西の砂漠

第16話 西大陸

 その頃…マルロたちを乗せた幽霊船は、再び西の海域を航海していた。


 一行はとりあえず西に向けて船を進めていたが、行き先はこれから話し合って決めるようで、日も落ちてきた夕方頃…甲板にマルロの持ってきた地図を広げて、皆が地図とにらめっこしている(船長室に飾られている海図の方が大きいものの、船長室に船員たち全員は入りきらないためこのような形になった)。

「で、次はどこ行きゃいいんだよ?おめぇ、船に帰ってきて早々、とりあえず進路は西に進めろ、なんて言いやがったけど、どっかアテでもあんのか?」

 スカルはそう言ってヘルの方を見る。

「あの時は監獄の者どもに追われていたゆえ、とりあえず急ぎ島から離れようとして言ったまでだ」

 ヘルはスカルに向けて、首を横に振る。

「監獄に船長がいなかった以上、我々には何のヒントも残されておらぬ。船長が生きていて脱獄したことが知れたのは収穫だったが…また振り出しに戻ってしまった、とも言えるな」

「んだよ…じゃあ結局船長の行方はわからずじまいかよ。そのうえ、おめぇらが監獄のヤツらに見つかっちまったせいで、俺らの居場所と目的が人間どもに筒抜けになっちまったじゃねぇか」

 スカルがヘルに嫌味めいたことを言うと、サムが口を挟む。

「それは…あっしのせいなんでやんす」

 サムは申し訳なさそうにうつむいている。

「本当は、姿を消せるヘルさんだけが船長の牢を確認しに行けば事なきを得たんでやんすが、あっしが、皆でシルバ船長の痕跡を見たいなんて言っちまったせいで…ちょっとした騒動になっちまって」

「それなら…サムは僕に見せたくてそう言ったんだから、僕のせいだよ」

 マルロはサムの言葉を聞いて自分も慌てて口を挟み、スカルの方を見る。

「でも、僕は父さんの痕跡を見れたこと、嬉しかったし…皆で見に行った意味があったと思うよ。今後二度と見れないかもしれないんだし…行って良かったって思ってる。…だからいいんだよ、スカル」

 スカルは、マルロが文句は言わせないといった様子で、自分に向けて…はっきりとそう言うのを聞いて、驚いた様子でマルロを見る。

「…船長のシルバJr.がそう言うんなら…別にいいけどよ」

 スカルはポツリとそう言った後、マルロに向けてニヤッと笑う。マルロもそれを見てにっこりと笑顔を見せる。

「…話を戻そう。先程、何故なにゆえまず西に船を進めたか聞いたな。あの時は確かに咄嗟とっさに言った訳だが…おそらく西が一番よいだろう、とは思うておる」

 ヘルが再び行き先についての話を切り出す。

「西には…ウエスの街がある。あそこはシルバ船長がかつて居た場所であるゆえ、あるいはそこに潜んでいる可能性も考えられるだろう。それに、ウエスの街に行くとすれば、なるべく早い方が良い。監獄から我らの情報が出回るとなると、我らを探しにくる動きはこの先あるだろうが、今から西に向かえば、我らの方がウエスの街に関しては先行して着くことができるだろう」

「じゃ、そうしようや。あそこは行ったことがあるし…の方法もあるから人間どもには追いつかれずに行けるだろうしな」

 ヘルに突っかかってばかりのスカルも、ここはヘルに賛同して頷く。

(ウエスの街は確かに砂漠の向こうにあるけど…砂漠越えの方法って…何のことだろう。飛んでいくのかな?)

 マルロはそう思いながらも、皆がウエスの街行きに盛り上がっているため口を挟まず、ただ首を傾げている。

「次の行き先はウエスの街かぁ…!やったぜ!あそこは食い物が美味いンだよな。それにいろんな種類の刺激的なスパイスがあるから、いっぱい仕入れてやるンだ!」

 ミイラ男の料理長、ミールが嬉しそうに言う。

「マルロぼっちゃんのサイズに合うような着替えだとか、色々と必要なものも買い足したかったですし、大きな街に行けるのは嬉しいでやんすね」

 ゾンビのサムもにこにこと笑顔を見せ、ウエスの街行きを歓迎している。

「さてと…では船長、出航はもう既にしちまってるが…目的地が決まったわけだし、早速出航の音頭を取ってくれや」

 スカルはそう言って、マルロを見る。マルロは頷き、皆を見渡して言う。

「じゃあ…ウエスの街に向けて、出航ーー!」

 その声を聞いて、海坊主たちが嬉しそうに海から顔を出した。



 航海の日々が続き…しばらくすると砂でできた大陸…西大陸が見えてきたものの、一行は西大陸に上陸はせず、大陸に沿ったかたちで海上を進み続ける。

「西大陸は広いからな。船でできるだけウエスの街に近い場所までいくんだ。砂漠も越えなきゃなんねぇし」

 西大陸が見えてきた日に、スカルがマルロにそう説明した。皆はウエスの街に行ったことがあり、どうやらお決まりのルートがあるようなので、マルロは皆に従うことにした。



「お、なんか見覚えのある地形だな。確か前に、この辺りから上陸してウエスの街に向かったよな?」

 それから数日後のある日の夕暮れ時、船員たちがちらほらと甲板に出てきている中…スカルが船室から出たところで、霧の間から景色を確認しつつ言う。

「ああ。確か…あの海岸沿いに船を停めた記憶がある」

 同じく船室から出てきたヘルが、スカルの言葉に頷き、骨の指で海岸を差す。

 マルロがヘルが指差した所を見ると、少し特徴的な形をした海岸線があった。

「おい、海坊主ども。あそこの海岸線に船をとりあえず停めてくれ」

 スカルがそう言うと、海坊主たちが海から顔を出し、頷いた。


 幽霊船は西大陸の中でも西の方にある海岸線沿いに船を停める。その場所は深い砂の地面が広がっていて…既に砂漠がそこから始まっているようであった。

「じゃ、ここから霧を撒くとするか」

 スカルがそう言うのを聞いて、マルロは目を丸くする。

「え、ウエスの街って砂漠を超えたところにあるんでしょ?そんな広範囲に霧を撒くつもり?」

「いや…そうじゃないんだな。まぁ見てろって」

 スカルはニヤリと笑ってマルロにそう言うと、船員たちに呼びかける。

「で、例の地点までは誰が行く?流石に霧撒いただけじゃ、ここまでとも限らねぇだろ?」

「…確かに、誰かが必要があるな。とはいえ船もここに置いたままでは危険なゆえ、守らねばならぬし、全員で行く必要はないと思うが…」

 ヘルがスカルにそう言うと、少し思案した後、口を開く。

「懸念点があるとするならば、シルバ船長がいない状態でもがこちらの言うことを素直に聞いてくれるか、というところだ」

「うーん、確かに、俺らだけで行ったことねぇからな。もし…ちっとは武装して行くべきってんなら、俺が行くぜ?とはいえとまともにやり合うわけにもいかねぇだろうが…」

「…お前にしては、身の程をわきまえておるではないか」

 ヘルがスカルににやりと笑いかける。スカルはヘルにしかめっ面をしてみせる。

「うるせぇよ。そこまでバカじゃねえ。が相手なら穏便に事を運ばねぇといけねぇってくらいわかってるぜ。だから…大勢でぞろぞろ行くのはやめた方が良さそうだな、敵だと思われても困るし。しかし、どうするかな…」

 スカルはそう言ってから…ふと、隣で二人の会話を不思議そうに聞いているマルロを見、ハッとした様子でヘルの方を振り返る。

「そうだ、シルバJr.を連れてって、に見せればわかるんじゃねぇか?ちっこいとはいえ、目の色だとか、船長の面影あるからな」

「え?」

 そう言われたマルロは、先程から二人が一体何のことを言っているのかわからずきょとんとしている。ヘルはスカルの言葉について考えているようで、しばらく黙っていたが…やがて口を開く。

「シルバJr.に危険が及ぶやもしれぬが…やむを得ん。それが一番可能性がある方法であろう」

 スカルはそれを聞くと、頷く。

「じゃ、今回は俺も行くぜ。何かあったらシルバJr.守らねぇといけねぇし。お前も来るか?といってもお前は人間相手にしか魂刈れねぇし…来ても何もできねぇか?」

 スカルはそう言ってニヤニヤ笑ってヘルを見る。ヘルは自分のことを役立たずだと決めつけるスカルに不愉快な様子で言い返す。

「道中人間に会うやもしれぬし、連れてけ。それに、魂を刈れずとも、我にもできることはあろう。空は飛べるゆえ、いざとなったら…お前達のことを飛んで逃がしてやることもできる」

「ああ。ま、いざって時は頼んだわ」

 スカルはそう言ってヘルに笑いかけた後、マルロを見る。

「じゃ、俺たちと一緒に来てくれるか?シルバJr.」

「いいけど…一体何をしに行くの?」

マルロがいぶかしげにスカルを見て言う。

「ああ…砂漠に住んでる、俺たちのに協力してもらうんだよ。ただそれだけだ」

 スカルはそう言うと、マルロに意味深な笑みを見せる。その横ではヘルが、スカルの言葉を聞いて何か言いたげだったが…軽く溜息をついた後、ポツリと言う。

「ではくぞ。夜が明けるまでに…船をこの目立つ場所から移動したいからな」

「わかったよ。おい、野郎ども!俺たちがを呼びに行ってくるから…船のことは頼んだぜ!」

 スカルが幽霊船の皆に声をかけてマルロを促し、船から降りようとすると、後ろから声が聞こえてくる。

「待つでやんすよ〜!」

 サムがずいぶん焦った様子で追いかけてくる。手にはマルロが家から持ってきたかばんを持っている。そして追いつくと、スカルとヘルに食ってかかる。

「砂漠を準備無しの手ぶらで行くなんて、無謀でやんすよ!あんた方は不死身だからって…マルロぼっちゃんのこと、ちゃんと考えてないでやんしょう!?砂漠だって歩き慣れてないんだし、人間はすぐにくたびれちまいやすよ!」

 サムはそう言ったあと、マルロにかばんの中身を説明する。

「この中に水がありやすから、熱射病予防のために…一気に飲んで空にしないように少しずつ飲んでくだせぇね。全く、水も無しで砂漠を歩くだなんて無謀でやんしたよ!あとは、簡単な食料に、寒くなった時の上着…あっしのサイズでやんすが、夜の砂漠は気温が低くなりやすからね。あと、道に迷わないように方位磁針も一応入れてやすから…二人とはぐれた時は、南を目指してくだせぇね。そうすれば、海が見えてきて…海岸沿いのどこかにあっしらの幽霊船があるはずでやんすから…」

「…すまぬ。もう日も落ちかけておるし、砂漠を越えるわけでもないゆえ、心配いらぬかと思うたのだ」

 ヘルがうつむき気味でポツリと言う。その横ではスカルが大きく溜息をついている。

「わーったよ。サムがやたらシルバJr.のこと心配みてぇだし、一応幽霊も連れていって、いざとなったら空飛んで行こうぜ。そーすりゃ心配ねぇだろ?」

 スカルはそう言って、そばにいる幽霊に手招きする。

「お前も来いよ。シルバJr.が疲れたら空飛んで運んでくれや」

「おう、任せな!」

 幽霊はそう言って、マルロにウインクしてみせる。

「あっしは足でまといになりそうなんで、行くのは遠慮して船で待ってやすが…くれぐれも、マルロぼっちゃんのことを頼むでやんすよ!」

 サムが不安そうな表情でスカルとヘルに言う。スカルは苦々し気な顔で言い返す。

「わーってるよ!ったく、あいかわらずの心配性なゾンビだぜ」

「…まぁ、サムの言うことももっともだ。人間のシルバJr.に対する配慮がちと足りていなかったようだな、すまぬ」

 ヘルが謝るので、マルロは慌てて首を横に振る。

「ううん…僕も、砂漠は初めてで、準備のこととか何もわかってなかったし…二人のせいじゃないよ」

 ヘルはマルロを見て頷いた後、行き先の砂漠の方を見やる。

「…そろそろ霧も砂漠の方に広がったようだな。日も徐々に落ちてきたことだし、くぞ」

「ああ、わかったよ。よし、行くぜ?シルバJr.」

 スカルはそう言うと、マルロの肩を掴み、船の外へと促す。マルロはスカルとともに船から降りて、砂の大陸…西大陸へと、ついに足を踏み入れる。

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