第21話 砂漠の遺跡

 マルロが少女のことでいろいろと振り回されていた頃、船員たちの間では、これからの行き先についての話し合いが行われていた。


 その結果は――――船長のマルロ抜きで話し合われていたこともあり、明確な結論は出なかった。

 そのため、ひとまずは、体調が回復した(実際には仮病を使っていたようだが)少女の要望により、少女を住んでいる場所まで送り届けることになった。


 そしてそうなれば、結局ウエスの街の方面に行くのだろうということで、それならついでに行こうという話になり――――ひょんなことから、ウエスの街行きが決定したのだった。



 なぜか部外者の少女の影響で行き先が決まってしまい、マルロはなんだか面白くない感じがしたが――――そういえば少女を助けようと言い出したのは自分だということを思い出し、仕方ないかと溜息をつく。


(なんだかこの子が来てから振り回されっぱなしな気がするけど……まあいいか。ウエスの街に行けることになったのは僕だって嬉しいし。家まで送り届けるくらいなら付き合ってあげてもいいよね)


 マルロはそう思いながら、甲板にいる少女のことを観察する。少女はこの船の異形の船員たちに対しては愛想よく接しているようで、ここに来てから数日の間で、すっかり船員たちに馴染んでいた。

 今も、甲板にいるサムや幽霊たちに笑顔を見せ――――船に来た当初は敬語を使っていたものの、今では船員たちの雰囲気に合わせてか気さくな感じで話をしている。


 そんな少女をマルロは不思議に思う。

(僕とか、ハイロのおじさん…………人間に対してはつくづく無愛想なのに、変だなぁ。人間よりも、死霊の方が好きなのかな?)

 そう思ったマルロは、ふと自分と重なる部分があるように感じる。

(でも……僕だってそうだよね。人間よりも、もう幽霊たちの方に慣れっこになってるし)

 そう考えると、マルロはいけ好かないと思っていた少女に対し、少しだけ親近感を持てるような感じがした。



 そうこうしているうちに、少女の体調の回復を待つ間に裏で進められていた、幽霊船を砂竜のサリューに取り付ける作業が完了する。

 サリューの尻尾の骨に数ヶ所ロープを巻き、それを幽霊船のマストに取り付け、サリューに引っ張ってもらって砂漠を越える手筈てはずとなっていた。


「よし、準備完了だ! ちょうど日も徐々に沈んできた頃合いだし、そろそろ行こうぜ。てなわけで船長、出航の音頭を取ってくれや」

 スカルがそう言うと、少女は眉を潜めてスカルを見上げる。

「船長……? 船長って、今この船にはいないって話なんじゃ……」

「ああ、今はこの……シルバJr.が船長の代理をしてんだよ。シルバ船長の息子だからな」

 スカルはそう言ってマルロの肩にぽんと手(の骨)を置く。

「……そうだったの。どうりで、普通のお子様が幽霊船なんかに乗ってるわけね」

 少女は納得した様子で、またも自分も子どもであることは棚に上げてそう言う。


「ちなみに、どこに向かえばいいの? ウエスの街?」

 出航の合図を促されたマルロだったが、詳しく行き先を聞いていなかったことに気が付いて、少女に尋ねる。

「……そうね…………」

 少女は何と言えばいいか少し迷っている様子だったが、やがて口を開く。

「とりあえず、ここから北にある『砂漠の遺跡』に向かって」

「遺跡? 嬢ちゃんの家は、ウエスの街にあるんじゃねぇのか?」

 スカルは不思議そうに少女を見る。

「あたしの家は……ちょっとだけ、街の方からは離れてるから。ウエスの街よりは、どちらかというと遺跡の方に近いの」

 少女はスカルにそう答える。スカルも特に追求はせず、そんなものかといった様子で頷く。


「じゃ、行き先はとりあえず『砂漠の遺跡』な」

 スカルはそう言って、マルロの肩を掴む。マルロは出航の合図を待っている船員たちに向けて言う。

「じゃあ……サリューに連れてってもらって、みんなで砂漠を越えよう! 『砂漠の遺跡』に向かって、出航ーー!」

「あいよ! 任せな!」

 マルロの合図に対してサリューが答えると、ギギギギ……と骨の軋む音がして、サリューがゆっくりと動き出す。


 そして幽霊船はサリューの力によって、砂漠の砂の海を掻き分けゆっくりと進んでゆく。


「じゃあ、また後でね、海坊主たち!」

 マルロは海の上から顔を出し、揃って佇んでいる海坊主たちを見ると、大きく手を振る。

 海坊主たちは少し淋しそうな様子だったが――――こちらに向けて一斉に手を振り、マルロたちのことを見送ってくれた。



「死霊たちと喋れるのって、いいわね」


 そのまましばらく夜の砂漠を進んでいると――――少女が幽霊たちと話し終えた後に、嬉しそうな様子でこちらにやってきて言う。珍しく笑顔な少女をマルロは思わず二度見する。


「あたしが見た事ある死霊術は、死体を動かすだけだったんだけど。一体どうやってるんだろ……ホント気になる」

「ねえ、君……死霊術について、どうしてそんなに知ってるの?」


 マルロは前からずっと気になっていたことを聞いてみたが、少女は砂漠の景色を見つめたまま黙っている。もしかして、また無視されてるのかな……と思ってマルロが口を尖らせていると、少女が遅ればせながらもそれに答えてくれる。


「あたし、生き返らせたい人…………じゃなくて、すでに死んでるけど、一度話をしてみたい人がいるの。だから……死霊術について勉強中ってわけ。高度な死霊術は、死霊に生命を与えることもできる、って聞いてね」


 マルロはそれを聞いて驚き――――もしかして、家族か誰か、少女にとって大切な人が亡くなったのかな、と想像する。

 こういう時って何を言うべきなのだろう、とマルロが迷っていると、少女が話を続ける。


「ここのネクロマンサーも、かなり高度な術が使えるんだと思う。ここまで自由に喋ったり動いたり……いろいろできる死霊は初めて見たから。でも……死霊の持つ能力って、ネクロマンサーのさじ加減で好きに振り分けられるみたいなの。だからその分、ここの死霊たちは戦闘力はさほど高くないのかもしれないわね」


 少女の考えを聞き、マルロはそうなのかな、と首をかしげる。死神のヘルはともかく、確かにここの船員たちが戦う様子はこれまで見たことがなかったが――――スカルがいつも「不死身で最強の部隊」なんて自信たっぷりに言っている様子を見ていると、そんな弱いって感じはしないけどな、と密かに思った。


「楽しんでるかい?お二人さん」


 ちょうどそのスカルが――――二人が一緒にいるのを見て、何やらニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。


 どうしてそんなにニヤニヤしているのだろう、とマルロは疑問に思いつつもそれに答える。

「砂漠の旅のこと? うん、楽しんでるよ。砂の上を船で行くなんて面白いよね」

 マルロがそう言うと、スカルがわかってねぇな、といった感じで両手を上げ、肩をすくめる。

「ま、いいさ。楽しんでるようなら何よりだ」

 スカルはそう言うと、今度は少女の方に尋ねる。

「ところで……砂漠の遺跡って、どんなとこなんだ? 俺たちも、そこには行ったことがなくてな。嬢ちゃん、よく知ってる場所なのか?」

 少女はこくりと頷く。

「何千年前かにこの辺りにあったって言われてる、『砂漠の国』の城の遺跡みたい。とっくの昔に絶滅した国なんだけど。あたしの父さん、考古学者だったから……よく一緒に連れてこられてたから知ってる」

 マルロはそれを聞いて少し意外に思ったものの、少女の父親に興味が湧く。

(考古学者? そうなんだ。考古学者っていろいろな知識を持ってそうだし、もし会えるなら……ちょっと話を聞いてみたいかも)

「王国の城跡か。ってことは……ちょっとしたお宝でも眠ってんじゃねぇか?」

 スカルが骸骨の奥にある目を爛々らんらんと輝かせ、身を乗り出して少女に言う。しかし少女は即座に首を横に振る。

「千年以上前の城って言ったでしょ? もうとっくに盗賊に盗まれたりだとか……考古学者の発掘が済んでたりして、もう目ぼしいものは残ってないはず」


 少女はそう言った後、ふと何か思いついた様子で、スカルを見上げる。

「あ、でも……そういえば、その遺跡の中に、あなたたちにちょっと見てほしいものがあるの。遺跡に着いたら、ちょっと一緒に来てくれない?」

「ん? 何だか知らねぇけど……いいぜ。どうせ遺跡まで行くんだからな、中まで行くくらいなら全然構わねぇが」

「ありがとう」


 マルロは、そう言った少女が少しほくそ笑んだ――――ような気がした。




 そのまま船は、深夜の砂漠を進み続け、マルロは遺跡までの旅路を船員たちに任せてすでに就寝していたが――――数時間後、サムに起こされる。


「すいやせんね、マルロぼっちゃん。どうやら、あの少女が例の遺跡を見つけたみたいで。あっしらだけ行ってきても良かったんですが……少女が、ぼっちゃんにも来てほしいって言ってるみたいで」

「うん……? あの子が?」


 マルロは眠い目をこすりながら、あの少女も自分と同じ年くらいの子どもなのに、夜中ずっと起きてたのだろうかと思うと驚く。

 それに、なぜ自分に来てほしいのだろうと考えつつも、サムに言う。

「いいよ、僕も遺跡見たかったし……」


 マルロが急いで着替えを済ませた後、サムに連れられて甲板に行くと、すでに船は停めてあって――――船員たちが全員甲板に集まっていた。


「やっと来た。あれが砂漠の遺跡よ」

 少女はマルロを見つけると駆け寄ってきて言う。マルロは少女が指さした方を見る。

 そこには、古い石造りの古代の城が――――大部分は砂に埋もれながらも佇んでいた。

 戦でもあったからか、長い年月を経てだろうか、あちこち崩れ落ちたり、石柱の多くは折れている。ただ入口の柱は残っていて、中に入れそうだった。


「あそこから入れるから、みんなで来てくれる?」

 少女が尋ねると、スカルが頷く。

「ああ、俺は行ってもいいぜ。ただ、船の守りも残してぇし、全員じゃなくてもいいよな?」

 少女は少し考えた後、頷く。

「そうね、あんまり大人数で行くと……遺跡の床がもろくなってて底が抜けるかもしれないし。何人かに見てもらえれば十分よ」

「じゃ、俺の部下たちは残していくかな」

 スカルは頷いて、自分の部下のスケルトンたちの方に向かい、何やら話している。


「念のため、我も行こう。……ムー。おぬしは……何をすべきか、自分でわかっておるな?」

 ヘルの後ろに付いて行こうとしたムーはぎくりとした様子でヘルを見、残念そうに肩をすくめる。

「……はぁい、お師匠さま」

 ヘルはとぼとぼとした様子で船室に戻るムーを見送った後、少女の方をちらりと見やる。


 少女はキョロキョロと辺りを見渡し、誰が遺跡に行くか確認した後、マルロの方を振り返って言う。

「……アンタも来てくれる? 一応この船の船長なんでしょ」

 そう言われたマルロは、自分も遺跡内を見てみたかったため、快く頷く。

「うん、わかった」



 そうしてマルロとスカル、ヘルの他、マルロが心配なゾンビのサム、それに、好奇心旺盛な幽霊たちが遺跡の内部へと行くことになった。


 一行は少女に促され、遺跡へと向かう。船員たちは、遺跡内部にも霧が行き渡るのを確認しながらゆっくりと歩みを進めていたため、自然とマルロと少女が先行するかたちになった。


 少女は歩きながら、小声でマルロに耳打ちする。

「……ねえ。あのネクロマンサーは一緒に来てくれないの?」


 マルロは一瞬誰のことを言っているかわからずきょとんとしていたが、少女の前ではハイロをネクロマンサーということにしたんだったと思い出す。

「ああ! ハイロさんは、うちの幽霊船では、船員じゃない扱いみたいで……あんまり僕らと行動しないんだ。船の中にいることがほとんどなんだよ」

「……そう。ネクロマンサーの彼には是非来てほしかったんだけど…………まあいいわ」

 少女は少し残念そうな様子で肩をすくめる。そして後ろを振り返ると、少し首をひねる。

「後ろの死霊たち、やけに歩くのが遅いのね」


 マルロも後ろを振り返る。霧が遺跡内に入るのに時間がかかっているようで、船員たちはゆっくりとしか足を進められていないようだ。


「もしかして、他の能力が高い分、敏捷びんしょう性が高くないのかしら」

 不思議そうに言う少女のことを横目で見ていたマルロは、少女が霧のことに気が付かないように、何とかそこから意識を離そうとする。

「そ、そうかもね。まあ……僕らだけで先行ってもいいんじゃない?」


 少女はマルロをじっと見つめなにやら考えていたが――――やがてこくりと頷く。

「じゃ、そうしましょ」


 少女はそう言うと、マルロの腕をむんずと掴み、ぐいぐいと引っ張って歩いていく。マルロは急に腕を掴まれてどぎまぎしながら、慌てて少女に付いて行く。



 遺跡の中は瓦礫がれきや白骨のようなものが無数に落ちていて、大層歩きにくかったものの、少女は結構な速足で、遺跡の奥に向かってどんどんと歩みを進めている。


 それに伴い――――入口から差し込んで遺跡内を照らしていた月明かりもやがて見えなくなり、次第に辺りは真っ暗になってゆく。

 マルロはこのままでは何も見えなくなるのではないかと思い、急に不安になる。


「ねえ、真っ暗になって、何も見えなくなってきたけど……大丈夫なの? 君は足元とか、ちゃんと見えてるの?」

「……この場所に入るのは、慣れてるから」

 少女はそう短く答えるも、辺りが真っ暗になったところでふと立ち止まって言う。

「……とはいえ、もう完全に何も見えないわね。この辺りで灯りをつけるから、ちょっと待ってて」


 少女はそう言うと、ぱっとマルロの腕を離す。マルロは急に暗闇に一人取り残された感じがして、不安になる。


 その時――――コツリ、コツリという音が、辺り一帯から聞こえてくる。


 マルロは慌てて周りを見渡すも、真っ暗で何も見えない。そして、その音がどうもいつも聞いていたような音だと感じ――何の音だっけ、と考えを巡らせる。


(この音は…………そうだ! 確か、うちの幽霊船の…………スケルトンたちの足音に……どこか似ているような…………)


 それに気づいた瞬間、誰かがマルロの体を後ろから掴み、身動きが取れなくなる。その感触も、スケルトンに触れた際にいつも感じていたものと同じ――ゴツゴツとした、骨の感触だった。


 そして辺りを見渡すと――――紫色に光る無数の目玉が、一斉にこちらを見ていた。


「後ろの死霊たちと離れてくれて、ある意味好都合だったわね」


 ぽつりと呟く声がして、後ろを振り返ると、少女が火を灯した蝋燭を持って立っていた。その少女の瞳は――周りの目玉の色と同じく、不気味に紫色に光っている。


 そして、少女の灯した蝋燭の灯りが辺りを照らし、見えてきたのは――――紫色の光る瞳でこちらを見ている、無数の骸骨――スケルトンたちであった。スケルトンたちは、少女の傍らに集まってきて、マルロのことをじっと見つめている。


 その様子を見たマルロは、ある事実に気が付き――――顔を青くする。


(この子……死霊術について勉強中だって言ってたけど、まだ子どもだから、勉強してるだけだと思って、気にしてなかった……。でもたぶん……この子が……この子こそが、死霊を操ることのできる、死霊術師ネクロマンサーだったんだ……!)


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