第19話 銀髪の少女

「ねえ、この子……大丈夫なのかな」


 幽霊船に戻ると、すぐにサムを呼びに行ったマルロたちは、サムの指示により幽霊船の一室に少女を寝かせた。

 そのまましばらく反応がないことを確認すると、ヘルとスカルと幽霊はその後部屋を出て行ったが――――マルロはその場に留まり、サムとともに少女のことを見守っていた。


「そんなにどこか悪い感じはしやせんでしたがねぇ。人間を診るのは久々なもんで、ちっとばかり自信はねぇですが。単に、疲れ果てて眠っちまったんじゃねぇですかね」


 マルロは眠っている少女の顔を盗み見る。その銀髪と同じように色素が薄いまつ毛は長く、可愛らしい小さな口が少しだけ開いている。白い肌に美しい銀髪を持つせいだろうか、透き通るような麗しい見た目をしていて――――女の子をあまり見たことのないマルロから見ても、可愛らしい子だなと思った。


 すると、じろじろ見ていたのが伝わってしまったのだろうか――――少女が目を覚まし、マルロと目が合う。マルロは思わず視線をそらし、サムの腕をぎゅっと握る。


 サムが不思議そうにマルロを見る。

「マルロぼっちゃん、どうしたんで…………あ、起きたんですね。大丈夫でやんすか?」

 少女が目を覚ましたことに気が付いたサムは、少女に声をかける――――が、その後、自分がゾンビの姿であることにハッと気がついた様子で、慌てて後ろを向く。

「ああっと……ちょっと待っててくだせぇね」


 サムが慌てて部屋を出ていく。おそらく人間の変装をしに行くのだろうか、とマルロが考えていると、少女が口を開く。


「あのゾンビ……喋れるんだ」

「…………え?」


 退室するサムを眺めつつぽつりとこぼした少女を、マルロは驚きの目で見る。少女は体を起こすとこちらに向き直り、今度はマルロのことを無表情のままじっと見つめた後、口を開く。


「ねぇ」

「な、何?」


 マルロは初めて同年代の女の子と喋るためか、急に話しかけられてどぎまぎするが――――相手の少女は、そんなマルロの心境には一切気がついていない様子である。


「アイツらって……誰がんの? まさか、アンタ……じゃないでしょ?」

「あ、あやつるって…………な、何のこと?」

 マルロは驚いた様子で、少女のことをまじまじと見つめる。

「そっか、アンタは子どもだから知らないんだ」

 少女は自分も同じくらいの歳の子どものくせにそう言うと、もうマルロには興味がないといった様子で、マルロからふいっと視線を逸らす。


 マルロは、明らかにゾンビの姿をしていたサムを見ても、怖がるどころか驚きもしない少女のことをいぶかしく思い、横目で密かに観察する。


 どこか気だるげで、にこりとも笑わない無愛想な表情。そして、声は落ち着いた感じの声色だったものの――それでもどこか、つっけんどんな物言いや態度だという印象を受けた。


 そんな少女の様子にマルロは、寝ているときは思わず見とれるほど可愛らしかったのに――――目を覚ましてしまえば思っていたよりも可愛げのない感じだなと思い、口を尖らせる。


 マルロは眠っていた時の少女のその透き通るような美しさすら感じる見た目から、好きで読んでいた冒険小説のヒロインのような、優しくてほがらかな感じの少女を勝手に想像イメージしていたが――――小説とは違って現実はそうはいかないのかなと思うと、こっそり溜息をつく。

 そして――――「自分の思った通りにいかないことなんか……生きてると、ザラにあるぜ」と言っていたハイロの言葉を、なぜか思い出した。


「何溜息なんかついてんの?」


 少女がそう言って眉をひそめているのを見てマルロはギクリとし、慌てて口を開く。


「べ、別に……何も?」

「あっそ」


 少女がそう言ったタイミングでガチャリと扉が開き、サムがお盆にガラスのコップと水差しを乗せて部屋に入ってくる。サムの出で立ちは、監獄の時同様、人間に見せている姿をしていた。


「待たせちまって申し訳ねぇです。水を持って来やしたが…………」

「…………ぷっ!」


 それを見た少女が、サムが喋り終える前に吹きだす。サムは少女の方を見て、ぽかんとしている。


(人間のフリしてるのがそんなにおかしいかな。サムは君を怖がらせないように時間をかけて準備してきたんだろうに、それを笑うなんて……失礼じゃないか)


 マルロはサムを笑った少女に対してムッとする。そして嫌悪感を隠さずに少女のことを軽く睨んだ後、冷たい感じで言う。


「サム、人間のフリとかしなくていいみたいだよ。なんでか知らないけどこの子……ゾンビ平気みたいだから」


 今度はそれを聞いた少女がマルロのことを思いっきり睨む。言ってほしくないことだったのかな……とちょっぴり思ったものの、この子には遠慮なんてしてられない気がして、睨みつける少女に対しマルロはつーんとしたすまし顔で対応する。


「そうなんですかい? なんでまた、ゾンビのあっしなんかを怖がらないのやら…………」


 サムがいぶかし気に少女を見る。少女は一瞬何を言うべきか戸惑っている様子だったが――――次の瞬間には一転、可憐な少女を演じてのける。


「砂漠には……結構死体とか落ちてたりしますから。あたし、そんなに恵まれた暮らしはしてなかったんで………………その、いろいろあったんです」


 マルロは豹変ぶりに目を丸くして少女を見る。そして、その言葉の割には結構小綺麗な格好をしてるんじゃないかな……と、少女の着ているローブをちらりと見て思う。


 しかし、一方のサムはそれを聞くと、目に涙を浮かべて同情したように言う。

「なんとまあ! あっしなんぞには、さぞかし想像もつかねぇような苦労をしてきたんでしょうねぇ。まだこんなにちっちゃな女の子だってのに……」


 これまで自分の世話を焼いてくれていたサムが、今は少女の心配をしている様子を見たマルロは、なんだか面白くない感じがして――思わず口を尖らせる。

 おまけに先程サムのことを笑った少女なのに――――とも思ったものの、少女はどうやらサムに対して馬鹿にして笑ったわけではないようだった。なぜだかゾンビと話せることが嬉しいといった様子で、今はキラキラした目でサムを見つめていたので、マルロは驚いた。


(なんか、この子……サムに対しての方が愛想良くない? 僕が嫌われてるというか、なめられてるだけなのかな………………)


 マルロはそれに関しても面白くないなぁと思いながら少女の方に目をやると――――少女がぶつぶつと何やら呟きながら、不思議な動きをしていた。サムに向けて右手をすっと伸ばし、何やら指をうねうねと動かしているように見える。


「な……何やってるの?」

「別に………………指の体操?」


 思わず聞いたマルロに対して少女は目もくれず、サムの方を見つめたままさらりと答えるが――――明らかに嘘だよなあとマルロは思う。


 そして、その後に少女がぽそりと呟いた一言を、マルロは聞き逃さなかった。


「ふうん…………やっぱり、んだ」

「かからないって……一体、何のこと言ってるのさ」


 マルロはそう言って少女のことを思いっきり眉をひそめて見るが、ついにマルロの発言は無視されてしまい、少女はサムの方に声をかける。


「あの、ここって…………大人の人っていますか?」


 サムはそれを聞いてきょとんとする。

「へ? ここではむしろ子どもの方が珍しくて…………この船にいるのは大人ばっかりでやんすよ? かく言うあっしも、大人ですし…………」

「あ、あの、そうじゃなくて…………、がいいんです」

 少女がそう言うと、サムは少しショックを受けた様子である。


 マルロはサムの代わりに口を挟む。

「サム……じゃなくて、この人じゃだめなの? なんで人間の大人がいいの?」

「それは…………アンタには関係ないでしょ」

 なぜか言葉を濁す少女に、マルロはさらに眉をひそめる。


「大人の人間…………ねぇ。いるにはいやすが…………話なんかはできねぇと思いやすよ」

 サムがそう言うのを聞いて、マルロはサムがハイロのことを言っているのだと察する。

 そして、ハイロが幽霊船の船員たちの前で話したがらないことを思い出すと――自分もハイロが船員たちが思っているように口もきけないという設定で、話を合わせることにする。

「……そうだね。サムの言う通りだよ」


 少女はそれを聞いて――――どういうこと、といった様子で眉をひそめている。サムはガラス製の水差しからガラスのコップに水を入れると、少女に渡す。


「水でも飲んで、とりあえず体調が回復するまではここでゆっくりしてくだせぇ。あっしは、ちょいと変装を解いてきやすね…………どうも、必要ないみたいですし。包帯なんか顔に巻いてちゃ、どうも窮屈で」

 サムはそう言うと、次はマルロの方に話しかける。

「ぼっちゃんは、もう少しここにいて……この子の話し相手になってあげてくだせぇね。さっきから見てる感じだと、短い間でずいぶん仲良くなったみたいですし」

「べ、別に仲良くなんてなってないし」


 マルロは本心からそう言い返したのだが、サムは何故だかマルロに優しく微笑み返す。一方の少女は、口には出していないものの――その顔には、マルロが言ったのと全く同じ台詞が書かれていた。



 サムが部屋から出ていったのを見届けると、マルロは思うところがあり――――少女の方に向き直る。

「さっきの話だけど。…………この船にいる人間の大人に会いたいって」

「うん。……もしかして、会わせてくれるの? さっきのゾンビは無理みたいに言ってたけど…………」

 少女はマルロに対して初めて期待を寄せている様子で、マルロのことをじっと見つめる。


 どうするべきかまだ躊躇いつつも、その少女の熱い視線に押されたのか――――気づけばマルロは少女にゆっくりと頷いていて、自然と言葉が口から滑り落ちていた。


「他の船員たちに、内緒にしてくれるなら……いいよ。僕に付いてきて」


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