第13話 銀色の痕跡

「こ、痕跡魔法って……僕の父さん、魔法が使えたの?」


 マルロが目を見開いて、ヘルとサムを交互に見る。サムがその問いに答える。


「シルバ船長はウエスの街で、魔道か何かを学んだ経験があるそうでやんす。その頃の詳しい話は……あっしなんかは何も知りやしませんですがね」

「ああ。我も詳しくは知らぬが、この霧を作り出しているのもシルバ船長ゆえ……何らかの相当な力を持っているだろうと思われる。それゆえ痕跡魔法なんてものは、船長にとってはしごく簡単な部類のものであろう」


 マルロはそれを聞いて唖然としている。

(そんなに、すごい力を持ってるんだ。僕の父さんは……)


「では……とりあえず、その牢獄を見にくしかないな。何が書かれているか、確認せねばなるまい」

 ヘルはそう言うと、シルバーストンの方に向き直る。

「おい、囚人。監獄のどの辺りに重要な人物が収容されるか……おぬしならばわかるか?」


 シルバーストンは少し思案した後、答える。

「おそらく……重要人物は、一番脱獄しにくい塔の上層部にいるはずだよ。この部屋の外の廊下を突き当たった所に扉があり、そこを出ると塔の中央部へと行き着く。中央部は、壁沿いにある螺旋階段が上まで続き、真ん中は吹き抜けになっている。そこからならば、上の階へと道が通じている」

「吹き抜け……か、有難い。ならば、早く済みそうだな」

 ヘルはそう呟くと、マルロとサムの方を見る。

「では、ここからは危険が伴うゆえ……姿の消せるわれこう。おぬしらはどこか、監獄の外で待機していろ」


 ヘルはそう言うも――――即座にサムが異論を唱える。

「いいえ、ここは……あっしらも行きやす」


 サムがマルロの肩に手を置く。マルロはその言葉の内容と――――マルロの肩を掴んでいるサムの手の力が思いのほか強かったことに驚いて、サムの顔を見上げる。


「何を言うか。シルバJr.を危険にさらすわけにはゆくまい。どこかに一人だけ置いてゆくわけにもいかぬし。ならばおぬしは一緒に――」

「シルバ船長の残した痕跡、あっしも……久々にこの目でみたいですし。それに――――誰よりも、是非マルロぼっちゃんに見せておきたいんでやんす」

 サムはヘルの言葉を遮って言う。ヘルはサムをじっと見つめる。

「……それは、何ゆえだ?」

「……マルロぼっちゃんは、親の顔も覚えてねぇうちに家族と離れ離れになっちまって……そんなままずっと生きていくのは……悲しいじゃねぇですか。せめて、父親の――――シルバ船長の残した痕跡だけでも、見せてあげてぇんです。もちろん……ぼっちゃんが望むなら、でやんすが」

 サムはそう言ってマルロを見る。


(僕の父さんの残した痕跡とメッセージ…………確かに、自分の目でしっかり見たい。これを逃せば、もう見ることは叶わないかもしれないんだし……)


 マルロはそう思うと同時に――――危険な牢獄地帯に、足を踏み入れることを決意する。

「うん、僕も……行きたい。ヘル、連れてって!」


 ヘルは、しばらく押し黙っていたが――――諦めたようにふっと溜息をつく。

「……仕方ない。船長命令ならば、従うしかあるまい」


 マルロはヘルの言葉を聞くと、パッと顔を輝かせる。

「ありがとう、ヘル!」


「まあ、シルバJr.は子どもであるゆえ、看守どもから直接危害を加えられることはなかろう。とはいえ……こうなった以上、我々と看守どもとの争いは、避けられぬだろう。そこのところ、了承してくれるか?」

 ヘルはちらりとサムの方を見る。サムはこくりと頷く。

「わかりやした。無駄な殺生はなるべく避けたいとは思ってやすが、マルロぼっちゃんにシルバ船長の痕跡を見せるためには、あっしも覚悟しやす」

 ヘルはその言葉を聞くと頷き、マルロの方を見る。

「では……多少目立つやもしれぬが、素早く事を為すためにも、我と幽霊が飛んで、一気におぬしらを監獄の最上部まで連れてゆく。さすれば上から順に、落書きの書かれている監獄を捜索しよう。サムは我に掴まり……シルバJr.は壺から幽霊を出し、その幽霊に掴まれ」

「うん、わかった」

 マルロはそう言うと、幽霊を入れた壺をかばんから探す。


「あ、あのう……私は……」


 シルバーストンがおずおずとした様子で声をかける。ヘルが振り返り、それに答える。

「おぬしの役目はここで終わりだ。確かに監獄内を案内してもらいたい気持ちはあるが……飛んでいく以上、おぬしも含めると定員オーバーであるしな。我らのことを看守に言いさえしなければ……後は、好きにしろ」

「好きに………………ですか」


 シルバーストンはそれを聞いて何やら迷っている様子である。ヘルはその様子を見て、再び口を開く。


「確かに、おぬしは現在牢からは出られ、看守の監視の目がない状態――――脱獄も可能な状況だ。さらに言えばそこの看守が手錠の鍵を持っているやもしれぬし、武器もそこにおぬしを連れてきた看守の槍が落ちている……。これは脱獄するには千載一遇の好機と言えよう。しかし、それでも……ここから出口まで看守に見つからぬよう脱出するのは、容易ではないことも分かるだろう」


 シルバーストンはヘルの言葉を黙って聞いている。ヘルは話を続ける。

「あと残り何年、この場所にいなければならないかといった、おぬしについての詳細は分からぬゆえ……こちらから言えることはこの程度だ。後は自分で考え、行動しろ」

「ああ、そうするよ……」

 シルバーストンはぼそりとそう呟くと、かすかに笑みを見せる。

「私は…………大したことをしでかした訳ではないのだが、ちっと人よりも短気なところがあってな……。こう見えても、昔脱獄の失敗を繰り返したとがで、長年ここに入れられてるんだ。とはいえ、最近は諦めの気持ちが強くなっていたが――――あんたらがせっかく機会を与えてくれたんだ。もし逃げられそうな様子であれば……この機を利用させてもらうよ。ま、年だし無理はしねぇでおくがな」


 そう言うと、シルバーストンは顔を上げて三人を見、にっこりと笑顔を見せる。

「ありがとよ。あんたら、おっかねぇけど……いい奴らだな」

「おっかなくて悪かったな」

 ヘルは低く唸るような声でそう言うも、その顔は心なしかニヤリと笑っているようにも見える。


「じゃあ……脱獄頑張ってね、シルバーストンさん。僕らも頑張るから。あと……ジミー? によろしくね」

 マルロは椅子から立ち上がり、シルバーストンを見て言う。

「ああ。ありがとうよ……かわいいや」


 ニヤっと笑ってそう言ったシルバーストンのその言葉は――――マルロのことをジミーだと相変わらず勘違いをしたまま呼びかけられたのか、それとも最後に交わした冗談のたぐいであったのだろうか――――。

 そんなことを考えながらも、マルロはシルバーストンに背を向け、ヘルとサムに続いて部屋から出ていく。



「そういえば、その手に持っている魂……看守に返さないんですかい?」


 面会の部屋を出たところで、サムが思い出したように言う。ヘルは首を横に振る。

「ここで返せば、また敵となる可能性が高いだろう。あ奴……シルバーストンの脱獄の邪魔にもなるだろうしな。この島を出る際に、返すつもりだ」

「返すのは、この場所……魂の持ち主の体がある場所でなくても大丈夫なんですかい?」

「ああ……ま、確かに体から遠ければ遠いほど、魂が持ち主の元に帰りにくくなるリスクは増えるが……こやつらが生きたいと願っているのであれば、いずれはきちんと持ち主の元に戻ることだろう。二つとも健全な色の白い魂であるし、きっと大丈夫だ」

 ヘルは手に持っていた白っぽい色の球を眺め、話を続ける。

「逆に、死期の近い者や、死んでもいいと思っておるような輩の魂は……刈り取ってもいいということに、死神の掟ではなっておる。それゆえ、問題ないはずだ」


 ヘルはそう言うと、茶色の巾着袋を取り出してその中に二つの魂を入れ、ローブの中にそれをしまう。


「……敵でもある看守の心配などしてる場合ではないぞ、サム。これから大仕事が待っているのだからな」

「へえ、へえ。わかってやすよ」

 サムが歩きながらヘルに向かってそう言ったところで、一行は廊下の突き当たりに行き着き、サムがそこの扉を開く。


 ギィィ……という音がして木でできた扉が開くとともに、扉の向こうからこちらに向けて風がぶわっと吹いてきて、マルロは目を少し細める。

 そして扉の向こうの光景に、息を飲む。


 扉の向こうには――――ぽっかり開いた大きな穴が広がっているように見えた。それはよく見ると、吹き抜けとなっている塔の中央部で――壁沿いには、螺旋状に上の階へと続く階段が用意されている。


「この監獄塔……もし脱獄されても、下の階まで逃げるにはぐるぐる回らないといけないから、囚人達がなかなか下の階まで辿り着けないようになってるんだね。それに、上から下まで一目で見えるから、誰か脱獄したとしてもすぐに看守に見つかりそうだし」


 マルロがその光景を見て思ったことを口にすると、ヘルが少し驚いた様子でこちらを見る。

「おそらくその通りだろう。……なかなか賢いという噂は本当のようだな」

 ヘルは、後半は呟くようにぼそりと小声で言う。

「とはいえ、飛んでいける我々にとっては有難いことに、都合の良い構造だ。シルバJr.、そろそろ幽霊を小壺から出してくれ」

「うん」


 マルロは、先程取り出して手に持っていた小壺の蓋を開ける。中からぼわわ~んと霧が出てきて、それと同時に幽霊が現れる。


「お、またまた出番かい? 今日は俺っち大活躍だな!」

「そうだね。今回は……この監獄塔の一番上まで、僕のことを運んで連れてって欲しいんだけど……大丈夫かな? 一緒に飛ぶの、重たくないかな?」

「だーいじょうぶだって! 俺たちゃいつも、ワインが何本も入った木箱なんかを運んでるんだぜ? ちっちゃなシルバJr.なんて、それに比べりゃ軽~いもんだ!」

 幽霊はそう言って、マルロの脇の下に両手を差し込み、持ち上げる。

「ほら、どーだい。ちゃあんと持ち上がったろ?」

「うん、すごいね!ちゃんと浮いてるよ!」


 幽霊はマルロに褒められて、満足気な笑みを見せた後、皆に向かって尋ねる。

「ところで……今回は俺っち、透明化しなくていいのかい?」


 マルロはヘルを見る。ヘルは少し考えた後、答える。

「……そうだな。我々は念の為……目的地であるシルバ船長のいた牢屋に着くまでは、透明化もしておこう。幽霊や死神の姿が見えると、敵に幽霊船の関係者であると見破られやすいだろうし、監獄にいるのはサムとシルバJr.の二人だけだと思わせておいた方が……何かとやりやすいだろうからな」


 ヘルはそう言うと、サムを背中におぶり、すうっと姿を消す(サムは、マルロから見るとひとりでに、宙に浮いた状態に見えるようになった)。


「じゃあ、どっちが速く一番上の階まで行き着くか、競走だぜ、ヘル! 準備はいいか? いいよな? じゃ、よーい……スタートだ!」

 幽霊はそう言うと、透明化すると同時に、マルロを抱えたまま塔の上部へ目がけて真っ直ぐに飛び立つ。


「ちょっ…………マルロぼっちゃんに怖い思いはさせねぇでくだせぇよ⁉」

 幽霊の後を追って同じく飛び立つヘルに必死にしがみつきながら、サムは前を行く幽霊――がいると思われる場所に向かって声をかける。


「相変わらず……幽霊どもはお調子者で、血気盛んというか……勝負事を好むようだな」

 ヘルがそう呟くと、背中にいるサムは、苦笑いをしつつ答える。

「船員たちのほとんどは、元々海賊だった者たちなんでしょうし……そんなものでやんしょう」

「それゆえ……争い事を好まないおぬしの生前は、そんな荒くれどもとは少しばかり違う役割だったのだろうな」


 そんなことを話しだすヘル――のいる場所をサムは目を丸くして見た後、ポツリと言う。

「……生前のことは、覚えておられない船員もおりやすし、各々おのおの詮索しないようにしようって……シルバ船長の決めたことじゃねぇですか。忘れたんですかい?」

「そうだな。だが……おぬしは戦いを好まない、無駄な殺生を嫌っておるゆえ、おぬしも生前船に乗っておったのだろうが……それでも船の中でも戦ったり殺しをする輩とは真逆の職業、つまり……我々不死身の幽霊船の船員にとっては一番不必要とも言える職業――だったのだろう」

「……マルロぼっちゃんがいる今となっては、その頃の知識なんかは、完全な役立たずではねぇと思ってやすがね」


 サムはそう言った後、いぶかしげな様子でヘルのいる方に向かって言う。

「にしても、過去は顧みず、今を楽しく懸命に生きろって……シルバ船長はそう言って、生前についてのお互いの詮索を禁止にしてたでねぇですか。さっきから詮索めいたこと言ってやすが……船長がいないからって、その言葉を忘れてやしねぇでやんすね?」

「ああ、悪かった。つい……な」

 ヘルのいる方から少しバツの悪そうな声が聞こえてくる。

「いえ……あっしは構いやせんが。…………寡黙なヘルさんにしては珍しいでやんすね。こんな時に、無駄にお喋りなんてして」

「…………シルバ船長の痕跡がまもなく見られるやもしれぬことから、我も…………多少、興奮しておるのやもしれぬな」

 ヘルはそう言って、ふっとかすかに笑う。



 そんなことを話している間に、一行は監獄塔の最上部に到着する。


「どうやら、俺の方が速かったみたいだな? ヘル」

 サムとヘルが辿り着いたところで、霧の漂う方から、自慢げな幽霊の声が聞こえてくる。

「そんなことはどうでもよい。それより、辺りに看守の姿はあったか?」

 ヘルの言葉に、幽霊が答える。

「飛んでると目立つからな、飛んでる際中には何人かに見つかってはいたが…………下の方にいたヤツらだったし、このあたりは今のところ大丈夫だ」

 幽霊はきょろきょろと辺りを見渡しながらそう言うと、首をひねる。

「シルバJr.に聞いたところ、シルバ船長のいた牢獄を探しに来たんだろ? 重要人物が収容されているエリアって話なのに意外っちゃ意外だが…………こんな高いところから脱獄する危険性はねぇとでも思ってタカをくくってやがるのかな? それか看守どもも、わざわざこんな上まで登ってくるのが嫌なんだろうな」


 そんなことを言っている透明化した二人の下では、マルロが大層興奮した様子である。

「すごかったよ! 僕……生きてる間に、空を飛べるなんて思ってもみなかった…………!」

 マルロは、サムも遅れて最上部に到着したのを見るや否や駆け寄り、頬を紅潮させて言う。サムは、空を飛んだマルロが少しも怖がっていない様子であるのを確認してほっとする。

「よかったでやんすね。さて…………早速、例の牢屋を探しやしょうか」


 サムはそう言って、マルロとはぐれないように、マルロの手を取って歩きだす。

 幽霊は、看守がいないかどうか先回りして見るために、霧をまといながらマルロたちを追い越してすーっと移動してゆく。そして、しんがりを、透明化しつつ大鎌を構えたヘルが引き受ける。



 一行は螺旋状の階段に沿って牢を一つ一つ探りながら、しばらく歩いてゆく。


 やがて――――前方の方から幽霊の声が聞こえてくる。


「…………ここだ! あったぜ!」


 、という言葉に反応し――――――後ろを行く三人は速足で幽霊の声のする方を目指す。


 他の牢に比べ少し奥まったところにあるその牢屋の前では、幽霊が姿を現した状態で、何やら大きな布のようなものを手に持って待機している。


「ほら、ここの牢だ。見えないように布で隠されてたようだが……間違いねぇ」


 幽霊がそう言って牢を指さす。中を見ると、牢の壁に銀色のインクで何やら文章が書かれていて――――――その傍らには、髑髏どくろマークがあった。


「銀色のインクに髑髏の印…………。間違いねぇ、シルバ船長のものでやんす」

 サムの目からは、涙が溢れて止まらなくなっている。


「これが、僕の父さんの痕跡魔法…………」


 マルロは、初めて父親の痕跡を見ることができて、様々な感情が入り混じった様子で髑髏の印をしばらく眺めていたが――――――ようやく、その隣に書かれている文章に目をやる。


 そこには、次のように書かれていた。


『あばよ、看守のマヌケども。ここにいる間、ずいぶん可愛がってくれたが…………どんな事があろうとも、決してお前らの言いなりにはならない。大切な仲間を売るわけにはいかないのでね』


 そして、その文章の最後には、幽霊船のシンボルである髑髏どくろマークとともに、他の文章よりも大きめの力強い文字で、一言だけ、記されていた。


『俺たちは、不死身の幽霊船海賊団だ』


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