アナザー・オーガ・キリング・トゥデイ②
時は既に夜半を過ぎていた。俺はボスと通信を交わしながら、所定の位置についていた。
「ゴールデンオーガに酷似した実行犯――長いわね。本件においてはアナザーオーガと呼ぶわ。ソイツを捕縛しないことには。どれだけ粘っても近日中に、貴方の影武者生活は終わるわね」
「とんだ濡れ衣を着せられたな……」
俺は溜息を吐いた。先日の一件でしこたま謹慎させられていた訳だが、まさかその間にこんな異常事態になっていたとは。
「それは犯人に言ってやりなさい。こちらとしては現行犯での捕縛か、証拠映像の確保しか手段がないの。だから、釣り出す。ってのはさっきも説明したわね?」
「ああ……。まさかいつぞやの放火魔を使うとは思っていなかったが……」
別の場所でスタンバイしている男を見る。かつて俺を危うい所まで追い詰めた、狡猾で残忍な放火犯。確かにあの男なら、最悪でも証拠の確保までは粘れるかもしれない。
「全くね。ドクターの悪知恵には頭が下がるわ。確かにアナザーオーガの出現記録は、ヴィランの悪事遂行直後なんだけども。こっちから悪事をやって釣り出すことになるなんてね……!」
にわかにボスの声色が変わる。ボスの信念を思えば、当然だ。『ゴールデンオーガの逼迫した危機』という要素がなければ、いかにそれが最適解であろうと。天地神明に誓って絶対にやらない行為である。
「ボスの名誉に誓って、本件の目的は果たします。アナザーオーガがゴールデンオーガではないこと、黄金鬼の名に誓って。証明いたします」
「頼んだわ。……ああ、それと」
短い返答で終わりだと思ったが、なにか言いたいことがあったようだ。再び彼女は言葉を継いできた。
「返却したスーツは、ドクターの手でいろいろと改装されているわ。使ってみて、判断なさい」
通信を切り、泳がせた放火魔を見る。奴は人通りが少ない路地の、空き家の列に目をつけていた。
心臓が、軽く疼く。当然だ。理由があるとはいえ、ヒーローがその職務を放棄している。ましてや、自分のためにヴィランを使って事を成そうとしている。
止めたい。
そう思った。だが。それは。
奴は周囲を確認している。まだ今なら。でも。飛び出しかねない足を、必死で抑え込む。そして視界に、紅が走って。次の瞬間、蹴り飛ばされていた。
俺は飛び出す。同時に、スイッチを押す。追撃せんとする何者かに横から一撃を浴びせる。敵は吹っ飛び、コンクリートに火花が走った。放火魔の走り去る音が聞こえるが、恐らく奴は一般隊員に囲まれるだろう。それよりも、だ。
目の前のコイツは、一体何者だ?
黒のスーツに金のライン。
一部の刺々しいフォルム以外は、本当に俺に似ている。
一体、何のために? 俺を貶めるため? 模倣? あるいは他の目的か?
構えを取りながらも、攻撃を躊躇う俺。逡巡のあまり、いつもの決め台詞すら出てこなかった。
「……探りに、掛かった」
声が耳朶を叩く。しまった。会話の主導権が。だが。
「お前は何者だ。俺は天津が産んだ黄金鬼、ゴールデンオーガだ。俺を真似て何がしたい! 正体を明かせ!」
誰何の声を上げると同時に、牽制の攻撃を仕掛ける。しかし答えは帰って来ず、アナザーオーガは飛び退いた。そして。
「ゴールデンオーガ? 聞いたこと、ない。本物の鬼、角噛御前は。だいぶ前から治療中。アンタこそ、偽物」
「っ!」
アナザーオーガのスーツから金のラインが消える。俺と明確に区別をしてきた。だが、俺は動けない。その間に、奴は一歩。また一歩と。
「どういう事情かは知らない。でも、鬼を騙り人々を謀る。鬼として、許せない」
耳を打つ、淡々とした声。語り口は妙に覚えがある気がした。だが。
「討つ」
近距離からの加速。対処が遅れる。回避では遅い。足を下げ、受け止める。踏ん張る右足が、アスファルトを砕く音が響く。途端。脈動する力を感じた。
<力が、伝わってる!?>
<こりゃ驚いた。繋がなくても力が伝えられるぞ、川瀬の>
<大地の! まさか、これが博士の……?>
右足で踏ん張りつつ、アナザーオーガを押し返す。アスファルトは更にひび割れ、瓦礫が舞い上がる。
「まさかとは思うが、先日病院で遭遇してないかな? そうだったら返事をしてくれ!」
俺は再度呼び掛ける。なんとか和解の道筋を作りたい。それが不可能でも、殺戮はやめてもらいたい。
「武装してる。判別できない。装甲。解いて」
「解いても攻撃しないか?」
「鬼の仁義に悖る。やらない」
返事に、惑う。スーツを脱げば隙ができる。正体を晒す。既に映像資料は取れているとはいえ、使い難いものになるのは必定。だが。
「迷い。なら。こちらから、剥く。言い訳も、出来る」
組んでいた敵手の掌から、鋭利な爪が生える。本気を悟る。剥かれてしまうのはリスクが読めない。
「……分かった。間合いを置いてくれ」
大地の精霊との接続を切り、力を抜く。攻め込まれる危険はあるが――。幸い言葉は通じたようで、アナザーオーガも間合いを取った。
スーツを解除し、正体を明かす。果たして、これでいいのか。迷いながらも、行為を開始せんとした時。
「あんまぁい!」
不意討ちの炎輪が、俺の背を薙いだ。スーツが俺を守るが、勢いで倒される。
「放された俺がただ捕まると思ったかね? 甘いねぇ。小火で済ましちゃいけないんだよ、こういうのはさぁ!」
聞き取った声の主は、まさかの。百は居たはずの包囲網を突破したというのか。地面についていた手を離し、フラつきながらも、立ち上がろうとする。だが。
「除け。私が殺す」
アナザーオーガが俺を制した。
「殺す必要は……っ……!」
それを止めようとして俺は、自分達がやろうとしていたことを思い出す。動けない。身体が強張る。その間に奴は、放火魔に対する攻勢を開始していた。それは圧倒であり、蹂躙だった。炎輪をチョップで裂き、炎弾を腕で弾く。かつて俺が苦労した炎による体表装甲も何のその、奴は殴って殴って殴り抜いていた。
<殺させるのか>
大地の精霊の声だった。俺を奮起させようとしているのか。
<俺に止める資格はないだろう>
俺は答える。心の底からそう考えていた、が。
<それでも、殺させれば。ゴールデンオーガの信念に傷がつくぞ>
トドメの一言が入った。そうだ。いくらそれが嘘でも。偽物でも。ゴールデンオーガは、此処に居る。眼前では、アナザーオーガがトドメの一撃を浴びせようとしていた。
「ああああああっっっ!」
俺の足が駆け出す。俺の口が雄叫びを上げる。それはほぼ同時だった。アナザーオーガの背後から、拳による奇襲。
「大振り」
アナザーオーガはそれを容易く回避する。だがそれでいい。勢いを利用し、二人の間合いに入るのが目的だった。
「アンタ、悪を護るの?」
アナザーオーガから言葉が叩き付けられる。だが、動じず。返す。
「俺のケツは俺が拭く。お前を防ぐ。後ろを倒す。どっちもやらなくちゃいけない。それが、ヒーローの名を背負うということだ!」
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