ネバーランド・ネバーエンド

@shu-lock

プロローグ【幸運な萌え豚】

 あるときは学校の屋上で。

『バカ星人……じゃなくて、セイジのことが――』

『ごめん、よく聞こえなかったからもう一度』

『もう、知らない!』


 またあるときは生徒会室で。

『セイジくん、付き合って』

『もちろんですよ、ソヨギさん。それで、何を買いに行くんですか?』

『……なんでもないわ』


 あるいは幼なじみとの下校中の道に。

『セイジ、ス』

 すぐとなりの車道をバイクが爆音を上げながら、走り去った。

『え、なんだって?』

 少女は黙って首を横に振る。


 休日に後輩の買い物の荷物持ちとして呼び出されて。

『これって、まわりからはデートだと思われたりして』

『ッ!』

『意識しちゃいました? せっかくだし、本当に手とかつないでみます?』

『……からかうのもたいがいにしろ』


 そして家のお風呂の時間には。

『おい、ボディソープの替え持ってきたぞ』

『ありがと。お兄ちゃんも一緒に入る?』

『よしわかった』

『え、ちょ、ホントに脱ぎ始めた!? うう……まだ心の準備が……』


              ☆


「やっぱ、『すくらぶ』は最高だぜ」

 お気に入りのマンガの最新刊を読み終わり、自室のベッドに倒れ込むと伊藤誠二セイジは満足そうにつぶやいた。

 『すくらぶ』は今人気の学園ラブコメだ。主人公を「○○星人」と呼ぶ金髪ツインテールのツンデレお嬢様、独占欲が強く主人公を生徒会書記にして自身のそばに置こうとする黒髪ロングのヤンデレ生徒会長、無口で感情がほとんど顔に出ないクーデレ幼なじみ、あざとい“おねだり”によって主人公をよくパシるビッチ系後輩、共働きで仕事が忙しい両親に代わって主人公宅の家事を一手に担う世話好きな妹。そんな五人の美少女ヒロインと、鈍感でちょっと耳が遠く、でも誰よりもお人好しな主人公が織りなすドタバタ劇である。

 そして重度の萌え豚であり、死ぬときは美少女に刺されて死にたいとまで夢想する伊藤誠二にとって、なによりうれしいのは『すくらぶ』の主人公の名前が『伊藤セイジ』であることだった。そう、同姓同名なのだ。ヒロインたちが公式で、公式で!(大事なことなので二回言いました)自分の名前を呼んでくれる。

 アニメ版『すくらぶ』で、人気声優たちが演じる彼女らが「セイジ」としゃべったとき、伊藤誠二は思った。


 ああ、俺はなんて幸せ者なんだ。

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