第20話 死霊術師

「ところで……どうして大人の人間に会いたいの?」


 少女とともに先程の部屋を出たマルロは、ハイロの部屋に向かって廊下を歩きながら、再びその旨を少女に尋ねる。


 少女はサムがいないからか、今度はすんなり答えてくれる。

「ここって……幽霊船なんでしょ。ここに連れてこられた時に見てたから知ってる。それで……前からずっと、幽霊船にいる死霊術師ネクロマンサーに会いたいと思ってたから来たってわけ」

「ね、ねくろま……?」

「ネクロマンサー。死霊を使役したりして……あやつることのできる能力を持つ人のこと」

「あ、あやつる? そんなことができるの?」

 少女はこくりと頷いて言う。

「死霊をあやつるのは、死霊術ネクロマンシーっていう……魔術の一種よ。ここの死霊は話ができてたりしてさまよってるだけって感じじゃないし、野良の幽霊船ではなさそうだから……それなら、この船には死霊をあやつっているネクロマンサーが必ずいるはず。それで、死霊以外の人間の大人がこの船にいるなら、その人がネクロマンサーなんじゃないかと思って」

「そ、そんな魔術があるんだ……」


 マルロはサウスの街にいる時に、様々な魔術を紹介する本についても読んだことがあるが、死霊術については書かれていなかったことを不思議に思うも――――もしかして子ども向けに書かれている本だった為に、そのような怪しげな魔術についての記載がなかったのかな、と考える。


 そして同時に、幽霊船の船員たちも、そのネクロマンサーとやらにかかればあやつられてしまうのかと思うと――――あまり気持ちのいいものではないように感じる。


「でも、うちにはその……ネクロマンサー? なんていないし……うちの船員たちは、誰もあやつられたりなんかはしてないよ? うちの船にはその……人間の大人も一人だけ乗ってて、今からその人の元に案内するつもりではいるけど……別にその人、そのネクロマンサーとかいうのじゃないし」

 それを聞いた少女は、即座に首を横に振る。

「そんなわけないでしょ。あやつられてないのに、なんで死体が人間みたいに動いてんのよ」

「……それは…………」


 マルロは生命いのちの壺の霧のことを少女にうっかり話してしまいそうになるが、それに関してはこの幽霊船の最重要事項であり、簡単に言いふらしてはいけない気がして――――慌てて口をつぐみ、別の言葉を選ぶ。


「……よくわかんないけど、みんなあやつられてなんかいないよ。みんな自分の意思で自由に動いてるし。僕にとっても大事な仲間だし、そんな船員たちをあやつるだなんて……考えられないよ」


「……ホント、おめでたいやつ」

 少女がぽつりと呟く。

「死霊は単なるアンタの仲間だって言うの? そんなのあり得ない。まさか、あのゾンビとか幽霊だとかスケルトンのことを、友達だとか家族だなんて思って……お互い一緒にいたいからいるなんて考えてんじゃないでしょうね? 呆れた……」

「で、でも本当に、この船ではそんな感じで……僕にとっては大事な仲間なんだよ!」

「それはアンタがまだ子どもだから、そう思ってるだけでしょ」

 少女は自分が子どもであることは棚に上げて言う。


 マルロはやっぱり可愛げのないヤツだなぁと思いながら苦々しい顔で少女を見――――ふと、少女の発言に引っかかる点があることに気が付く。


「そういえば……さっき、ここに連れてこられた時に幽霊船をって言って……幽霊船のネクロマンサーに会いたくてって言ってたよね。それに、ゾンビのサムのことだけじゃなくて、幽霊とかスケルトンがいることも知ってるみたいだし………………君、もしかして、今まで……ずっと起きてたの?」

「……うん、起きてた。竜の骨の化石が動きだして、砂から出てきたところも見てたし」


 それを聞いたマルロは、流石にそんなに前から見られていたとは思っていなかったため、目を丸くして驚く。


 そして、ある一つの可能性を思いつき――――おそるおそる少女に尋ねる。


「もしかして…………骨の竜を動かしてる僕らを見かけて興味が湧いて、この幽霊船に入り込むのが狙いで…………砂漠で倒れたふりして助けを求めたり、その後も仮病使って寝たふりしてたとか…………?」

「アンタってぼんやりしてそうな感じだけど…………案外鋭いじゃない?」


 少女がかすかに笑ってそう言ってのけるのを聞いたマルロは、開いた口が塞がらない。

(なんて子だ! 全くもう……。ホント、小説に出てくるヒロインみたいな純粋で優しい感じの女の子って、現実にはいないもんなんだなあ……)

 マルロは女の子に会ったのはこの少女たった一人だけなのにも関わらず、そう判断してしまう。


 そして、少女を助けた時――――同じくらいの年頃だし少しでも仲良くなれるかなと期待したところもあったが、少女のそのちっとも可愛げのない性格につくづくガッカリし、深く溜息をつく。



 そんなことを言っている間に、二人はハイロの部屋に行きつく。マルロは咳払いをすると、部屋のドアをノックをする。


「ハイロさん、僕だけど……。今、船員たちは一緒じゃないし、部屋に入ってもいいかな?」


 部屋からは返事が聞こえてこなかったが、やがて扉が少し開き、ハイロが扉の隙間から外の様子を伺うように覗きながら言う。


「何か用か? 少年」

「ハイロさん。この子…………砂漠で倒れてたところを助けて、この船に連れてきたんだけど、この子がハイロさんに何か用があるみたいで……」

 ハイロは不思議そうに少女を見ていたが、扉の外に船員がいないことを確認できたからか、扉を開いて二人を中に促す。

「……入りな」


 マルロは少女を連れてハイロの部屋に入る。ハイロの部屋の場所は、ムーが船内をくまなく案内してくれた時に教わってはいたものの――――ハイロの部屋に入るのは、実はマルロも初めてだった。


 ハイロの部屋は――――マルロの部屋のように暖かい色味はなく、どこか寒々しい色合いをしていた。焦げ茶色の木の床と壁のその部屋には荷物や家具はほとんどなく、床に布団が敷かれた寝床が部屋の隅に用意されている程度で、かなり寂しい印象を受ける。


「あなたがこの幽霊船のネクロマンサーなんでしょう?」


 部屋に入った途端、少女がそうハイロに話を切り出したのでマルロは驚いた。


 ハイロも驚いた様子でまじまじと少女を見ていたが、ようやく言われていることが理解できた様子で――――眉を吊り上げて少女に言う。


「この俺がネクロマンサー? そんなわけねぇだろ」

「でも、この船には大人の人間はあなたしかいないって聞いたから。他の大人は全員死霊みたいだし、この子は違うみたいだし……あなたしか考えられない」

 ハイロは軽く溜息をつくと、少女に向き直り言う。

「少女はここに来たばかりで知らねぇんだろうが、俺はただ……この船に居候しているってだけの者なんだよ」

「居候……? じゃあ、一体何が目的で、幽霊船に居候なんてしてるの?」


 少女の問いを聞いてマルロはハッとし、ハイロに注目する。以前からそこのところは気になってはいたものの、これまでじっくり話を聞いたことがなかったからだ。


 ハイロはしばらくの間押し黙っていたが、ようやく重い口を開く。

「それは…………俺は、もし死んだら、ここの船員になりたいと思っているからだ」

「えっ……⁉」

 マルロはそれを聞いて驚く。ハイロはマルロの方をちらりと見て言う。

「俺がヤツらに廃人だなんて呼ばれているのは……半分は演技だとしても、もう半分は真実でな。いろいろあって、もうすっかり人生を諦めていて…………これ以上残りの人生で何も成し遂げられやしない、朽ちてゆくだけの存在なんだ。生きる希望も何もねぇ中で、この幽霊船に出会って…………どうせ残り少ない人生だ、この船で世界を回るのもいいかって思いではじめは乗り込んだのさ。で、ここの奴らと暮らしているうちに、別に誰からも特別構われないからかな、案外居心地が良くなって…………死後にもこの船に乗ったまま、ゾンビだとかスケルトンにでもなって冒険できればそれが本望だ、と思いながら…………今に至っている」


(ハイロさん、そんなことを思って船に乗ってたんだ…………)


 マルロはハイロの気持ちを聞いたことがなかったので、話された内容に驚きを隠せず、目と口を大きく見開いたままでいる。


 一方の少女はハイロの話を胡散臭そうな様子で聞いている。

「…………何、それ。どうも胡散臭いわ。作り話みたいっていうか」

「感じ方は人それぞれだろうが、事実なんだよ」

 ハイロはそう言ってぽりぽりと頭を掻く。

「それに……大人の人間をネクロマンサーだと疑ってるって話だが、そんなら俺なんぞではなく、普通に考えて、この船の船長が鍵を握ってんじゃねぇのか? 今は行方不明って話みてぇだが……この幽霊船海賊団を作ったのも、その船長らしいからな」

「そうなのかもしれないけど…………今ここには、大人の人間はあなたしかいないんでしょ? その船長がどこにいるのか知らないけど、今この船にいないのなら、術をかけることなんて不可能よ。死霊術は、そんな離れた場所からは死霊のことをあやつることなんてできないし」

「だから……さっきから言ってるけど、誰もあやつってなんかないんだってば」

 マルロが口を挟む。少女はやれやれといった様子で首を横に振る。

「まだそんなこと言ってんの。あやつられてないなら、今、死体が動いてるのがおかしいんだってば!」


 頑なにそう言い張る少女に、マルロはハイロを困ったように見――――ふと、ハイロは生命いのちの壺の霧のことを知っているのだろうかという疑問が生まれる。そしてハイロがもし知っているのならば、それを少女に伝えてしまうのはまずいのではないかと思い、慌ててハイロを呼び寄せる。


「ハイロさん、ちょっと…………いい?」

「ん? 何だ、少年」


 マルロが手招きすると、ハイロは頷いて腰をあげ、マルロの方に近寄る。マルロはハイロにだけ聞こえるように耳打ちする。

「ハイロさんって……どうして船員たちが、死んでるのに動いてるのか知ってるの?」

「ああ、まあ誰かに直接聞いたわけじゃあないが…………なんとなくは察してるさ。辺りに漂ってるが関係してんだろ?」

 マルロはその言葉を聞いて、ハイロも霧のことを薄々わかっているのだと判断する。

「そのこと、幽霊船の秘密事項にした方がいいと思うんだ。なんだか、あの子に言ったらまずい気がする。船中くまなく調べられたりとかしそうで……」

「だが、それじゃあ、あの少女はこの船にネクロマンサーがいるって、思いこんだままになるんじゃねぇか?」

「うーん、確かにそうなっちゃうんだけど…………」


 マルロは少しの間考え――――あるアイデアをひらめく。


「……そうだ! いっそ、そう思わせてもいいんじゃないかな。この子の前では、ハイロさんがネクロマンサーってことにして」

「ええ? 俺が?」

 驚いてマルロを見るハイロに、マルロは両手を合わせて懇願するように言う。

「お願い、協力してよ。ハイロさんも……幽霊船がこの子にめちゃくちゃにされたりして、なくなったりしたら困るでしょ?」


 ハイロはううむ、とうなって腕を組んで考えているようだったが――――やがてマルロを見て頷く。

「わかった。上手くいくって保証はできねぇが……とりあえずやってみよう」

「ありがとう、ハイロさん! じゃあ…………僕からやってみるね」


 マルロはひそひそ話をやめ、今度は大きめの声を出す。

「知らなかったよ! みんながあやつられてただなんて……!」

 それを聞いて少女がマルロを見る。

「どういうこと? さっきから二人で、何かひそひそ話してたようだけど」

「ああ……。少年に、本当のことを明かしたんだ。実は、俺が船の皆を裏であやつってた……ってな」

 ハイロがマルロの言葉に合わせて言う。思いのほかハイロが上手いこと言ってくれたので、マルロは内心驚く。

「…………やっぱり、あなたが影で死霊たちのことあやつってたんだ?」

「ああ。この子を含め、船の皆には秘密にしていたのだが……。あやつっているだなんて知らせると、皆、ショックを受けてしまうかもしれないからな」


 少女はハイロの言葉を聞くと、勝ち誇ったようにマルロを見る。

「どう? あたしの言う通りだったでしょ? あやつられてもいないのに死体が動くわけないって!」

「そ、そうだね…………」

 マルロは本当は違うのにな、と思いながら苦々しい表情で少女に言う。


「船の死霊たちにはあやつっていることも悟られたくないからな、俺が口がきけないフリをして、なるべく直接は会わないようにしている。だから、死霊の船員たちには、このことは黙っていてくれないか?」

「……だから、ゾンビはこの人と話すのは無理だって言って…………アンタは、ここにこっそり連れてきたんだ」

 少女は納得した様子でマルロを見てぽつりと言い、次はハイロを見て言う。

「うん、別にそのことをここの死霊に話したりするつもりはないし、それはいいけど。それより、色々聞きたいんだけど…………ここの死霊たちは皆話せるみたいだけど、それってどうやってるのか教えてよ」


 少女がハイロにネクロマンサーの術について詳しく聞きたがるので、マルロは内心ドキリとするが、ハイロは動じた様子もなく涼しい顔で対応する。

「そんなことは他人に教えるわけにはいかねぇな。秘密事項、てヤツだ」


 マルロも使った「秘密事項」という言葉を使って、ハイロが少女の問いかけをするりとかわすのを見て、さすが大人だな、とマルロは感心してしまう。


「あっそ」 


 少女は不本意な様子であったが、一言そう呟いてぷいっと顔を背ける。マルロは意外とすんなり引き下がった少女を見てほっとする。


「……しかし…………」

 ハイロは腕組をしたまま少女を見、口を開く。

「幽霊船の中にいるにも関わらず……そしてまだ子どもなのに、その余裕のあるたたずまい…………。見た感じ、少女はずいぶん、自分の能力に自信を持っているようだな。だが…………見ていて非常に危なっかしい」


 マルロは、ハイロが先ほどこっそり打ち合わせした内容にないことを突然言いだしたことに驚き、目を丸くしてハイロを見る。そしてマルロにはその言葉の意味がさっぱりわからず――――いかにもネクロマンサーらしいことでも言おうとしているのだろうか、とマルロは考える。


 少女もその言葉を聞いて、いぶかしげな様子でハイロを見ている。ハイロは二人の反応を特に気にせず、話を続ける。


「自信があるのはいいことだ。だが…………決して、自分の力を過信するなよ」

「…………あたし、説教は嫌いなんだけど」

 少女は不快そうにハイロを一瞥いちべつすると、くるりと背を向け、部屋を出ていこうとする。


「じゃ、じゃあね、ハイロのおじさん。教えてくれてありがとう」


 マルロはそう言うと、少女をひとりで出歩かせては何をしでかすかわからないと思い、慌てて少女の後を追う。


 少女はハイロの部屋を出ると―――――ぼそりと呟く。


「…………何としてでも、聞き出してやるんだから」


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