第14話 逃飛行

「なんだよ船長…せっかくここまで見に来たってのに、全然大したこと書いてねぇじゃねーか」

 幽霊が壁に書かれている内容を読んで、口を尖らせる。

「ここの監獄連中への皮肉か何かなんて書かずに、俺たちに向けて…ここからどこに向かったのかヒントでも書いといてくれりゃいいのによぉ」

 幽霊は不満げにそう言うも、船長がいた痕跡を久々に見られて、興奮している様子でもあった。

「まあまあ。船長がどうやら生きてて…少なくとも、ここから脱獄したってことはわかりやしたし。それに…また船長の痕跡を見ることができただけでも嬉しくて…あっしは感激でやんす…」

 サムが次々と溢れては止まらない涙を何度も拭きながら、しみじみとした様子で言う。

「行き先を書いたとて、監獄の連中に悟られるのでは困るだろう。それに、ここに我らが見に来ることは想定していなかったと思われる。我らはほとんど海の上におるゆえ、船長が捕らえられたことも、シルバJr.から船長が罪人であると聞いてようやく知ったくらいだしな」

 ヘルも透明化を解除して、檻の向こう…シルバ船長のいた監獄の中で姿を現し、船長の痕跡を感慨深げに眺める。

「…しかし、これは紛れもなく船長のものだ。インクの色や髑髏どくろの印もそうだが…書いてある内容が非常に船長らしい。脱獄して出ていくだけじゃ飽き足らず、ここの連中に何らかの仕返しをしたかったのだろう」

 ヘルはそう言って、壁に書かれた文字の、銀色のインクの部分に触れる。


 一方のマルロは…書かれている最後の一言から目を離せないでいる。

 全体的に見れば幽霊たちの言う通り、監獄の連中へやり返すために書き連ねた文章のようだったが、最後の…『俺たちは、不死身の幽霊船海賊団だ』という他よりも大きく力強い文字で書かれたその言葉は特に、マルロの胸を打つものがあった。

(『不死身』…かぁ)

 『不死身』という、死なないというだけでなく…いかなる打撃や病気などの苦痛にも耐えられるといった意味もあるその言葉から、監獄の連中…そして自分たち幽霊船の海賊団にあだなす全ての敵には絶対に屈しない、という父親の強い思いを感じた。

 そして父親が監獄での暮らしから解き放たれ、まるで死の淵から蘇るかのような心境でこの言葉を書いたのかもしれないと思うと、とても胸が詰まる思いがした。

(でも…それなら何で…父さんは幽霊船に戻って来てくれないんだろう)

 その力強い言葉を見ると、マルロはどうしてもそう思わずにはいられなかった。


「そこで何をしている!」

 突然後ろから声がして、マルロがハッとして振り向くと、牢番で見回りをしていたと思われる、槍を持った看守が向こうからやって来るのが見える。皆が感慨深くシルバ船長の痕跡に見入っていたせいだろうか、その足音を聞き逃し気づくのが遅れたようで、ずいぶん近くまでやってきていた。

「うへっ、こんなとこまでわざわざ登ってきた牢番さんがいたとはね…ご苦労なこった」

 幽霊が苦笑いしながら言う。牢番の看守ははたと立ち止まり、幽霊の姿を見ると、少し顔を青くするとともに…シルバ船長が収容されていた落書きのある監獄が近いことを察したのだろうか、一言洩らす。

「さてはお前ら、幽霊船の…」

「…まずいな、姿消しときゃよかったぜ」

 幽霊がぼそりと言うと、看守の前まで飛んでいき、両手を広げて立ちはだかる。驚いて硬直する看守の後ろにサムが回り込み、背中から覆い被さって動きを止める。

「な、何をする…お、重い…動けんっ…」

 ゾンビの特性ゆえか、サムの看守の動きを止める力はなかなかのようで、看守は身動きができなくなる。


「おい、ヘル!看守が来たぞぉ!」

 ヘルはシルバ船長の牢屋の中に入っていたため、一人だけ看守から遠い位置にいた(おかげでヘルのみ看守に姿は見られていないようだったが)。武器を持っていない幽霊は、ヘルになんとかしてもらおうとしてヘルのことを呼ぶが…その前にサムが、自分のローブの中の、懐のあたりから何か白色の細くて小さいもの…注射器のようなものを取り出す。

「ちょっとチクッとしやすね」

 サムは看守にそう言うと、看守の首元の近くの背中側に、注射器の針をぷすりと刺す。

「うっ。お前!何をし…」

 看守は突然体に注射を打たれて驚いた後、振り返ってサムを睨みつけたが…その目が閉じられ、ふっと力が抜けたようになる。サムは看守を受け止め、そっと床に寝かせる。

「な、何したの?サム…」

 マルロが驚いた様子で床に寝かされた看守を見る。サムは事の顛末てんまつをマルロに見られたことに、一瞬バツの悪そうな顔をするも…マルロに向かって笑いかける。

「ぼっちゃん、大丈夫でやんすよ。ただの、即効性の麻酔でやんす。眠ってるだけなんで、ヘルさんに魂抜かれるよりは安全でやんすよ」

「対処してくれたか、サム。遅くなってすまない」

 後ろからヘルの声が聞こえ、マルロは振り返る。ヘルは透明化しているようで、そこには紫色の霧が漂っているだけだったが、どうやらその場所にいるようだ。

「いいでやんすよ。動きを止めるくらいならあっしにもできやすから。手持ちの注射器の数に限りはありやすから、ヘルさんとは違って何度もできるわけじゃねぇですがね」

(戦いは不慣れだって船で言ってたけど…サムも、こんな事ができるんだ)

 マルロはサムを驚きの目で見つめる。そしてふと、こんな事を思う。

(監獄に来てから…僕だけ何もできてないや。父さんの代理だとしても船長なんだし、僕だって、何か皆の役に立てることができるようにならないといけないよね…)


「いたぞ!あそこだ!」

 騒ぎを聞きつけたのか、後ろから看守が複数人やってくる。そのうちの一人が警笛を吹く。監獄中に、ピィーーーーーッと鋭い音が響き渡る。

「侵入者だ!監獄塔の最上部に侵入者を発見!」

 別の看守がそう叫ぶ。監獄に閉じ込められている多数の囚人たちが、檻の隙間から何事だといった様子で一斉にこちらを見る。

「まずい、逃げるぞ。この監獄は外へと脱出できそうな窓がないゆえ、とりあえず下まで降りて外へ出るしかない。ここから飛び降りてゆけば上の階にいる看守どもは出し抜けるだろうが、警笛を鳴らされた以上、下の階でも多数の看守どもにより待ち伏せされておることだろう。その場合は、我が大鎌で道をひらく」

 ヘルがそう言うと、幽霊は腕を曲げ、力こぶを見せて言う。

「そんなら俺っちがサムとシルバJr.、二人を運ぶぜ!ヘルはその大鎌振りまわさねぇといけねぇだろ?そんな状態でサムを運ぶのは危険だからな!」

 幽霊の言葉にマルロは驚いて幽霊を見る。

「え、二人ともキミが!?大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、運ぶだけなら余裕さ!俺がサムを掴んで飛んでやるから、サムはシルバJr.を抱きかかえてくれ。シルバJr.は振り落とされねぇように、サムにしっかり掴っとけよ!」

 幽霊はそう言うと、サムの脇の下に両手を差し込み、再び透明化してすっと姿を消す。そしてヘルに声をかける。

「さて、そろそろ行くかい?ヘル。しっかし俺たちしか透明化できねぇのが厄介だよな。このまま飛んでくと島中のヤツらにサムとシルバJr.の姿が見られちまうだろうが、このまま行ってもいいのか?」

「確かに目立つだろうが、こうなってしまった以上は仕方がない。だが…そうだな、シルバJr.はサムのローブの中に隠れられそうなら、なるべく姿を隠してもらえるか」

 ヘルの言葉を聞くと、マルロは頷き、サムを見上げる。

「わかったよ。サム、お願いできる?」

「任せるでやんすよ」

 サムはそう言うと、いつも着ている茶色の長いローブを広げ、マルロをそれで覆い隠しながら抱きかかえる。

「じゃ、行くぜ、お二人さん!しっかり掴まりな!」

 幽霊はそう言うと、ヒュッと塔の一番下へ目がけて急降下する。それと同時に姿の見えないヘルが、大鎌を構えた状態で同じく急降下する。先程空を飛んだときよりも速いその速度に、マルロは思わず叫び声をあげそうになるが…サムのローブの中に隠れている以上、口をぎゅっと閉じてなんとか我慢する。


 看守たちの武器は槍しかなく、飛び道具は持っていないようで、入口のある塔の最下層まではすんなり到達できた…が、案の定、外へと繋がる廊下に、槍を持った看守たちが立ちふさがるように待ち構えていた。

「ヘル、頼むぜ!」

 幽霊がそう言うと、ヘル…がいると思われる紫色の霧が前に飛び出す。風を切るような音とともに、その一瞬で看守たちが一斉に崩れ落ちる。それによって出口へと繋がる通り道がひらける。

「次々看守どもが集まって来やがる。前方の廊下にもおんなじ感じで待ち伏せされてるぜ!」

「あいわかった」

 ヘルはそう言いながら、再び大鎌を構える。先程まとめて刈り取った看守たちの魂をヘルは手に取らず放置しているようで、ヘルの後ろでは、光の玉が持ち主の元へふよふよと帰っていくのがちらりと見えた。

 そうして何度も大勢の看守の待ち伏せに対処し、ヘルは大鎌で看守たちを次々とぎ払う。

「見えた!出口だぜ!」

 幽霊の声がして前方を見ると、遥か向こうの方に出口が見えてくる。

「一気に行くぜええぇ!しっかり掴まりな!」

 幽霊が飛ぶスピードを速める。その風でサムのローブのフードがはらりと取れる。ヘルは隙を見て懐から茶色の巾着袋を取り出し、出口に差し掛かると、中に入れていた二つの魂を後ろの監獄塔めがけて放り投げる。


 一行はついに、島の中央の大監獄塔から脱出する。辺りはすっかり暗くなっていて、町の人通りは島に着いた時よりも少なかったが…空を飛んで監獄塔から出てきたサムの姿を見た人々は、皆驚きの表情を浮かべている。

「人混みに紛れられるほど人はいねぇな。ヘル、どうする?このまま船まで帰るか?」

「ああ。追っ手も来ていることだ、そうしよう。ただ、小船は拾って帰らねば。そちらはわれが持ってゆくゆえ、おぬしらは先に幽霊船に戻っていろ」

 ヘルがそう言うと、幽霊は絶望に打ちひしがれたような表情で弱々しい声をあげる。

「そりゃないぜ、ヘル。俺さすがにそろそろ…二人抱えて飛ぶのは限界なんだけど?」

「…すまん。忘れていた。では小船に二人を降ろし、海坊主に船を運んでもらい、皆で幽霊船に戻ろう」

 マルロはそれを聞くと、やっと船員たちの待っている幽霊船に戻れるのだと思い…ほっとする。

「あった、この小船だな。それと…あっちに俺たちの幽霊船も見えてきたな」

 幽霊がそう言うのを聞いて、ヘルは軽く舌打ちをする。

「あ奴ら…まだそんなに夜も更けてはいないというに、あんなところまで近づきおって。島の人間どもに見つかったらどうする気だ。…まあよい。どうせ我らも看守どもに見つかっているのだからこれ以上はとやかく言えまい。とりあえず、あ奴らがこれ以上島に近づかぬうちに、さっさとこの島からずらかろう」

「じゃあ、二人を小船に乗せたら、俺だけ先に幽霊船まで飛んでって、あいつらにもう大丈夫だから近づくなって言っておこうか?」

「ああ、それが良い。頼んだ」

 ヘルがそう言ったところで、幽霊は二人を小船に降ろす(その時、帰ってきた皆に気づいた海坊主が、海から嬉しそうに顔を覗かせる)。幽霊は透明化を解除して姿を現し、任せなとばかりにウインクをしてみせると、幽霊船へ向かって真っ直ぐにぴゅーっと飛んで行く。


 マルロはサムのローブの中から出てきて、幽霊が飛んで行った方向に見えてきた幽霊船を眺める。幽霊船を出てから数時間ほどしか経っていないものの、この島でいろいろあったからだろうか…すっかり懐かしさを感じるその船の姿に、マルロは思わず感極まる。

「では、あっしらも帰りやしょう」

 サムがマルロの肩に手を置いて、微笑む。ヘルは透明化を解いてすうっと姿を現し、顔を少しだけマルロの方に向けると、かすかにニヤリと笑う。

「ああ。我らの幽霊船へ…な」

 マルロは二人の顔を見て、とびきりの笑顔を見せる。

「うん、帰ろう!みんなの元へ!」


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