アナザー・オーガ・キリング・トゥデイ③

「お前を防ぐ。後ろを倒す。どっちもやらなくちゃいけない。それがヒーローの名を背負うということだ!」

 アナザーオーガの眼前で、俺は高らかに宣言する。難易度なんて知るか。これくらい出来ずして、何がヒーローか。

「……凄い。でも、後ろ」

 アナザーオーガの声。振り向くと同時に右の腕で殴る姿勢。顔面にヒット。放火魔が、忍び寄っていた。俺の額の端に、汗が通る。かつて負った顔の傷が開いたのか、奴はそのまま蹲る。そしてうめき声を上げて震えるばかりとなった。

「言葉だけ。それでは、無理」

 アナザーオーガの言葉が刺さる。だが、もう膝は屈さない。

「五月蝿い」

 反発が滲み出たような言葉を浴びせつつ、俺は向き直る。

「アナザーオーガ。お前がなんとしても彼を殺すのなら。俺は全力でお前を止める。殺戮行為をこれ以上許す訳にはいかない」

 目線で睨め付け、告知する。相手の表情は、当然読めない。だが。

「旗色が悪い。またの機会」

 突如として、その姿に霞がかかる。

「逃がすか!」

 間合いに飛び込み、一撃を加えんとする俺。だが、寸前で奴は。雲霞の如く消え。

「次は、行動で聞きたい」

 断固とした言葉だけが、そこに残された。

「……チッ!」

 俺は苛立ちを隠し切れぬまま、放火魔を担ぎ上げた。



 結論から言えば、俺の無実はあっさりと証明されたらしい。らしいと曖昧な原因は。俺が直接警察に呼ばれた訳ではなく、ボスが交渉で話を済ませたからだった。

「こんな形で危機が来るとか聞いていないわよ。アナザーオーガの正体、心当たりは?」

 かくて数日後、やっぱり俺はボスに呼び出しを受けていた。それ自体は想定の範囲内だったのだが。

「予想……でしか物は言えません。それでもよろしければ」

「構わない。情報が足りない。殺戮行為が引き続き行われる可能性もある。正義ヒーローともヴィランともつかない状態だし、仮にコチラ寄りだとしても轡を並べるには向かない相手よ」

 ボスは苛立たしげに指で机を叩く。

「……鬼、ですね」

 ある意味であまりにも当たり前な答えを皮切りに、俺は先日起きた出来事を語る。それは不思議な出会いではあったが、かの少女には動機もある。

(負傷し、弱っている筈の同類に。勝手な話を添付し、鬼を騙って行動する者が居るとしたら。普通なら怒る。怒りの過程でその顔を拝もうとするなら。誘き寄せるのは合理的な判断だ)

 そういう類推も組み合わせ、俺は言葉を並べた。ボスは難しい顔をしながらも、止めることなく一言一句を吸収していく。彼女は元々頭の良い方だが、こういう所で俺は感心させられる。


「なるほどね……」

 話が終わると同時に、ボスは椅子の背もたれに身を預けた。スーツの下に隠されているよく実った果実が、ほんのりと弾む。

(いい下着を使ってるんだろうな……)

 一瞬、不埒な方向に思考が弾んだ。謹慎中、大分ストイックにしていた反動だろうか。俺は心の中で頭を振り、冷静を装った。

「模倣犯でもなければその線は有力とは思えるけど……。足りないのは証拠ね。被疑者本人が目撃者というのはバイアスでしかないって、警察でも言われたわ」

(ですよねー)

 頷きで肯定を示す。全くだ。『俺の私見』で事が動いてはならない。このままでは手を拱くしかない。そう思ったが。


「首領殿。秀治。私にこの件を預けてくれないか?」

 背後からの声。俺は当然、この声を知っている。

「御先祖様!」

 慌てて振り向けばそこには一匹の三毛猫。たちまち駆け付け、俺の足に頬ずりをする。猫は猫でも知恵を持つ猫。俺の先祖、川瀬秀光かわのせひでみつだ。

「そうか、御先祖様は!」

「その通りよ。鬼――角噛御前を封じたは誰ぞ。その縁でもしや、と思う者が居る。接触させて欲しい」

 猫は軽やかにボスの机へと移り、真正面から問いかける。愛らしさに訴える素振りすらない辺りに、真剣さと事の大きさが窺えた。

「本来なら認めたくない所だけども……。飼い主の意見は?」

「え!? ……ウチの組織で打てる手段としては、最上だと思います」

「そうか。では承認します。成果を持って来て下さいね」

 いともあっさりと承認は下りた。俺に話を振ったのは飼い主の許可、という意味だったのか? どちらにしてもこれ以外に、打てる手はほとんどなかったのだが。猫は一鳴きした後、どこかへと走り去っていった。



 夜。星は瞬く。僅かな明かりが、夜空を照らす。

 少女は、川のほとりにいた。その川は天津川といい、天津市の形成に大きく関わっている。だが、少女にとってはそんな事はどうでも良かった。

「角噛……。おんしは何故に……」

 川を見ながら、見窄らしい格好の少女はひとりごちた。いつもの淡々とした言葉ではなく、感情が篭っていた。その姿形は、秀治が目にした時と全く同じ。本来であれば好奇の目を引くは必定。だが少女は、己が身を隠蔽する術を持っていた。


 なーお。

 近くで、一匹の三毛猫が鳴いた。そのまま少女へ寄って行く。それは、意志のあるかの如き近付き方だった。

「何用かや? 妾は餌などやらぬぞえ?」

 少女が、猫に向けて口を開いた。酷く古風掛かった言い回しである。もしかすると、こちらが本来の言葉なのか。

「やはりお主であったか。悪狼御前あくろうごぜん……。いや、握郎あくろの鬼」

 次の瞬間、奇妙な光景が見えた。猫が口を開き、人の言葉を語ったのである。

「ヒトの付けた忌み名で呼ばず、かつての名で妾を呼ぶ……。猫よ、おんしは何者かえ?」

「角噛……いや、渕山ふちやまの鬼を封じた者。と言えば思い出せるかな?」

 その言葉を聞き、少女の口がパックリと開く。僅かに震えるのは、動揺か。

「川ノ瀬の……。現し世に化けて出てきたかえ? 未練もここまで来ると呆れるわ」

「呆れて結構。こちらはこちらで難事に苛まれているからね。その辺りについて少し話がしたい」

 嘲りの言葉を受け流し、猫は切り込む。

「角噛の事かえ? アレについては、あの騙り者を見て。妾が決める。おんしの介入は不要ぞ」

「そうもいかない。騙り――黄金鬼を務めているのは、私の子孫でね。貴女の行動で大分痛い目を見てしまったのだよ」

 取り付く島もなく撥ね付けようとする鬼に対し、胸襟を開いて挑む猫。鬼は僅かに、考え込んで。しかし毅然として、返す。

「知らぬ。元より騙りに一泡吹かせるべく企んだこと。妾に正義も悪もある訳がなかろうて。たまたまそこに悪党共が居り、妾の癇に障ったのみぞ」

「そうか……」

 猫は言の葉を受け取り、一拍置く。そして。

「まあ。協力してくれ、とは口が裂けても私からは言えない。私の問題ではないからね。ただ、殺しだけは控えてやってくれないか? 貴女をヴィランと定めるのは、心が痛む」

 猫はいつの間にか、少女の横に腰を据えていた。川向う――天宮地区の灯りが、星と同じように、輝いていて。

「考えておくぞえ。妾も、退治されてしまうのは厭じゃからの」

 少女は小さく、最低限の約定のみを告げた。



 既に夜は十時を過ぎていた。自室に座り、待ち続けていた俺。そこへようやく、『声』が届いた。

 <済まぬ。想定以上に遅れた。入れて欲しい>

 <お疲れ様です。成果は出ましたか?>

 神妙な声を漏らす御先祖様に、俺は優しく問う。ともかく今は、成果が欲しい。成果さえあれば、後は俺が示すだけでいい。

 <ひとまず、秀治の予想は当たっていたよ。殺人行為も、恐らくは止めるだろう。そっちが主目的じゃない>

 <ならひとまずは……か。有難うございます>

 俺は安堵に胸を撫で下ろした。本当に、御先祖様が居て良かった。

 <礼には及ばんよ。私にできることは、決して多くないのだから>

 <それでも、ですよ>

 先祖の謙遜に思わず俺が言葉を返す。すると。

 <そうか。ならば、示せよ。彼女は、足りぬと見れば握り潰す。握郎とは『郎党を握り潰す』という意味だから。覚悟しろ>

 改めての覚悟を問う声が、返されたのであった。


 アナザー・オーガ・キリング・トゥデイ 完

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