ダークサイド・シンドローム②
瓦礫の巨人の腕を弾き返し、空に舞い上がるは黒地に金線の双角鬼。
「あああああああああ!」
激昂、空に轟き。月光、鬼を映し出す。
「ダオルアァァァッ!」
その日、人は『
「っだらぁ!」
感情を焚べに焚べた俺の蹴りが、瓦礫巨人の頬を撃つ。
「ガッ――!?」
よろめく敵。だが、俺は手を緩めない。蹴った勢いを利して身を捻り、もう一発。更に回ってもう一撃。
「格ゲー技の見様見真似だが……。効くよなあああっ!」
俺の高度が落ちる。巨人の身体が地面に近付く。俺の主観時間は、酷くゆっくりで。俺が片膝立ちで静かに地面に舞い降りたのと。俺の耳に巨人の転倒音が響いたのは。ほぼ同時だった。
<秀治!>
声が響く。ようやく駆けつけて来た、御先祖の声だった。その声には安堵があった。だが。
<やったな!>
<まだです。まだ奴は。諦めちゃいない>
何故か俺には分かった。『彼』が、その執念をあっさりと投げ棄てる訳がないと。意識を容易く手放す訳がないと。その証拠に。
「ゴオオオルデンンンンン……オオオオーーーーーーーガアアアアアアアア……!」
声がした。呪詛を。怨念を。執心を。絶叫を。押し込めに押し込め、凝縮させ。地の底から這いずり回って天を穿つ。そんな声が。
「『俺』がぁ……これで倒れると思うかあ? 思わねえよなあ? ああ、そうだ。終われねえよ。終われねえんだよおおおおおおおおお!」
劈く咆哮が大地を揺らす。俺も御先祖も。動きがままならず。その間に、瓦礫の生物は姿を変えていく。
崩れる。引き付ける。
引き付ける。崩れる。
幾度も繰り返される、その果てに。
「ボクは理解した。ボクは気付いた。もう蹂躙なんて生温い真似は駄目だって。ボクの全霊で勝負しなくちゃ、ボクは勝てないって……。ゴールデンオーガ。その首、貰うよ」
巨人の姿は消えていた。
代わりに、先程まで対峙していた『彼』が。瓦礫のスーツを身に纏い、瓦礫の大剣を提げていた。
「……やってくれるぜ」
戦意を切っていなくて良かった。俺は心の底からそう思った。確かに、凶悪さは巨人の方がヤバい。だが。
「ビンビンの殺意を感じるな……!」
鋭さの一点で。スーツの方が格段に尖っている――。
<急々如律令!>
鋭く。早く。低く。迫る敵に向けて秀光が結界を張る。だがそれはあっさりと砕かれる。
「ヌルい!」
「そっちがな!」
だが、今の俺にはその一拍で十分だった。薙いだ剣の下。そこに潜り込み、脇腹を殴る。
「お゛ゔ……っ!」
呻き声が聞こえた。が、奴は踏ん張っている。もう一撃要る。だが。
「やらせるものか!」
上からの殺気。俺は飛び退く。瓦礫の剣が、アスファルトを砕いて正眼に戻る。
「ぜぇ……ぜぇ……」
奴の荒い息遣いが、スーツ越しに聞こえて来た。間違いなく効いている。効いてはいるが。
「来いよ……」
刀の構えが下段に変わる。後の先を狙っている。
<秀治。虎穴に入らずんば!>
<分かってる!>
下段から一番遠いのは上。ならば上から行けばいい。だが、それでは奴の思う壺だろう。蹴りなら軸足を、殴るなら踏み込み足を叩く。それだけで人は崩れる。跳ぶ? もっての外だ。空中には支えがない。
(戦闘訓練、積まされてよかったよな……)
そんな事を思い出しながら、ジリ、と。剣先の僅か前まで間合いを詰める。そして。
「オルァッ!」
「ぬぅんっ!」
俺が正拳突きに動く。奴の下段が切り上がる。だが正拳はフェイクだ。拳を引き、体重を後ろへ移動させる。剣は虚しく空を切り、ボディががら空きになった。
「シャオラァァッ!」
「くうううううっ!」
もう一度踏み込み、ボディを叩く。感情を燃やした拳が、瓦礫の装甲を焼き切っていく。ねじ込み、貫き、打ち込んで。そして奴の肉体にたどり着き。
「フンハァーーーーーーーッッッ!」
地面から打ち上げ、吹き飛ばしたのだった――。
「お疲れ様……。『彼』については地下牢に押し込めたから安心しなさいな」
「……はい」
一件落着の後、俺達は毎度のごとく地下に呼び出されていた。とはいえ、俺もボスも疲労の顔色が隠せない。だが、この人物だけは元気だったのを失念していた。
「ハァイ! ゴールデンオーガもボスもお疲れ様ァ! このドクターサイオンジが、我が身をもって礼を述べようというのだよォ!」
「ドクター……。もう少し声をですね……」
「何を言うかねレディ。こういう時こそ、残された者が戦わねばならんのだァ。事実、医療スタッフはここからが本番だからねェ。へばっているといつか、反感を買いますよォ?」
いくら非戦闘員とはいえ、少々元気すぎないかこのドクター。だがこの人が意気消沈している姿というのも、想像できないのは真実だった。
「確かに……シャキッとしなさい、川瀬」
「あっ、ずるい!?」
「狡いのは為政者の技能の一つよ。貴方も覚えておきなさい」
俺の非難もどこ吹く風で、ボスはあっという間に佇まいを戻した。だが、そちらの方が『らしい』のは事実で。
「……押忍」
だから俺も、努めて一言で返したのだった。
「さてさて。忙しくなりますし、戦うしか能のない方はさっさとお引取り下さいねェ? ソレガシ、まだまだやることがありますゆえ、これにて」
ドクターが珍しく急ぎ足で去っていく。いや、そもそも彼からこの部屋に来ること自体が珍しくなかったか? ともかく、確かにこの後やるべきことは多いのだろう。ならば、俺のやることは。
「休息を取りなさい。家に帰って、朝までぐっすり眠りなさい。心配は無用よ」
「ボス」
「二度言わせない。動かないなら強制排除よ」
「……分かりました」
もとより説得をするつもりもなかったが、まさか帰宅を推奨されるとは思わなかった。俺は踵を返し、出口へと向かう。その背中に向けて、もう一言。
「ああ、そうそう。アナザーオーガに礼を言っておいて頂戴。『今回は助かった』って」
「……ご先祖様を通して伝えておきます」
「…………。さて。些細な悪を煽り、焚き付けたまでは良いとしよう。だが想像以上に進化していないかね? 彼は」
暗がりの中、刺々しきフォルムの者共が語り合う。
「なに、我等【MIDUCHI】を脅かすまでには至るまい。その前に我々がこの街を制する。だが……」
「南と北。未だに奴等は尻尾を見せない。否。西――鬼が分かりやすすぎたと言うべきか」
「ゴールデンオーガという要素は生んでしまったが、奴の故地の汚染には成功している。『石』を埋め込み、余人には立ち入ることさえかなわぬ魔境と化しておる」
「だが、いずれは浄化を試みるやもしれん。その前に遅滞戦術を……」
それぞれに語り合う忌まわしき者共。だが、それを遮って高い声が響いた。
「遅滞戦術については既に手を打ったわ。あの組織――【ゴールデンアース】に一人、手の者を送り込んだわ。あの集団が気付かなければ……ウフフフフ。それで、ジ・エンドよ」
「クヒャッ! それは面白い! 余興にさせてもらおう!」
「組織直接攻撃……勝ったな! 我々が勝利する!」
「アッハッハッハッハッハ!」
暗がりの中、哄笑がこだまする。一人の笑いが次を呼び、反響する。その笑い声を聞き取るの者は、今は誰一人としていなかった。
ダークサイド・シンドローム 完
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