第17話 砂に埋もれしもの

 西大陸の砂漠に足を踏み入れ、砂の深い地面を踏みしめたマルロは、初めての砂漠の感触に驚いている。


(わっ、靴履いてても熱いや。それにちょっと沈む感じがして砂が重くて、結構歩きづらいかも……)


 マルロは内心サムに感謝する。スカルとヘルが不死身の体ゆえに歩き疲れないとなると、幽霊が付いて来なかった場合は自分だけが足を引っ張る可能性があることに気づいたからだ。そして、先程の砂漠に足を踏み入れた感触から、いずれそうなる可能性は高そうだと思った。


(でも、砂漠も一度来てみたい場所だったから、探検できるのは楽しみだな。砂の感触とかもそうだけど……この世界には、本だけではわからない、実際に体験しないとわからないことが、たくさんあるんだなぁ……)


 砂漠に足を踏み入れたマルロの様子を見て、スカルはニヤリと笑う。


「どうだ、シルバJr.。初めての砂漠は」

「うん、ちょっと歩きづらいけど、こんなに沈む砂の地面って歩いたことないから、面白いね。プリズンタウンの砂地も、ここまで沈む感じじゃなかったし」

「だろ? ったく……砂漠が初めてのシルバJr.に自分の足で探検させてやりたかっただけなんだがな。あんな風に心配されちゃあ、こっちが悪いみてぇじゃねぇか」

 スカルはブツブツとサムに対してまだ文句を言っている。


「実際、お前は人間に対する配慮なんかは何も考えていなかったのだろう? その点では、サムがああ言ってくれて助かった。お前は生前から無鉄砲で、何も考えずに何でも大丈夫だと思うところがあるからな。……おまけに、死んで不死身の体になってからは、特にその傾向が強くなっておるようだ」

「んだよ、てめぇだって、生きてる頃からスカしたやつだったが、死神になってからはさらに気取りやがって……おまけに、変に物々しい言葉遣いになったじゃねぇか」

「……それとこれとは話が別だろう」


 マルロは前を行く二人が言い合っている様子を聞いて――――生前と死後で変わる部分があるのだろうか、そしてやっぱりこの二人は生前から兄弟だったのかな、と考えを巡らせている。


「荷物持ってやるよ、シルバJr.」

 幽霊がマルロの横にやってきて声をかける。


「大丈夫だよ。僕の荷物だし」

 マルロはそう言って断ろうとするが、幽霊は首を横に振る。

「サムがあれこれ詰め込んでるようだから、地味に重いだろ? それ。今は大丈夫でも、この先バテちまうぞ?」

「ああ。持ってもらう方が良い」

 ヘルもそう言うので、マルロは仕方なくかばんを幽霊に渡す。途端にふっと肩が軽くなる。幽霊はマルロの鞄を受け取ると、軽々と担ぎあげる。


(また、みんなに助けてもらっちゃってるな。船長なのに……)

 マルロは自分が情けないような、少し複雑な思いをする。



 霧が広がるのに合わせて、一行はゆっくりと足を進める。霧の速度に合わせて移動するため、行き道は一気に空を飛んで行くことはしないようだ。


「疲れてないかい? シルバJr.」

「うん……大丈夫」


 マルロはこれ以上船員たちに助けてもらいたくない気持ちからそう言うが――――砂丘を登るところに来ると、沈む砂の地面ゆえに登りづらく苦戦し、疲労も重なっていることから足取りが重たくなっている。

 そのため、前を行くスカルとヘルからどんどん距離が空いてきている。


 そんな様子を見て、幽霊がマルロにそっと耳打ちする。

「俺が、前を行く二人にはわからないように、こっそりあの二人の後ろまで運んでやるよ」

「え……何でこっそり?」

 マルロはそう言って幽霊を見る。幽霊はニヤリと笑う。

「ちっちゃなシルバJr.といっても……男だからな。プライドってもんがあるんだろ? おまけに船長って肩書までしょっちまってるんだから、気を張っちまうのもわかる」

 幽霊はうんうんと首を縦に振ったあと、話を続ける。

「でもよぉ、そうやってやせ我慢して、後々ばったり倒れちまうのもカッコ悪いだろ。そこでだ。俺が前の二人にバレない程度にちょこちょこ空飛んで運んでやる……と言う訳さ」

 マルロはぽかんとした様子で幽霊を見る。

「ん? 何だいその顔は。俺がどっかで言いふらさねぇかって心配か? だーいじょうぶだって、秘密にしといてやるから。それに……幽霊ってのは、シルバJr.からすれば誰が誰だか見た目で区別がつかねぇだろ? だから、今後俺に対してあの時助けてもらった、なんて思う必要もねぇよ。どうせどの幽霊かわかりゃしねぇんだからな」


 マルロはそんな幽霊の心遣いに温かい気持ちになり――――今度は意地を張らず、素直に受け入れることにする。


「ありがとう。じゃあ……今みたいに、前の二人から遅れたときは、お願いしてもいいかな?」

「おう、任せな」


 幽霊はそう言うと、透明化する。そしてマルロを掴むと、高くなりすぎない位置で空を飛び、前を歩くスカルとヘルのすぐ後ろまで持っていく。

 そうして前を行く二人に追いついたところでマルロを地面にそっと降ろすと、幽霊は何食わぬ顔で透明化を解除する。


(ありがとう)


 マルロが心の中でそう言って幽霊を見上げると、幽霊は親指を突き立てマルロに笑顔を見せた。



「……お、ようやく見えてきたぜ。あれじゃねぇか?」

 スカルは霧の広がっている位置の先頭を歩いていたが、そう言ってふと足を止める。


 マルロがスカルの言う場所を見ると、何やら石のような、黄土色に近いような白っぽい色のものが、あちらこちらにボコボコと、砂から顔を出している場所があった。


「しばらく来ないうちに、ずいぶん砂に埋まっちまったもんだな。これ、掘り起こさなくて大丈夫か?」

 スカルが言うと、ヘルがそれに答える。

「おそらく……霧が全体に行き渡れば、勝手にことだろう」

「……じゃ、ちっとばかり離れてた方が良さそうだな」


 スカルはぽつりと言うと、マルロの方を振り返る。

「ここで見てな、シルバJr.。霧がこの辺り全体に広がれば……何が起きるかわかるはずだぜ」

 マルロはスカルの言う通り、そこで何かが起きるのを待つことにする。


 霧が広がってゆく様子を一行は黙って見守り、辺りはしばらく静寂に包まれていたが――――夕日が落ちてきて地平線に接した頃、ついに、その砂から見えていたものが動き出した。


 砂から見えていた白っぽいものがゆっくりと上に持ちあがってゆく。それと同時に、その周りの砂がざざーっと周りに溢れるように流れてゆく。


 ギギギギ…………というきしむような音とともに、徐々に現れてきたその白っぽいものの正体に、マルロは呆気にとられる。

 それは、どうやら骨のようで――――――それも、人間の骨ではない、何やら大きな生物の骨のようだった。


 大きな骨が砂の中から首をもたげ、ザザザ…………と大量の砂が払われて辺り一面に流れてゆく。離れて見ていたにも関わらず、大量の砂がこちらにまで押し寄せてきて、マルロは足をとられる。すかさず幽霊がマルロを抱えて持ち上げ、安全な場所まで運んでくれる。


 そして、再びその大きな骨を見上げたマルロは息を呑む。

 そこには、一本の角が生えていて、縦よりも横に長い形をした恐竜の骨の化石のようなものが、四本の脚をしっかりと地面につけて立ち上がっているのが見えた。


「ふぐあああぁぁ」


 骨の化石は、妙な声をあげる。それはどうやらあくびのようだったが、その声は凄まじい大きさで、この辺り全体にとどろいた。


「久々に起きたなぁ……何年ぶりだぁ。すっかり体がなまっちまったもんじゃ。それよか……一体全体、誰がワシのことを起こしやがったんじゃ?」


 骨の化石は、きょろきょろと辺りを見渡すが、辺り一面に砂埃が舞っているせいか、尻尾の骨の近くにいるせいか、マルロたちのことは見えていないようだ。


「おーい、こっちだこっち!」


 スカルが大声を出すとともに右手を大きく振って、骨の化石の視線をこちらに向けようとする。骨の化石は、ようやく気が付いたようで、ぐるりと首をもたげてこちらを見る。


砂竜さりゅうの爺さんよぉ、久しぶりだな。俺たちのこと覚えてるか?」


 スカルがそう言って自分のことを指さすが、砂竜と呼ばれたその骨の化石は、あまりピンと来ていない様子で首をかしげている。


「あぁ? 人間の骨なんか、砂漠には山ほど埋もれておるからなぁ。どこの誰かだなんて、いちいち覚えちゃいねぇぞぉ?」

「なッ…………」


 スカルは人間の骨の中の一人だという扱いに、少々ショックを受けた様子であるが、辛抱強く説明しようとする。


「そこいらのスケルトンと一緒にすんじゃねぇぞ? よく見ろよ、この二本角のついた兜に、二本の海賊剣! 幽霊船海賊団のスケルトン部隊を率いる、海賊剣の二刀流の達人、スカル様だろうが!」


「幽霊船海賊団……」


 砂竜は、スカルという名前よりもそちらの言葉に反応し、隣にいるヘルと幽霊の方に視線を移す。


「隣には、死神に幽霊……。ああ! ビスコの幽霊船の奴らじゃな」


 砂竜はピンときた様子でそう言うと、今までは首だけこちらに向けて話をしていたが、ゆっくりと脚(の骨)を動かし、ようやく体ごとこちらに向き直る(それによって、砂竜の足元の砂がまたこちらにざざーっと流れてくる)。


「あんれ? ビスコはここまで来てくれちゃあいねぇのか? 迎えを部下に任せるとは……いやはや、長年の付き合いだってのに、ずいぶん冷遇されたものじゃな」


 砂竜は不機嫌そうな様子で、ぷいっとそっぽを向いた感じで首を向こうにやる。


「それが……シルバ船長は今、船にはおらぬのだ」


 スカルがどうやら忘れられていそうな様子であるのを察したヘルが、代わりに砂竜の前に出て説明する。


「我らとはぐれてしまって、十年近く経っておる。……最近になってようやく知ったのだが、どうやら人間どもに捕らえられ、投獄されていたらしい。その後どうにか脱獄したようなのだが、まだこちらには戻ってきてはおらぬのだ」


 ヘルはそう言うと、言葉をそこで一旦切り、砂竜の方を見上げて尋ねる。

「そこで尋ねたいのだが、おぬしのところには……船長は来ておらぬのか? 先程、しばらく眠っていた、といったようなことを申しておったようだが」

「ビスコの奴か? ここには来ておらんぞ? ワシは、前にアンタらと別れてから今まで、ずーっと眠り続けていたんじゃよ」

「……ならば、西大陸の……ウエスの街にいる可能性も、少ないだろうか」

 ヘルが再度尋ねると、砂竜は首を縦に振って頷く。

「あそこは、この砂漠を通らずに行くことはできないからのぉ。ワシのことを起こさず、わざわざ一人で歩いて砂漠を越えて行くなんてことは……無いんじゃねぇのかって思うがな」

「なるほど……確かにそうだな」

 ヘルが唸るように低い声で呟き、何やら考えている。


 その隣で、スカルもこの先のことを考えながら言う。

「……どうやら、船長がウエスの街にいる可能性は少ないってことか。行っても無駄足になるかねぇ。しっかし、せっかくここまで来たんだしな。それに……」

 スカルは口をつぐみ、ふと思い出したようにマルロの方を見る。

「シルバJr.、確か、ウエスの街に行きたがってたろ? あの日……サウスの街で初めて会った時、そう言ってたもんな」


 急にこちらに向けてそう尋ねられたマルロは、スカルがそんな前のことを覚えていたとは思わなかったということもあって、目をぱちくりとさせる。


「そういえば……言ったかも。でも……僕の意見なんかで行き先を決めていいの?」

「なーに言ってんだ。仮だとしても、シルバJr.は俺らの船長じゃねぇか。俺たち幽霊船海賊団は、これまでも船長の決めた行き先に従ってきたんだぜ?」

 スカルがそう言ってこちらに笑いかける。マルロは思ってもいなかったことを言われて動揺し――――驚きやら、嬉しさやら、父親の件を後回しにしてこちらに付き合わせていいのだろうかといった戸惑いやらで、よくわからないごちゃ混ぜな感情になる。


「……船長? ビスコの奴は今、いねぇんだろ? 船長って……さっきから誰のことを言っておるんじゃ?」


 砂竜はきょろきょろと辺りを見渡した後、首をかしげている。どうやら、小さすぎて砂に隠れて見えているのか、スカルやヘルの後ろにいるからか――マルロのことが良く見えていないようだった。


 そのことに気づいた幽霊は、マルロのことを持ち上げて空に浮かび、砂竜にも見えやすい位置まで持ってくる。


「ほら、この子のことだよ! シルバ船長の息子さんなんだぜ」


 幽霊はそう言いながら、マルロのことを砂竜の顔先に突き付ける。砂竜の顔の骨に空いた目の位置の二つの空洞の向こうの方に、白く光る目がついているのがここまで近づくと見えてくる。

 マルロはこんなに近づけられてこの竜に食べられたりしないだろうかと、思うと少し緊張し――――ゴクリと唾を飲み込む。


 竜は小さなマルロのことをじっと見つめる。途端に、骨の空洞の奥にある目がみるみる大きくなる。


「ビスコとおんなじ赤髪で……それに、銀色の瞳じゃあ……! もしかして、あの……ちっちゃな赤ん坊だったマルロなのか⁉」

「ああ、見ての通り……正真正銘、シルバ船長の息子……マルロだぜ?」

 なぜだかスカルが得意げな様子で言う。


「ビスコの生き写しじゃあ……! 懐かしい……懐かしいのぉ!」


 砂竜はそう言いながら、感慨深げにマルロのことを眺めている。目の奥には、少し涙を潤ませているようにも見える。

 砂竜はゆっくりとマルロに頬ずりをする。砂に長年埋まっていたため砂がこびりついているのだろうか――ザラザラとした感触がする。マルロは内心はおっかなびっくりしていたが、なんとかそれを受け入れる。


 やがて砂竜はマルロから顔を離すと、マルロのことを再び真っ直ぐに見つめながら言う。

「ワシの名はじゃ。おまえの親父さんとは幽霊船の奴らよりも前からの付き合いで、古くからの友人なのじゃよ。よろしくな、マルロ」


 どうやらサリューというのがこのの名前らしい。そう気づいたマルロは、スカルは発音から考えると名前でない方の「砂竜」と呼んでいたようだが、マルロは名前で呼ぶことにした。


「こちらこそ…よろしくね、サリュー!」

「いい子だ。今はいない父親の分まで、ワシが可愛がってやるからな」


 砂竜のサリューはそう言いながら、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと左右にゆっくり振り回した。




「一体……何が起こっているの? あいつら、何者……?」


 マルロたちのいる所の少し後ろにあった砂の丘から顔を出し――――砂竜のサリューが砂の中から現れ、動き出すところまで、一部始終を眺めていた少女がいた。

 その少女は、真っ直ぐのつややかな銀髪を持ち、ふちに金色の刺繍がされている紫色のローブを着て、それに付属しているフードを頭にかぶっている。


「あたしは、何度やってものに…………」


 少女はそう呟くと、竜の骨の尻尾のあたりに少年とスケルトンが乗り、そのまま南へ向けてゆっくりと移動を開始した一行を見て――――自らも足を進め、こっそりとその後を付けてゆく。


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