第12話 囚人との面会

「そうか、囚人名簿の中にシルバ船長の名は無かった……か」


 マルロとサムが酒場へ赴き、ヘルと合流して事の経緯を説明すると、ヘルはそう言って頷く。ヘルは二人の話を興味深そうに聞いていたものの、名前が書かれていない件についてショックを受けた様子は見られなかった(仮面を付けているため表情が分かりにくいだけかもしれないが)。


「そうでやんすね。既に死刑になっているのかどうかは……わかりやせんでしたが」

 サムが少し暗い表情でうつむきながらそう言うと、ヘルはこちらを向いて言う。

「死刑……か。安心しろ、その可能性は低いやもしれぬ。シルバ船長は我ら幽霊船の船長として名の知れている人物ゆえ、死刑になればきっと見せしめのために公開処刑となり、人間どもにも死刑になったという情報は広まるはずが――そのような内容は、今のところ仕入れた情報には無い。シルバ船長について、ここにいる酒に酔った連中ならば大丈夫だろうと聞き込みをしてみたが、死刑になったと断言した奴は誰一人としていなかった」


「じゃあ、たぶん死刑にはなってないんだね……」


 マルロはヘルの言葉を聞くとホッとして力が抜け、ふらりと体が傾く。サムが慌ててマルロの体を後ろから支える。マルロは二人に向かって大丈夫だよ、といった様子で笑顔を見せる。


「ああ。それゆえ、何か重要な情報を聞き出すために、死刑を執行せず保留にし、未だ監獄に入れられておる可能性が高いのかと思っておったが――――囚人名簿の中に名が無いとなると……別の噂話の信憑性しんぴょうせいが高くなってくるな」

「噂話?」

「……実は、興味深い話を二つほど仕入れておる。一つは――シルバ船長を拷問中に死なせてしまい、その失態を監獄側が隠している――といった内容だ」


 それを聞いたマルロの顔がさっと青ざめる。ヘルはそんなマルロの様子を見ると、手袋をはめた手をすっとマルロの前に出す。

「まあ待て。こちらの噂話は、失態を隠すために死刑が公開でなく密やかに行われたことにすれば、隠す必要もないだろうということで……可能性としては低い。もう一つの噂話の方が、まだ可能性が高いだろうと考えられる」

「もう一つの噂?」

「……そうだ。シルバ船長がという噂だ」

「だっ……脱獄⁉」


 マルロは思わず大きな声を出してしまい、酒場の近くの席に座っている数人がマルロの方を見る。マルロはサムが人差し指を口元に当てているのを見てハッとし、慌てて口をつぐむ。


「そうだ。シルバ船長が脱獄したのをここの看守どもが隠している――という内容の噂話だ。どうやら監獄には今、船長がいないということを掴んだ人物がいるようで、そこから密かに、そんな噂が囁かれておるようだ」

「しっかし、脱獄したのなら、あっしらの幽霊船に戻ってきてくれてもいいはずでやんすが……なぜ船長は戻って来ないんでしょう」

 サムはそう言って首をひねる。

「確かに……そこは引っかかる点ではある。我々の幽霊船が頻繁にサウスの町に繰り出しておったことは、人間どもの間でも知られておるゆえ、居場所はわかりそうなものなのだが。ここに帰って来ることができない原因が、何かあるのやもしれぬな……」

 ヘルが大きな氷とウイスキーが少量入ったグラスを傾け、グラスの中身を眺めながらポツリと呟く。


 マルロはそんなヘルを見て――――ヘルに言うべきことを思い出してハッとし、口を開く。


「そうだ、サムが金貨を払ってくれて、監獄にいる囚人に会えることになったんだよ! 父さんの『シルバ』って苗字に近い名前を言ったら本当にいて、その囚人と面会できることになって――どこの誰かも知らない、シルバーストンって人なんだけど」


「なんと」

 ヘルは顔を上げマルロを見ると一言呟き、ゆっくりと頷いて話を続ける。

「それはなかなかの収穫だな……。サム、シルバJr.、よくやってくれた。船長と同じ監獄におった囚人ならば、監獄に現在シルバ船長がいるかいないか、死刑になったかどうか、くらいなら知っておる可能性があるやもしれぬな」


 珍しくヘルに褒められたマルロは思わず嬉しくなり、弾んだ声で言う。

「じゃあ、早速会いにいこうよ! 遅い時間になったら、囚人に面会できる時間が終わっちゃうかもしれないし」

「そうですね、行きやしょう。確か面会場所は、島の真ん中の一番大きな監獄塔って言ってやしたね」


 サムが頷いて島の中央にある監獄塔を指さす。ヘルは持っていたグラスから手を離し、椅子から立ち上がって言う。

「今回は、我も共にこう。万が一、我らが不審に思われた場合は……何とかしてやる」


(何とかって……一体ヘルは何をする気なんだろう?)


 マルロは首を傾げてそう思いながらも、二人の後に続いて島の中央にある大きな監獄塔へと足を進める。



「面会に来たんでやんすが」


 島の中央の監獄塔に入った一行は、受付の人に先程もらった面会許可証を見せる。受付の人はその紙を見た後、怪しげに三人をじろじろと見て、口を開く。


「三人……か? ちと多いな。特に注意事項のない囚人とはいえ、基本面会は一人だけが許されていて、多くとも二人までなんだが……」

「そうか。ならば……私は遠慮する。二人で行ってこい」


 ヘルがそう言ってあっさり引き下がるので、マルロは目を丸くしてヘルを見る。一方のサムは、ヘルが考えていることがわかるのか、特に何も驚いてはいないようだ。


「わかった。二人いるとはいえ、一人が子どもなら……まあよいだろう。そこの看守の兵士に案内させるゆえ、ついて行きなさい」


 そう言って受付の人は傍にいた看守に向かって手招きをする。槍を持った兵士のようなで立ちの看守が一人やってきて、マルロたちに声をかける。


「こちらだ。付いてきなさい」


 マルロたちは前を歩く看守に付いて行く。



 しばらく石でできた床の廊下を歩いた後、看守は立ち止まり、木の扉を開けて部屋に二人を通す。

 その部屋は石の壁と床でできており、部屋の真ん中が鉄製の檻で仕切られていて――――どうやら向こう側に、面会する囚人がやってくるようだ。


「向こう側に囚人を連れてくるゆえ、ここでしばらく待ちなさい」

 看守はそう言うと、マルロとサムの後ろに立ち、部屋の様子を監視しながら待機する。


 ドサッ。


 しばらくした後、後ろから何かが倒れたような音が聞こえてくる。


 マルロがその音を聞いて振り向くと、先程マルロたちを連れてきた看守が――――うめき声一つ漏らすことなく、いつの間にか床に倒れていた。


「えっ⁉ この人、どうして……」

「……ヘルさんでやんすね」


 マルロが慌てふためいていると、サムがポツリと呟く。その意味を考える間もなく――ちょうどその時、向こうから囚人を連れた看守がやってくる。


「な……っ」

 囚人を連れてきた看守が倒れている看守を見て顔を青くし、キッとマルロたちを睨みつける。

「お前ら、一体何をし――――」


 そこで看守の言葉が途切れ、突然生気を失ったかのように、床に崩れ落ちる。看守が連れてきた囚人は、目を見開いてその様子を見ている。


「これで、邪魔者はいなくなった」


 囚人の傍からヘルがすうっと姿を現す(それを見て囚人とマルロはさらに目を見開く)。

 ヘルは仮面を外している状態で骸骨がいこつの顔があらわになっていて、その右手には、先程までは棒に括り付けた荷物のように見せて隠していた大鎌と――左手には、何やらぼんやりと白く光る玉を二つその手に持っている。


 サムはそんなヘルの様子を見て溜息をつく。


「いいんですかい? あれほど穏便に事を為したがっていたヘルさんなのに……」

「……我も、囚人の話を聞いてみたいからな。仕方なく……だ」

「……スカル隊長に、戦いを好むのも大概にしろってたしなめてたのは、一体どこのどなたでやんすかね?」


 珍しく皮肉を言うサムの言葉を聞いても、ヘルは特に悪びれもせず、光る玉を持った手を、顔の横に掲げて続ける。


「……隊を率いて島全体に攻め込もうとまでしていた、あ奴と一緒にするな。これからする話は看守どもには聞かれたくはないゆえ、こうするしかない。…………そんな顔をするな、サム。問題ない。こやつらの魂は……のちに持ち主に返すつもりだからな」


(ヘルも幽霊たちと一緒で、透明化の能力持ってたんだ……。透明化してて見えなかったけど、これって……魂を、取ったの? 一体どうやったんだろう……)

 マルロは開いた口が塞がらない様子でヘルを見ている。


「し……死神だぁ! もうお迎えがきたのかぁ⁉ まだ早ぇよぉ!」

 囚人はそう言って顔を青くし、こちらも口を開けたまま、驚きおののいた様子でヘルを見ている。

「命は取らぬ。その代わり、これから我らに素直に情報を提供してくれるならば――の話ではあるがな」

 ヘルはそう言った後、大鎌を囚人に突き付け、話を続ける。

「だが、もし嘘の情報を吐いた際には――――」

「ヘル、そんなに怖がらせちゃダメだよ。この人もう十分怖がってるし」

 今にも卒倒しそうな様子の囚人を見て、マルロが慌ててヘルの言葉を遮る。

「……すまぬ。本題に入ろう」

 ヘルが低い声で唸るようにぼそりと呟く。


「とりあえず、お座りくだせぇ」


 サムはそう言って、囚人とマルロに面会室の向かい合った椅子にそれぞれ座るよう促す。

 包帯を顔に巻き少し奇妙な顔をしているものの、ヘルとは違って物腰柔らかなサムの様子を、囚人は目を丸くして見つめていたが――――慌てて椅子に座る。


 マルロも椅子に座り、その囚人――シルバーストンを観察する。シルバーストンは手錠をはめられていて、ぼさぼさの薄汚れた白髪に伸びきった髭を蓄えていた。監獄生活を経てすっかり衰弱してしまっているのだろうか、年を取っているように見えて――――どことなく衰えを感じるような男であった。


(囚人に会うって聞いて、ちょっと緊張してたけど……この人はそんなに怖い感じはしないな)


 マルロがしげしげとシルバーストンを見ていると、シルバーストンもマルロの方を見やり――――大きく目を見開く。


「よく見たら……赤髪だ! もしかして、ジミーじゃないか⁉ ここまで会いに来てくれたのか!」

「……じ、じみー?」

 マルロは感動の涙を浮かべているシルバーストンをポカンとした様子で見ている。


「こやつ……年ゆえか、ボケが入っておるな。大丈夫なのか」

 ヘルがやれやれといった様子で首を振り、シルバーストンを横目で見る。

「この牢獄の様子を聞くんなら、おそらく最近の話題ですし……大丈夫でやんしょう」

 サムが苦笑いをしながらもそれに答える。

「……まあ良い。感動しているところ申し訳ないのだが、こちらの質問に答えてはくれぬだろうか」


 ヘルは先程よりは柔らかい物言いでシルバーストンにそう囁くが――シルバーストンの後ろ側に威圧するように立ち、大鎌を構えている。


「な、なんでしょう……」

 シルバーストンはおどおどした様子で、ヘルの持つ大鎌をちらりと見ながら言う。


「この監獄に、ビスコ=ダ=シルバという者はいなかったか?例の、幽霊船の船長として有名な人物だ」

「幽霊船……」

 シルバーストンはそう呟くと、ヘル、そしてサムをちらりと見る。

「もしかして、あんたら……人間じゃなくて……」

「こちらの詮索はするな。素直に答えろ」

 ヘルにぴしゃりと遮られ、慌ててシルバーストンは目線を自分の前に置かれている机に移す。


「私は、監獄生活が長くてな……。いつ頃かは覚えていないが、確かシルバという人物は……名前が近いからか、何度か会う機会はあったよ。赤い髪に、少し変わった、銀色の目をした人物――――彼のことだろう?」


 それを聞くと、マルロ、サム、ヘルの三人は目を大きく見開き、お互いに顔を見合わせた後――――シルバーストンの方に向けて一斉に言う。


「いたんだね!」

「どんな様子でやんしたか⁉」

「今もここにおるのか? それとも……もう牢にはおらぬのか⁉」


 三人が一斉に質問してくるものだから、シルバーストンは戸惑っている様子である。そんな彼の様子を見たマルロは慌てて二人を制する。


「待って、順番に聞こうよ」

「……そうだな。まず整理をしよう。そのシルバという人物は、この監獄には間違いなくいたのだな。そして時期についてはわからない――――と、そういうことだな?」

「ああ。そのはずだよ」

「で……今も監獄にいるのか? それとも、もういないのか?」

「詳しくは知らねぇけど……ただ、ここしばらくはとんと姿を見かけていないね」

「そうか、やはり……囚人名簿に名前がなかったことからも、監獄にいないという噂は本当か……」


 ヘルはそれを聞いて少し考え込む。その間、サムがシルバーストンに質問をする。


「ちなみに、そのシルバせん――氏は、監獄ではどんな様子でおられたんですかい?」

 それを聞いて、シルバーストンは少し顔を歪める。

「……酷いもんだったよ。会う度に決まってあちこち傷やあざだらけで……拷問で相当痛めつけられてるんじゃないかと見た。その割には、本人に暗い様子は見られず周りに笑顔を振りまいていたが――――あの笑顔は、見せかけだけなんじゃなかろうか」


 マルロはそれを聞くと、父親が痛い目にあった様子を悟り、何とも言えない気持ちになる。サムも同じだったようで、心配そうな表情をしている。


「なるほど。やはり何らかの情報を聞き出すために、拷問はされていたか……。船長のことを思うと辛いが――拷問の対象であったおかげで死刑が引き延ばされ、生き延びることができたとも言える」


 ヘルはそう言うと、その心中は分からないが、表情は変えないまま――――シルバーストンに向かって再び質問をする。


「では……他に何かシルバという囚人について知っている情報はないだろうか」

「そういえば……」

 シルバーストンは何かを思い出したようで、目を大きく開く。

「いつ頃かはやはり分からないが、誰かが居なくなった、と騒ぎになっていたことがあったな。今になって思えば、その頃か――その少し前あたりから、シルバという囚人を見かけなくなった気がするよ」

「ほう」

 ヘルは少し興味深い様子でその話を聞く。サムとマルロもハッとした様子でお互い顔を見合わせる。

「……となると、脱獄の線が濃厚となってきたな。では……それと同じ頃に起こった出来事や聞いた話……などはあるか? ああ、こちらはシルバという囚人に関するものでなくても構わぬ」


 シルバーストンは、それを聞くと、しばらく考え込んでいる様子だったが、やがてハッとした様子で顔を上げる。

「確か……何やら文字が落書きされた牢があって、そのインクがなかなか消えない、これでは次に囚人を収容するのに使えないとボヤいていた看守がいたのも同じ頃だったが……」


「消えないインク……だと⁉」


 それを聞いたヘルの目付きが変わる。サムもそれを聞いてハッと息を飲む。マルロはそれを聞いてもピンと来ず、なぜ落書きされた程度で牢が使えなくなるのだろう、と考えている。


「そのインクは――――何色だ? 書かれている内容は……わからぬか?」


 ヘルがシルバーストンの方に大鎌を握りしめたまま詰め寄る。シルバーストンはこれまで落ち着いて話をしていたが、それを見るとヘルに脅されていることを思い出したようで、慌てて答える。

「そ、それは知らねぇです。実際に見たわけじゃあないんで……」


「インクの……落書き? そんなものが、父さんと関係あるの? それに、何色って聞いてたけど……どうして、色がそこまで重要なの?」

 マルロは首を傾げて二人を見る。ヘルがマルロの方を見て答える。

「消えないインク――――我の思っているものと同じだとすれば、おそらく、シルバ船長の十八番おはこの……決して消えないとされる『痕跡魔法』だ」

「こ、痕跡魔法……?」


 マルロは何が何だかわからないといった様子でヘルを見る。ヘルは気にせず、話を続ける。


「シルバ船長の痕跡魔法には銀色のインクが使われている。それを使って旅の道中でもあちこちに訪れた痕跡を残していた――――海賊らしく、髑髏どくろマークと一緒にな。その監獄の落書きが、もしも銀色で、我々の幽霊船のシンボルともいえる、見慣れた髑髏の印も描かれていれば――――」


 ヘルは、まっすぐにマルロを見る。


「確実に船長がそこにいた、という痕跡でもあり、そして――――船長からの何らかのメッセージが、そこにはあるということだ」


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