第15話 騒ぎの後

 マルロたちがプリズンタウンをってから数日後のこと――――――


 プリズンタウンの中央にある監獄塔内の、看守長の部屋の応接スペースに二人の男が座っている。そのうち恰幅かっぷくが良いひげ面の、看守らと同じ色の服を着て胸にバッジを付けている男がこの部屋のあるじ――看守長である。


 そして、その男と机を挟んで向かい側には――――黒髪の長い前髪を斜めに流してピシリと真っ直ぐに固め、黒いスーツに紅色のネクタイをカッチリと締めた、細くて長いキツネのような目をした男がいた。

 キツネ目の男は細身の体を看守長の方に乗り出すような体制で、机に両肘を乗せ、葉巻を持ったまま手を組んでその上に顎を乗せている。


「……で? 監獄に……例の、幽霊船の奴らが来たと聞いたのですが?」


 キツネ目の男が話を切り出す。男は丁寧な口調を使っているものの、やや高めのその声は、どこか冷酷な印象を受ける。看守長もそれを感じ取っているのだろうか、やや緊張した面持ちでキツネ目の男に対応する。


「はっ。クリムゾン閣下。幽霊船は沖の方に留まっていたようで、見張り台からそれが見えるとそちらに気を取られていたのですが……どうやら、監獄内にも船員の数名が侵入したと思われる模様です」


 キツネ目の、そのクリムゾンと呼ばれた男は、薄目を開け――――赤く燃えるような色の小さな瞳で、じろりと看守長を見る。


「看守長どの。その監獄内に入ってきたやからは…………どのような奴らでしたかな?」

「まず、多くの目撃者がいるのは、茶色のローブを着た男です。そいつは空を飛び……フードが風で取れたところを見た者によれば、肌が緑色だったそうです。また、幽霊の姿を見かけたという看守も、一人おります」

「……で、そいつらが、例の『銀の瞳』がかつて収容されていた……銀のインクが残っている牢屋の付近にいた、ということですね?」

「『銀の瞳』……例の幽霊船長の異名ですか」


 看守長がぽつりと言うと、キツネ目の男――クリムゾンは、細目を開けて赤い瞳でじろりと看守長を見、そんなことはいいからさっさと言え、といった表情で答えを待つ。看守長は、バツの悪そうな顔で、一言呟く。

「はい……そうなりますな」

「我々も……この島に奴らが来るとは、考えもしていなかった」


 クリムゾンが、机に置いてある自分のライターを手に取り、ぽつりと呟く。何か叱咤しったされると思っていた看守長は、それを聞いて目を丸くする。


「『銀の瞳』は脱獄後、船に戻った可能性が高いと思っていましたが、勘違いだったようです。しかし……これで一つ、分かったことがあります。船員どもがこの島に来て、牢屋を確認したということは……『銀の瞳』はどうやら今、船には乗っていないようですね。それがわかっただけでも……まあ、収穫としましょう」

「あ、ありがとうございます」


 ホッとした様子の看守長に対し、クリムゾンは再び細目を開いて看守長を見据える。

「話は終わってはいませんよ。ここからが本題とも言うべき案件です。あなたは……もう一人の訪問者について、私に話すことを忘れていませんか?」

「な、何のことでしょう」

 看守長はそれを聞いても思い当たる節がなかったようで、再び緊張した面持ちでクリムゾンを見つめる。

「……赤髪の少年も、この島に来ていたと聞いたのですが?」

 それを聞いた看守長はハッとした表情になる。

「ああ! はい、そのようですな。例の牢の近くに、幽霊や茶色いローブの男と共にいたそうで」

「そうか、幽霊船の奴らと一緒に……。そして、例の文字を見ていた可能性がある……か」

 クリムゾンはそう呟くと、深くため息をつく。

「奴らがこの島に来るよりも先に手配書を見せることが叶えば、確保できたかもしれませんが……仕方ない。もう彼はここには戻って来ぬでしょうが……念のため、渡しておきます」


 クリムゾンはそう言うと、赤髪の少年――――マルロの、今よりも少し幼い頃の写真が載った手配書を机の上に置く。


「この少年は『銀の瞳』の息子――――おそらく、監獄に来た少年と同一人物です。彼をサウスの街で見かけた際は、気弱な様子で、無害な少年であったというのに。彼を幽霊船と引き合せることだけは、避けたかったのですが……」

 クリムゾンはぽつりとそう言ってマルロの写真を見る。


「しかし……拷問中、息子がこちらの手の中にあるという話を出して脅しても、奴は口を割りませんでしたよ。この少年……奴にとっては、そんなに大事な存在でもないのでは?」

 看守長がそう言うと、クリムゾンは変わらず写真を見つめながら呟く。

「……確かに、一人息子よりも幽霊船の秘密を優先するとは、まるで幽霊船の異形の者どもの方が大事だというようで、不思議な点ではあります。それとも単に、我らに幽霊船の情報を渡したくない気持ちが強いのか……奴の胸中はわかりませんが」


 クリムゾンはそこで少し言葉を途切らせるが、また話を続ける。

「それでも、奴をおびき寄せる唯一の切り札である息子を、こちらの手中から失ったばかりか……よりによって幽霊船と遭遇させてしまうとは。最近はどうも、こちらにとって不都合な事態が重ねて起こっているような気がします」

 クリムゾンはそう言いながら――――苛立っているのだろうか、手に持ったライターをカチ、カチ、と何度も鳴らしている。

「彼をずっと家に閉じ込めておけば、いつか家出をすることも確かに考えられましたが――――よりによって、幽霊船が来た日に重なってしまうとは。これは……運命、だなんて曖昧な言葉で片付けられるものではない。『銀の瞳』が何かしら、裏で糸を引いているのだとしか考えられません。早急に、手を打たねば……」

「しかし……」

 看守長が口を開く。

「幽霊船長はこの監獄で相当衰弱し、持っている力の多くは失われているようでしたが。閣下がそこまで心配されるほど、現在の奴らはそこまで脅威ですかな? 実際幽霊船の奴らは、この島では特に何も仕掛けてきませんでしたよ。単に監獄を見に来ただけのようで……それを妨害した看守に攻撃することはあっても、不思議と死人は出ず、それどころか怪我人さえも、誰一人出しませんでしたが……」


「……おのれの責任逃れのために、浅はかなことを申すな!」


 クリムゾンはライターをカチと大きな音で一回鳴らし、目をカッと見開く。いつもは細いその目が大きく見開かれ、三白眼さんぱくがんのその目の中にある燃えるように赤い小さな瞳が不気味にギラリと光る。

 それと同時にライターから――ごく普通のライターから出る火の勢いを通り越し――ゴオッと大きな火柱があがる。その表情と口調の豹変っぷりとライターの火の勢いに、看守長は恐れおののく。


 クリムゾンは恐ろし気なその表情でしばらくの間、看守長を睨みつけていたが――――やがて目を閉じ、少ししてから顔を上げ、再びいつもの表情と口調に戻すと、話を続ける。


「あなたはご自分が逃がした奴らの危険性について全くわかっていない。……不死身の海賊だなんて、この世界にとって危険極まりないことが、何故、皆わからぬのか……」

 クリムゾンは、机の上に置いてある手配書を手に取る。

「本来、奴らはそんなに頭が良くはないか……または大した目的がないのでしょう。『銀の瞳』を捕えてからこれまでの間、船長が船にいなかったことが判明しましたが……確かにその間については、サウスの街に入り浸ってはいたものの、大したことはしてこなかった。しかし……先日、『銀の瞳』の息子が街からいなくなって、おそらく奴らと合流してからというもの……監獄へ船長を探しに行ったりと、今までとは違う行動をとるようになっている」

 クリムゾンは看守長をまっすぐに見る。

「……これは危険な前触れです。幽霊船には、人間の船長を乗せてはならない……そんな気がしてならないのです。仮に船長の人間が……世界征服を企みでもしてごらんなさい。この世界は、幽霊船のヤツら……異形の者どもに乗っ取られてしまうかもしれないのですよ。不死身の兵士を持つ海賊団とは、それくらいの危険をはらんでいるのです」

「それは……確かに、人間の我らにとっては由々ゆゆしき事態かもしれませんが……」


 看守長はそう言うものの、そんなことは現実に起こりえない、とどこか思っているようで、恐る恐る反論する。

「しかし、不死身といっても奴らの数はたかが知れておるでしょう。大勢で抑え込めば、なんとかなるのでは?」

「今のところは、確かにそうですね。ただ……船員をどんどん増やされた場合は、どうなります?」

「船員を増やすって……?」

 看守長はぽかんとした様子でクリムゾンを見ている。

「奴らは、死体さえあれば、船員はいくらでも増やせる可能性があります。そして、死体の供給場所として考えられるのが、誰も辿り着いたことのない東の海への行く手を阻むようにある、誰にも通り抜けられない『魔の海域』――――。あそこは別名『海賊の墓場』とも言われていて、海域を通り抜けられずに死んだ海賊のなれの果ての亡者どもの巣窟となっていて……あそこには、亡者や幽霊だけでなく、『銀の瞳』の幽霊船海賊団以外の、別の幽霊船も存在するかもしれない」


 クリムゾンはそう言って立ち上がり、看守長の部屋の壁に貼ってある大きな海図の前まで行くと、その海図を眺める。

「『銀の瞳』の幽霊船海賊団が出てくる以前にも、幽霊船を魔の海域付近で見かけたという証言はありました。奴らの幽霊船も、本来あそこにあったものだと睨んでいます。そのあたり、あなたがたは……奴から情報を一切引き出せなかったようですがね」

 そう言って、クリムゾンは看守長を横目で見る。看守長は大変バツの悪そうな顔をしている。

「おそらくですが、『銀の瞳』は魔の海域から幽霊船を持ち出してきた……そこから不死身の海賊団という脅威が生まれてしまった。では、再び魔の海域へ行ってそこの全ての亡者や幽霊船を味方につけられた時にはどうなります? 大規模な、不死身の亡者の軍団が誕生してしまう恐れさえある。……考えるだけでも恐ろしい」

「しかし、魔の海域って……そんな簡単に、生きて戻ってこられるものなのですか?」

 看守長は、疑わし気にクリムゾンに言う。

「『銀の瞳』がどうやって生きて帰ってこられたのかは、私にもわかりませんよ。ただ、現在の奴ら……幽霊船の船員たちは不死身です。行って帰ってこられないこともないかもしれないでしょう」


 看守長は、そこまで説明されて、ようやく危機感を持てたようで、こわばった顔になる。その様子を見て、クリムゾンは看守長に向き直り、諭すように言う。

「わかったでしょう? 幽霊船の件は……早めに対処すべき問題なのです。今ならまだ間に合います。……とはいえ、奴らの船は化け物によって動かされていて……風がなくても船は進む。これから我々が船で追いかけたとて到底追いつけない。ならば……先回りして、どこかで待ち伏せするしかありません」

 クリムゾンは再び海図に視線を移し、ウエスの街の位置を指さす。

「とりあえず、ここから近いウエスの街で連中を待ち伏せるつもりです。連中もウエスの街を目指しているようなら、後手になるかもしれませんが……それならそれで、待ち続けていれば、ヤツらの帰り際にどこかで鉢合わせする可能性は高い。奴らが船長を探しているのであれば、もう行ったことのあるサウスの街に戻る可能性は低いでしょうし、北方面は……ここからはかなり遠く、中でもノースの町は、迷える樹海の奥の辺境にある。やはり西から攻めるのが定石じょうせきでしょう」

「わかりました。……この島にはもう来ないでしょうが、我らの監獄にも来ないかどうか、確認を怠らないようにします」


 看守長は、申し訳なさげに言うと、クリムゾンは看守長に冷たい視線を浴びせる。

「……『銀の瞳』があまりに捕まらないようでしたら、彼が脱獄した旨は、全世界に公表しますよ。そうなると……あなたは恥をかいたうえで、看守長の座を剥奪されるのはもちろん、長い間それを隠していたとがから、ここの監獄に入れられることでしょう。看守長が監獄に入れられるとは、大層見物なことでしょうね」

 クリムゾンはそう言うとくっくっと笑う。

「な……! 奴の脱獄を隠せって言ったのは、あんただろ⁉」

 看守長はそれを聞くと激昂し、机をバン! と大きな音で叩く。

「そんな証拠がどこにあります? それに、私は隠してもいい、と言ったまでですよ。実際に事実を隠したことに関しては、こちらとしては責任を負いかねます」


 そう言われた看守長はクリムゾンを思いっきり睨みつけている。クリムゾンは涼しい顔で話を続ける。

「ま、そんなことにならないようにするためにも……監獄の皆様には、我々に色々と、協力してもらいたいということですよ」

「……ああ」

 看守長は、納得のいっていない様子ではあるが、そう呟く。


「『銀の瞳』の件はもちろん重要ではありますが、奴の捜索ばかりをしているわけにはいきません。幽霊船の方も、居場所をある程度この近くであると把握できているうちに対処しなければ。そのためには……まずは『ゴーストバスター』を呼び寄せましょう」

 看守長は、目を見開いてクリムゾンを見る。

「あの、『さすらいのゴーストバスター』と言われる彼ですか? しかし彼は以前……」

「そうですね、前回同様、おそらく大金をふっかけられるでしょうが……今回は、やむを得ません。この脅威を排除するために、経費は惜しみませんよ。そのためには、私が周りをなんとか説き伏せて、金の出所は確保するつもりですし……ああもちろん、あなたがたにも、資金の援助はしてもらうつもりですよ」

 看守長はそれを聞くと顔をしかめるが。何も言い返せずにいる。


「とはいえ彼も流浪の身ですから、居場所を見つけなくてはなりません。ゴーストバスターの彼についても、わかり次第……情報提供をお願いしますよ」

「……承知しました」

 看守長は腕組をしながらも、それについては快諾する。



 そんな二人の会話を盗み聞きしている者がいた。空から悪魔の少年――サタンが、その様子を覗き見ていたのだ。


「ふーん。俺がこいつ……赤い目をしたお役人さんに目をつけて情報収集してた間に、幽霊船のヤツら、ここに来てやがったのか」


 サタンは頭の裏に両手をやり、空中で浮かびながらリラックスした様子で言う。

「ヤツらの船長、ここにいるわけじゃねーのに……何も知らねーんだな。ま、俺が脱獄に手を貸してやったんだから、俺様が知ってるのは当たり前なんだがな」


 サタンは得意げにそう言うも、少しうつむく。

「……とはいえ、今現在に関しては、この俺様でさえも――――アイツがどこにいるか、わからねぇんだよな……」


 サタンはそう呟いた後、何かを思い出したかのようにニヤっと笑う。


「しかし、色々と聞いたぜ。今度はアイツの息子のこと、どうからかってやろうかな?」


 サタンはそう言ってにんまりすると、いつものごとくパチンと指を鳴らし、その場から姿をくらました。


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