第4話 幽霊船長の誕生

 スカルを見た幽霊たちが一斉に顔をしかめる。


「おい、スカル。それはシルバ船長の残した帽子とコートじゃねぇか」

「勝手に着てんじゃねぇよ」

「まーたお前、一人ファッションショーでもしてやがったのか?」

「やめとけよ。スケルトン部隊の隊長とはいえ、誰も船長の代わりは出来ないんだからな」


 幽霊たちがスカルというスケルトンの隊長に向かって口々に文句を言う。スカルはバツの悪そうな顔(マルロにはそんな感じに見えた)をする。

「でもよぉ。船長なしじゃこのままフラフラ街に繰り出すだけの日々になるし……そろそろ船長の代理は誰かがやらねぇとって思ってな」


「シルバ船長……?」

 マルロが首を傾げると、幽霊たちが口々に説明をする。

「俺たちにゃ前まで、人間の船長がいたんだ。行き場も目標もない俺たちをまとめて面倒見てくれた立派な船長がなぁ」

「でもある嵐の日に……船長の息子さんが海に落ちて、それを助けるために船長は海に飛び込んで……」

「そのまま俺たち、船長と息子さんとははぐれちまったんだよ」

「確か、この辺りの海だったよな」

「そう思ってしばらく探してんだが、船長たちは一向に見つかんねえし」

「だから俺たちゃ、ずっとこの辺をウロウロしてるってわけさ」

「今は……楽しいことと言えば、この街からワインを頂戴することくらい」

 幽霊たちはそう言って、揃って大きな溜息をつく。

「そんな……この船、風がなくてもどこにでも行けるんでしょ? それなのに……それじゃあ勿体ないよ?」

 マルロの言葉に、幽霊やスケルトンたちがきょとんとしている。


 マルロは荷物の中からいつも見ていた世界地図を探し出すと、取り出して甲板に広げ、指さしながら幽霊船の皆に見せる。

「ここから海を超えて西にある西大陸にはウエスの街っていう、ここ、サウスの街以上に大きい、魔道とかが栄んな魔法の街があるって話だし……ここから海を超えて北にある北大陸には、広大な森林の中にあるって言われる秘境、ノースの村がある。僕、魔法も森林も見た事ないからどっちも行ってみたいんだ。それに、東の海の果てにあるって言われるのは、黄金の都って言われる伝説の理想郷、イースの都で……そこには金銀財宝はもちろん、君たちワインが好きなら、ワインが湧き出る泉なんかもあるらしいよ!」

「「「ワインの泉!」」」

 幽霊たちが一斉に反応する。

「ちょっと待て。イースの都って……どっかで聞いた事あるぞ……?」

「確か……シルバ船長が目指してた場所じゃねぇか!」

 その事実に気づいた船員たちがざわめく。マルロは頷いて言う。

「海賊にとっては憧れの場所だからね。確かに、君たちの船長が目指してたとしてもおかしくないよね」


 マルロの瞳が――キラッと銀色シルバーに輝く。

「風がなくてもどこまでも行ける船があるのに……このサウスの街の周辺だけにいるのは勿体ないよ! 君たちは、世界中を見てみたくはないの⁉」

 船員たちはマルロの顔を見て息を呑む。マルロはその様子を見て、皆も冒険の素晴らしさを分かってくれたのかな、と思い、満足気に笑みを浮かべるが――――返ってきたのは、思ってもない言葉の数々だった。


銀色シルバーの瞳だ!」

「赤髪に銀色シルバーの瞳……まさに、シルバ船長だ……!」

「いや、子どもだから……きっと、あの時海に落ちた、シルバ船長の息子……マルロじゃねぇか⁉」


「えっ……⁉」

 マルロは、自分の名前を突然幽霊たちが口にするので動揺する。

「確かに……僕の名前は、マルロっていうけど――――」

「ボウズ、お前の父親……誰だか知ってるのか⁉」

 スケルトンの隊長、スカルがマルロの肩を骨の手で掴む。ゴツゴツした固い感触がする。

「た、確か……大罪人だって、聞いてるけど……それしか知らない」


 それを聞いた皆は一斉にどよめく。


「大罪人! 俺たちにとっちゃあ大の恩人でも、この街のヤツらからすりゃそうなるよな」

「間違いねぇ! ボウズの父親は、俺たちの尊敬する船長……ビスコ=ダ=シルバ船長だ!」

「罪人になってるってことは……シルバ船長はどっかに捕らえられてんじゃねぇか?」

「もしかして、この街にいるのか⁉」


 幽霊船の船員たちはそう言うと、今にもサウスの街に乗り込もうとする勢いである。マルロはそれはまずいと思い慌てて止める。

「ちょっと待って、それはないよ……。この世界の罪人は全員、ここ、西大陸のそばの島にある、プリズンタウンってところの監獄に集められるんだ」


 マルロは、地図上のプリズンタウンの位置を指さす。

「だから、父さん……がもしいるとしたら、そこだと思う。でも、大罪人だとしたら……もしかしたら、もう死刑になってるかもしれないよ」

 マルロはそう言うと、ふと叔父さんなら父親がどうなったか知っているのでは――と気づくが、今更戻って聞けないし、プリズンタウンに行けばどっちにしろ父親の安否が分かるかもしれない……と思い直す。それに――――幽霊たちはもう既にプリズンタウン行きに乗り気のようであった。


「じゃあ行こうぜ! そのプリズンタウンとやらに!」

「で、シルバ船長に会えたら……一緒にイースの都に行くんだ!」

「それで俺たちゃワイン飲み放題だ!」

 幽霊たちはすっかり盛り上がっている。


 そして、一斉にマルロを取り囲むと言う。


「俺たちのちっちゃなシルバJr.(ジュニア)……よろしくな」


「よーし、シルバ船長が見つかるまでは……シルバJr.、お前が船長になるんだ!」

 スカルがそう言って自分が被っていた海賊帽をマルロの頭に被せる。帽子はとても大きくてマルロの視界が見えなくなり、マルロがなんとか前が見えるように後ろにずらしているところに、これまたブカブカの海賊コートをスカルが羽織らせる。コートの裾の大部分が床に付いている。


「俺たちの船に、また船長が来たぞぉ!」


 幽霊船の船員たちはそう言って、帽子とコートを着ているマルロを見――――サイズが合っていないのも気にならないくらいに感激している。


「今日は宴だ!」

「その前に……こんなシケた街からはおさらばだ!」

「おい、海坊主ども! 出てこい!」

「話聞いてたろ? 目指すはプリズンタウンだ!」


 幽霊たちがそう言うと、海からまん丸頭にぎょろりとしたまん丸目玉のついた黒い物質が――――海上に現れ船を沈める頭の丸い妖怪として知られる、海坊主が何体も現れる。


「シルバJr.、出航の音頭は毎回船長が取るんだ! さあ言ってくれや」

 スケルトンの隊長、スカルがそう言ってマルロを促す。マルロはそれを聞くと、ついに航海ができるのだと…期待に胸を弾ませる。マルロの瞳が再び銀色にキラリと輝く。


「えっと……じゃあ、プリズンタウンに向けて……出航ーー!」


 マルロが西の方角を指さしそう言うと、何体もの海坊主が、海の中から西の方角に向けて船を押す。


(風がなくても動く船って……こういうこと⁉)

 マルロが目を丸くして海坊主たちを見ていると、後ろから幽霊たちに肩を掴まれる(ひんやりとした感覚がする)。

「さあさ、ちっちゃな船長くんの歓迎会をするぞ! 船室の中も案内するから入った入った!」


(幽霊船の船内って……一体どんな風なんだろう)


 マルロはそんなことを思いながら、幽霊たちに促されて船室の中に入ってゆく。


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