オーガ・レスキュー・ガール④

「取引の内容はこう。こう? 『貴方達は私を見逃す。その代わりに、私は貴方達の行きたい集会の場所。その細かい見取り図を教える』。どうかな。かな?」

 ゴスロリ少女の提案はひどくシンプルなものであった。しかも、深刻な顔をするでもなく告げている。これはなにを意味するのか。

「んー? 不思議かな。かな? 簡単だよ。だよ? あの組織になにも期待していない。ない? それだけ。だけ? 後、二対一はしんどいでしょ。でしょ?」

 相も変わらず奇妙な話し方が鼻につく。だが、小首を傾げるその姿には。可愛い、という言葉が似合っていた。

「……。つまりは、『自分本位』。そういうことか」

「そうそう。そう? 仮にジャンキー君の目が覚めても。ても? 今回は私が黙らせるの。るの?」

 少女は淡々と言葉を紡ぐ。既に剣は消えていた。ミケは俺の隣に居る。精霊達の気配は、今は感じ取れなかった。

 空を仰ぐ。雨雲は既に消えていた。ここからもしも、ジャンキーまで回復したら。不利になるのは俺達である。つまり、決断は一つだった。

「その条件、飲もう」

 俺はスーツに身を委ねたまま、右手をゴスロリ少女に差し出した。

「ありがと。がと?」

 少女の語り口は、最後まで崩れなかった。俺が差し出していた手には、紙片が一枚。握らされていた。



「遅いわよ、ゴールデンオーガ。今回は許すけど。後見取り図の入手はでかしたわ」

 交渉成立から二十分後。俺は【ゴールデンアース】の突入部隊と合流を果たしていた。彼等は既に、セミナー会場を包囲している。ボス・黄金崎霧香の命により、予め天宮に潜入していたのだ。隊長役と二三会話した後、俺はボスとの回線を開いた。

「委細承知。代わりに最悪の要素は排除した。突入までは」

「後三分。ターゲットの存在は判明していないけど……。やるの?」

「やります。やるしか、ないんです」

「分かったわ。こちらもモニターでサポートする」

 ボスの問を、俺は丁寧に撥ね付ける。最後の意思確認。ゴールデンオーガとしての口調は、早くも崩れた。だが、もう腹は決まっている。

 施設に突入し、彼女を連れ出す。突入部隊は妨害阻止用だ。つまりはヒット・アンド・アウェイである。今回に限っては相手が【MIDUCHI】であろうがなんであろうが、徹底して決戦は避ける心算であった。なぜなら。

(今回に限っては、ここで決戦をする意味が無い)

 俺はそう考えていた。

「突入まで、十秒」

 カウントダウンが始まった。隠れていた部隊が、参集を始める。当然だが、全員イヤホンを付けている。ボスは本部で指令を出すだけだ。総勢二十名。ボス曰く、どれも徒手格闘のスペシャリストらしい。それらにサポートスーツを着せ、兵隊に仕立てたという。


『そういう』ニュータントに見られている可能性があるにも関わらず、未だ施設は静かであった。あるいは、罠なのか? 嫌な予感が脳裏に走る。だが、時間はない。もう止まれない。伝える手段はあるが、遅きに失した。

「ゼロ」

 作戦の火蓋が、切って落とされる。別働隊が行った送電線の切断を合図に、音もなく進撃を始める兵隊。自動ドアを開け、彼等は進……めなかった。


 ドゴォッ!!!


 漫画のような轟音が、俺の耳を切り裂いていく。徒手空拳の猛者共が、一瞬にして吹き飛ばされている。まさか。まさか、まさか。まさか! ジャンキーよりも強いニュータントがいるのか? 俺の背中に、汗が流れた。思わず、自動ドア近辺の煙を凝視する。一秒が、十分にも思える焦燥の果てに。俺の耳朶を打った声は。

「アヒャヒャヒャヒャ! 兄貴ィ、ゴミのようだぜ!」

「弟よ、落ち着け。殺す相手にはまだ困らんぞ」

「ヒャ! クライアントは相当恨みを買ってるんだなあ、兄貴ィ!」

「さあな。弟よ、俺達は殺すだけだ。」

 兵装に身を包んだ二人組の、残虐であるとはっきりわかる声。

「傭兵のニュータント、殺戮兄弟キリング・ブラザーズ……!」

 ボスの口から漏れる声。門前に現れた地獄絵図。人を省みない奴等の言葉。俺の中で、ナニカが沸き上がる。呼吸がうるさい。視界が煩わしい。全ては、敵手一点に集まり。

 やがて、弾けた。



「川瀬秀治。過日、勝手な判断により命令違反及び暴走行為を実行。また、その行為をもって【ゴールデンアース】に多大なる過失を負わせた。よって情状酌量の余地はなく、暫しの間修行と出撃禁止の罰を課す」

 あの戦いから半月ほど後。俺はボスの執務室で処分を受けていた。この処分が納得云々の問題ではない。俺は、俺を見ようともしないボスの視線と。いつもより殊更に硬い口調で察しをつけた。

「……承知しました。修行は何処で」

「ここのトレーニングルームを使いなさい。あと、博士との会話に関しては許可するわ。精々勉強することね」

「……」

 俺はなにも言えなかった。おそらくこれは寛大な方の処分である。放逐は禁忌だとしても、スーツの没収や自宅への蟄居を命じられる恐れは大きかった。

「処分が不満かしら?」

 何も言わない俺に、ボスは硬い声で問いかける。だが、俺は言葉を持たない。今はただの罪人だ。

「いえ、直ちに修練に取り掛かります。ボス」

 一礼して退室し、トレーニングルームを目指す。無機質極まりない施設の中に、俺の足音だけが響いていた。


「モニターで確認させて貰ったけど、アレは仕方ないねェ。覚えていないだろう、感情を激発させた後、なにをしたのか」

「……」

 ドクターの問いに、俺は無言をもって是とした。トレーニングを終え、ふと思い立ってやって来たドクターの部屋。そこは、相変わらずの白さであった。だが、その様相が。今は不思議と心を落ち着かせる要素になっていた。

「まあ、今技術班がだねェ。あの戦いで半壊したスーツを解析してるんだァ。でもさ、普通なら死んでたってよォ。キミィ」

「そう、ですか……」

 言葉少なに俺は答えた。なにせ、未だに記憶が帰ってこないのだ。

 殺戮兄弟を一蹴し、人質にされていた水内美里を救出。但し暴走していたがためにその過程で組織に害を為した、というのがボスの説明だった。

 だが、現実にはその部分は記憶にない。感情を激発させた後、俺が意識を取り戻したのは五日も経ってからで。しかも病室のベッドである。体の各所が軽く焦げていたらしく、包帯がいくつか巻かれていたのを覚えている。

「取り敢えずだよ。モニターはこっちに頂いたし、一度見てみるかい?」

 自分用の甘い甘いコーヒーを仕立てながら、ドクターは俺に問う。俺は頷いた。それを見たドクターは、自分でコーヒーを用意するようにと言う。それもまた、ドクターの習性であった。

 カチリ。

 リモコンを押す音が、妙に大きく聞こえた。俺はモニター一点に目を向ける。そこでは、常の俺とは全く違う俺が映し出されていた。


 駆け出すや否や、煙が尾を引くようなパンチで。痩せぎすな一人の顔面を殴り飛ばす。

「殺戮兄弟の弟の方だねェ」

 ドクターが解説を加える。確かによく覚えていなかった。

 モニターの中の俺は更に動く。振り切った腕が。痩せぎすの顔が。今までになく燃え盛っていた。感情の激発に、火の精霊が呼応したのか。だが、敵手――兄弟の兄は冷静で。

「起き上がれ、【傀儡兵パペット・ソルジャー】」

 指を動かし、先程までは味方だった筈の連中――突入部隊を俺に対する肉壁に変える。第一波が跳ね返され、俺が間合いを取って腰溜めに構える。どうやら、傀儡といえども相応の性能はあるようだ……と考えた次の瞬間。炎の弾が傀儡達の陣に突っ込んだ。スーツそのものを炎が包んだのだ。傀儡の陣は燃え上がり、殴り飛ばされた。肉片が。肉塊が。醜くのたうち回る。

 俺は迫り上がる嫌な感覚を覚えた。ドクターに向かって首を振る。ドクターは頷いた。画面をつけたときとは対象的に、静かに映像は消えていく。俺はそれを確認すると、のそりと洗面所へと向かった。



「済まないことをしたねェ」

 ドクターが珍しく素直に頭を下げた。俺はふかふかのタオルで顔を拭き、そして答えた。

「いえ、真実とは向き合わねばなりません。音を上げて申し訳ありません」

「……。ひとまず彼女は無事だ。だが、今のところ目を覚ます気配はない。キミの責任による部分もあるが……。ひとまずソレガシは。『ありがとう』と言っておこう」

 再びドクターが頭を下げた。先程のそれとは、また違う礼であった。

「『一人の人間としてのワタシ』が、キミに懇願したこと。それをキミは、曲がりなりにも成し遂げてくれた。ならば、ミーは」

 ドクターが顔を上げる。その眼差しには、あの時の光があった。

「その恩に、報いなければねェ?」


 オーガ・レスキュー・ガール 終

 ホワッツ・ゴールデンオーガ 終

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