第3話 幽霊船

 真夜中――――家中が寝静まった頃、マルロは荷物を持ってこっそりと家を出る。扉を開けると、辺りは一面濃い霧に覆われていた。


(すごい霧……。周りが見えにくいや……)

 今まで外に出たことの無いマルロは、霧のあまりの濃さに驚いた。

(でも、こっそりこの街を抜け出すには、これくらいの方が都合がいいかも……)


 マルロは一刻も早くサウスの街を抜け出すつもりでいた。自分は外に出たことがないため、街の人たちに顔はあまり知られていないはずではあるが、ギルドの親方をしている叔父の顔の広さを恐れて――――万が一叔父に捜索された時のためにも、早めにこの街を出ることに決めていたのだ。


(初めて家から出たけど……誰も人がいないからか、不思議と怖くないや。それに、今日いろんなことを聞いたせいで、今までの悩みは大したことないって思えるようになったのかも……)

 マルロは外に居ることに、案外平気な自分に驚いていた。今だけはこの不気味な霧でさえも、マルロにとっては怖いと感じなかった。


(まずは港へ行って……船を探そう。それで、この夜のうちにこっそり乗り込んで、どこか他の場所へ連れて行ってもらおう)

 そう思ったマルロは、レンガ通りを港に向かって駆けてゆく。


 その様子を、浅黒い肌をして頭に羊のような角を付けた――――悪魔のような姿形の少年が、夜空に浮かびながらじっと見ていた。


「バーカ」

 悪魔の少年はニヤリと笑ってそう呟いた。



 マルロは港に着くと、早速乗り込む船を探すことにする。


(近くにあるのは小舟ばっかりだ……。荷物も置いてないから隠れることもできないし、これじゃあ乗り込んでも朝になるとばれるよね……。もっと大きい船はないのかなぁ……)


「こんな遅くに、何か探し物か? 少年」


 突然声を掛けられマルロはビクッとした。声のした方を見ると、黒くてつばの広い帽子を深々とかぶり、灰色の長い髪をした人物が防波堤に胡坐あぐらをかいて座っていて、パイプを吸っていた。帽子と長い前髪で顔がほとんど隠れていたため、表情はよくわからなかった。


「えっと、大きな船を探していて……」

「船でどこかへ行きたいのか?」

「う、うん」

「なら俺の後ろにある船がおすすめだな。あれが一番――――どこまでも遠くに行ける船だ」


 ここら一体は特に霧が濃くて見えにくいためか先程船を探していた時は気が付かなかったが、マルロは男の後ろにぼんやりと大きな帆船の姿があるのを確認する。

 帆がところどころ破れているように見えて、大丈夫なのかな、とマルロが眉をひそめていると――それに気づいたのか男が声をかける。

「ま、見た目はボロいが……風がなくても動ける代物しろものだ」

「風がなくても動く……? そんな船あるの?」

 マルロは不思議に思い首を傾げる。帆船は、帆で風を受けて進むものだと思っていたからだ。

「それは乗ってみてのお楽しみだ。とは言ってもまあ、俺も乗せてもらってる身なんだがな」

 この男の人が実際に乗ってるならたぶん大丈夫なんだろう、とマルロは判断し、頷く。

「ありがとう。じゃあ、この船にするよ」

 そう言ってマルロはその船に足を踏み入れ――――ふと、何かに気づいて男の方を振り返る。

「あ、でも……僕が乗ってること、この船の人たちには秘密にしてくれないかな?」

 男はそれを聞いてニヤリと笑う。

「俺は構わんが……どっかに隠れるってんなら、それは難しいと思うぞ、少年」

「え……? それってどういう――――」

 マルロはそう言いかけたところで口をつぐむ。どこかから、奇妙な歌声が聞こえてきたことに気が付いたからだ。


「♬~ワインは血の色、せいの色~飲めば生気が満ち満ちる~」


 向こうの方から愉快な歌声が聞こえてくる――かと思うと、いくつもの樽や木箱が空中に浮いていて――――それらがこちらにやってくる光景に、マルロは驚いた。


 そして、それが次第に近づいていると、その樽や木箱は――――空中に浮いているのではなく、空中を浮遊しているが持っているものだということが判明する。


「うわあああっ! 幽霊だ!」

 マルロは驚きのあまり大きな声をあげてしまう。


 そして、ある事実に気が付く。


(もしかして、この船……だったの⁉ そういえば霧が濃いし、叔父さんが今日は出るかもって言ってたっけ……! もしかして、自警団の鐘の音、聞き逃してたかも……!)


 幽霊たちはマルロの声に気づくと動きを止め、マルロの方を一斉に見ると――――荷物を持ったままびゅんっと素早く動いてこちらにやってくる。

 そして各自で荷物を船の甲板に下ろすや否や、マルロの周りをぐるりと取り囲む。


「侵入者だ!」

「俺たちの船に誰か乗ってるぞぉ!」

「なんだ、ちっこい子供ガキじゃねぇか!」

「ぼっちゃん何しに来たのかな? 子どもはもうおねんねの時間だよ?」

「こんな夜中まで起きてるなんて、悪い子だねぇ」

「ちょいと、おしおきしなきゃなんないね」


 マルロは青ざめた顔で、口を開けたまま幽霊たちを見る。

 幽霊たちは皆バンダナのようなものを頭に巻いていて、腰にはそり曲がった形の海賊特有の刀――海賊剣をぶら下げていた。その刀とバンダナは実体があるようだったが、幽霊の本体は半透明で、実体はないようだった。


(幽霊に囲まれた……! でも、さっきの男の人は船に乗せてもらってるみたいだし、僕だって……。幽霊船なんて怖いけど、せめてどこか――――ここ以外の近くの町まででも連れていってもらえないか、頼んでみよう)


 そう思ったマルロは、恐る恐る幽霊たちに話を切り出す。

「あ、あの、僕……船に乗せてもらおうと思って。あそこにいる男の人が、この船ならどこでも行けるからって勧めてくれたから……」


 マルロは、いつの間にか船の甲板に移動していた――先程の男を指さしてそう言うが、幽霊たちはそれを聞いて訝しげな様子で顔を見合わせる。マルロの正面にいた幽霊が眉を釣り上げる。


「なーに言ってんだこのガキ。あそこにいる男って……『廃人のハイロ』じゃねぇか。あいつが喋るわけないだろ」

「嘘ついちゃあダメだよ、ボウヤ」

「え……」


 マルロは男を見る。男は先程までは普通に話をしていたが、今はまるで寝ているか……死んでいるかのように、無言でその場に佇んでいた。


(なんで……? もしかして、幽霊たちの前ではこの人、喋らないようにしてるの……?)


 マルロが混乱していると、幽霊たちが口々に話し合いを続ける。


「いや、でも確かに、あのハイロも初めに船に乗せてくれって頼んだことはあったような……」

「でも最近は喋ったの見たことねぇし……」

「それになボウズ、あいつは廃人……俺たちとおんなじ、生きた屍みたいな存在だから乗せてやってんだよ。ボウズは普通の人間だから、この船に乗せるわけにはいかねぇなぁ」


 幽霊たちは口々にそう言うと――――そのうちのひとりが、船室の方に向かって声をかける。

「ったく……スケルトン部隊はいつまで寝てるんだ? さっきから侵入者だって言ってるだろ!」


 すると、ギギギ……という音がそこいらから聞こえてくる。


 辺りを見渡すと、そこいらに置いてあった棺が開き、骨――ではなく、そこら中から兵士の格好をした骸骨が現れる。

 開いたままの船室の扉からも、兵士の格好をした動く骸骨たち――スケルトンの部隊が出てくる。彼らは皆、幽霊たちと同じく弓なりの形の海賊剣を持っている。


 マルロは、棺から出てきた数多のスケルトンを見て血相を変える。

(なんてこった……! 幽霊以外にも、剣を持った骸骨の兵士がいるなんて……。剣を持ってるし、もしかしたら殺されちゃうかもしれない……!)


 マルロがそんなことを思いながら恐る恐る成り行きを見ていると、スケルトン達の中でも、立派な三角の黒い海賊帽を被り、青地に金色の刺繍が施されている豪華な海賊用のコートを羽織った、二本の海賊剣を持つスケルトンが――マルロの方に近づいてくる。


「おうおう、このボウズが侵入者か? よーし、このスケルトン隊長のスカル様の……刀の錆びにでもしてやろうか」


 そう言ってスケルトンの隊長、スカルは持っている二本の刀を光らせ――――不気味にニヤリと笑う(骸骨なので表情はよくわからないはずだが、マルロにはそんな感じの表情に見えた)。


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