オーガ・ゴー・トゥ・ザ・ロード

アナザー・オーガ・キリング・トゥデイ①

 月が市街を照らす丑三つ時、その犯行は静かに行われていた。

「ヒヒヒ。全くやりやすくなったもんだぜぇ」

 声の主は四十も過ぎたと思われる猫背の小男。彼は盗みに特化した能力を持つニュータントであった。

「ゴールデンオーガは最近出て来ないし、そのバックの組織も明らかに手が回ってない。全く、悪事はコソコソやるに限るってーの!」

 闇の中でほくそ笑みながら、小男は指先で壁を円になぞる。すると、

「クックック。んじゃ、今日も完全犯罪行きますか」

 監視機器の類は、既にそちらに長けたニュータント仲間がハッキングを済ませていた。彼が今回かすめるのは、資産家の不正蓄財による財産だ。彼と仲間達はサラリと侵入を済ませ、金庫でまた同じ行為を行うと、【切り取られた円】が閉じる前に撤収する。相手が気付く頃には既にトンズラ済み、という寸法だ。小男はこの方法で幾度も盗みを成功させてきた。だが、この日は違っていた。


「止まれ」

 最初に彼等が聞き取ったのは声だった。ニュータントである彼等に、只人の制止など意味は為さない。故に彼等は無視し、逃走を続けた。だが。

 ザシュッ。

 次に彼等が聞き取ったのは、仲間が斬られた音だった。ここで小男と、残りの連れ二人は遂に振り向いた。その目に映ったのは。

 二本の角。

 人間性の薄さを思わせる無機質なマスク。

 筋骨隆々を思わせる黒のスーツと、それにかかった金のライン。

「ゴールデンオーガ……!」

 人伝に聞いていたその姿に、三人は震えた。一人は刀を抜き、一人は銃を構える。そして一人は、金を掴んで決死の逃避行を決め込んだ。

「死ね!」

 弾が放たれ、刀が低く這い寄り。ゴールデンオーガに絡み付かんと猛る。だが。

 弾は腕の一振りで退けられ、刀は足蹴にされて叩き折られる。そして。

「断」

 横薙ぎに振られた腕の一振りが、抵抗者二名の頭部を砕く。この間、十秒にも満たず。そして次の十秒も経たぬ間に、逃げた小男にも牙を剥いた。

「ひ、ひぃい……。か、金はくれてやる。この街からも出ていく! だから、だから命だけは……助けてくれ!」

 袋小路に追い詰められ、必死に助命を嘆願する小男。だが。

「……」

 言葉を交わすことすら恥だと言わんばかりに、私刑は執行されたのだった。



「ほォ。 ゴールデンオーガの事情聴取、ですかァ?」

「ああ。全く、アイツ等はわかっていないのよ。ゴールデンオーガ――川瀬秀治かわのせしゅうじには、そんな真似はできないの」

 天津沖島の地下に作られた防衛結社【ゴールデンアース】の本部。長い黒髪も艶やかな総帥たる美少女、黄金崎霧香こがねざききりかは憤慨していた。

「ボスがミーの部屋にまでいらっしゃることが、例外中の例外ですからねェ。お怒りはごもっとも、ですよ。はい」

 そんな憤慨に対して、聞いているのか聞いていないのか分からない返しをするのはK・サイオンジ。何時も通りにマイペースかつ揺蕩っている。隻眼総白髪も、やや薄汚れた装いも。一面白の雑然とした部屋も。全てが何時も通りだった。

「おべんちゃらは不要よ。ゴールデンオーガの正体は、警察にすら知られる訳にはいかない最高機密。カバーストーリーも、軌道に乗っているTV放送も。全部何もかも破綻するわ!」

「まァ落ち着きませんかね、ボスゥ。要するに事案はこうでしたね? ここ一週間で三度、総計八人のヴィランが、何者かに殺害されている。内一回の殺害光景が監視カメラに映り……。その『何者か』が。ゴールデンオーガに

 立ち上がり、忙しなく動き回る霧香。それに対してドクターは、粛々と事実だけを明確にする。

「……何者か、ね」

「そう!」

 己の言葉尻に総帥が足を止めれば、すかさずドクターは間合いを詰める。パーソナルスペースをあっさりと食い破り、下から睨め付けるように見上げる。その距離、ほぼゼロ。

「『何者か』、です。ここを間違えちゃあいけませんよボスゥ。そして、『被疑者はまだ、犯人ではない』。つまり、ですよぉ?」

「ヴィランに対する私刑執行者……即ち真犯人を現行犯で押さえれば。ゴールデンオーガへの容疑は晴れる」 

 仰け反りながらも霧香が最適解を繰り出せば、今度は伸び上がって上から睨め付ける。

「Exactly。差し当たっては、彼の謹慎解除を。ワタクシは要求したいですねェ?」

 それに気圧されつつも霧香は再び最適解を導き。

「……分かったわ。自分の尻は自分で拭く。これは基本ね。偽物が出たにせよ、まさかの本人にせよ。責任は取って貰うわ」

 遂に、ゴールデンオーガに赦しを出した。



 天津沖島にある某病院。その最上階にある一般立ち入り禁止区域。俺がここに来たのは、一ヶ月ぶりだった。

「状態は平行線です。やはり、力を削ぎ落とす呪詛を受けたとしか」

 医師が前と変わらぬ繰り言を述べる中、俺はガラスの向こうで幾つもの管に繋がれた童女を見やる。彼女は弱しく、小さく。頭には二本、小さい角が生えていた。

 ギリッ。

 俺は歯噛みした。あの時、俺はこの童女を守り切れなかった。それが元になり、全てが始まった。それで少女が目覚めるか、俺は知らない。知らないが、やる価値はある。その手段こそが、ゴールデンオーガだった。

(角噛御前つのかみごぜん。俺は……)

 今は力を失い、ただの弱った童女となった鬼。彼女は生死の境で、何を思っているのか。知ることはできず。ただ時は流れ。気が付けば西陽が射して――。

 そこには、銀髪の少女が居た。

「誰だ。ここは一般立ち入り……」

「驚いた。私が見えるのか」

 ボサボサで伸び放題の髪を引きずり、少女はただ立つ。服も簡素で、所々が破けていて。そして――

「君は鬼か」

「見えるとは、思わなかった。化けずに、来た」

 頭頂部から伸びた角が、その正体を指し示していた。口ぶりほどに表情に動きはなく、傍目から見れば淡々極まりない。

「……帰る」

 そしてその口調のまま、一方的に会話を打ち切る。彼女はたちまち薄くなり、そして消えた。

「知り合いの鬼……かね? まあ、人間を見たらそりゃ帰る言うか」

 制止もかなわず、俺は少女が消えた場所を見る。当然、反応があるはずもなく。

「帰るか。そろそろ本部に戻らないとボスが五月蝿いだろうし」

 そのまま踵を返すことにした。



 ボスから謹慎解除の連絡が来たのは、その直後だった。

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