監獄の町
第11話 監獄の町
夕日が沈むころ――――マルロ、サム、ヘルの三人は監獄の町、プリズンタウンに向けて小船を出す。
サムとヘルは霧を入れた小壺に紐を通して体にぶら下げ、その上から体中を覆うローブを着て、その中に自らを動かすのに必要な霧を隠している。本来幽霊船の船員たちは霧を撒いてから霧に乗って移動するのが望ましいようだが、二人の様子を見ると、少しでも霧を身にまとっている状態であれば多少は動けるようだ。
そして、霧がローブの外に少し漏れてしまった場合の対策として、パイプも手に持つことにし――霧が見えてしまった場合は、パイプの煙のように見せることにした(これは常にパイプを手に持つハイロを見ていて閃いた、マルロのアイデアだった)。
また、三人で偵察を行うものの、船への伝達用の幽霊と小船を押すための海坊主も一匹ずつ、お供に連れていくことにした。幽霊は小壺の中に入れたまま、マルロが
三人は次第に近づいてきた島の様子を眺める。プリズンタウンは砂の町といった雰囲気で、地面は全て砂地であり、その上に石造りの監獄塔がいくつか建てられている。中でも、中央の塔が一番高くて大きいようだ。
「プリズンタウンのある島は、昔は西大陸と繋がっていたんだ。西大陸は砂漠が多くて、ウエスの街も砂でできた街として知られているから、プリズンタウンも地面は砂地なんだよ」
マルロは地理の本で読んだ知識を思い出して二人に言う。
「へえーそうなんですかい。マルロぼっちゃんはずいぶん物知りでやんすねぇ」
サムがマルロを褒める。一方のヘルは、無言のまま前方の島を眺めている。
マルロは二人の変装した姿を眺める。二人はローブで霧を隠す他、ローブがめくれても体が見えないようにと、長袖のシャツを着て長いパンツを履き、手と足も手袋とブーツで肌や骨の部分が見えぬよう完全に防備している。
ヘルは骸骨の顔をしているため、やむを得ず仮面をつけている。そして、いつも身につけている大鎌も持参しているが――それは棒に荷物を括り付けているかのように偽装して隠してある。
一方のサムは仮面はつけず、顔の中でも骨の見えている部分は包帯で隠し、怪我人のように見せている。フードもかぶって顔をなるべく隠しているものの、多少は緑色の肌が見える可能性があったが――見えてしまった場合は、病気のために顔色が悪い人として通すそうだ。そして、やはり自分の腐臭が気になるようで、古い香水を船から探し出し、たっぷりつけていた(その方が匂いがきつくて目立つのにな、とマルロは密かに思った)。
実際二人は遠めに見ると完全に人間に見えると船員たちにお墨付きをもらい、またプリズンタウンに来るのは訳ありの人も多いため、多少は奇妙に見えても大丈夫だろう、と船員たちは言っていたが――――異形の者を見慣れていない周りの人間から見ても果たして大丈夫なのだろうか、とマルロは二人の姿を見て不安に思う。
そうしている間に、一行はプリズンタウンに到着する。マルロ、サム、ヘルの三人は船から降り、島に足を踏み入れる。
小船とともに残された海坊主は、周りに人間がいないことを確認しつつ海から顔を出し、三人に向けて手を振った。そして、ズブズブと海の中に潜っていった(彼(?)はそこに待機する
海坊主を船に残し、一行はプリズンタウンへと繰り出す。夕暮れ時の町はまだ人が行き交っていた。そして監獄のある町ゆえか、普通の町とは少し違った趣きで――――船員たちの言う通り、訳ありといった感じの人も多かった。
(これが町……かぁ。人間がいる町を見たのは初めてかも)
人間が多くいるところに初めて出てきたマルロだったが、サムとヘルが傍にいるからか、人ではないもののたくさんの異形の者と触れ合ってきた経験があるからか――――不思議と人のたくさんいる町でも怖いとは感じなかった。
「さて、夜が更ける前に……まだ町に人がいるうちに聞き込みをしよう。我は……そこの酒場へでも行ってきて、噂話に耳を傾けてみようと思う。シルバ船長のような有名人だと、何かあれば噂になる可能性も十分あり得るゆえな」
ヘルはそう言ってから、向こうにある建物を指さす。
「おぬしらは……誰かの面会に来た
「わかりやした」
サムはそう言って酒場へ向かうヘルを見送ると、マルロの方を振り返る。
「とりあえずヘルさんのおっしゃる通り、そこの監獄塔に行ってみやしょう」
「うん、行こう」
二人はすぐそこにある監獄塔に足を進める。そして、監獄塔の前にいる二人の見張りのうちの一人に面会に来た旨を伝えると、塔の中に案内される。
そして面会受付の場所に促され、その見張りは列に並ぶよう指示をすると、塔の外へと戻ってゆく。
マルロが受付の人の様子をこっそり盗み見ると、分厚い紙の束を持ってなにやら調べ物をしているような感じであった。
(あの紙に、監獄に収容されてる囚人の名前が書かれてあったりするのかなぁ)
マルロがそう思いながら列に並ぼうとすると、サムがマルロの肩を叩き、人目のつかない柱の陰に移動するよう指を差して促す。二人が移動したところでサムが声をかける。
「さてと、どうしやしょうか。面会って言っても……監獄に誰か知り合いがいるわけでもねぇですし」
「うーん……じゃあ、シルバって苗字に近い名前で聞いてみようか。例えば……」
マルロはこれまで読んだ本で得た知識の中で、シルバに近い苗字の名前を探す。そして、確か冒険小説か何かに出てきた悪党の名前を閃く。
「『シルバーストン』とかどうかな。そうしたら、運が良ければ受付の人が見てるあの紙……あそこに『シルバ』って文字が見えて、父さんのことも書かれてるのが見えるかもしれないよ」
「いいでやんすね。じゃ、とりあえずシルバーストンって苗字で聞いてみやしょう」
「とは言っても、その紙を僕らに見せてくれる可能性なんてあんまりなさそうだけどね……こっそり盗み見れたらいいんだけど」
マルロが力なく笑ってそう言うと、サムは少し思案した後、口を開く。
「では…………壺に入れてきた幽霊を使いやしょう。霧は壺から出さねぇといけねぇですが、パイプの煙に見せかければ何とかなるかもしれねぇし。その幽霊に、受付をしている人の後ろから見てもらいやしょう」
「え、幽霊? でも、幽霊っていっても……普通に人間にも見えるよね? 僕いつも姿を見てるし……」
「幽霊は、いざとなったら透明化できる能力を持ってるんでさぁ。そうすれば、霧さえ不審がられなければなんとかなりやす」
「なるほど……それなら確かに後ろから見れるね」
(でも、大丈夫なのかなぁ……)
マルロは少し不安に思いながらも、人目がないことを確認すると、持ってきた小壺を取り出し、蓋を開ける。
中から紫色の霧が出てきて――――――霧が辺りに広がったところで、幽霊が現れる。その幽霊は壺に入っていたためか、幽霊船にいるの時のように海賊剣やターバンは身につけていない状態であった。
「お、ついに俺の出番かい?」
「うん。早速なんだけど……透明化って今できるかな?」
「ああ、任せな!」
マルロがお願いすると、幽霊は左側から順にスーッとその姿を消す。
「わあ、すごい!本当に見えなくなったよ!」
マルロが感嘆した様子でそう言うと、幽霊は――――姿こそ見えなかったが、自慢げな感じの声で言う。
「どんなもんだい。俺たち幽霊にとっちゃあこんなこと、お茶の子さいさいさ!」
「じゃ、お願いなんですが、あっしらがあそこの面会受付で『シルバーストン』って名前の人に面会する
サムが霧の立ち込めている方に向かってそう言うと、そこから声が返ってくる。
「わかったぜ。シルバ船長の名前が紙に書かれてないか見ればいいんだろ? お安いご用さ!」
「じゃ、行こう」
マルロはそう言って、受付の方に足を進める。柱の陰で作戦をたてている間に、受付の待ち人の列はなくなっていた。マルロとサムが面会受付の担当者の前まで行くと、その人が顔をあげる。
「えっと、面会希望で…………シルバーストンって人に会いたいんですけど」
マルロがそう言うと、受付の人はサムとマルロを変わったコンビだと思った様子で
その後ろに紫色の霧がスーッと移動するのが見える。先ほど壺から出した幽霊が紙を見るために後ろにまわっているようだ。
「シルバーストン――――ね。ああ、名前は?」
その受付の人の言葉から察するに、どうやらシルバーストンという苗字の人が本当に監獄にいるようで、マルロは驚くとともに、名前までは考えていなかったため、どうしようかと焦る。
「えっと、名前…………なんだっけな」
受付の人は怪しむようにマルロを見る。マルロはどうしようと思いながら助けを求めるようにサムを仰ぎ見る。
サムも困ったようにマルロを見下ろしていたが――――突然目を見開いたかと思うと、受付の方に向き直り、はっきりと名前を言う。
「ダン=シルバーストンでやんす」
マルロは目を丸くしてサムを見る。一方、受付の人はそれを聞くと、持っている紙に目を移す。
「ああ。合っているな。特に注意事項のある人物でもなし……面会は可能だ。では、面会料として、金貨一枚を支払いなさい」
マルロはそれを聞いてまたまた目を丸くする。囚人との面会の際には費用が必要で、そのお金でプリズンタウンは監獄を運営していると本で読んで知ってはいたが、金貨一枚はなかなかの大金だったからだ。
マルロがサムを見ると、サムは慌てたように
「確かに頂いた。面会場所は島の真ん中にある、一番大きな監獄塔だ。この面会許可証を持っていきなさい」
受付の人はそう言って一枚の紙を差し出す。マルロがそれを受け取る。
「ありがとうございます」
マルロはそう言って、サムとともにその場から離れる。
そして受付から見えない、人目のない場所まで来ると、サムが霧が漂う場所に向かって声をかける。
「さっきは助かりやした。紙に書かれてる名前を見て、監獄にいる『シルバーストン』氏の名前を教えてくれたんでやんすね」
「どうだい? 気が利いてたろ?」
霧が漂うあたりから幽霊の自慢げな声が聞こえてくる。マルロは、サムが監獄にいるシルバーストンの名前を知っていたことについて不思議に思っていたが、その会話を聞いてそういうことだったのか、と納得する。
「で、父さんの名前…………紙に書かれてあったの?」
マルロは幽霊の声が聞こえてきたあたりに向かって声をかける。
「それが…………なかったんだ。紙には囚人の名前が、ちゃあんと名前の順に書かれてたんだが、シルバーストンって名前の近くでも……シルバって苗字の囚人の名前はなかった」
幽霊がそう言うのを聞いて、マルロはサムと顔を見合わせる。
「ない? ないって……ここにはいないってこと? それってもしかして…………父さんはもう、死刑になった……てことなのかな…………」
マルロは父が既にこの世にはいない可能性に気が付くと、呆然としてしまう。一方のサムも顔を引きつらせてはいたが――――マルロの肩をぽんと叩いて言う。
「まだ決まった訳じゃねぇですよ。これがどういうことなのか……確かめやしょう。金貨まで払って、せっかくシルバーストンって名の囚人に会えることになったんですし、どこの誰かもわからないその囚人に、とりあえず話を聞いてみるのはどうでやんすか? 囚人なら、監獄内の様子を詳しく知ってそうですし」
マルロははっとしてサムを見上げる。
「もしかして、サム…………そこまで考えて、貴重な金貨まで払って面会することにしたの?」
「まあ、面会希望に来たのにあそこで何も払わずに帰るってのも、不自然で疑われやすいかと思ったってのもあるんですがね」
サムはそう言って照れくさそうに笑う。マルロはサムを意外と頼もしいなと思って尊敬の眼差しで見ている。
「それに…………ヘルさんも何か情報を仕入れて下さってるかもしれねぇし。まずは合流して、そこからその囚人に話を聞くことにしやしょう」
サムはマルロの背に手を当て優しく促しつつ、監獄塔から出ていく。
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