第18話 遭難者

「いつものごとく、砂漠を渡るために船を動かして欲しいのじゃろう? お安い御用じゃ」


 サリューがそう言ったため、マルロはスカルとともにサリューの尻尾(の骨)に座らせてもらい(ヘルは幽霊と同じで空を飛んで帰るらしく、座らなかった)、ともに幽霊船まで戻ることになった。


「砂漠を渡るために船を動かすって……もしかして、幽霊船をサリューに運んでもらうの?」

 それを聞いたマルロは驚き、隣にいるスカルに尋ねる。スカルはニヤリと笑う。

「そーだよ。海坊主どもは流石に、砂漠ん中には入れねぇからな。ヤツらには海で待機しといてもらって……敵が来たりしたらついでに船を沈めといてもらうんだ。で、その間俺たちは砂漠を渡り、ウエスの街に行くって寸法よ」

「しかし……本当にウエスの街にくのか? シルバ船長がいる可能性は少ないのだろう?」

 ヘルが空を飛びながらスカルを見下ろして尋ねる。

「ま、そこは幽霊船に帰って皆と相談してから考えようぜ。何も決まってない中で、砂竜の爺さんにはとりあえず船まで来てもらうって形にはなるが……たった一人この砂漠にいるだけなんじゃあ暇を持て余してそうだし、別にいいだろ?」

「ワシはまあ、ビスコの幽霊船を久々に見ておきたいから構わんがな。マルロとも、もう少しばかり一緒に居たいしのぉ」

 サリューはそう言ってこちらに首を向ける。マルロはにっこりと笑顔を見せた後、サリューに尋ねる。

「ねぇサリュー。もう少し上の方……背中に登ってもいいかな? 砂漠の景色を高い所から見てみたくって」

「構わんが、落っこちないように気をつけるんじゃよ」

「うん!」


 マルロは元気よく返事をすると、骨と骨の隙間に足を引っ掛けてアスレチックのようにサリューの尻尾を登ってゆき、サリューの背中についている、突起した部分の骨を持ちながら背に座る。


 そこから見える景色に、マルロは思わず息を呑む。日が沈みかけ、辺りは徐々に暗くなりかけていたが――――広大な砂漠がどこまでも広がっているのが見えた。

 砂漠は沈みかけの夕日でオレンジ色に明るく照らされ、それに対して影の部分はくっきりと黒い色になり――――夕日の沈むこの時間帯だけに見られる、砂漠でしか見られない美しい景色が広がっていた。


(すごいや、砂漠ってこんなにも広いんだなぁ……! どこを見ても砂ばっかりだ……。……ん? あれは何だろう)


 マルロは来た方を振り返ると、辺り一面砂ばかりのはずの砂漠に、何か人のようなものがうつ伏せになっているのを発見する。


「ねえ、あれ、誰か倒れてるんじゃないかな⁉」


 マルロが横にいた幽霊に、後ろを指さして言う。幽霊はそれを聞いて、手を顔の上にかざして後ろを見る。

「本当だな! 俺っち、空飛んでたけど気付かなかったぜ。おいヘル、どうするよ」

 幽霊はヘルの方を見て尋ねる。ヘルはちらりとマルロを見て言う。

「……そうだな……なるべく、人間とは関わり合いになりたくはないのだが……」

 マルロはそれを聞いて思わず声をあげる。

「そんな! ちょっと助けるくらいなら……いいでしょ? 僕、水持ってるから、飲ませてあげることならできるし…………」

 ヘルは軽く溜息をつくも、頷く。

「…………おぬしなら、そう言うと思った。では……我と共に来てくれ」


 ヘルはそう言うと、着ているローブの中から前に監獄の町でつけていた仮面を取り出し、顔につける。

「シルバJr.と共に、しばし様子を見てくる。おぬしらはここで待っていろ。相手が人間だった場合、幽霊や骨が動いているのを見て卒倒されるのも困るゆえな」

「ふん、お前だって死神用のローブ着てるってだけで、中身は骨のくせによぉ」

 それを聞いたスカルがぶつぶつ言うが、ヘルはそれを無視し、マルロの肩をつかんで言う。

「では、あそこまでくぞ」

 ヘルはそう言うと、人が倒れている場所までマルロを運んで連れてゆく。


 倒れている人に近づくにつれて――――どうやらそれが子どものようだ、ということが分かってマルロは驚いた。


(な、なんで子どもなんかが、こんな広い砂漠に、たった一人で……?)


 ヘルがその子どもの近くへ行き、マルロを地面に降ろす。マルロはすぐには近づかず、ヘルの後ろからその子どもの様子を観察する。


 その子はふちに金色の美しい刺繍がされている紫色のローブを着て、それに付属しているフードを頭にかぶっている。

 どうやらマルロと同じくらいの背格好をした、女の子のようで――――フードからところどころ、流れるようにつややかな銀色の長い髪がはみ出ている。


 女の子は目をつむっていたが、マルロとヘルがこちらにやってきた気配を感じたようで、薄目を開け(すみれ色の澄んだ瞳をしていた)――――その時、少女のことをじっと観察していたマルロと、はたと目が合う。

 マルロはドキリとする。同時にサウスの街にいた頃に、同年代の子どもに対して苦手意識があったことを思い出す。そのうえ、女の子というものはこれまでまともに見たことがなかったので――――思わずヘルの後ろに隠れ、自ら助けようと言い出したことを忘れて、尻込みしてしまう。


「…………助けるのではないのか? シルバJr.」

 ヘルが不思議そうにマルロを見る。すると、それを聞いていたのだろうか、どこか苦しそうな表情でこちらを見ていた女の子が、一言発する。


「……た、助けて………………」


 そこまで言ったところで、女の子は意識を失ったのだろうか、ガックリとうなだれ、突然動かなくなってしまう

「ど、どうしたんだろう……死んじゃったの……?」

 マルロは自分が尻込みしていたせいで、女の子を助けるのが遅れてしまったのではないかと思い、顔を青くする。

「いや…………心臓が動いておる。生きているとは思うが……」

 ヘルが女の子の体に手を当て生きていることを確認すると、マルロの方を振り返る。

「夕日が沈んできておる時間帯ではあるが…………熱射病なのだろうか、我は詳しくないゆえ判断しかねるが。そうだ、シルバJr.、この子の顔かどこかに手を当てて、通常よりも熱くないかどうか、確認してはくれぬだろうか。我は、骨の指をしているゆえ……温度に関しては鈍くてな」


 そう言われたマルロは恐る恐る女の子に近づき――――顔の横の、首筋近くに手を当ててみる。柔らかく、ほんのり温かい感触がする。

 その感触からマルロはふと、自分はこれまで他の人間にあまり触れたことがないことを思い出したが――――それならばと自分の温度と比べてみる。そんなに違いがないように思えてマルロは首を横に振る。

「ちょっとあったかいけど……普通に比べて熱いのかどうかは僕……よくわかんないや。あんまり僕と変わらないような気もするけど…………」

「……そうか」

 ヘルはぽつりと言うと、マルロの持ってきたかばんをちらりと見る。

「とりあえず水を飲ませてみるか。シルバJr.、サムが持たせた水筒を出してくれ」


 マルロは水筒をかばんから取り出し、それを見ると、自分が既に水筒に口をつけていたことを思い出す。それをこの女の子に飲ませてもいいものかと少し戸惑い――――自分がこの子に飲ませるのはなんだかいけない気がしたマルロは、蓋を開けて水筒の口を指で拭いた後、おずおずとヘルに水筒を渡す。


「……水だ。飲め」


 ヘルはその水筒を受け取ると――――ヘルもこういったことには慣れていないようで、ぶっきらぼうな様子で水筒の口を女の子に突き付ける。


 しかし、女の子はぴくりとも動かない。無理やり飲ませるのは躊躇ためらわれたようで、ヘルはそれ以上は水を飲ませようとはせず――――ううむ、と唸るような低い声を出した後、溜息をついて言う。


「…………やむを得ん。船に連れてゆくか。サムであれば、なんとかしてくれるやもしれぬ」

「え……サム?」

 マルロはそう言って不思議そうにヘルを見上げる。

「サムは生前、船医をしておったようだからな。こういう時にどうすればいいのかは……おそらく、一番よく知っているはずだ」


(へえ、そうだったんだ。だからサム、あの時……注射器を持ってたのかな?)


 マルロは、監獄の中で、サムが注射器で看守に麻酔を刺していたのを思い出し、一人納得する。


「あまり気は進まぬが、一度関わり合いになった以上は…………仕方がない。船に連れ帰ろう」


 ヘルはそう言うと、少女を背中におぶり、マルロのことは前方に抱えて、サリューたちが待っているところへと飛んで戻ってゆく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る