第7話 ゾンビのサム

 宴が始まってから数時間経った頃――――。どんちゃん騒ぎもようやく終わり、酒に酔ってそこら中で寝てしまう船員たちも次第に増え(不死身の船員たちでも酔うらしい)、辺りは落ち着いてきて、宴も終焉といった雰囲気になってきた。


 左隣の席のムーは、宴の席の大騒ぎに疲れ果てて眠ってしまっている。マルロも用意されたたくさんの料理をたいらげとっくにお腹が一杯になってはいたが――――席を立ってもいいものかわからずに、きょろきょろと辺りを見渡す。


 そして、あることに気が付いて右隣にいるスカルに尋ねる。


「あれ? そういえば甲板にいたハイロって人……ここにはいないの?」

「んあ? ああ~、あいつぁ居候で……この船の船員ってわけじゃねぇからなぁ~。俺たちとは別で……用意してやったアイツの部屋で食事をとんだよぉ。食事はちゃあんとコックの幽霊が運んでるからしんぺぇすんな~?」

 スカルは相当酔っぱらっているようで呂律ろれつが回っていない感じだが、最低限、マルロの欲しい情報をくれた。

「そうなんだね。あと……船員たちってここにいるのが全員なの? 確かゾンビがいるって聞いてたんだけど、見当たらなくて」

 マルロは再度スカルに尋ね……ようとするが、ついにスカルは机に突っ伏して、眠りの体制に入ってしまったようだ。


「……海の中にいる海坊主以外は、この場に全員いる」


 スカルがだらしなく酔いつぶれているのを見て軽く舌打ちした後、ヘルがこちらに向き直り、その質問に答えてくれる。


 ヘルは船員たちの中で例外的に、ご馳走争奪戦には参加せず、落ち着き払って必要な分量のみの食事を少し取り、後はワインとカビの生えたチーズを交互にちびちびやってたしなむ程度であったので、ほとんど酔いが回っていないようだ。


「ゾンビは……人間のおぬしがその姿を見て食欲不振にならぬよう、おぬしからは一番遠い席に座っているはずだ。この船にはサミュエルというゾンビが一人いて、皆から『ゾンビのサム』と愛称で呼ばれている」


 ヘルはそう言うと、マルロからは離れた席の方を見やり、骨の指で差す。

「……あの茶色いフードをかぶっている奴だ。普段はフードをかぶっていないが、あ奴は思慮深い性格ゆえに、おぬしに気を遣って食事の場では死体の身体をできるだけ隠しているのやもしれんな。そういえば、奴は古参かつおぬしにゆかりのある者だったゆえ……もしかしたらおぬしの赤ん坊だった時のことを覚えていて、いろいろ教えてくれるやもしれぬ」


 マルロは死体の姿をそのまま残していると思われるゾンビに会うのに少しだけ抵抗があった。しかしヘルの話を聞くと、そのゾンビの性格に親近感が湧くとともに、自分に縁のある人物だったという情報もあって――――ゾンビのサムにとても興味が湧き、もしまだ酔いつぶれていないようなら、話しかけようと決心する。


「教えてくれてありがとう」

 マルロはヘルに礼を言うと、立ち上がって、茶色いフードをかぶったサムの方へと足を進める。


 マルロはゾンビのサムに近づいて、後ろからサムの様子を窺う。サムは、お酒をそんなに飲んでいないようで酔い潰れてはいなかった。空のグラスにワインを追加してもおらず、周りの船員たちが酔いつぶれて眠っている中、一人黙々と食事を続けている。


「あの、ゾンビのサム……だよね」

 マルロが恐る恐るサムに声をかけると、茶色のローブを着て、そのフードをかぶっていたサムが振り返る。


 サムの肌はエメラルドグリーンのような鮮やかな緑色をしており、一部腐敗していると思われる部分は紫色をしていた。顔を見ると、顔の左側は骸骨が剥き出しで肌や目玉はなく、それに対して右側は緑色の肌で、ギョロリとした右の目玉がもうすぐ飛び出しそうなくらい顔の表面に出ていた。

 そんなサムの様子を見たマルロは、死体といっても生々しくなくどことなくポップな色合いで、案外怖くないなと感じる。そして――――そのインパクトのある顔つきのおかげで記憶の片隅に残っていたのだろうか、その顔は少しだけ懐かしいような感じがした。


「…………!」


 声をかけられたサムは、マルロを見て言葉にならない様子で、ただでさえ飛び出している大きな目を大きく見開いていたが――――やがて一言発する。


「マルロぼっちゃん!」


 そう呼ばれたマルロは、皆にはシルバJr.と呼ばれていたため驚く。そして、その呼び名や先程のヘルの話から、やはり過去にこの人にお世話になっていたのだろうか、と想像する。

「……と、今は船長で、ぼっちゃんなんて呼んだら怒られちまいますな。……本当に、お久しぶりでやんす」

 サムは右目に涙を浮かべてそう言い、握手をしようと右手を差し伸べるが――――自らが死体であることを思い出したのか、慌ててその手を引っ込める。


「怒ったりしないから、好きに呼んでくれたらいいよ、僕まだ子どもだし」

 マルロは引っ込められそうになったサムの手を慌てて掴んで、自分から握手をする。サムの近くは少しだけ腐臭はするものの、ゾンビだということには既に抵抗がなくなっていた。実際、今掴んだ手も清潔に保たれており、そんなに汚い感じはしなかった。

「あと、僕もういろいろ慣れたから……気を遣わなくていいよ。フードも取っていいよ。ヘルの話だと、いつもはかぶってないんでしょ?」

 マルロにそう言われたサムは、感激した様子で目に涙を浮かべる。そして涙を拭うと、いそいそとフードを脱ぐ。


 フードを取って現れた頭のてっぺんには、金髪が少しだけ残っている。その金髪の残り毛も、記憶の奥底にあったのか……マルロはなんだか懐かしく思えた。


「あんまり覚えてないけど……僕、昔あなたにお世話になったのかな?」

 マルロの言葉に、サムはこくりと頷く。

「へえ。まあそんな大したことはしてやしませんがね。シルバ船長が、ぼっちゃんのお世話係にあっしを任命してくだすって。また何でよりによってゾンビなんかを任命したのかは、甚だ疑問ではあったんですがね」


 サムはそう言うが、マルロは父親のその判断は正しいような気がした。この船に来てからいろいろな船員に会ったが、サムほど物腰柔らかで気遣いのできる人物はいないように思えたからだ。


 マルロは、今しがた思ったことをサムに伝えることにする。

「たぶん、サムが一番几帳面でいろいろ気が利きそうだからじゃないかな。僕……これからもお世話係はサムがいいな」


 そう言われたサムは、またも感激の涙を浮かべる。

「へえ……へえ! そんな風に言っていただけるなんて、ありがてぇこってす。あっしに出来る事なら、何でもやらせてもらいやす!」


 サムは嬉しそうにそう言った後、落ち着きを取り戻し――――しげしげとマルロを眺める。


「……やっぱり、父親のシルバ船長に似ておられる。外見もですが、あっしら異形の者で、表情だって分かりづらいだろうに、よく気持ちを汲み取って下さるところなんか……おんなじだぁ」


 マルロはそれを聞いて、幽霊船の船員たち……丸い形の人魂にひょうきんな顔のついてる幽霊たちや、スケルトンのスカルの人間のような表情や仕草、小さくてかわいい死神ムーのふよふよと宙に浮いた姿を思い出す。


 そして目の前にいるサムのカラフルでポップな出で立ちを改めて見て、くすっと笑う。

「そうかなぁ。君たち、異形の者っていってもなんだか怖くないし、親しみ持てる感じの顔で……表情がわかりやすいんだもの。ゾンビとかもそうだけど、幽霊船の船員って、もっとリアルに死んだ瞬間の生々しい姿を残してると思ってたから」


 サムはそれを聞いて少し何か思案した後、口を開く。

「そこは……この霧の力というか、何かしらシルバ船長の計らいがあったみたいでさぁ。あっしら異形の者をあんまり生々しい死体の状態でとどめて怖がらせないように、今後家族ができても船員の皆と親しくなれるようにって……そういえば仰ってたことがあったような気がしやす」

 サムは、マルロをじっと見据えて話を続ける。

「その頃ぼっちゃんは生まれてやせんでしたが、もしかしたら、今後家族ができることを、何か……予想しておられたのかもしれねぇでやんすね」


 マルロはそれを聞いて、異形の者の姿形さえ思い通りに変えることができる父親は、一体何者なのだろう――――とさらに疑問が湧いてくる。


 次から次へと湧いてくる疑問にマルロが混乱している間に、サムは食堂全体見渡し、マルロに声をかける。


「さてと、もう宴も実質お開きみてぇですし、そろそろ休まれますかい? そうだ、久々に風呂を沸かしやしょう! シルバ船長のお気に入りの、一人用の大釜風呂があるんでさぁ! 他の船員たちは誰も入らねぇもんだから、風呂の用意は久々ですぜ。あっし、風呂の湯加減を調節するのは大の得意なんでさぁ! ぼっちゃんのお守役以外にも、風呂の係も担当だったんですぜ」

 サムは風呂の準備が楽しみで仕方がないといったように、興奮した様子で早口で言う。マルロはいろいろ思案したりしてちょうど疲れていたこともあり、それを聞くと目を輝かせ、頷く。

「うん! お願いしてもいい?」

「もちろんでさぁ! 行きやしょう! 付いてきてくだせぇ」


 マルロは、サムの後ろに付いて食堂から出ていく。




 ゾンビのサムの絶妙な湯加減の風呂に癒されたマルロは、サムが用意してくれた寝間着のシャツに着替え(大人用のサイズだったため、シャツだけでワンピースのような寝間着になった)、ふかふかの布団に潜る。最高級の布団のようで、叔父の家のベッドよりもさらに寝心地が良いように感じる。


(……ああ、幸せだ。ここに来るまでは真逆の、絶望的な気持ちだったのに……。ここの皆に優しく迎え入れられて、美味しいもの食べたり気持ちいいお布団で眠れるなんて。それに、まさか船で冒険に出られるなんて……昨日までは思いもしなかったよ)


 マルロは、幽霊船に乗っているという事実を一時忘れ、心地のよいまま眠りに落ちそうになる。


「お前の本来の居場所はここ――――異形の者どもがはびこり、腐臭漂う幽霊船――――お前には、そこがお似合いだ」


 突然頭の中に声が聞こえてきて、マルロは飛び起きる。


 そして、その声が以前から聞いていた、姿見えざる声――――マルロが悪魔サタンのものであると思っている声であるということに、しばらく間を置いてからようやく気が付いた。


(そういえば、いつも夜になると語りかけてきてたっけ……)

 マルロはそう思い、次にくる言葉を静かに待つ。


 しばらくした後、再び声が聞こえてくる。


「お前は――大罪人の子。平穏なサウスの街から逃げ出した以上、これからは迫る追っ手に対する恐怖を常に持ちながら逃げ惑い、一生、死と隣り合わせの生活を送るのだ」


 サタンのその言葉を聞いて、マルロは今日、叔父が言っていたことを思い出す。


――――マルロの場合は、外に出ることを禁じられているんだ。それを認めることで、マルロは殺されずに済んで……今、ここで生きていることを許されているんだよ。だから、外に出るとその約束を破ることになってしまう……。もし外に出て、逃げようとしたとでも思われたりしたら、今度こそ死刑になりかねないからね――――


(そっか、僕……これから一生、追われるのか。捕まったら、死刑になるのか……)


 マルロはそのことに気づきながらも、不思議と怖いという思いはなかった。この幽霊船の、不死身の船員たちという――――何よりも頼もしい仲間ができたせいかもしれない。


(一人ぼっちだったときは、外に出ることすらあんなに怖かったのに……。味方がいるっていうだけで、こんなにも違うんだなぁ)


 マルロは今思ったことを、サタンに向けて話しかけてみる。


「大丈夫だよ。僕には、この船の仲間たち……味方ができたから」


 そう言っても何も反応がないことを確認した後、マルロは話を続ける。


「ありがとう。誰だか知らないけど……あなたが僕の居場所は叔父さんの家――サウスの街じゃないって教えてくれたおかげで、僕は一つ夢を叶えることができたよ。自由に世界中を航海するって夢が。それに、叔父さんたちと暮らしてた時に感じてた罪悪感みたいなものもなくなったし」


 マルロはそう言って再び声を待つが反応がないので、サタンと思われる声の主に向かってさらに自分の決意を伝える。


「僕、この幽霊船のみんなと一緒に……追っ手から一生逃げ回ってみせるから。一生、ここで生きていくから」


 マルロはそう言って次のサタンの言葉を待つが――――声は待てども聞こえて来なかった。


 そして、その声を待つ間に――――――――いつの間にか、マルロは眠りに落ちていった。




「なんなんだよ、アイツ! ムカつくなぁ!」


 幽霊船の上空には、マルロが家出した様子をサウスの街の空から見ていた、浅黒い肌をして頭に羊のような角を付けた、悪魔のような姿形の少年が浮かんでいて――――船を見下ろしながら何やらわめいている。


「普通、あんな幽霊やら骸骨やらゾンビなんかと暮らすの嫌だろ⁉ なんで喜んでんだよ! 意味わかんねーよ!」


 そう言って悔しそうな顔でギリギリと歯ぎしりをした後――――船を見下ろし、ポツリと呟く。


「見てろよ……絶対家を出てったこと、後悔させてやるからな」


 悪魔の少年はそう言い残し、パチンと指を鳴らすと、シュン! とその場から姿をくらました。


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