだ暴れるようなら、全員で止めてみせるからさ!」
「シルバJr.、男を見せろよ!」
「相手は女の子だ、優しく慰めるのも忘れるな!」
「相手は今、意気消沈してそうだから…………チャンスだぞ!」
マルロは幽霊たちに一斉に、遺跡の奥の方へとぐいぐいと体を押される。
「わかったよ……行ってくる、行ってくるから押さないで……。でも、来てくれるかどうかはわかんないよ?」
マルロが諦めた様子でそう言うと、幽霊がマルロの頭をばしっと叩く。
「俺らの船長がそんな弱気でどうすんだ。絶対連れて帰って来いよな!」
ようやく幽霊たちから解放されたマルロは、ふらふらと頼りない足取りで歩き出す。
(どうしてこうなったんだろう……)
マルロは盛大に溜息をついて、少女が残していった
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