第10話 上陸作戦

 しばらく航海の日々が続いたある日、もうすぐ日も沈みかけようという夕方ごろ――――――マルロは遥か前方に、何かが見えてきたのを発見する。


 近づくにつれ、塔のような高い建物がぽつぽつと見えてきて――――マルロはお気に入りの地理の本でそれを見たことがある気がして、ハッとする。


(あれは……石の塔? だとしたら、監獄塔がある……プリズンタウンじゃないかな?)

 マルロはプリズンタウンと思われる島を見、あそこに自分の父親がいるかもしれないと思うと、ゴクリと唾を飲み込む。


 一族皆殺しの罪を負った大罪人の父親――――幽霊船の船員たちには慕われている船長だったようだが――――。

 しかし叔父一家の死を知った今、本当はどんな人物なのか、自分自身の目で、一刻も早く確かめたい気持ちでいっぱいだった。


 一方でマルロは、前方の島が自分たちが目指している目的地だとしても、このまま幽霊船がプリズンタウンに乗り込むのはまずい気がして、海坊主たちに声をかける。

「海坊主たち、お疲れ様。ちょっとだけ船を停めてもいいかな」


 それを聞いて海坊主たちは海から顔を出す。口のきけない海坊主たちは何も言わないが(海坊主たちは霧がなくても動けるらしいが、その代わりに口がきけなかったり人間のような感情表現ができないのかもしれない)、一斉にじろりとこちらを見て、頷くような素振りを見せると、船を停めてくれる。

 それを確認すると、マルロは船室の扉を開く。生命いのちの壺から出ている紫色の霧が甲板に流れ込む。


「お、もう夜かい?シルバJr.」

 扉の近くの階段付近で自分の海賊剣を磨いていた幽霊が、マルロに向けて声をかける。マルロは首を横に振る。

「まだなんだけど……前方に、島が見えてきたんだ。もしかしたら、僕らの目指すプリズンタウンかもしれない」

「本当か⁉ そんなら、皆を呼んでこねーとな!」

 幽霊はそう言って海賊剣を鞘にしまうと、ぴゅーっとすっ飛んでいって船室の奥に入っていく。


 それからしばらくした後、幽霊船の船員たちが船室内から、甲板に広がりゆく霧と共にぞろぞろとやってくる。


「シルバJr.、プリズンタウンを見つけたんだって?」

 スカルが一番にやってきて、マルロに声をかける。

「たぶん、石の塔みたいなのがいくつか見えるから、プリズンタウンだと思うんだ。空が霧で完全に覆われて見えなくなる前に、確認してみてよ」

 マルロにうながされ、スカルは霧の範囲から出ないように気をつけながらも船首の方に近づき、目を凝らす。


 スカルは骨の顔の奥にある、白く光る瞳を大きく見開く。

「本当だな! 位置からしてもおそらくプリズンタウンのある島だろう。ちょうど日も沈みかけてきて……もうすぐ俺たちの得意な夜の時間帯だし、いっそ皆で乗り込むか?」

 スカルがニヤリと笑い、海賊剣に手をかける。マルロはその様子を見て不安に思い、尋ねる。

「え、乗り込むって……もしかして、攻め入るつもり?」

「おうよ。霧を島中に撒きさえすれば、俺たちは不死身で最強の部隊なんだ。心配することないんだぜ?」

 マルロはそう言われて、戦いになってしまうのだろうかと思うとためらう。


「またお前は………………戦いを好むのも大概にしろ」


 ヘルが後ろからやってきて、唸るような低い声でスカルをたしなめる。

「今回は、シルバ船長の安否を確認することが先決だ。もし既に死刑になっていたのなら、無駄に戦うことになるだろう」

「んだよ、おめぇはあの船長が死んでると思ってやがるのか? それに、もし船長が死刑にされたなんてことがあったら………………絶対に許せねぇからな、監獄のヤツらに船長の弔い合戦でもしてやらねぇと、気が済まねぇだろうが!」

 スカルはシルバ船長が死んでいる可能性について話すヘルに、カッとなった様子で食ってかかる。


「で、でも、始めは様子を探る方がいいんじゃないかな……? 戦うつもりで行ったら、僕らは完全に敵とみなされて……父さんのことなんて教えてくれないかもしれないよ?」

 マルロはそう言って恐る恐るスカルを見る。スカルはまだ何か言いたそうだったが、相手が船長代理のマルロだからか、言われたことが図星であるからか――ぐぬぬ、といった表情をしているものの、それ以上は何も言わなくなる。


 そんなスカルの様子を見て、ヘルが言う。

「船長もそう言っていることだし、まずは偵察だ。それでいいな? まずは船から霧は撒かずに、小壺に霧を入れる方法で何人かを偵察に行かせて…………ああ、お前は船で戦いの準備でもしてろ。血の気が多いお前が行くと、ややこしいことになりそうだからな」

「じゃあ、誰を行かせるんだよ」

 スカルは不本意な様子ではあったが、反論することなく、ヘルに尋ねる。ヘルはしばらく考え――――甲板に集まっている船員たちの中から、ゾンビのサムを見つけ出し、指をさす。

「……サムがいい。一番人間に近い容姿をしておるからな」

「へ? あっし……ですかい?」

 サムはきょとんとした様子でヘルを見る。

「フードをかぶり、肌や顔はなるべく隠しておけ。もちろん、おぬし一人に任せることはせぬ。我も共にこう。顔には仮面を着け、人間の服や手袋や靴を身につけ、ローブから体を出さぬようにすれば…………多少不審に見えるやもしれぬが、なんとかなるだろう」


 確かにサムとヘルならば、血気盛んな他の船員よりは落ち着いた行動ができるだろう、とマルロは思うが――――二人の異形の雰囲気が果たして周りの人間達にバレないだろうか、と不安に思う。


「それなら……僕も行くよ。僕は人間で、子どもだから…………怪しいと思われる可能性は一番少ないんじゃないかな」


 マルロはそう言ってから、自然とそう口走ってしまった自分自身に驚いた。周りの船員たちも、驚いた様子で一斉にマルロを見る。


「え、シルバJr.自ら行くのか? 危険だぜ!」

「もしそのせいでシルバJr.が死んだりしたら、俺たちゃ船長に合わす顔がねぇ!」

「第一、船長が死刑になったとして、シルバJr.までいなくなったら……俺たち、また船長を失うじゃねぇか!」

 幽霊たちが一斉にマルロの周りに集まって、口々に異論を唱える。

「大丈夫だよ、偵察に行くだけだから……。戦いに行くわけじゃないんだから」

 マルロは、幽霊たちに向かってなだめるように言う。


「確かに、本当に人間であるおぬしがいることは…………心強い。子連れの方が、警戒もされぬだろうからな」

 ヘルはマルロに向かって頷き、話を続ける。

「ならば……おぬしとサムは共に行動し、我は単独で聞き込みをしよう。異形の者が二人揃っておると、何かと疑われやすいだろうからな。とはいえ、おぬしらからはなるべく離れぬようにするゆえ、安心しろ」

 サムはヘルを見て、こくりと頷く。

「わかりやした。あっしは戦いに関しては不慣れですが……ヘルさんも近くにいて下さるようなら安心だぁ。聞き込みくらいなら何とかなりやしょう。ちなみに、監獄の町に行くってことは……誰かの面会にでも来たていにすりゃいいんですかい?」

 ヘルはサムの言葉を聞いて、しばし思案した後、頷く。

「そうだな。だが、シルバ船長の面会だとは言うなよ。警戒されるやもしれぬからな。別の話題から、それとなく聞き出すのだ」

「わかりやした。できるかどうかは……やってみねぇとわかりやせんが」


 サムが頷くのを確認すると、ヘルはスカルの方に向きなおる。

「プリズンタウンの状況が分からぬ今、幽霊船が近づくだけでも警戒される可能性があるゆえ……我ら偵察隊は、この船に付属している小船で行こう。お前たちは霧を出して船を隠し、この辺りで待機しておけ」

「ここで待機か? それじゃあお前らに何かあってもすぐに助けに行けねぇだろ。もうちょっと夜が更けて人間が寝静まった頃合いには、お前らを迎えに島のそばまで行くぜ。それでいいだろ?」

「…………好きにしろ。だが、くれぐれも島の人間どもに悟られるなよ」

「わーってるよ! そんなヘマしねぇって。そっちこそ、人間じゃねぇってバレるようなヘマすんじゃねぇぞ」


 スカルとヘルが言い合っているのを見て、やっぱり兄弟なのか――実はこの二人、仲が良さそうだなとマルロは思い、少し微笑む。


「じゃあ、僕も行く! マルロも心配だし。お師匠さまについていくんだ!」


 遅れてやってきたムーがそんなことを言い出すので、マルロは驚いて目を丸くする。


 しかし、即座にヘルに否定される。


「ムー、おぬしは来たところで、ろくに活躍できぬだろう。まだ見習いの身なのだから、そこから早く卒業するためにも、精進のため…………船で鎌の素振りにでも勤しんでおけ」

「ええー、そんなぁ。それに素振りの修行なんて、一人でやってもつまらないんだもの」

 その言葉を耳にしたヘルは、ムーを静かにたしなめる。

「何を言うか。鎌の素振りを疎かにしていては、百発百中で魂をることはできぬぞ。それでは死神とは言えまい」

「ううっ……」


 ムーは返す言葉がないようで、ガックリとうなだれる。


「では、準備が出来次第、三人でプリズンタウンに向かう。後のことは皆、頼んだぞ」


 ヘルはそう言って、一人先に船室に入る。


「ぼっちゃん、我々も準備に行きやしょう。何か必要なものがあったら言ってくだせぇね」


 サムがそう言って、ヘルの次に船室に入る。それを見たマルロも慌てて二人に続き、船室に入る。


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