西大陸編
西の海域
第8話 悪魔の少年
マルロを乗せた幽霊船は、西を目指して海を行く。
そんなある日――――マルロが船長になってから数日経った頃。マルロが甲板から景色を眺めていると(船の周りは常に霧がたち込めているため、霧の隙間からしか景色は見えなかったが)、隣にスカルがやってきてポツリと言う。
「そろそろ西の海域に入ったかな」
「西の海域?」
マルロがスカルを見上げて尋ねる。
「船長室の海図を見りゃわかるが、海の部分にも海図上ではラインが引かれていてな。海も大陸と同じように、北、西、南……と分けられてるのさ。東に関しては――東大陸同様、本当にあるかどうかも不明な、幻とされる地域だからわからんが」
スカルは大あくびをし、うっすらと霧で覆われた空を見る。
「ふあ~あ。そろそろ太陽も登る頃だし、俺たちは寝るわな……。まあ俺たちゃ不死身だし、睡眠が必ずしも必要ってわけじゃないが……休息代わりにな。ま、そんな訳だから、何かあったら遠慮せずに起こしてくれや。海は落ち着いてそうだし、霧は今から船室ん中に閉じ込めとくから、シルバJr.はその間だけ景色を楽しみな」
「うん、ありがとう!」
マルロはスカルの言葉を聞くと目を輝かせる。太陽が少し苦手で、昼よりも夜の方を好む船員たちが船室に入る間、マルロは甲板に出て辺りに異常がないか見張る役目を果たしていた。
そしてこの朝や昼の時間に――――青い空や、太陽に照らされて輝く青い海を見るのがマルロは好きだった。
(でも……追手がやってきたらそんなこともできないかもしれない。霧に隠れて移動する方が安全そうだし。そろそろサウスの街では僕がいなくなったこと、問題になってそうだけど……)
マルロはそんなことを考え、少し不安になる。
「どうした、少年。冴えない様子だな」
マルロはその声を聞いて振り返る。考え事をしていて気がつかなかったが、いつの間にか、船員たちに廃人と言われている男――ハイロが、甲板までやってきていた。
「あれ……ハイロさん。会うのはサウスの街ぶりだよね。あんまり外に出てるの見たことないし」
「ま、パイプも吸いたいし、ずっと船内にいるのも気が滅入るから……ここの船員どもがいない間の気晴らしにな」
ハイロはそう言って、持っていたパイプを少し掲げて見せる。
「この船の船長になったんだって? おめでとうさん」
ハイロは船長になった経緯など特に何も尋ねるわけでもなく、そう言ってマルロを見る。人間の子どもの自分なんかが突然幽霊船の船長になったのに、この人は驚かないのだろうか、とマルロは不思議に思う。
「あ、そういえばハイロさんって……幽霊とか他の船員たちの前では喋らないようにしてるの?」
「……ま、死者同然のように振舞った方が追い出される心配がなさそうだと思ってな。とはいえ、カビの生えた食事が出された時は困ったがな。昼間にこっそり食堂から食糧を漁って食べられるもん探して、今までなんとか過ごしてきたが。ま、少年が来てからはありがたいことに、食事もいくらかマシになったよ」
ハイロはそう言ってニヤリと笑う。
「……ま、他の船員がいない間は話し相手になってやるから、俺に何か用があったら昼間にでも甲板に来な」
ハイロはそう言うと、パイプを持ったままマルロから離れてゆき、少し離れたところにある甲板上の階段に腰かけ一服する。
その日の夜。マルロは風呂からあがって船長室に戻り、扉を開いて灯りをつけると――――自分の部屋に、見知らぬ先客がいて驚いた。
その客は、マルロお気に入りのベッドに足を組んで座っていて――――浅黒い肌をして頭に羊のような角を付けた、悪魔のような姿形の少年だった。
悪魔のような少年はマルロを見ると、ニヤリと笑う。
「邪魔してるぜ。お前が来るのがもう少し遅けりゃ俺様が――この部屋をぐっちゃぐちゃに散らかしてやったんだけどな」
「……誰?」
マルロの声が悪魔のような少年の言葉とかぶる。マルロは
(角が生えてて、肌も黒くて……人間じゃなそうだし、見た目は悪魔みたいだけど……。もしかして、まだ会ってない、この船の船員かな? でも確かムーは、僕たち以外にこの船に子どもはいないって言ってたような……)
「おいおい、薄情なヤツだな。お前とは付き合い長――――くはないかもしれないが、ここしばらくの間、声を聞かせてやってただろ? 忘れちまったか?」
悪魔のような少年は呆れたように言うと、何かを口パクで喋る。それと同時に、マルロの頭の中に、いつも聞いていた声――――低く唸るような声が聞こえてくる。
「お前は、ここにいるべきでは……無い」
マルロはその声と言い回しに覚えがあり、ハッとして悪魔の少年を見る。
「もしかして、サタン……?」
「そうだ。お前の言う、その『サタン』様だ」
悪魔のような少年はマルロの言葉を聞いて、満足気に頷く。
マルロは驚いた様子で、悪魔のような少年のことをしげしげと眺める。
(僕と同じくらいの子どもに見えるけど、この子がサタン……? 確かに、見た目は悪魔だけど……前に聞いてた声は低かったし、子どもだとは思ってなかった。実際今喋ってる時の声とも違うし、声色をわざと変えてたのかな……?)
マルロが声色から想像していたサタンは、もっと大きくて恐ろしい大人の悪魔で、山羊のような尖った角を生やしているイメージであったが――――サタンと名乗る悪魔の少年は、マルロとそんなに変わらない背丈で(むしろ少しだけマルロよりも低いくらいの)、羊のような丸まった形の角をツンツン立っている黒髪の間に生やしていた。服装は人間のような服をまとい、トゲトゲがついている黒い腕輪を両腕につけ、背中にはマントをつけている。
そしてマントの外側には、ギザギザとした形の黒い羽根らしきものが二つ、宙に浮いていた(背中から生えているわけではないようだ)。
「
マルロが恐る恐る尋ねると、悪魔のような少年は眉を吊り上げる。
「何言ってんだ。お前なんかに俺様の名前なんて大事な情報を教えてやるわけねーだろ! 今まで通り、サタンって呼べ」
「う、うん……じゃあサタンでいいけど」
(もしかして、サタンって呼び名が気に入ったのかな?)
マルロは悪魔のような少年――サタンの言った、名前が大事な情報だという内容にどうもピンとこず、そう判断した。
その時、マルロの後ろ――――船長室の開いたままにしていた扉から、ムーが顔をひょっこりと出す。
「マルロ! トランプしよ! 『天使と悪魔ゲーム』とかどう――――」
そう言ったムーは、サタンがいることに気がついて――骸骨の顔の奥にある目を丸くし、持っていたトランプの束からトランプを1枚落とす。落としたトランプの札は、ジョーカーであった。
「うわっ! 悪魔だ!」
サタンはムーの方を見ると、鼻を鳴らす。
「なんだお前。死神? にしてはちっちぇーな」
「うるさいな。おまえだって、悪魔にしてはちっちゃいじゃないか」
「何だとォ……?」
ムーとサタンはどちらも相手がいけ好かない様子で、お互いを睨み付けている。
そうしてしばらくした後――――その状態のままムーが口を開く。
「おまえも、子どもみたいだけど……一体マルロの何なんだよ」
「はぁ……?」
サタンは眉を吊り上げる。ムーはマルロの後ろからサタンの前まで行き、食ってかかるように言う。
「誰だか知らないけどさぁ……僕がマルロの一番仲良しの友達なんだぞ! マルロの初めての友達だって、僕なんだから!」
それを聞いたサタンはうんざりした様子を見せる。
「ハッ。何を言い出すかと思ったら……。うるせーよ。お前らみてぇな友達ごっこなんて、こっちはやってねーんだよ。てか、俺は見た目は子どもに見えてもお前らよりずっと長生きしてんだ。友達なんて言われちゃ
サタンはそう言うと、船長室の扉の方を指さす。
「お前は邪魔だから、部屋から出てけ。俺はこいつに用があって来たんだよ!」
サタンがムーに向けて追い払うように手を振ると――突如、ムーの体が船長室の扉めがけて飛んでいく。
「うわあああああ! 何だよおおおぉ!」
そしてムーが外に出ると、船長室の扉がひとりでに閉まり――――ガチャリという音がして鍵までかけられた。
「ふんだ、鍵なんてかけても僕の体は壁なんか…………あれ? 通り抜けられない‼」
ムーは扉の向こうで焦った様子でそう言い、次に扉をドンドンと叩く。
「こら! 僕をのけ者にしやがって! マルロに何する気だ!」
マルロはサタンを見る。自分と同じ少年の姿だからと油断していたが――――サタンが様々な魔法が使える様子を見て、警戒心を強める。
(もしこのサタンが僕らの敵なら……この部屋のそばにある
そう思ったマルロは、扉の向こうにいるムーに向けて声をかける。
「大丈夫だよ、ムー! もし心配なら……そこで待っててくれる? それで、もし何か異常が起こりそうな気配がしたら、その時は、上の階にいる皆を呼んできて!」
「わかったよ。マルロ……くれぐれも気をつけてね」
「うん、わかってる」
マルロはムーにそう言うと、ベッドにいるサタンの方に向きなおる。
(サタンの目的が何なのかわからないけど……この幽霊船に危害が及ぶことは避けないと)
マルロはゴクリと
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