第6話 歓迎の宴

 コンコンッ。


 船長室の扉をノックする音が聞こえる。


 マルロが扉を開けて出迎えると、フードつきの黒いローブをまとい、骸骨の顔をした死神が、死神特有の鎌を右肩にかけて持ち、左手にはランプを持って現れる。

 死神のような風貌とはいえ、子どもなのだろうか――小さくてかわいいサイズで、足がないのだろうか――幽霊のようにふよふよと宙に浮いている。


「こんにちは、新しい船長さん。死神見習いのムーです」

 その小さな死神――ムーは、小さな体全体を使ってぺこりっとお辞儀をする。


「こんにちは」

 今は真夜中だし正しくはこんばんは、だよね……と思いつつも、マルロは相手に合わせてそう言う。そして――死神がいきなり現れたら恐ろしいと思うはずが、あまりにもかわいらしい死神の姿にマルロは思わず笑顔になる。

「僕はマルロ。あ、船長っていっても僕まだ子どもだし……敬語じゃなくていいよ」


 死神のムーはきょとんとした表情(に見えた)でマルロを見、おずおずと尋ねる。

「僕も、子どもの死神なんだ。じゃあ……マルロって呼んでもいい?」

 マルロはそれを聞いてニッコリと笑う。

「もちろん。みんなは僕のこと、父さんの息子ってことでシルバJr.って呼ぶけど……君は普通にマルロって名前で呼んでくれたらいいよ。よかったら友達になろう」

 マルロはそう言ってから、死神相手に自然とそう言ってのける自分自身に驚くが――こんなに小さくてかわいらしい死神なら仕方ないのかな、と考える。


 一方のムーはそれを聞いて目を輝かせる。

「本当に? 嬉しいな! 僕、今まで大人ばっかりの中で暮らしてきたから。今度一緒に遊ぼうね」

 マルロが頷くと、ムーは嬉しそうに体を左右に揺らしていたが――――はっとした様子で突然大きな声をあげる。

「すっかり忘れてた! 君を呼びにきたんだった。掃除もだいたい済んだし、食堂でこれから新しい船長の歓迎会だって!」

「うん、じゃあ案内してくれるかな? 僕まだ船の中のことあんまり知らなくて」

「わかった! 食堂に行くまでのついでに、いろいろ案内するよ。行こう!」

 ムーはそう言うと、ふよふよと宙に浮いたまま階段を上がっていく。マルロは、ランプを持つムーを目印にその後ろを付いてゆく。



「お師匠さま、連れてきました」


 食堂に来るまでにいろいろな部屋を見た後(埃と蜘蛛の巣だらけの船内はすっかり綺麗になっていた)、食堂に着いたマルロは、今度は大人の死神の前に連れて行かれる。

 ムーと同じくフードつきの黒いローブをまとい、骸骨の顔をした死神だったが、ムーとはスケールが違いおどろおどろしい雰囲気で――――死神の迫力満点である。

 大きさは全然違うが、ムーと同じく死神特有の大きな鎌を右肩にかけて持っている。そしてムーとは違って宙には浮いておらず、普通に椅子に腰かけている。


「おぬしが噂のシルバJr.か」

 大人の死神は渋くてすごく良い声をしている。


「は、はい!」

 マルロはその死神の威厳のある様子に、思わず姿勢をシャンと正す。

「我は、死神のヘル。これから……この船を頼む。あと、こやつ……ムーとも仲良くしてやってくれ」

「わかりました」

 マルロは自分が船長だということを忘れ、思わず敬語で受け答えをする。


 死神のヘルは、それだけ言うとこれ以上話す気はないらしく、無言で食堂の自分の席に座っている。

 ムーがマルロを小突いてその場から去るように促すので、マルロはそれに従う。


「お師匠さまは、普段はものすごく寡黙な人で……孤独を好んでるんだ。用事が済んだら他のとこに行った方がいいよ。同じ死神だったから頼んでなんとか弟子にしてもらったけど、僕だって最初はいい顔されなかったよ」

 ムーは死神のヘルから離れながらそっとマルロに耳打ちする。

「そんな寡黙なお師匠さまだけど、実はあのスケルトン部隊のスカル隊長の弟なんだって。隊長は結構なひょうきんものだし、性格がまるで真逆なんだよね」

 マルロはそれを聞いて驚く。性格が真逆なこと、また落ち着いたヘルの方が年下だということに驚いたのもあるが、一番は、スケルトンと死神が兄弟だということに驚いたのだ。

(確かに、どっちも骸骨の顔してるけど……死神のヘルも、黒いローブ着てるから見えないだけで中身は骸骨なのかな? それに、兄弟って……生前の話なの? 死後の話なの?)


 そんなことを考えてマルロが混乱していると、いつの間にか、包帯ぐるぐる巻きのミイラ男の前に連れて行かれていることに気が付く。

 ミイラ男は頭からつま先まで全身が包帯で巻かれ、頭にはコック帽、腰には白いエプロンを着けていて、同じくコック帽と白いエプロンを身に着けた幽霊たちとともに料理に勤しんでいる。


「船の料理長をしてる、ミイラ男のミールさんだよ。ミールさん、船長代理のマルロを連れてきました!」

 ムーがそう言うと、ミイラ男のミールはこちらを向く。顔の一部の包帯がほつれているところからちらりと見える包帯の中身は黒くてよく見えず、包帯のほつれた部分から見える奥底にある目は白く小さく光っている。


「君がシルバ船長の息子……シルバJr.か! グッドタイミングだ! 人間が何を食べられるのか、確認したかったンだ!」

 ミールはパチンと指を鳴らすと(包帯を巻いた指でも鳴るらしい)、マルロに手招きし、傍らに置いてあるいくつかの木箱の中身を見せる。

「船長がいなくなってから長いもンだから、ちょいと記憶があやふやでね。どうだい? このパンは食べられそうかい?」

 ミールはそう言ってかびたパンを見せる。マルロはそれを見て、思わず眉間にしわを寄せ、首を横に振る。

「パンは食べられるけど……これは無理かな。カビが生えてるから、人間が食べたらお腹を壊してしまうよ」

「そうだったか。おかしいな、船長は俺たちとおんなじで、カビの生えたチーズとワインが好きだった気がするンだけどな……」

 ミールはブツブツとそう言いながら、別の木箱の中身を確認しつつ、マルロに話しかける。

「俺たちにとっちゃあカビはスパイスみたいなもンで、全然平気なンだ。不死身の体だから腹を下さねぇってのもあるが……俺たちにもちゃんと味覚はあるンだが、生前よりはどうも鈍いみたいでな。味の濃いもの、辛いものだとか、刺激のあるものを好むようになってるみたいなンだ」

 それを聞いたマルロは、味覚があるのにカビの刺激については不味く感じないのだろうか……と不思議に思う。


 そうこうしているうちにミールは目当ての木箱を見つけ出したようで、探し出したものをマルロに見せる。

「船の中に元々あった食糧はほとんどカビが生えちまってるからなぁ。さっきサウスの街から頂戴したての食糧なら大丈夫か?」

 マルロは木箱の中身を見る。長い長い形をしたパンや丸い形の黄色いチーズの塊(こちらはカビが生えていない)、大きなハムの塊や缶詰なんかがぎっしり敷き詰められている。

 それらを見ていると、先程夕飯を一部残して出てきたためか、マルロは途端にお腹が空いてきて――――口の中に溜まってきた唾をごくりと飲み込みながら頷く。

「うん、カビが生えてないし大丈夫そうだよ!」

「良かったぜ。じゃあボウズのための食糧はカビを生やさないように冷蔵室に入れとかねぇとな! 何しろ俺たちはカビが生えてても平気なもンだから……食糧は木箱ン中入れたままそこらに放置してたンだが」

 ミールは満足気な笑みを浮かべてそう言うと、食堂に置いてある長い長い木の机の一番端の席を指さす。

「さて、シルバJr.の席はあそこ……前に船長の席だったとこにしよう。あそこに座って料理が出てくるのを待ってな」

 ミールはそう言ってウインクし(白く光る目の片方がチカッと点滅したので、おそらくウインクだとマルロは思った)、再び料理に取り掛かる。



 マルロが席に座っていると、宙に浮いているコック帽をかぶった幽霊たちによって、次々に料理が運ばれてくる。

 船員たちの席の前にはカビが生えている緑色の料理も多かったが――マルロの前にはおそらく人間が食べられそうな色をした、いい匂いの食事が運ばれ、マルロはホッとする。


 マルロの席はいわゆる「お誕生日席」のような位置で、皆が長い机の左右に分かれてずらりと一列に並んで座る中、マルロだけが一番端の上座の位置になっている。

 マルロの両脇の席は右がスカル、左側がヘルのようだったが、ヘルが気を利かせてか、子どもに挟まれて座りたくないのかどちらかはわからなかったが、マルロとヘルの間にムーが座る小さな椅子が追加で用意された。



 やがて料理が運ばれ終わると、料理長のミールが鍋をお玉でガンガンと叩いて食事の合図をする。


「さあさあ、料理が揃ったよ! 皆席についたついた!」


 皆が席につくのを確認したスカルが席から立ち上がり、皆に向けて言う。


「さーて、お揃いかな諸君。こちらにおられるのは皆の尊敬するあのシルバ船長の息子、マルロ=ダ=シルバくんで、この度シルバ船長が見つかるまでの間、この船の船長を務めることになった。では早速、乾杯の音頭を船長に取ってもらおう。皆、ワインをそそいだグラスを手に持ってくれ」

 それを聞いて机を見ると、マルロの席にも濃い赤い色の液体が入ったグラスが置かれている。


(僕、子どもだしお酒飲めないんだけどな……)

 マルロが困っている様子を見たのか、ムーがそっと耳打ちする。

「大丈夫、僕たちのは葡萄ジュースにしてもらったから。僕、渋いワインより甘いのが好きだからマルロもそうだと思って」

 マルロはそれを聞くと、ムーがジュースを飲むのは単なる好みの問題なのかな、と疑問に感じつつも、お酒を飲まずに済んでホッとする。


 マルロはムーに向かって頷き、グラスを手に取る。そして、スカルにこっそりと尋ねる。

「ねえスカル、乾杯の音頭って……何を言えばいいの?」

「ん? 何でも思ったことを言えばいいさ。ただ、最後に乾杯って言うのだけは忘れんなよ」

 スカルがニヤッと笑う。マルロは戸惑いながらも――――自分が今、思っていることを話すことにする。


「ええと……僕が今日からこの船に乗るなんて、まだ信じられないんだけど、みんな……僕を受け入れてくれてありがとう。僕、あの……これから頑張ります」


 マルロがそう言うと、話の途中にも関わらず、ちらほら拍手の音が聞こえる。マルロは顔を赤くし、話を続ける。


「えっと……この先の航海が楽しいものになりますように! 乾杯!」


 マルロがそう言うと、皆がグラスを天に突き上げて叫ぶ。

「「「乾杯!」」」


 そして皆はぐいっとグラスの中身を一気に飲み干すや否や、料理とワインの争奪戦が始まる。


「マルロ、立派な船長みたいなスピーチだったよ」


 ムーはマルロにそう言ってニッコリと笑うと、自分もご馳走の方に向かい、まずは緑色をしたスープ(牛乳か何かにカビが生えていたのだろうか)を傍らにある鍋からよそい始める。


「そうかなあ」


 マルロはそう言ってスープをこぼさないように入れようと悪戦苦闘しているムーを眺めつつ、前の皿に盛ってある骨付きのチキンを手に取り、恐る恐る口に入れる。


 濃い味付けを好むとされる船員たちによる味付けだったため、少し味が濃かったが――――いろいろな出来事が起こって疲れ果てていたマルロにとってはとても美味しく感じ、船員の皆の食事の様子を見ながらそれを頬張ると、マルロはとても満ち足りた気持ちになった。


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